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第446話 義妹騎士の奮戦(2)

 私は子供の頃から騎士になりたいと願っていた。きらびやかな甲冑を纏い、立派な軍馬を駆って山野を駆け巡る騎士たちは、いつだって子供たちのあこがれの的だった。そして成人を迎えた今、私は騎士位を得て軍務に服している。しかし……。


「……」


 私は密かにため息をついた。私は今、部下たちを伴って例の丘に向けて進んでいる。とはいえ、相手は大軍でこちらは無勢、まともに攻撃しても無意味だ。そこで私は一計を案じた。身を隠して密かに丘に接近し、奇襲をもって守備兵を追い散らそうという作戦だ。手持ちの戦力を考えれば、これ以外の価値筋はないからね。

 ところが、この"身を隠して密かに丘に接近し"……という部分が大変だった。なにしろこの辺りは麦畑ばかりの開けた地形で、身を隠せるような林や背丈の高い草むらなどは存在しない。この状態で奇襲を仕掛けようと思えば、かなりの工夫が必要だった。

 今の私は甲冑の上から迷彩布を巻きつけ、そこへ更に擬装用の草までくっつけている。まるでミノムシのオバケのような格好だった。それに加えて顔には黒や緑の練り粉(ドーラン)を塗りたくっているのだから、なおオバケじみている。無論、部下たちの同様の格好だ。私たちはそんな状態で、匍匐前進をしてジリジリと丘へ向かっていた。


「……」


 こんなミノムシだかイモムシだかわからないような有様で地面をはい回るのが、騎士の姿なのだろうか? 今の私を一年前の私が目撃したら、指をさして大笑いするに違いない。理想と現実のあまりの落差に泣きそうだが、どうしようもない。敵は装備や練度こそこちらに劣っているが、数はとても多いのだ。こちらの存在が露見すれば、あっという間に袋叩きにあってしまう。

 私はまだ魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んでいるから多少攻撃を受けても大丈夫だが、部下たちの大半はまともな防具をつけていない。ペラペラの野戦服一枚きりでは、流れ矢の一本で致命傷だ。いくら見苦しかろうが、安全性には代えられなかった。


「小隊長殿、あれをご覧ください」


 そんな私の思考を遮ったのは、おっかないが頼りになる最先任軍曹だった。彼女の指さす先には、我々の目指す丘を登っていく敵の一団があった。増援か、そう思いつつ望遠鏡を出そうとすると、軍曹に止められた。


「望遠鏡はいけません。レンズの反射でこちらの位置が露見します」


「あっはい、すいません」


 肩書上は彼女よりも私の方が偉いのだけれど、相手は私が母様のお腹の中に居た頃から軍隊で禄を()んでいる古参兵。まったくもって頭が上がらない。お兄様はこういう古参兵も見事に従えているというのに、私は冷や汗をかきながらペコペコするしかないのだ。なんとも情けない話よねぇ……。


「謝罪は不要です。それより、あいつらが運んでいるのはもしや……」


 先任軍曹の言葉に、私は目を凝らしてみた。敵の一団は、何やら荷車のようなものを馬でけん引している。補給物資の類かと思ったけど、よくよく見れば……違う。


「あれは……大砲?」


「……の、ようです。この距離からでは、どういうタイプの物かまではわかりませんが」


 うわあ。うわあ、うわあ。歩兵だけでも厄介なのに、そこに大砲まで追加? 冗談じゃないよ本当……勘弁してよ。本陣に帰っていい? 駄目だよね……うう……。


「レナエル、レナエル。ちょっとこっち来て」


 私は部下であり友人でもある狐獣人の娘を手招きした。彼女は無言でもぞもぞと近寄ってくる。このレナエルは猟師の娘で、射撃の腕も小隊では一番だ。とうぜん、視力の方も大変に良い。


「なんです?」


 レナエルの口調はいつもぶっきらぼうだ。それは彼女が正式に私の部下になった後も変わっていない。


「あれ、あそこ。なんか大砲っぽいモノ運んでるでしょ? どういうシロモノかわかる?」


 大砲たって、いろんなタイプがあるからね。それによって、脅威度や攻略法が変わってくる。


「……うーん。なんか、一つの砲車にいっぱい砲身がついてる……ぽい?」


「あー、オルガン砲」


 レナエルの報告に、私はため息をつきたくなった。オルガン砲は彼女の報告の通り小口径の大砲をいくつも束ねた多連装砲で、一発の威力は低いものの連続で発射することができる。つまりバリバリに対歩兵用の大砲ってこと。

 ライフル砲か否かまではわかんないけど、何にせよ厄介。たとえ命中精度の低い滑腔砲だったとしても、ラッキーヒットの一発でも喰らったら魔装甲冑(エンチャントアーマー)着込んでても即死だからね。普通に怖いよ。


「そんな代物が高所に陣取ったら相当に厄介ですよ。ここで破壊せにゃあ……」


 先任軍曹の言葉に、私は頷いた。当たり前だけど、大砲は高い所に据え付けたほうが遠くまで砲弾が届く。あのオルガン砲の射程がどの程度の物かはわかんないけど、丘の上からこちらの迫撃砲陣地に向けて発砲でもされたらメチャクチャ厄介よねぇ。


「……そうだ。対砲兵戦なら、迫撃砲を貸してくれるかも。通信兵、中隊本部にお伺いを立ててみて」


 ふと思い立って、私は通信兵にそう聞いてみた。デカイ銅線のリールを背負った彼女はコクリと頷き、本部に向かって通信を打電し始める。しばらくして。彼女は申し訳なさそうに首を左右に振った。


