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第458話 くっころ男騎士と頭痛の種

 作戦は成功裏に終わった。重野戦砲隊の砲撃を受けた敵司令本部は設備だけを残して逃散、それを見た前線部隊もとうとう完全に士気崩壊して全面潰走に転じる。かろうじて組織的抵抗を続ける連中もいたが、それも精々部隊単位の話に過ぎない。結局長くはもたず、あっという間に降伏か逃走か、あるいは玉砕かの三択を迫られることとなった。

 とはいえ、敵の大半は軍役や政治的な理由で参戦した諸侯たちだ。故郷が戦場となったミュリン兵を除けば、徹底抗戦を選ぶほど士気の高い者はほとんどいなかった。余裕のあるものは白旗を上げ、そのほかの大半の兵はわき目もふらずに逃げ出すことを選んだ。その結果兵士たちの退路は大変に混雑し、圧死者はもちろん同士討ちまで多発する事態となる。負け戦とは概してそういうものだが、なんとも悲惨な話だな。

 会戦が終わってから丸一日が経過した現在、我々は戦場に留まり様々な後始末に追われていた。戦闘の結果は大勝利だったが、もちろんゆっくりと勝利の余韻に浸っている余裕はない。戦死者の埋葬、負傷者を手当て、消費した物資を再配分、損耗した部隊を再編成、残敵の掃討、捕虜や戦利品の差配……やるべきことはいくらでもあった。正直、忙しさで言えば戦闘中と大差ないくらいだ。


「当初の戦術目標はおおむね達成できたな。まあ、その過程に関しては改善の余地がずいぶんとあったが」


 各部隊指揮官から送られてきた報告書を読みながら、僕はそう呟いた。敵の損害は甚大、そしてこちらの被害はごくわずか。お手本のようなパーフェクトゲームだ。兵力差二対一でこれほどの対象を納められたのだから、何とも素晴らしい話である。ランチェスターの法則に従うならば、本来壊滅しているのはこちらの方だったはずだしな。

 とはいえ、不満がまったくないというわけではない。僕は報告書を指揮卓の上に置き、深いため息をついてから天幕の外を見た。そこでは、フェザリアやヴァルマとその腹心たちが顔を真っ赤にしながら腕立て伏せをしている。これは、彼女らの独断専行に対するペナルティの一環であった。わが軍では直接の暴力を用いた体罰は固く禁止されているが、その代わり軽微な軍旗違反の罰則として腕立て伏せや持久走などをする慣例があった。

 まあ、彼女らの暴走を想えばこの程度の罰では軽すぎるようにも思えるが……単なる腕立て伏せと侮ることなかれ、季節は既に初夏に足を踏み入れている。こんな陽気の中で直射日光を浴びながらの腕立て伏せは、半分拷問みたいなものだろう。それに、これはあくまで当面の罰則だ。予定では、のちのちきちんと軍法会議を定め適切な処罰を下すつもりであった。


「訓令戦術と独断専行は表裏一体。多少の逸脱には目をつぶるほかないが……限度はある」


 リースベン軍では現場指揮官に強い権限と裁量を与えている。いちいち上位者にお伺いを立ててから行動を起こすようなやり方では、作戦のテンポが遅くなってしまうからだ。そして、権限を与えるからには上はしっかりと尻ぬぐいをしてやらねばならない。責任を取らぬ責任者に給料をもらう資格はないからだ。

 ……とはいえ、一方的に野放しにするわけにもいかんからな。看過できない逸脱をした輩には、キチンとペナルティを与えなければならない。信賞必罰は組織運営における基本のキだ。


「先生これあと何回やればいいんですの~! そろそろぶっ倒れそうですわ~!」


「ぶっ倒れるまでだよ! オラッ! キリキリ動け! それが終わったらお説教だからな!」


「ンヒィ! 大戦果をあげたわたくし様のこの所業! 許されませんわよ~!」


 などと言いつつもキチンと腕立て伏せは続けるのがヴァルマという女である。そもそも本来なら彼女はスオラハティ軍の所属で、僕の部下という訳ではない。だから腕立て伏せなんか命じても従う義務はないはずなのだが……変なところで生真面目なんだよな、コイツ。

 とはいえ、手加減はできん。敵の包囲を阻止しろと命じたら逆に敵を包囲し始める奴がどこに居る。おかげで作戦後半のプランがめちゃくちゃ狂っちまったじゃないか。今回の作戦は順調に進み過ぎてかえってやりすぎてしまった感が否めないが、それはおおむねコイツが暴れ過ぎたのが原因である。過不足なく自らの仕事を果たしてくれたジルベルトの詰めの垢を煎じて飲んでほしいくらいだ。


「はぁ、まったく……」


 僕はもう一度ため息をついた。とはいえ、まだヴァルマの方はマシなんだよな。フェザリアなんか、勝手に火計を使いまくって戦場は大炎上、火災はいまだに鎮火の見込みが立たず延焼を続けているのだからたまらない。このままではあたり一面焼け野原だ。……エルフ内戦でも同じようなことが起きてたな。行く場所すべてを火の海にしなきゃ気が済まないのか? このエルフ派。

 本人曰く「草木などみな燃やし尽くしてん百年後には元通りになっちょります。ご心配なく」だそうだが、そんなスパンで物事を考えられるのは長命種だけだ。少しは森の民としての自覚を持っていただきたい。

