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第453話 くっころ男騎士と詰めの一手

 渡河成功、損害極めて軽微。その報告を聞いた時、僕はホッと胸を撫でおろした。まあ、中央軍を指揮しているのはあのジルベルトだ。問題はあるまいとは思っていたのだが、やはり渡河は大きな危険を伴う行動だからな。敵軍も川のラインは放棄する気がないようだったので、やはり心配だった。

 とはいえ、報告を聞く限り戦況の推移は極めて順調だった。ジルベルトの指揮するライフル兵大隊のうちA中隊とB中隊、そしてアガーテ氏のディーゼル軍はほぼ完全に渡河を完了させ、現在は橋頭保(きょうとうほ)の確保・拡大に務めている。じき、本格的な攻勢に移るだろう。右翼のエルフ猟兵二個中隊も順調に渡河中だという話だ。

 一方左翼はジルベルト麾下の三つのライフル兵中隊の最後のひとつ、C中隊とヴァルマの騎兵隊が縦横無尽に集まっている。こちらだけは敵の主力が南岸に残っていたので、現在殲滅・掃討の段階に入っているとかなんとか。左翼側に配置した戦力は騎兵大隊一つに歩兵中隊ひとつで、兵力的には六百弱くらいだ。この戦力で千五百名くらいの敵を圧倒しているらしいので、何かおかしいというしかない。


「空陸直協攻撃はうまくいきましたね」


 鳥人兵が投下していった報告書を読みながら、ソニアが言った。我々は現在、新たな指揮本部を開設している真っ最中だった。前線がだいぶ前進してしまったので、当初の本部では距離が空きすぎてしまったのだ。我々が使っている通信機はあくまで有線式なので、前衛部隊との距離が離れすぎると通信線の長さが足りなくなってしまう。部隊の全身に合わせ、こちらも前に出ていく必要があった。

 ……まあ、前に出たといってもやはり所詮は後方だけどな。時折銃声や砲声が遠雷のように聞こえてくるが、それだけだ。現場主義の僕としてはたいへんに不満なのだが、これ以上戦場に近づくのはソニアが許してくれないのである。どうやらこの副官、有線通信の実用化を機に僕を最前線から引き離す腹積もりらしい。正直勘弁してほしいんだが……。


「敵の指揮系統は明らかに麻痺している。いい傾向だな」


 僕は各現場指揮官から送られてきた情報を整理しつつ、小さく唸った。航空部隊はうまくやってくれている。彼女らは翼竜(ワイバーン)騎兵と鳥人兵による連携で敵鷲獅子(グリフォン)隊を制圧したあと、航空偵察と並行して対地攻撃を開始していた。その効果が出始めているのである。

 まあ、対地攻撃とはいっても別に爆撃を仕掛けているわけではない。なにしろ無誘導爆弾による爆撃などというものは文字通り二階から目薬を差すようなものなので、とんでもなく命中精度が低い。それを解決するには"下手な鉄砲数撃ちゃあたる"を実行するしかないので、結果頭がクラクラするような量の爆弾が必要になってしまうのである。

 現在の我々の工業力ではそんな量の爆弾は用意できないし、なにより我々の航空戦力は鳥人や翼竜(ワイバーン)と言った飛行生物だからな。爆撃機や攻撃機のように大量の爆弾を装備して飛行、というわけにはいかない。彼女らの装備できる量の爆弾では、かく乱目的のちょっとした嫌がらせ攻撃がせいぜいだ。


「ぬふふ、ワシの作戦が上手くいったな。褒めても良いのじゃぞ?」


 この問題を解決したのが、ダライヤの献策だった。彼女は、鳥人兵が個人用の武器として使っている足に装着する鉄製のカギ爪を活用することを提案した。これを用いた急降下攻撃は甲冑を纏った騎士にすら有効なことは、前回のレンブルク市の戦いで証明されていたからな。それと同じことを今回もやろうというのである。

 もちろん、この戦法にも弱点はある。鳥人の数はそれほど多くないため、近代戦で爆撃機や攻撃機が担っているような"空の砲兵"のような仕事はとてもこなせない。どちらかといえば、個人をピンポイントで狙い撃つような戦法にならざるを得ないのだ。

