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第452話 カタブツ子爵と渡河作戦

 わたし、ジルベルト・プレヴォは奮起していた。エルフ内戦に介入した時以来の実戦である。やる気が出ないはずがない。前回のいくさでは、わたしはほとんど活躍できなかった。エルフたちが相争っている現場を遠巻きに眺めて、すこしばかり援護射撃をしただけだ。状況的に仕方ないとはいえ、なんとも情けのない話である。

 もともとわたしは、宰相派閥とはライバル関係にあったオレアン公爵家の縁者だ。王都内乱では、主様の指揮する部隊と直接矛を交え、卑劣なやり口の斬首作戦を仕掛けさえした。それでも主様はわたしを許し、幕下に加え、今でははリースベン軍の中核戦力であるライフル兵大隊をも与えて頂いている。この信頼に応えることこそが、わたしの生涯の使命であろう。この戦いは、我が忠誠を示す良い機会になるに違いない。

 ……まあ、当の主様は前線に出ていないのだが。我が奉公を直接主様に見て頂けないというのは、いささか残念ではある。とはいえ、どれほど女々しくとも主様は男性だ。いつまでも前線勤務を続けていては、こちらの神経が持たない。今回のように後方での指揮に専念していただけるのであれば、こちらも安心できるというものだ。


「急げ急げ! こんな小川を渡るのに四苦八苦していたら、末代までの恥だぞ!」


 真鍮製のメガホンを口に当てながら、部下たちに檄を飛ばす。主様のいる指揮本部から渡河命令が下ってニ十分。我々は戦場を南北に分断する小川を渡ろうとしていた。兵士たちは小銃に水がかからぬようバンザイのような姿勢で愛銃を空に掲げ、慎重に川の中を進んでいる。

 歩いて渡れる程度の水深しかないとはいえ、油断はできない。川の流れは意外と激しく、油断をしていれば足を取られてしまう。さらに川底に沈んだ石にはコケがびっしり生えており、滑りやすい事この上ない。


「ウワーッ!!」


 案の定、兵士の一人が転倒して大きな水柱があがる。周囲の仲間たちが慌てて助け起こそうとするが、その瞬間対岸の草むらから敵兵の一群が飛び出してくる。その手にはクロスボウが握られていた。


「制圧!」


 私が叫ぶと同時に、渡河中の味方を援護すべく配置していたライフル兵たちが射撃を始めた。弩兵たちは大半が武器を構える暇もなく撃ち殺されたり逃げ出したりしたが、運がよく気合も入った数名が射撃姿勢を取り矢を放った。


「グワーッ!」


 川の中に居たライフル兵が一人、肩を撃ち抜かれてうずくまる。わたしが「負傷者の収容と反撃急げ!」と叫ぶと、再び銃声が上がり逃げ出そうとした弩兵が背中を撃たれて倒れ込んだ。こちら側の負傷者は、味方部隊が二人がかりで抱え上げて後送の準備を始める。


「敵に川を渡らせるな! とーつげーき、我に続け!」


 だが、敵方の攻撃はこれで終わりではない。川を渡り終えたばかりの連中に、今度は槍兵の集団が襲い掛かってきた。援護射撃担当の部隊は既に発砲済みで、再装填の途中だ。すぐには反応できない。

 残念ながら、渡河中や直後のライフル兵が火器類で迎撃するのは不可能だ。装填状態で火薬が湿気ってしまった場合、不発弾の除去にはたいへんな時間がかかってしまう。そのため水に入る際は弾薬を装填しないように命じていたのである。槍兵どもに対抗する手段は、銃剣などの白兵戦用兵器だけだ。しかし当然ながらライフル兵は射撃兵科であり、槍兵を相手に白兵をやらせるのは分が悪かった。


「山砲隊! 敵をこちらに近寄らせるな!」


 そこでわたしは虎の子の兵器を使うことにした。先ほど渡河現場に到着したばかりの三門の山砲だ。オモチャのような見た目のその小さな大砲は、図体に見合わぬ派手な咆哮を上げて砲弾を吐き出した。砲弾は敵槍兵の直前で空中炸裂し、散弾をまき散らす。まるで巨大な鞭で薙ぎ払われたかのように、敵の隊列は千々に乱れた。

 砲兵隊の切り札、榴散弾の威力はやはりすさまじい。しかし、流石に僅か三門の大砲のいち斉射で敵が殲滅できるはずもない。生き残った兵士はそれなりに多かった。……もっとも、鉄の暴風に打たれて平静でいられるものなどいない。彼女らは明らかに浮き足立っていた。


「リースベン軍ばかりに良い所を持って行かせるな! ディーゼル軍いまだ健在と、ミュリンの連中に知らしめてやれ!」


 そこへ、我々に先立って渡河を終えていたアガーテ・フォン・ディーゼル殿の部隊が敵残存兵に襲い掛かった。彼女の部隊は槍兵や両手剣(ツヴァイヘンダー)兵などの白兵兵科が主力だ。まともにぶつかっても勝負は五分、ましてや山砲による斉射を浴びた直後ともなれば、一方的な戦いになる。

 ……ああ、うらやましい。わたしも早くあちらへ行って、ああいう風に戦いたいものだ。本音を言えば、一番槍をアガーテ殿に譲ったことを少しばかり後悔している。いや、部下の兵科を考えれば、これが正解だというのはわかっているのだが。……まあ、好いた男に良い所を見せたいという、女のワガママだな。抑えねば。


「流石に、敵も気合が入っていますね」


 交戦を続ける敵軍とディーゼル軍を見ながら、大隊の首席幕僚が言った。彼女は私が王都のパレア第三連隊で隊長をしていた頃からの腹心で、気心も知れている。だから、その顔には少しばかり苦笑めいた色が浮かんでいた。こちらが浮ついた気分になっているのがバレているな、これは……。