 おまけにフェザリアには更なる余罪がある。よりにもよってこの女、白旗を上げてやってきたイルメンガルド氏を殺害しようとしているのである。幸いにも婆様は逃げのびることができたようだが、殺害未遂でも大概重罪である。このチョンボのおかげで、我々はいまだにミュリン軍と正式な停戦が結べていないのだ。


「ひひひ、苦労しておるのぉ。ま、この程度はエルフにとっては日常茶飯事じゃ。オヌシ自身が慣れていくしかあるまいよ」


 隣に座ったダライヤがそんなことを言うものだから、僕は思わず唇を尖らせて「何他人事ヅラしてんだオメーはよー」と漏らしてしまった。一応お前もエルフの皇帝だろうがよ。まあ、正統エルフェニアのフェザリアとは組織が違うが。


「はぁ……しっかしどうしたもんかね。ヴァルマと違って、フェザリアのほうは腕立てとお説教だけじゃ済まされないぞ」


 過剰な戦果拡大行動だけならまだしも、白旗上げてる相手を殺そうとしたのは流石にまずいだろ。最低限、そのあたりのルールは守ってもらわないことには統制上大変に困る。しかも彼女の場合、初犯じゃないし。

 とはいえ、大きなペナルティも与えづらいんだよな。なにしろフェザリアがこれほどキレ散らかしたのは、ミュリン家の不義理と僕に対する侮辱が原因なわけだし。つまり、忠誠心からの暴走だ。これに対してあまりにも過剰な反発をすると、彼女らからの忠誠心その物が薄らいでしまう。

 正直、それが一番怖いまであるんだよ。なにしろ現在エルフどもが僕の下についてくれているのは彼女らの好意あってのことだ。この信頼関係が崩壊したら、リースベンは内戦状態に逆戻りしてしまう。そうなったらもう最悪だ。もう二度とエルフどもを敵に回した戦争とかしたくないし、めっちゃ困る。本当に、強すぎる臣下ってやつは実に扱いづらいなぁ……。


「ま、その辺りはおいおい……じゃな。ここはいまだに戦地じゃ、最終的な沙汰を下すのは戦争が終わったあとでも遅くはなかろ? 考える暇は十分にあるはずじゃよ」


「そうだね……」


 僕は頷いてから、もう一度ため息をついた。この戦争が始まってからこっち、敵よりも味方のほうに悩まされているような気がするなぁ。


「まあ、確かに今はフェザリアへの処分より戦争の行く末のほうが大切だ。結局、まだミュリン家との決着すらついていないわけだし」


 僕は目の前に置かれたカップを手に取り、すっかり冷え切ってしまった香草茶を飲みほした。イルメンガルドの婆さんは降伏を望んだようだが、結局それは果たされなかった。こちらがハッスルしすぎたのが原因だ。大変に申し訳ないと思う。


「とりあえず、ミュリン家と交渉の場を持たねばなりませんね。相手方もこれ以上の継戦の意志はないでしょうし、我々としても無意味な戦いは出来るだけ早く終わらせたいところです」


 ソニアはそう言ってから、皮肉気な顔で肩をすくめた。


「とはいえ、当のイルメンガルド氏は行方知れず。困りましたね」


「交渉相手が居ないことには話にならんからな……。後先考えるなら、やっぱり斬首作戦は考え物だな。こうなってくると、指揮本部を砲撃したのも考え物だったかも」


 僕は腕組みをして小さく唸った。この戦いは周辺の帝国諸侯に対する見せしめという部分も多かったので、徹底的な攻撃を仕掛けたのだが……少々やり過ぎた感はあるよな。僕もフェザリアやヴァルマを責められる立場じゃないかもしれん。


「ま、敵はミュリン家だけにあらず……じゃ。敵は諸侯連合軍。ミュリン家とはすぐに交渉を持てぬというのなら、他の家から始めればよい。手始めに、ワシが捕まえてきた……そう、ワシがこの手で捕まえてきた! ジークルーンとかいう伯爵と話し合ってはどうかの?」


 得意満面のドヤ顔でそんなことを言うダライヤ。作戦終盤、ヴァルマやネェルと共に敵の後方に回り込んだ彼女は、大物を一人捕虜に取っていた。敵軍の実質的ナンバーツーだったジークルーン伯爵である。

 ……お手柄はお手柄なんだけど、正直なんだかなぁって感じだ。何しろ僕が敵の退路を断ったのは、イルメンガルド氏を確実に捕縛するためだったのだ。にもかかわらず、彼女らが捕まえてきたのは同じ伯爵でもイルメンガルド氏とは似ても似つかぬ狐獣人の若武者である。肩透かし感は否めなかった。


「……そうだな。一度、ジークルーン伯爵にも会っておくことにしようか」


 とはいえ、ジークルーン伯爵とて有力諸侯の一人には違いないのだ。せっかく捕虜に出来たのだから、有効に活用したいところだな……。

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[良い点] 婆さん本格的に動けないか、撤退路にネェルが居座っているのを見てどこかの民家に隠れましたね。 まあ本人は白旗上げて話の通じる相手なら降伏するつもりだろうけど、娘と合流してたら厄介かな。 そ…
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