 そこでダライヤは、鳥人兵による攻撃を指揮官や伝令兵に絞ることを提案した。つまり、鳥人を空中砲兵ではなく空中狙撃兵として運用することにしたのである。なんともダライヤらしい悪辣な策である。どんな大軍団も、頭脳役の指揮官や神経役の伝令が居なくなれば図体ばかりデカい烏合の衆になり果ててしまう。


「こればっかりは褒めざるを得ないな。流石はダライヤだ」


 現代戦に慣れた僕の頭では、空中からの攻撃と言えば爆弾を落としたりロケット弾を発射したりということばかり想像してしまう。しかし元来、急降下からのカギ爪の一撃こそが鳥人の攻撃手段の本命なのである。エルフは昔から鳥人と協力して戦ってきた種族なので、やはり鳥人の運用法に関しては一日どころではない長があるようだ。


「鳥人兵による指揮官の襲撃は、たしか二、三百年前? いや……四百年前じゃったかな……とにかく少し前に大流行した戦法でのぅ。我らの指揮官が兵と同じ格好をしておるのは、これが原因なのじゃよ」


「あ、ああ~……」


 フェザリアの戦装束を思い出しつつ、僕は思わずうなった。そういえば、彼女は皇女という立場にも関わらず一般の兵士と同じ地味なポンチョ姿がデフォルトだ。なるほど、あの格好はエルフの長い内戦の歴史が生み出した戦場の知恵なんだな……。


「しかし、敵どもの軍隊の指揮官はこぞって派手な格好をしておる。これでは、自分の方から狙ってくれと言っているようなものじゃ」


「なるほど。指揮官が派手な格好をして見栄を張るのは、大陸西方における古い伝統ですが……今後は廃れていく気がしますね。今回の作戦は、鳥人兵のみならず射撃の技量に優れた者を選抜した精鋭ライフル兵でも同じことができるわけですし」


 腕組みをしながら、ソニアが難しい表情で呟く。ガレア王国にしろ神聖帝国にしろ、指揮官や士官は一目でそれとわかる恰好をしている。これはくだらない虚栄心によるものではなく、徴兵したばかりの民兵やら無頼ぞろいの傭兵やらに言うことを聞かせるためにはそれなりの格好をする必要がある生だった。必要な見栄、というやつだな。

 とはいえ、精度の良いライフルが普及して狙撃兵が戦場に現れ始めれば、そのような伝統は淘汰されざるを得ない。前世の世界でも、戦列歩兵時代は派手派手だった軍服がライフルの普及に伴ってどんどん地味になっていったからな。この世界も同じ歴史をたどることになるだろう。

 ……というか、他の地域に比べてだいぶ早くそういう時代に突入してたエルフが異様すぎるんだよな。マジでなんなんだろう、こいつら。戦いの申し子かな? ちょっと怖すぎるだろ……味方で良かったよ、本当に。まあ、味方の時は味方の時で頭痛の種になっちゃうわけだが。


「ま、それはさておきじゃ。今は未来のことよりも目の前の戦場をなんとかするのが肝要。さて、アルベール。オヌシはここからどう駒を進めていくつもりじゃ?」


 ニヤッと笑って、ダライヤは地図に目をやる。味方を表すコマは敵の戦線の中央に食い込みつつあり、中央突破という作戦目標はじきに達成できるものと思われる。懸念点であった両翼からの包囲や中央突出部の切断に関しても、ヴァルマやフェザリアの頑張りでほぼリスクはなくなっている。つまり、敵はほとんどまな板の上の鯉になりつつあるということだ。


「私見では、そろそろ降伏を求める軍使を送る準備を始めてもよいころ合いでしょう。ミュリン家を滅ぼしたり領地を切り取ったりするような意図がないのであれば、あえて敵にとどめを刺す必要はありません。それに、ミュリン軍が再起不能なほどのダメージを受ければ地域の軍事バランスが崩れますからね。そうなればむしろ我々の不利益になる可能性もあります」


「確かにな」


 僕はもう一度戦況図を見た。中央、突破寸前。右翼、優勢。左翼、敵主力の殲滅中。これ以上戦いを続ければ敵軍は玉砕を強いられる羽目になる。だが、無暗に敵を追い詰め、背水の陣状態にしてしまうとこちら側の被害も増えるからな。あえてこの状態で手打ちにする、というのも一つの策だろう。

