第468話 くっころ男騎士と諸侯軍(2)
その後も、僕の元には次々と諸侯たちが集まってきた。メンツもなかなかバリエーションが豊かで、上は伯爵から下は貧農なみの生活をしている貧乏騎士まで、さまざまな立場の人間がいる。さらにその諸侯が連れてきた臣下や傭兵団もいるのだから、もう戦闘職の見本市のような有様だ。
そしてこの諸侯の臣下という奴が、なかなかに厄介な存在なのだ。こいつらはいわば臣下の臣下で、陪臣と呼ばれている。ところが面倒くさいことに、この世界の封建制度では陪臣は直接の臣下としては扱われない。つまり、命令権がない。陪臣に命令を出すときは、かならずその主君にお伺いを立ててお願いせねばならないのだった。これは戦闘時のみならず、行軍や野営の際にもトラブルのもとになる。本当に厄介だった。
「……」
僕は、ため息をつきたい心地になりながら周囲を見回した。ここは、ミューリア市で最も高級な宿屋、その大部屋を貸し切った仮設の会議室だった。この宿屋が、ガレア王国軍南部方面軍の実質的な前線司令部となっている。ミュリン家は書類上はまだ降伏していないが、実質的にはまな板の上のコイだ。ちょっと圧力をかけてやれば、街中の宿屋を接収するくらいは容易だった。
会議室に居並ぶ面々は、南部方面軍に属する有力諸侯たちだ。筆頭はもちろん、レマ伯ジェルマン氏。彼女の他にも伯爵位を持つ領邦領主は二名動員されていたが、その連中はなにかに理由を付けて当主は出陣せず、代わりに名代を立てていた。おそらくは、格下貴族である僕の下で戦うのが嫌なのだろう。
この伯爵名代の他にも城伯や子爵、変わったところでは南方鎮護を使命とする騎士団の団長などもいた。この鎮護騎士団は我が国の建国戦争における南方戦で一番槍を果たしたという歴史ある集団で、いまではすっかり領邦領主化して南部で根を張っていた。
「どうにも、方針がなかなか定まりませんな」
倦んだような目つきをしながら、ジェルマン伯爵が言った。快活な武人である彼女がこんな表情をしているのは、これまでの会議の内容がなんともやくたいのないシロモノだったからだ。諸侯軍などといっても、所詮は烏合の衆。それぞれがそれぞれの事情を抱えており、好き勝手な主張をしている。意見の統一には程遠い有様だった。
「方針? そんなものは最初から決まっておるではないかっ! 北方のレーヌ市では、すでに王太子殿下の軍があの忌まわしき神聖皇帝軍と対峙しつつあるというではないか! ならば、我らの役割はただ一つ! 帝国南部に侵入し、陽動攻撃をしかける! 皇帝軍の背後を脅かすのだ!」」
唾を飛ばしながらそんな主張をするのは、リュミエール鎮護騎士団のエマニュエル・ドゥ・リュパン団長だった。この三十代半ばの竜人は典型的な過激派で、開戦の報を聞いた時は小躍りして喜んだという筋金入りのヤバい人だった。
単なる過激派ならばまだ良いのだが、このリュパン氏は数々の戦場で武勲を立ててきた猛将で、その武名にふさわしいだけの人望も持ち合わせていた。いわば、主戦派の代表者のようなものだろう。
当然ながらその主張も過激そのものだった。彼女は戦線の拡大を唱え、全力を持って敵軍を叩きのめせと主張している。神聖帝国の駆逐こそが、鎮護騎士団の宿命だと考えているのだ。正直、僕からすればかなり迷惑な感じの手合いである。
「北は北、南は南でしょう。レーヌ市とこのミューリア市が、どれだけ離れているとお思いか? 我々が少々暴れたところで、陽動としては機能せぬでしょう」
そう反論するのは、年若い洒落者の竜人貴族だ。名前は、アンドレ・ドゥ・ヴァール子爵。南部の有力諸侯であるヴァール伯の長女である彼女は、伯爵名代という立場でこの会議に参加していた。
このヴァール子爵は、この戦争に対してはずいぶんと消極的な態度をとっている。立場としてはリュパン団長の真逆と言ってよい。いわば、厭戦派の代表者だ。自分たちは王家が勝手に起こした戦争に巻き込まれただけ、そんな風に思っているのだろう。
確かに、この戦争の焦点になっているレーヌ市は北部の要衝だ。はっきり言って、南部の人間からすればこんな街の所有権が誰にあるかなどという話はまったくもってどうでも良い事だった。
「軍役を命じられたからには、むろん契約分は働きましょう。しかし、すでに我々が出る幕はなさそうに思えるのですがね。なにしろ、勇猛なるブロンダン卿の見事な手腕により、敵の主力であるミュリンやジークルーンはすでに再起不能になっておりますから。これ以上、南部で戦火が燃え広がるのは我々の利益にはなりません。適当にこの辺りの集落を略奪してお茶を濁すのが賢いやり方かと」