「駄目です。中隊砲は現在、別の大砲を相手に対砲兵射撃中だそうです」


「ええ……」


 ここ以外にも大砲が? ええ……困ったなぁ。大砲なんて、ウチの軍隊意外じゃまず使ってないマイナー兵器だと思うんだけど、敵にもお兄様みたいな大砲好きが居るのかな? ライフル砲じゃなきゃいいけど。

 ……いや、いや。今の私に、他人を心配している余裕なんかない。肝心なのは、やっぱり支援射撃は得られないという部分だ。つまり、あのオルガン砲は私たちが独力で撃破しなきゃならないってコト。


「……仕方ない。相手が射撃陣地を構築する前に叩き潰すよ。キケンだけど、ちょっと急ぎで進もうか」


 それから十五分後。私たちはなんとか敵に見つからないまま丘のふもとまでたどり着いていた。けっこう急いだけど、それでも思った以上に時間がかかってしまった。地面を這いずりながら進んでいるのだから仕方ないけどね、匍匐前進は、少しの移動でもかなりの時間を食ってしまう。しかも私は匍匐前進がかなり苦手だった。なにしろ胸がつっかえてしまう。

 そうして時間を食っている間に、敵のオルガン砲は射撃準備を整えつつあった。丘の頂上に近い場所で砲列を敷き、その周囲では砲兵たちが忙しそうに装填作業を進めている。いくつも砲身があるオルガン砲だから、装填にはなかなかの時間がかかるみたい。


「……」


 私は無言で敵情を観察した。相手が布陣している丘は、樹木もほとんど生えていない小さなもの。それでも、相手が高所に居るぶんとても攻めづらい。坂道は突撃の衝撃力を減退させ、稜線は天然の土塁として機能する。丘がどれほど戦術的に重要な地形なのか、身を持って理解できるわね。

 そして肝心なのが、敵の陣容。オルガン砲は二台くらいで、、砲兵の数は一台につき十名くらい。その周りを、丘の守備兵たちが固めている。守備兵は合計五十名ほどで、そのうちの七割が槍兵。で、残りの三割が弩兵。弩兵も怖いけど、槍兵も油断はできない。近接戦じゃ銃剣付きライフルより彼女らの持っている長槍のほうが強いからね。

 対するこちらはライフル兵が三十名。頭数では完全に負けてるね。全員がライフルを装備してるから、火力ではこっちが上だけど。でも、やっぱり戦闘では数がモノを言うからね。こちらの不利は免れないカンジ。エルフたちなら、余裕でひっくり返せる人数差だろうけど、残念ながら我が部隊にはエルフは一人しかいない。しかも彼女は百歳未満の"若造"で、一般的なエルフ兵ほどは強くない。参っちゃうね。


「レナエル、指揮官狙える?」


 私の言葉に、猟兵狐は「ちょっと遠い」と端的に答えた。彼女の銃は長銃身の特別製で、射程も精度も私たちの使う歩兵銃よりも上。だから、特定の人間だけを狙い撃つような芸当だって出来る。こういった特技兵のことを、お兄様は選抜射手(マークスマン)と読んでいた。

 とはいえ、彼我の距離は歩兵銃の有効射程ギリギリという感じで、流石にひとりを狙い撃ちにするには遠すぎるみたい。私は思案しながら、敵陣を観察した。ほとんどの雑兵は民兵か貧乏傭兵という感じのパッとしない感じの連中だけど、唯一指揮官らしきヤツだけは立派な甲冑を着込んでいる。とはいえ今は兜をかぶっておらず、頭は丸出しだった。コイツを最初に排除すれば、戦いは随分と楽になるはず……。


「よし、じゃあレナエルたちだけ先行して、指揮官を狙撃して。アンタが撃つのを合図にして、こっちも擾乱(じょうらん)射撃をかけるから」


 小隊が雁首揃えてこれ以上の接近を目論めば、たぶんあっという間に敵に発見されてしまうと思う。けれど、レナエルとその助手の観測手の二人なら、何とかなるはず。私の言葉に、彼女は少し躊躇してから頷いた。


「狙撃の成否にかかわらず、一発撃ったらすぐに退避してこっちに合流してね」


「わかった」


 レナエルはそう答え、観測手を伴いながら匍匐前進のままゆっくりと敵陣に近づいていった。その間に、私たちは射撃準備を整える。歩兵銃の撃鉄を半分だけ上げ、ニップルに雷管をくっつける。それから改めて最後まで撃鉄を上げ切って、射撃準備は完了。

 そうしている間にも、私の額には冷や汗が滲んでいる。今のところ敵には見つかっていないけど、いつ見張りに気付かれるか気が気じゃない。心の中では、極星への祈りが渦巻いていた。

 どうやら、その祈りはキチンと星まで届いたらしい。敵が私たちを発見するより早く、丘の周囲に鋭い銃声が響き渡った。頭を撃ち抜かれた敵指揮官が、バタリと倒れたのが見える。狙撃成功! 私は心の中で快哉を叫びつつ大声を出した。


「総員、立ち上がれ! 一斉射撃用意! 目標、敵砲兵!」


 そして自らも立ち上がり、歩兵銃を構えた。敵は突然のことに混乱している。数名の見張りがやっと私たちの接近に気付いてこちらを指さしているけど、もう遅い。私は右往左往する敵砲兵の集団に、照準を定めた。


「撃て!」


 号令と共に、引き金を引いた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで一気読み 主人公がケツで椅子を磨くようになって残念。 狼婆さん、今回会戦で勝とうが近隣諸侯に毟られるのが目に見えているので、決定的な場面で白旗上げて帝国裏切りそう。 近隣諸侯丸ご…
[一言] どっかで味方同士で争ってる場所発生しそうやなあ
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