 別に、我々はミュリン領に対して領土的野心があるわけではない。いや、ディーゼル家はミュリンを滅ぼしてこの土地も我が物にしたいのだろうが、それに我々が付き合う義理はないからな。むしろ、ディーゼル家が強大化しすぎてもそれはそれで困る。今は良くてもそのうち技術が流出して力関係が逆転し、いずれはリースベンの方が従属的な立場に置かれてしまうやもしれん。

 将来的なことを考えるなら、ミュリン家はリースベン戦争時のディーゼル家と同じように我々の影響下に収め、陣営内部でイイ感じに足の引っ張り合いをしてくれたほうが良いまであるんだよな。まあ、足の引っ張り合いといっても実際に戦争を起こさない範囲での話だが。プチ冷戦くらいの感じがちょうどいいだろう。その間に我々リースベンは内政に励んで富国強兵に努めるという寸法だ。


「この戦争が我々とミュリン家だけのものであれば、それでもかまわない。だが、皇帝殿下の御命令は、あくまで「帝国南部諸侯を誘引し、皇帝軍の集結を妨害せよ」というものだからな。ミュリン家やジークルーン家を倒しただけでは、任務は達成できない。なにしろ帝国南部は豊かな土地だ。彼女ら以外にも有力な諸侯はいくらでもいる……」


 まあ、だからこそ殿下は僕に南部方面軍司令などという御大層な肩書を用意したわけだろうがね。命令を素直に解釈するなら、僕たちはガレアの南部諸侯を率い帝国側の南部諸侯を牽制、可能であれば決戦を挑んでこれを撃退する……という形が自然になるはずだ。現実には僕らは手勢のみを率いて帝国領内に侵攻し、ミュリン軍を含む帝国諸侯と交戦しているわけだが。


「それは確かにその通りですね。今回の戦いですら、敵の兵力は六千もの大軍。敵が総力を結集したら、万単位の兵士が動員されるのは間違いないでしょう。そんな大軍と直接矛を交える事態は避けたい」


「ああ。ガレア諸侯の援軍を受ければこちらも兵力を積み上げることはできるだろうが、実用的な火砲を保有しているのはウチくらいだろうからな……弾薬がいくらあっても足りなくなってしまうぞ」


 これに関しては、戦端を開く前にも同じような話をした記憶があるな。我々の戦力の源泉はライフルと火砲による火力投射能力だ。弾薬が欠乏してしまえば、何もできなくなってしまう。勝てるからとむやみやたらに戦いを繰り返し、肝心なところで弾切れになってしまうようなリスクは避けたい。

 それに、補給の問題もある。現在われわれが十全に戦えているのは、戦前からしっかり戦争計画を立て、事前にディーゼル領内へ物資を集積しておくなどの前準備をしていたからだ。ところが帝国南部諸侯との大決戦なんていう状況になると、話は違ってくる。

 そんなシナリオの戦争計画は立てていないし、ミュリン領よりさらに帝国領内奥深くへと進行していくのならば、それに応じて補給線も伸ばしていく必要がある。当然だが策源地(我々の場合ならカルレラ市だ)から離れれば離れるほど輸送効率は下がっていくので、やはり補給事情はどんどん悪くなっていくだろう。


「精も根も尽き果てるような大戦争には付き合いたくはない、ということじゃな」


「その通り」


 ダライヤの言葉に、僕は頷いて見せた。火力戦という戦い方は大変に強力なのだが、補給線に多大な負担をかけるのが弱点だ。蒸気機関も鉄道もない環境では、専守防衛以外の目的にはあまりにも使いづらい。もちろん、外征などは論外だ。


「僕としては、大陸南部の戦いはこれで終わりにしたい。申し訳ないが、ミュリン伯には見せしめになってもらおう。彼女らの末路を見た帝国の南部諸侯たちが、戦意を喪失するくらいにはひどい目に遭ってもらう」


