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第449話 義妹騎士と覇王系妹

 頼みの綱であるオルガン砲は回避され、小銃射撃も大した効果は無かった。万事休すかとあきらめかけたその瞬間、間近まで迫っていた敵騎兵隊は突然に猛射撃を浴びた。突撃のために密集隊形を組んでいた敵騎兵隊はこれを回避できず、バタバタと倒れていく……。


「ッ!?」


 私は息をのんで周囲を見回した。我が小隊はとうに射撃を終えている。つまり、今の攻撃は別の部隊から放たれたものだ。しかし、援護の届く範囲に味方部隊がいるという話は聞いていなかったのだが……。


「あれは」


 そして私は、援護の主を発見した。騎兵部隊だ。鋼色に輝く甲冑を身にまとった騎士たちが、騎兵銃や馬上槍を手に敵部隊を斜め後ろから猛追している。彼女らの掲げている旗に、私は見覚えがあった。スオラハティ家の家紋だ。

 この戦場に、スオラハティ家の家紋を帯びている部隊は一つしかない。ソニアお姉様の妹、ヴァルマ様率いる騎兵隊だ。それに思い至って、私はハッとなった。ヴァルマ様の部隊は、私たちが担当している左翼側の戦線の最外縁を守備している。おそらく、敵騎兵隊の出陣を見て救援に来てくれたのだろう。

 ヴァルマ騎兵隊による救援は私たちにとっては福音だったが、敵にとってはとんでもない凶報だった。騎兵はひとたび突撃を始めればまともに回避運動が出来なくなる。そんな状態で騎兵銃による猛射撃を浴びたのだから、たまったものではない。陣形を千々に乱す敵騎兵隊に、ヴァルマ隊はさらに騎兵銃による第二射を加えた。


「騎兵隊の参上ですわよ~!」


 見ればわかることを叫びながら、ヴァルマ騎兵隊は愛馬に鞭を入れぐいぐいと加速した。上り坂だとは思えない猛烈なスピードで、敵騎兵隊よりも明らかに早い。相当に質の良い軍馬を使っているのだ。

 彼女らの先鋒を務める槍騎兵が、いよいよ敵騎兵隊へと接触した。槍騎兵は敵兵の背中を馬上槍で突いたが、相対速度が低いので甲冑は貫けず落馬させる程度の威力しかない。それでも、やられた方はたまったものではない。彼女らは悲鳴を上げながら、次々と鞍から突き落とされていった。


「うわ……」


 私は思わずうめき声を漏らした。槍騎兵による一撃を終えたヴァルマ騎兵隊は、追撃としてマスケット騎兵によるピストル射撃を行い始めたからだ。槍騎兵の攻撃から逃れた者たちも、次々と愛馬に弾丸を撃ち込まれて落馬していく。なんともエグいやり方の攻撃だった。お兄様をして「ヴァルマはヤバい」と言わしめるだけはあるわね……。

 こうなるともう、敵も我々に対する攻撃どころではなくなってしまう。生き残った敵騎兵は慌てて逃げ始めるが、もちろんスオラハティ騎兵隊は逃亡者の熾烈な追撃を加えた。誰一人生きては返さない、と言わんばかり様子だだ。


「なんです、アレ……」


 突然の逆転劇に小銃を構えたまま困惑していた先任軍曹が、ヴァルマ騎兵隊の一団を指さして言った。彼女の視線の先を見て、私も絶句する。その一団の中に、武器も手綱も持たずバグパイプ(数本の木管が生えた奇妙な形状の楽器だ)やら太鼓やらを抱えて演奏している騎士たちの姿あったからだ。

 バグパイプの音色の出所はアレか! パレードじゃあるまいに(というかパレードでも騎馬楽隊なんて見たことない)、なんで実戦中にあんなことをしてるんだろうか……。ヴァルマ様の"スオラハティ三姉妹の頭がおかしい方"という評判は、どうやら誤りではないらしいわね……。


「なんだろう、わかんない……」


 そう答える他なかったが、まあ何はともあれ窮地を脱したのは確かなようだった。もはや敵は逃げに入っており、こちらへ攻撃するどころではなくなっている。私は安心のあまりへたり込みかけたが、持っていた火縄付きの棒を杖にすることでなんとか耐えた。


「あなた達~! 見てましたわよ~素晴らしい勇戦でしたわ~!」


 そこへ、ヴァルマ騎兵隊のほうから一人の騎士が出てきて私たちに声をかける。フルフェイスの兜をかぶっているせいで顔は見えないけれど、話し方から見てこの人がヴァルマ様で間違いなさそう。


「気に入りましたわ~! わたくし様直々に全員分の感状と勲章を出してあげますから、あとで部隊名簿を寄越しなさいな~!」


「エッ!」


 私は思わず先任軍曹を見た。彼女は無言で私の背中を叩く。どうやら、助け舟は出してくれないらしい。ヤだなぁ、この人を一人で相手にするのはかなりヤだなぁ……。


「アッハイ、アリガトウゴザイマス」


「でも今は共に勝利の美酒を味わう時間ですわ~! 手柄上げ放題の兜首収穫祭! あなた達も参加しなさいな~!!」


 そんな物騒極まりない発言をしたヴァルマ様は、持っていたデカくてゴツくて禍々しい馬上槍の穂先を落馬した敵騎兵の集団へと向けた。馬から落ちた騎兵など、もはや脅威ではない。落下の衝撃でまともに動けなくなった彼女らを、ヴァルマ騎兵隊の者たちは馬上から槍や剣で"処理"しはじめていた。

