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第444話 くっころ男騎士と後方指揮

 今回、戦場となった場所は広大な田園地帯である。ミューリア市へ向かう街道と、その両脇に大海原のように広がる麦畑。障害物と言えば小さな丘や用水路、農民たちの作った粗末な小屋程度だ。彼我合わせて一万人ちかい軍勢が交戦する地形としては、これほど理想的なものもなかなかない。

 そういう見通しの良い土地だから、交戦状態への移行は極めてスムーズだった。行軍を命じて半時間、まずは前衛に配置していたエルフ兵が敵前衛の軽騎兵と接触し、前哨戦が始まった。

 軽歩兵と軽騎兵と戦いである。普通ならば歩兵側が蹂躙されるのが常なのだが、我が方の歩兵はエルフだった。数百年間の鍛錬と百年もの内戦のせいで、こいつらの練度はそこらの騎士など裸足で逃げ出すレベルの水準だ。結果として敵軽騎兵は妖精弓(エルヴンボウ)と攻撃魔法の乱打を浴び、あっという間に潰走する羽目になった。


「なんというか、本当にあいつらはどうかしているな……」


 その報告を指揮本部で聞いた僕は、笑えばいいのか敵に同情すればよいのか分からなくなった。今回の遠征で従軍しているエルフ兵は、彼女らの中でも比較的高齢な者が多い。エルフのような長命種は高齢になればなるほど"リタイヤ"を強く求める傾向があるので、自然と従軍を志願するのは高齢者ばかりになっていくのだ。

 この"リタイヤ"とやらが曲者で、エルフにとってのリタイヤは二つの選択肢がある。一つは名誉の戦死で、もう一つは夫を得て隠居することだった。エルフにとっての遠征は、この両者のどちらかが手に入る可能性の高いボーナスイベントなのだ。そういう訳でエルフどもは


「はよミュリン軍んカカシどもをチェストしてミューリア市で婿取りすっど!」


 などと叫んでまさに意気衝天の状態。危険なレベルで士気が高かった。とんだバイオレンスババア集団である。そんな連中に襲われたのだから、敵の騎兵たちも哀れなものである。……しかしエルフども、ガッツリ占領後の乱捕を狙ってやがる。とうぜんウチではその手の行為は軍旗違反なので、憲兵に綱紀粛正を厳命しておく必要がありそうだ。

 それはさておき、今肝心なのは戦況だ。敵の前衛を蹴散らし、我が方は街道に沿って進撃していく。それに対し、敵軍の動きは鈍かった。騎兵や軽歩兵などが時折妨害をしかけてくるが散発的で、本隊のほうはその場を動かずこちらを待ち受ける姿勢を見せた。


「相手は静的な防御に徹するようだな……」


 地図の上のコマをいじりつつ、僕は呟く。なにやら、背中がムズムズする。前線ではがっつりと交戦が始まりつつあるのに、指揮本部は相変わらず平和なものだ。矢の一本も飛んでこない。ううーん、辛い。今すぐ前線に突っ込んでいって、陣頭指揮を執りたい。自分だけ安全な後方でヌクヌクしているというのは、まったくもって落ち着かないことこの上ない。

 けれども、今の僕の下には三千名もの部下がいる。編成単位で言えば、旅団と呼ばれる規模の部隊だ。これは現代軍制でいえば大佐や准将が指揮する規模の部隊であり、とてもじゃないが陣頭指揮などして良い立場ではない。

 もし僕が現場指揮官ならば、旅団長が「指揮官先頭!」なんて言い出して前に出てきたらブチ切れるだろう。ぶっちゃけ普通に迷惑だろ、常識的に考えて。なので仕方なく、尻で椅子を磨く仕事に集中する。


「敵は大小の諸侯軍の連合です。機動防御のような複雑な作戦が行えるような命令系統は有していないのでしょう」


 ソニアの言葉に、僕は頷く。本来のミュリン軍は頑張っても二千名に足りない程度の兵員しか捻出できない組織だ。それが今は、六千名もの数へと膨れ上がっている。その大半は外部からやってきた君臣関係にない諸侯たちだ。高度な指揮系統など、確立できるはずもない。レンブルク市の予想外の早期陥落によってマトモに共同訓練をする暇もなかったであろうから、なおさらだ。


「確かにな。……ただ、自軍の欠点はあのバァさんも理解しているだろう。機動的な作戦が取れないなら、そのぶん十分な防御を固めているハズ。油断はできんな」


 相手は守備側で、しかも本拠地のおひざ元だ。塹壕、馬防策、土塁、あるいは建造物の防御拠点化……さまざまな手段で防備を固めているに違いない。こちらは寡勢でそれを打ち破らねばならないのだ。


「アルベール様、第一ライフル兵大隊のジルベルト様より入電です。ポイント・ロ-七にて交戦開始。敵は水車小屋に籠ってクロスボウで攻撃を仕掛けてきているとのこと。攻撃は仕掛けてはいますが、制圧には時間がかかりそうそうだとのことです」