 多くの領主貴族は、主君に対する強い忠義心などは持ち合わせていない。参戦要求に応えるのは、あくまでそういう契約で主従を結んでいるからだ。主君からの参戦要求を断るリスクと我々と戦ってボロ負けするリスクを天秤にかけ、後者の方へと傾けることができればこちらのもの。我々はこれ以上の戦闘をすることなく王太子殿下の命令を達成することができるだろう。


「根きりか。いよいよエルフじみてきたのぅ……」


「い、いや、流石にそこまでする気はないけどさ……」


 エルフはすぐ物騒なことを言う。穏健派ヅラをしているダライヤだってそれは同じだった。僕は流石に苦笑しながら、首を左右に振る。別に、ミュリン家の人間を皆殺しにしてやろうなどという気はさらさらない。そこまでやったら過剰防衛だ。彼女らが自主的に白旗を上げれば、それで良しとするつもりではある。


「決着は戦場でつける、それだけさ。従来の軍隊で我々の軍と戦うことがどれほど無謀なのか……それを周辺諸侯に見せつけることができればそれでヨシだ」


「つまり、作戦通り敵軍を追い詰めていけばよい……ということですね」


「ああ。すべて作戦通りに、ね」


 僕はそう言ってから、ちらりと軍幕の外を見た。指揮本部は相変わらず林の中に設営しているが、そのすぐ向こうには麦畑が広がっている。冬麦が収穫されたばかりのそこには、ギラギラと輝く巨大な金属の塊が三つデンと据え付けられていた。到着の遅れていた重野戦砲隊がいよいよ目標地点に到着し、射撃準備を進めているのだ。


「……そろそろ、重野戦砲陣地の準備が出来た頃だな。よし、ダライヤ。ネェルの背中に乗せてもらって、ヴァルマの所へ行ってくれ」


「エッ!?」


 ロリババアは苦虫をダース単位でかみつぶしたような顔をした。気分はわかるよ、気分は。


「別にソニアでもいいけどね。なんにせよ、詰めの作業はヴァルマにやってもらうことになる。上級将校を連絡員として派遣するのは既定事項だ」


 彼女の部隊は装備荷も練度にも優れた重装騎兵隊だ。これほど使い勝手の良い部隊もなかなかない。もちろん、僕としてもガンガン活用するつもりだった。


「私が行ったら絶対に喧嘩になりますよ。ダライヤに行ってもらった方がいい」


「……だってさ」


 これまた渋い顔のソニアを一瞥してから、僕は肩をすくめた。ロリババアは「ウムムムム」と唸って、小さく頷く。まあ本気で悪いとは思ってるんだけど、ヴァルマを野放しにするとぜったいロクでもないことをやらかすからな。お目付け役は絶対に必要なんだよ。


「何か伝言はあるのかの?」


「命令書三号を速やかに開封し、以後それに従って行動せよ。雑魚の踊り食いにも飽きてきたところだろう、喰いごたえのあるメインディッシュを用意してやる……と、言っておいてくれ」


「あいよ。はぁ、まったく年寄り使いの荒い……」


 ブツクサ言いながら天幕を出ていくダライヤ。それを見て、僕とソニアは苦笑いをする。


「さて、さて。こっちのほうでも最後の詰めといこう。第一飛行分隊に帰還命令を出せ」


「了解」


 ソニアは頷き、通信兵に命令を出した。もう少ししたら、前線の通信拠点から青色信号が打ちあがることだろう。全騎出撃中の翼竜(ワイバーン)騎兵のうち、半数の三騎を指揮本部に呼び戻す合図だ。


翼竜(ワイバーン)を手元に戻すということは……アレをやるのですか?」


「ああ、空中弾着観測だ。実戦で使われるのは、史上初だろう。楽しみだな」


 僕はそう言って、目をつぶった。脳裏に浮かぶのは、あの老狼騎士の顔だ。彼女には、できれば生き残ってもらいたいところだが……だからといって、手加減はできない。もしものことがあれば、文句は地獄で聞くことにしよう。

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[良い点] 前線すっ飛ばしてミューリア市間接砲撃ですか。 オルガン砲程度しか知らない連中からしたら驚天動地でしょう。 ミューリア市に残っている有象無象の木っ端領主も全部吹っ飛んじゃえばいいですね [気…
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