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第447話 義妹騎士の奮戦(3)

 レナエルによる敵指揮官の狙撃は成功した。敵は混乱しているが、このままでは単独で先行しているレナエルが袋叩きにあってしまう。彼女の後退を援護するため、私は敵部隊への追撃を賭けることにした。


「撃て!」


 耳が痛くなるような轟音と、刺激臭のする白煙。そして肩を襲う痛いくらいの反動(リコイル)。発砲煙に視界を遮られつつも、射撃目標として指定した敵砲兵が何人もバタバタと倒れたのが見えた。


「偽装解除! 再装填急げ!」


 初撃は大成功。だけど、敵にこちらの存在が露見した以上はすぐに反撃が来る。彼我の距離は三百メートルほど。ライフルで一方的にアウトレンジ攻撃を仕掛けられる期間はそう長くはない。私は内心焦りながら、擬装用の迷彩布を脱ぎ捨てた。腰のポーチから弾薬を取り出そうとするが、手を滑らせ落としてしまう。


「小隊長殿!」


 慌てて拾おうとしたところで、先任軍曹が叱責めいた声を上げた。私はハッとなって手を止める。彼女が気を利かせてくれたおかげで、弾薬は定数より多く持ってきている。一発くらい捨てたところで痛くはない。今は弾薬よりも時間を惜しむべきだ。

 私は小さく息を吸いながら、ポーチから新しい弾薬を取り出した。薬包紙に包まれたそれを犬歯で噛みちぎり、中の火薬を銃口へと流し込む。手が震えて火薬をこぼしそうだが、なんとか耐えた。そのまま残りのカートリッジをひっくり返して銃口に半分だけ突っ込み、紙をちぎる。すると、ドングリ型の鉛玉の頭だけが露わになった。それを、銃身下に収納されている棒で押し込む。

 あとは撃鉄を上げて、雷管を新品に交換すれば再装填完了。訓練ならば二十秒程度で終わる手順だけど、焦りのせいかたっぷり三十秒以上はかかってしまった。けれど、再装填に手間取ったのは私だけではなかったよう。部下たちもみな、再装填には訓練の時よりもはるかに時間がかかっていた。本当はいけないことだけど、自分だけ遅れたのではないことに私は内心ほっとしていた。


「三班、再装填完了!」


「二班、同じく!」


「少しお待ちを、小隊長殿。……おい、早くしろ!」


 小隊に三つある班からそれぞれ報告が上がってくる。ちなみに一班の班長は小隊長が兼ねることになってくれているけど、実際に統率しているのは先任軍曹だ。


「やっと終わったか、遅いぞ! 一班、装填完了です」


「よし、構え! 今回より交互撃ち方!」


 私はそう叫びながら、白煙でシバシバする目を見開いた。突然指揮官を失い、さらに集中射撃を浴びた敵は混乱している。慌てて逃げ出そうとしている者までいる始末だ。幸いなことに、敵の練度や士気はそれほど高くはないらしい。

 だがそんな中にも闘争心にあふれる者もいるようで、隊列を整え、反撃の準備をしようとしている槍兵の一団がいる。狙うならあの連中ね。私は彼女らを指さし、「目標、敵槍兵の先頭集団!」と叫んだ。


「風術はどうすっど?」


 そんなことを聞くのは我が部隊唯一のエルフであり、魔術師でもあるリケだった。彼女は風の魔法で視界を遮る白煙を取り除こうか? と聞いているのだった。確かに火薬から生じる白煙は濃密なミルクのようで、照準の邪魔になること甚だしい。射撃の際は風術を用いて可能な限り煙を排除すべし、と歩兵用の教本にも書かれている。しかし、私は首を左右に振った。


「煙は相手への目くらましにもなる。風術はまだ不要よ」


「承知」


 こっちの頭数は三十人で、相手よりもかなり少ない。数を頼みに総員突撃、なんて真似をされればかなり危ない盤面になってしまう。相手にこちらの数を悟らせないためにも、煙幕の維持は有効な手だと思う。……たぶん。とりあえず完全に視界がなくなるレベルの煙が立ち込めるまでは、風術は使わないでおこう。


「一班より射撃開始、撃てッ!」


 号令と共に、再び発砲。ただし、今回は小隊全員ではなく、十人ずつ順番に撃つやり方だった。私たち一班が射撃を終えて再装填を始めるのと同時に、二班が射撃を始める。そしてそれが終われば、三班の番。三班が射撃を終える頃には、私たち一班の再装填が完了しているという寸法ね。

 そんな連続射撃を浴びた敵槍兵の先鋒はひどいことになった。射撃音が鳴るたびにバタバタと兵が倒れ、地面を地に染めていく。魔装甲冑(エンチャントアーマー)も塹壕も持ち合わせていない彼女らは、銃弾に対してはあまりにも無防備だった。