などと言いつつ、ヴァール子爵は自分のツメをヤスリで削っている。徹頭徹尾、戦争云々には興味がなさそうだ。でも略奪はやるらしい。まあ、誰だってタダ働きはしたくないからね、ある程度の役得は欲しいよね。……はぁ。
「なぁにがブロンダン卿だ! 男に一番槍を奪われただけでは飽き足らず、その落ち穂拾いをしようなど……恥を知れ! 貴様それでもガレア騎士か!」
「イマドキ男だ女だ竜人だ獣人だなどと言っているのは、頭が軍隊ビスケットみたいに硬い年寄りだけですよ。一緒にするのはやめて頂きたい」
「なんだと貴様! ふざけおって……表へ出ろ! その腐り切った根性を叩きなおしてくれるっ!」
「出ていくなら一人で出て行ってくださいよ。さっきからぎゃあぎゃあと騒がしい……やはり年寄りは野蛮でいけませんな、ブロンダン卿」
僕に振らないでください。というか三十代はまだ年寄りじゃないと思います。
「い、いえ、決してそんなことは」
とにかく、リュパン団長の不興もヴァール子爵の不興も買いたくない。どちらも南部では名の通った名家の人間なのだ。家の歴史も浅ければ領地もしょっぱい僕のような木っ端貴族からすれば、できるだけ関わり合いになりたくない手合いである。本当に、なんでこんな連中が僕の部下として配属されてるんだろうか? マジで冗談きついんだけど。実はジェルマン氏のほうが大将で、僕は補佐だったりしない?
「僕としては個人的には、リュパン卿の意見に賛成したいところなのですが……お伝えしている通り、ミュリン家との和平交渉が難航しておりましてね。ミュリン領から軍を動かすのは避けたい状態なのですが」
「男の軍隊など最初からアテにしておらん! 貴様らは百年でも二百年でも好きなだけ話し合っていればよい!」
「リュパン殿、その発言はいかがなものかと。ブロンダン卿は、フランセット殿下が直接指名された司令官なのですよ」
ウィスキーをボトル一本飲み干してしまった日の翌朝みたいな顔をしながら、ジェルマン伯爵が窘めた。
「主君の過ちを指摘できぬ臣下など、たんなる佞臣に過ぎぬ!」
しかし、そんなジェルマン伯爵の言葉もリュパン団長の手にかかればバッサリだ。彼女は腕組みをしながら、僕を睨みつける。
「男は守るものであって、矢面に立たせるものではない。いかな王太子殿下であれ、この原則を曲げることはまかりならん。誉れあるガレア騎士が男の後ろに隠れるようなことがあってはならんのだ!」
そう言われてもねえ、こっちは軍人以外はてんで向いてない社会不適合者でしてねぇ……。などと考えていたら、ジェルマン伯爵が「なんか言い返せよ」と言いたげな目つきで僕を見てきた。無茶ぶりしてくるなぁ。いや、まあ、僕はこれでも一応総司令なので、言われっぱなしなのは良くないのだろうが。
しかしなんというか、アレだね。これってば一応軍愚なのに、やってることは完全に政治だよね。僕、政治はてんで駄目なタイプなんだけど……アデライドがいたら、一も二もなく代わってもらうんだけどな。しかし残念ながら、彼女はリースベンで留守番だ。
政治と言えばロリババアも得意なのだが、あちらはあちらでミュリン家やジークルーン家に対する政治工作のために走り回っている。これ以上新しい仕事を押し付けたら、真っ白になって燃え尽きてしまいそうだ。結局、僕が踏ん張るほかない。
「今回の人事の是非について、あれこれ口を出す権利は僕にはありません。殿下のご期待に沿えるよう、粉骨砕身努力するまでであります」
そう言って、僕は一呼吸入れた。
「……ですが、リュパン殿のご指摘の通りこの身は若輩者で、しかも男であります。至らぬところはいくらでもありましょうが、味方同士であい争えばそれこそ敵の思うつぼであります。これも主君や兵のためと思い、今回の所はお力添えを頂ければ幸いです」
言葉を終えると、僕はリュパン氏に頭を下げた。こういうタイプは下手に搦め手を使うより実直にぶつかった方が良い、そう判断したのだ。幸いにもそれは誤りではなかったらしく、彼女は不承不承と言った様子で頷いた。
「なるほど、確かにその通りだ。せっかく神聖帝国の獣どもを叩く良い機会なのだ、くだらん内紛で好機を逃すほど馬鹿らしいこともないからな……」
まあ、口ではそう言っても納得している様子ではないがね。しかも、ヴァール子爵は子爵で顔をしかめている。あちらを立てればこちらが立たず。ああ、厄介。とにかく、最低限諸侯らの機嫌を取りつつ王家のお眼鏡にもかなう仕事はしなきゃらないわけだが、なんとも前途多難は雰囲気だ。まったく、どうしたもんかねぇ……。




