第459話 くっころ男騎士とくっころ女騎士
ジークルーン伯爵は、ズューデンベルグ領やミュリン領のやや北方に領地を持つ有力諸侯だ。今回の戦いでは神聖皇帝による皇帝軍の組織の発布前からミュリン方につき、諸侯連合軍の副将として活躍したという。
彼女の属するジークルーン家はあまり歴史の長い家ではないが、近年では武門の名家として名をはせ始めているそうだ。なんでも優れた新兵器や新戦術をいち早く採用することで軍を急成長させ、周辺諸国との小競り合いや軍役などでは連戦連勝らしい。僕としては、なんだか親近感を覚える経歴である。
まあ我がブロンダン家はそのジークルーン家よりも遥かに歴史の短い家だがね。ここだけの話、祖母はもともと苗字すら持たぬ流民だったらしいし。さすがにウチと一緒にされたら、ジークルーン伯爵も怒るかもしれない。
それはさておき、ジークルーン伯爵である。いささか予定外気味ではあるが、せっかく捕縛したのだから有効活用しない手はない。交渉と事情聴取のため、僕は彼女の収容されている天幕を訪れたのだが……。
「くっ、生きて虜囚の辱めを受けるとはなんたる不覚! いっそ殺せ!」
顔を合わせるなり、いきなり吐かれたのがこの言葉だった。僕は思わず額を押さえ、少し思案してしまう。
「……それはこちらのセリフでは?」
だってさ、くっころだよくっころ。僕の第二の人生において、何度その台詞を吐いたかまったく覚えてないよ。どいつもこいつも僕を生け捕りにしようとするのだから、言う機会がやたら多いんだよね。なんなら、無理やりコレを言わせようとするヤツまで居る始末だ。
「は? 何を言っているんだ、貴様は。虜囚は私であって貴様ではなかろうが!」
「アッハイ、その通りですね」
うん、まあ、ジークルーン伯爵の言っていることは全面的に正しい。我ながら何言ってるんだろうね、まったく……。僕は思わず頭を掻き、ため息をついた。
「その……何と言いますか、捕虜の虐待や処刑は軍紀上厳に慎むべきと考えておりますので……ご要望にはお応えできかねます。ご容赦ください」
そもそもの話、虜囚の辱めと言っても貴族としてふさわしい処遇はしてるつもりなんだけどね。拘束もしてないし、武装解除も求めていない(貴族から剣を奪うのは名誉ある扱いではないとされている)。これで虜囚の辱めとか言ってたら、エロ本に出てくる男騎士に怒られると思う。
「御身の処遇に関してご不満な点がありましたら、大変に申し訳ありません。なにぶん戦地ゆえにアレコレ不足しておりまして……」
そこまで言って、僕は自分がまだ自己紹介すらしていないことに気付いた。まあ、向こうはすでに僕の名前など知っているだろうが、礼を失するわけにはいかんからな。コホンと咳払いをし、頭を下げる。
「ああ、申し遅れました。お初にお目にかかります、ジークルーン伯爵閣下。リースベン城伯、アルベール・ブロンダンと申します」
「……ジークルーン伯エルネスタ・フォン・ジークルーンだ」
しばらく躊躇したあと、ジークルーン伯は挨拶に応じた。しかしその口調は固い。どうにも、なかなか頑ななお方のようである。
「私に何の用だ、ブロンダン卿。尋問や拷問をしようと思っているのなら無駄だぞ。私は貴様などには屈しない!」
狐耳の麗人は、そんなことを言いつつキッと僕を睨みつけてきた。さっきからエロ本に出てきそうなセリフのオンパレードだな。ちょっと興奮してきたぞ。
「むろん、拷問などという野蛮な真似はいたしません。ご安心を」
「嘘をつけ、嘘を! 貴様はあの野蛮極まりないヴァルマ・スオラハティやらフェザリア・オルファンなどを従えているではないかっ! い、今頃我が部下も……生きながら火刑に処したりしているんだろうっ! 騙されんからな!」
「しませんよ、そんなこと……」
うん、なるほど。ジークルーン伯爵がなんでこんなに頑ななのか分かったな。どうやらおおむねフェザリアとヴァルマが悪いらしい。本当にあの二人は……。いやまあ、フェザリアはさておきヴァルマに関しては僕としても責任を負いかねるのだが。なにしろあいつは己の厚意と野心のために我が方に参陣しているだけで、正確に言えば僕の部下ですらないのだ。
「ジークルーン軍の捕虜も、一兵卒にいたるまで無事です。お望みでしたら、面会の手配も致しましょう。ご安心を」
「……まことか?」
「ええ、もちろん」
ヴァルマの騎兵大隊とわが軍のライフル兵中隊の奮戦により片翼包囲の憂き目にあったジークルーン軍ではあるが、完全に秩序が崩壊する前に戦闘が終結したため死者は意外と少なかった。むろん捕虜には危害を加えていないので、多くの将兵は生きて故郷の土を踏めるだろう。
「……ふん、一応は感謝しておこう。あのような連中を率いているわりには淑女的だな、ブロンダン卿」
あのような連中呼ばわりか。十中八九、エルフのことだな。ヴァルマの騎兵隊に関しては、頭目がアレなだけで末端はまあマトモな組織だし。ジークルーン伯爵はイルメンガルド氏と共に森の中でフェザリアらに追い回されたらしいので、そうとう恐ろしい思いをしたのだろう。
……ん? 森の中でエルフに追い回された? よく考えると、なんかヘンだな。エルフ連中の戦闘力は折り紙付きだ。ましてや、戦場は彼女らが本領を発揮する森林である。にもかかわらず、フェザリアは若いジークルーン伯爵のみならず老齢のイルメンガルド氏すら取り逃がしている。あのフェザリアがそんな片手落ちな真似をするだろうか……?