 などと考えていると、さっそく予想通りの報告があった。発言者は、電信機の受信機を耳に当てた通信兵だ。この装置は今のところ世界唯一の電気式通信機で、手回し発電機や湿電池などの電源とブザー、そしてスイッチを銅線でつないだだけの原始的な代物だ。当然音声通信などには対応しておらず、スイッチのオンオフを用いたモールス信号で情報をやり取りするのだが……それでも、伝令等を使わずリアルタイムで通信が出来るのは大変に革命的だ。


「なるほど、初手で立てこもりか。やはり敵は十分に防御を固めているようだな」


 おそらく戦線中央では防御に徹し、それで稼いだ時間で両翼から包囲にかかる作戦だ。スタンダードだが、有効だな。そう思いつつ地図上に目をやると、僕の思考は一瞬停止した。


「待て、水車小屋と言ったか? ポイント・ロ-七で?」


「ハイ、確かに水車小屋と言いました。規定通り通信は二回繰り返されましたから、聞き間違いではないと思いますが」


「そうか、わかった」


 地図上のポイント・ロ-七には、川など流れていない。当然、水車小屋などあるはずもないのだが……現場の人間があると言っている以上、確かにそこには水車小屋があるのだろう。間違っているのは現実ではなく地図のほうだ。クソ、敵地とはいえ本当にいい加減だな、この地図は。


「……何はともあれ、立てこもり犯の排除だ。歩兵用火器でチクチク攻撃していたら排除にいつまでかかるか分かったもんじゃない。山砲A小隊に連絡。ポイント・ハ-六に前進し、水車小屋に支援砲撃せよ」


「了解」


「それから、ジルベルトの方にも連絡を。川の位置や幅、水量、橋の有無なんかを確認してレポートを提出せよと伝えてくれ」


「はっ!」


 頷いた通信兵が、命令を打鍵する。彼女と同じような通信兵が指揮本部には十人以上詰めており、ひっきりなしに通信内容を読み上げている。僕は彼女らの報告を聞きながら、逐一命令を出していった。それに合わせ、参謀や従兵などが地図上に駒を配置していく。まるでボードゲームをやっているような感覚だった。

 現状上がってくる報告の大半が交戦開始を告げるものだ。どうやら、前哨戦が終わって本格的な交戦が始まりつつあるらしい。交戦報告があがったポイントの位置で、敵がだいたいどのあたりに防御線を張っているのかわかる。今のところ、敵の動きは予想の範囲内だ。


「第一山砲小隊より連絡。ポイント・ハ-六に到着。しかし前方には小さな丘があり、目標の水車小屋が目視できないとのことです」


「川の次は丘かぁ……」


 僕は地図に目をやった。当然ながら、地図上には丘などない。クソ地図め……。敵より地図の不備の方が厄介だわ、今のところ。


「ジルベルトに連絡。伝令を出して現場で第一山砲小隊を誘導するように言え」


「了解」


 まあ、よくあることだ。盤上と現場の齟齬は、現場の方で解決してもらうしかない。後方指揮の役割など、極論すれば現場同士がスムーズに連携できるよう差配することだけだ。事態は常に現場で進行している。いや政治的なアレコレは別として、だが。


「ディーゼル軍のアガーテ様より入電。交戦しようとした敵部隊がエルフ連中に横取りされた。戦いにくいからやめてほしい、とのことです」


「エルフ連中はなにやってんの……」


 僕は額に汗を浮かべながらつぶやいた。そして地図を一瞥して、また絶句する。地図上では、アガーテ氏の部隊の付近にはエルフ隊は展開していない。


「待って、ちょっと待って。そのエルフ隊ってどこの部隊? ……あー、エルフ隊には通信兵が同行してないか。すぐに確認は難しそうだな……通信拠点Bに連絡。伝令を出して、ポイント・ホ-5に居るエルフ隊の正体を確かめて来てくれ」


 いい加減なのは地図だけではなく、地図上に乗っているコマの位置もだ。実戦では往々にしてこうした齟齬が発生する。ゲームだったらクソゲー扱いされること請け合いの要素だが、これは現実なので文句を言っても仕方あるまい。僕はため息をつく代わりに、香草茶を一口飲んだ。

 しかし……アレだね。本格的に後方指揮をやるのは初めてだが、上がってくる情報がここまでいい加減で不確かだとは流石に思ってなかったわ。なんぼなんでもひどいわ。そりゃあ、前線と後方で意識差も生まれるわ。くそぉ、現場行きてぇ……。


「ソニア、前線視察してきていい?」


「駄目です」


「だよねぇ……」


 前線に出たら出たで、戦場全体を俯瞰することができなくなる。数百人規模の合戦ならば現場だけ見ていればそれでいいのだが、この規模の戦いとなるとそうもいかない。まったく、ままならないものだ……。

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