 そして一方的に同僚が撃ち殺されていく状況で、戦意を保てる人間などいない。あっという間に敵は恐慌状態に陥った。槍兵も弩兵も砲兵も、武器を捨てて逃げ出し始める。本来ならそれを咎めるべき指揮官も、すでにこの世のものではないからね。どうしようもない。恐慌は恐慌を呼び、反撃を継続しようという敵兵は誰も残らなかった。



「射撃中止! 射撃中止!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げ去る敵兵たちを見ながら、私は号令を出した。内心、ほっと安堵している。思ったより簡単に敵を撃退することができた。遠距離から一方的に攻撃を仕掛けたわけだから、当然こちらの損害はゼロ。圧倒的勝利ってヤツ。ライフルさまさまだわ。


「相手が烏合の衆で助かりましたな」


 部下たちがわあわあと歓喜の声を上げる中、隣の先任軍曹がボソッと言う。勝利の喜びに水を差すような口調だった。しかし、私は気分を害することもなくコクリと頷いた。


「相手が気合の入った連中だったら、こうはいかなかったでしょうね。民兵だか傭兵だか知らないけど、やる気のない奴らで良かったわ……」


 今回の勝利は、初手の指揮官排除と敵自体の戦意の低さがかみ合ったゆえのことだ。装備や士気次第では、もっと強烈な反撃が来てもおかしくはなかった。相手が損害を度外視した突撃を仕掛けてくるような連中だったら、こちらも損害は免れなかったと思う。銃剣があるとはいえ、槍兵が相手では流石に白兵戦は分が悪いしね。


「ま、何はともあれ勝利は勝利。うまく言って良かったわ。レナエルは大手柄ね、あとで感状を申請しておきましょ」


 私はちらりと遠くを見ながらそう言った。そこには、助手を伴ってこちらに寄ってくるレナエルの姿があった。


「落ち着いておられますな。流石は騎士殿」


 感心したように言う先任軍曹に、私は苦笑しながら自分の手を見た。手袋に包まれた私の手は、小刻みに震えている。鎧袖一触の勝利を得た後も、私の頭の中には"作戦が上手くいかなかったとき"の想像が渦巻いていた。いくら楽勝でも、やっぱり実戦は怖い。私は新米だけど、負け戦だって経験している、一度の勝利で浮つけるほど楽観的にはなれなかった。


「そういう風に見えるんなら、良かったけどね」


「ハハハ……流石はあの城伯様の妹殿ですな」


 先任軍曹はいかつい顔に笑顔を浮かべ、私の背中を叩いた。結構な威力の一撃だった。私はつんのめりかかり、それを見た部下たちが大笑いする。思わずヘヘヘと笑い、頬を掻いた。戦場とは思えない和やかな空気。しかしそれを、部下の一人の声が切り裂いた。


「後方より敵接近! 騎兵です!」


 慌てて後ろを振り返ると、そこには敵側の軍旗を掲げてこちらに接近してくる騎兵集団の姿があった。皆が皆、立派な甲冑で全身を固めている。重装騎兵だ。それがなんと、五十騎。彼女らは一直線に我々に向けて進撃してきている。


「ぴゃッ……!?」


 私は思わず、顔を引きつらせた。重装騎兵といえば、あらゆる兵科の中でも最強の一角に数えられる本物の精鋭だ。先ほどの雑兵どもとは練度も装備も比べ物にならない。もちろん、士気もね。

 こいつらはもともとが危険極まりない騎兵突撃を生業とする連中だから、少しばかり鉄砲を撃ち込んだところで決して怯んではくれない。塹壕も馬防柵もなしに重装騎兵五十騎を撃退しようと思えば、最低でもライフル兵一個中隊は必要だ。ところが、こちらは僅か一個小隊。そして支援がもらえる位置に味方部隊はいない。

 ヤバい。マジでヤバい。これでは、私たちがさっきの敵の雑兵どもと同じ目にあうことになる。案の定、部下たちは迫りくる騎兵を見て明らかに動揺している。勝利の余韻など既に完全に吹き飛んでしまっていた。当然と言えば当然だ。歩兵にとって、奇襲を仕掛けてくる騎兵なんてのは天敵のようなものだ。その蹄の音を聞いただけで、ヘビに睨まれたカエルのようになってしまう。

 私は無意識に自分のライフルをぎゅっと抱きしめていた。一難去って一難とは、まさにこのことだ。ああ、まったく。やっぱりこんなことになるんじゃないの。だから敵中に突出して丘の確保なんてやりたくなかったのに……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] んん?現在地は左翼散兵線の一番左側でさらにその外側に騎兵の警戒線が有るはずだから、牛っ娘が丘の側面から襲撃したとしても、騎兵に見つからずに後方から敵騎兵が来るはずがない? それとも三女が勢…
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