「なるほどな」
伯爵に聞かれないよう気を付けながら、僕は小さく呟いた。フェザリアはバーサーカーめいた戦士だが、決して頭の回らぬ女ではない。このような合戦で敵の主将と副将を揃って仕留めれば却って厄介なことになるなどということは理解していたはずだ。
ましてや今回の彼女は殺傷力の高い妖精弓ではなく見た目は派手だが確実性の低い火炎放射器を主軸に攻撃をしかけている。つまり、フェザリアの狙いはイルメンガルド氏らを殺害することではなく、脅しつけることだったわけだ。
つまるところ、フェザリアはこの作戦の目的があくまで示威行為であることを理解していたのだ。エルフ(を擁するリースベン軍)に喧嘩を売るべからず、そういう教訓を敵将に与えるため、彼女はあえて派手で野蛮な真似をやった。そういうことだろう。
「あのような連中を率いているからこそ、ですよ」
僕はそう言ってから、彼女に椅子へ座るよう促した。僕自身も腰を下ろすと、ジークルーン伯爵はおずおずといった調子でそれに続く。従兵を呼び、香草茶を注文してから僕は彼女に向き直った。
「我々とエルフたちは、まだ共存の道を歩み始めたばかりなのです。彼女らにはまず、こちらの道徳を知ってもらう必要がある。そうしないことには、共存共栄など夢のまた夢ですから。そのためにはまず、統治者たる僕自身が率先して文明的にふるまわねばなりません」
「貴様もあの連中の扱いには苦慮していると?」
「ええ、もちろん。……逆に考えてください。ああいう連中を野放しにした状態で、まともな領地運営が成り立つと思いますか?」
「……思わんな」
ジークルーン伯爵は青い顔で首を左右に振った。自分の領地にエルフどもが居たら……という想像でもしたのかもしれない。
「僕の領地には、エルフが何千名もいます。おまけにそのエルフの大半は流民であり、己の畑を持っていません。……そして僕は、この戦いに手勢のほとんどを率いて参戦しています。この意味がわかりますか?」
「……いや、いや。えっ、本当か? 大丈夫なのかそれは!?」
「全然大丈夫ではありません。正直、僕としては今すぐこんな戦争は終わらせて領地に帰りたいんですよ」
客観的にみるとだいぶ詰んでるんだよな、リースベン。ヤバイ蛮族がウン千人いるのに、軍の主力は外地に出払っている。常識的に考えると、反乱祭りになって国がひっくり返らない方がおかしい状況だ。
まあ、実際のところリースベンの内乱に関してはそこまで心配してないんだけどね。僕はエルフたちを武力を用いて強引に服従したわけではない。僕の下に付けば飢えずに済むぞと約束をしただけだ。だから、キチンと食料が供給されている限りはエルフたちはあえて現状の秩序を破壊しようとは思わないだろう。すくなくとも、エルフたち自身が自給自足できるようになるまではね。
とはいえ、そんな事情は外部からはわからない。この認識の差を利用させてもらう。ましてや、ジークルーン伯爵は自身がエルフの手でひどい目にあわされている。脅しの手段としてはてきめんに効果的だろう。
「ああ、しかし時間稼ぎをして我々がつぶれるのを待とう、などと言うことは考えない方がよろしいですよ。なにしろリースベンは小麦どころかライ麦すら育たぬ不毛の地。エルフどもが暴発したら、間違いなく彼女らは食料を求めて新天地に向かいます。つまりは、神聖帝国の穀倉庫足るこの地方にね」
「……そんな土地でよく暮らしていけるな」
ジークルーン伯爵の顔色はさらに悪くなった。実際、この未来予想図はそれほど非現実的なものではない。エルフらとの和議が成らなかった場合、高確率で彼女らは北進を始めていたことだろう。
「エルフはね、恐ろしい種族ですよ。なにしろ長命種で、百歳でもまだ若造扱いされるような連中です。その長い人生を武芸の鍛錬に当てるせいで、どいつもこいつもそこらの騎士よりよほど強い! しかも農民階級と戦士階級が区別されていないので、実質的に国民皆兵と来ている!」
「まて、まて、待て! 貴様、さきほど領内に数千名のエルフが居るとかいってなかったか? その連中すべてが……我々と交戦したあのエルフ共と同じような戦士たちなのか!?」
「はい。その通りです」
「そんな連中をよく服属させられたな!?」