「まあ、当然だな。相手も軍人だ、我々との違いは装備と組織のみ。油断していい相手ではない……」


 この渡河の成否に、会戦そのものの勝敗がかかっている。それがわかっているからこそ、敵も損害を度外視した阻止作戦に出てきているのだ。優勢だからと言って、気を緩められるものではなかった。


「とはいえ、右翼ではエルフも渡河を始めていると聞く。慎重さを失うわけにはいかないが、彼女らの後塵は拝したくないな」


「確かに」


 首席幕僚はくすりと笑って肩をすくめた。


「今次作戦における主攻はあくまで我らです。にもかかわらずエルフに先を越されでもしたら、名門プレヴォ家の看板に泥を塗ることになってしまいますな。兵どもを急がせましょう」


「ああ、頼む。……とはいえ、せかし過ぎるのも考え物だ 味方への対抗心で采配を誤っては、主様に顔向けできなくなってしまう。競争は健全な範囲で……だ」


 いちおうプレヴォ家もあのオレアン公爵家の係累だ。派閥闘争で足を引っ張り合う門閥貴族どもの姿は飽きるほど見ている。味方同士で足を引っ張り合う愚を、リースベン軍で起こすわけにはいかない。


「ええ、もちろん」


 とはいえ、相手は経験豊かな実戦派の参謀だ。この程度のことはわざわざ念押しする必要もなく理解しているだろう。わたし軽く笑って、前線に視線を戻そうとした。


「北の空に鷲獅子(グリフォン)を確認!」


 そこへ、見張り兵の緊迫した声が響き渡る。あわててそちらに目をやると、たしかに鷲獅子(グリフォン)らしき影がいくつか上空に見える。


「対空戦闘用意!」


 わたしは慌てて命令を下した。鷲獅子(グリフォン)騎兵はたいへんに厄介な敵だ。鷲の頭と翼、そして獅子の肉体を持つ異形のこの生物は、陸戦においても強力無比な威力を発揮する。上空から急襲を受ければ、わが精鋭とはいえタダではすまない。なるほど、敵は渡河の阻止にこの虎の子を投入するつもりらしい。


「あれは……」


 慌てて望遠鏡を覗き込んだ参謀が、小さく呟いた。


「どうやら、味方翼竜(ワイバーン)騎兵が鷲獅子(グリフォン)と交戦に入った模様。上空援護を投入するという指揮本部の話は本当だったようです」


翼竜(ワイバーン)か」


 わたしも望遠鏡を目に当ててみれば、確かに鷲獅子(グリフォン)集団に襲い掛かる翼竜(ワイバーン)が見えた。だが、明らかに鷲獅子(グリフォン)のほうが数が多かった。我が方の翼竜(ワイバーン)は、全部で僅か六騎しかいないのだ。数の面での不利は免れない。優勢な陸戦とはことなり、上空での戦いは厳しいものになりそうだ……


「むぅ……」


 案の定、攻守はあっという間に入れ替わった。逃げ回る翼竜(ワイバーン)を、鷲獅子(グリフォン)が追い回す形になっている。これは……不味いぞ。そう思った瞬間だった。


「あっ」


 雲の切れ間から何か小さいものが飛び出してきて、鷲獅子(グリフォン)の騎手を蹴り落とした。突然騎手を失った鷲獅子(グリフォン)は混乱し、翼竜(ワイバーン)を追うどころではなくなっている。そうこうしているうちに翼竜(ワイバーン)兵が再び攻撃に転じ、竜騎士の細長い槍が鷲獅子(グリフォン)の巨体を貫いた。しかもそんな光景が、あちこちで繰り広げられていた。


「あれは一体……」


 次々と叩き落されていく鷲獅子(グリフォン)の騎手たちを見てうめき声を上げる参謀。たしかに、なかなかに異様な光景だった。鷲獅子(グリフォン)は、大空の王者とも呼ばれる強力な生物だ。だが、その騎手を次々と叩き落していく影は、人間大の小さなものだ。いったい何が起こっているのか……


「鳥人か」


 そこまで考えて、わたしはふと思い至った。そうか、これは翼竜(ワイバーン)と鳥人の共同作戦なのだ。翼竜(ワイバーン)鷲獅子(グリフォン)の気を引き、その隙に鳥人が奇襲を仕掛けてピンポイントで敵の騎手を叩き落す、そういう戦法なのだろう。

 作戦の事前説明で主様がおっしゃっていた、航空優勢を一時的に奪い返す秘策。なるほど、これがそうか。鳥人は正面戦闘では鷲獅子(グリフォン)にかなわぬが、隙をついた奇襲では戦いようはあるということだろう。なるほど、諸兵科の連携を重視する主様らしい策だ。わたしはすっかり誇らしい気分になった。


「おっと」


 そこへ、一人のカラス鳥人が飛来して通信筒をパラシュート投下していった。従兵に拾ってきてもらい開封してみると、そこには対岸側の配置されている敵部隊の布陣や数などが詳しく書き記された偵察報告書が入っていた。どうやら、本格的な航空偵察も始まったらしい。これがあれば、敵から不意の奇襲を受ける可能性も大幅に減る。大胆な行動が出来るようになるということだ。


「流石は主様、素晴らしい援護だ。……皆、聞け! 空は再び我らのモノとなった! 安心して前へ進め!」


 そう言って、私は部下たちに檄を飛ばした。ここまでくれば、勝利の時は近い……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 渡河機材として折り畳み舟とか出てきて、複数つないで門橋にして山砲運ぶかと思ったけど、流石にそこまで準備はよくないかw ワイバーンになんとか火砲積めないですかねえ?ロケットはあるけど流石に…
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