 え、エッグいことを朗らかに言ってくれるわねぇ、この人……怖……。ま、まあでも、手柄を上げさせてくれるのは有難い。甲冑を着込める身分の者の首級、すなわち兜首は雑兵の首などとは比べ物にならないほどの価値がある。戦果だけじゃなくて、報奨金も貰えるしね。

 兜首を分けてくれるというヴァルマ様の言葉に、部下たちは現金にも目を輝かせ始めた。こうなると、隊長としては首を横に振るわけにはいかない。私は密かにため息をついてから、もう一度「アリガトウゴザイマス」と言った。


「えっーと、その……救援ありがとうございました」


 それから、三十分後。私は例の丘の頂上で、私はヴァルマ様に頭を下げていた。騎兵隊の脅威は過ぎ去り、状況は落ち着きを取り戻しつつあった。あれほど恐ろしかった敵騎兵隊は死者二十六名、捕虜十四名もの損失を出しており、逃げ延びることができたのは僅か十人程度だった。ほぼ壊滅といっていい数字ね。

 対するこちらの損害はゼロで、終わってみれば圧勝としか言いようのない結果だった。一時は全滅も覚悟したというのに、びっくりだわ。まあ、これは自分たちの頑張りというよりヴァルマ様の救援のおかげなんだけど。


「気にする必要はありませんわ~! むしろお礼を言いたいくらいですのよ。あなたたちが踏ん張ってくれたおかげで、あれだけの数の騎兵を一方的に殲滅できたんですもの~!」


 そう言ってヴァルマ様は、バシバシと私の肩を叩く。甲冑のおかげで痛くはないけど、結構な衝撃が来る。


「いや、まあ、その……大したことはできませんでしたし……」


 私はそう言って、目を逸らした。確かに私たちは踏ん張ったけど、実際のところ大したことはできなかった。オルガン砲は命中せず、小銃射撃も大した効果は無かった。あのままヴァルマ様による救援が無ければ、一方的にやられていたのは私たちの方だっただろう。


「逃げずに踏みとどまった、それだけでも十分ですわ~! あなた達が逃散していたら、敵は追撃のために部隊を分けていたハズですもの。各個撃破を狙うほどの敵でもなし、一か所に固まってくれてたほうがまとめて片づけられるから楽ですわよ~!」


 破顔しながら、ヴァルマ様は私の頭をぐりぐりと撫でた。相変わらずなんかおかしいテンションだ。クスリでもキメてるのかな……


「ところでアナタ、お名前は?」


「カリーナ・ブロンダンです」


 コホンと咳払いをしから、私は正直に名乗った。総大将の義妹だぞ、私のことを知らないのか!? とは言わない。何しろ今の私は例のミノムシのような恰好のままで、おまけに顔には茶色や緑のドーランを塗りたくってるからね。親しい人でも、一目見ただけでは私が誰だかわかんないと思う。


「ああ! アルベールの義妹の! 話は聞いてますわ~! 駄姉の言う通り可愛いですわね~! アルベールの妹ならわたくし様の妹と同じ! 姉妹同士仲良くしましょ~!」


 そう言うなり、ヴァルマ様は私を抱きしめる。なにしろ相手はソニアお姉様に負けず劣らずの偉丈婦、少しばかり背の低い私では抵抗のしようがなかった。


「せっかく姉妹が合流できたんですもの、二人して戦果を稼ぎまくりますわよ~! カリーナ、もう一回敵騎兵をつり出してきなさいな!」


「えっ、なんで……」


「敵は低練度の雑兵をオトリにして、そこを騎兵隊で叩く作戦に出ていますわ。それに引っかかったフリをして敵の主力を引っ張り出し、わたくし様がそれを横合いからぶん殴る! 後に残るのは砲兵の餌みたいなクソザコナメクジだけって寸法ですわ~! 我ながらカンペキな作戦でしてよ~!」


 つまり……さっきと同じような真似をまたやれってコト!? というか、妙にいいタイミングで救援に入ってきたと思ったら、まさかわざと私たちに敵を吸引させてたの、この人!?


「まってください! 私たちの任務は、あくまで左翼の保持と敵の包囲運動の阻止ですよ。そんな派手な作戦をする必要は……」


「任務はキチンと果たしますわ~! つまり左翼の敵を全員ぶっ殺せば左翼が崩壊したり包囲されたりする心配はなくなりますのよ~! おーっほほほほ!!」


 哄笑をあげるヴァルマ様の眼つきは獲物を狙う肉食獣のように鋭かった。う、うわ、うわわ……こ、この人、本気で言ってる……うわあ、ヤバイ人に目を付けられちゃったかも……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 何が怖いかって、言ってること自体に間違いがないところ。 なのに狂気が混じってるのが、ブロンダン流
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