自分でもそう思うよ、マジで。今の状況は奇跡みたいなものだ。
「ええ、はっきりいって極星の恩寵があったとしか思えません。ですが、まだそれも道半ば。我々の統治体制もまだまだ不安定です。なにしろ、安定の源たる食料供給が不確かですからね。ディーゼル家との協力関係を築けたのは、ほんとうに幸運でした。我々にとって、今やズューデンベルグは無くてはならない食料庫です。……にもかかわらず、ミュリン伯は!」
僕はテーブルを思いっきり叩いた。ま、八割くらい演技だけどね。
「あ、し、失礼しました。思わず気持ちが高ぶってしまい……」
「い、いや、結構だ。気持ちはわかる」
ジークルーン伯爵も領邦領主だ。しかも歴史の浅い家の出身であるから、それなりに苦労もしているはず。こちらの苦悩に共感を示す素地はあるだろう。実際、彼女が僕を見る目にはいつの間にか同情の色が浮かんでいた。
「とにかく、僕にとってこの戦争はたいへんに不本意なものです。……そしてそれは、ジークルーン伯爵も同じことでしょう? なにしろ、ジークルーン軍は無益な戦いに巻き込まれた立場ですから」
僕はそう言って、ジークルーン伯爵の手を取った。ちなみに、僕は最初からこうことをする目的で手袋を付けていない。セコいけど意外と効くんだよね、こういう小技。
「あ、ああ。その通りだ。北の方では大きな戦が始まりつつある様子だからな。南部まで飛び火されては、たまったものではない。致し方なく火消しに来たら、この始末だ。やってられん」
ちょっと頬を赤くしながら、伯爵はそっぽを向いた。よっしゃ、効いてる効いてる。
「それはまったくもって僕も同感です。……ですから、伯爵閣下。よろしければ、我々とミュリン伯の仲介の労を取っていただけませんでしょうか?」
そんなことを言いつつ、彼女の手をぎゅっと握る。……なんかあくどい事やってるような気分になってるけど、実際は何の他意もない。戦闘の趨勢は既に決まったからね、あとは事態をどういう風に着地させるかを考えるフェイズだ。そういう面では、ジークルーン伯爵に仲介を頼むのは何も間違っていない。戦いにおいては大勝した我々だが、イルメンガルド氏は取り逃がしてしまったからな。彼女を交渉の席に引きずり出す必要があるのだ。
「……なるほど、そういうことであれば手を貸すのもやぶさかではない。だが、流石にタダ働きというのは面白くないな? 具体的に言えば、捕虜解放の際の身代金の免除などの見返りがあれば、やる気が出るのだが」
「ええ、結構ですよ。ジークルーン軍の皆様は、無条件で解放いたしましょう」
僕はニッコリと笑って頷いた。こちらとしては、ジークルーン家から利益を引き出そうとは思っていないからな。多少の譲歩は問題ない。ま、身代金に関しては少しばなり惜しいがね。それに、金銭に関してはミュリン家に請求する損害賠償の額を上積みすれば済む話だしな。
「大変結構。ただ、もう一つだけ条件がある。ミュリン家の処遇に関してなのだが……一族の者を処刑するようなことは、しないでいただきたい。私は、イルメンガルドを逃がすために負傷をおして出陣したわけだからな。彼女の首に縄をくくる手伝いをするわけにはいかん」
「……ほう、なるほど。流石は武門の誉れ高いジークルーン家のご当主様。騎士の鑑のようなことをおっしゃる。あい分かりました、そのような無体な要求はしないとお約束しましょう」
そもそも、戦犯の処刑なんかを求める気は最初からないしな。この戦いはあくまで予防戦争なのだから、戦費を回収できる程度の賠償金が得られればそれで納得するつもりでいる。むろん、そのようなことを口にすれば交渉上不利になるので言わないが。
「よろしい。そういうことであれば、この話はお受けしよう。……イルメンガルドの奴は、ミューリア市の居城に戻っているはず。ここはひとつ、私が使者となって彼女と話をしてこよう。すまないが、そのように手配してもらってよいかな?」
「むろんです、閣下」
僕はそう言って満面の笑顔で頷いた。よし、よし。おおむねこちらの思惑通りに事が進んだな。実はこの作戦を立案したのはダライヤなのだが……流石はロリババア。パーフェクトな仕上がりだ。今回の戦いのMVPであるジルベルトともども、後で何かご褒美を用意せねばならないな……。




