第443話 くっころ男騎士と交戦準備
我々の斥候隊が敵本隊らしき部隊と接触したのは、翌々日のことであった。ミュリン伯イルメンガルド氏を盟主とする諸侯軍はミューリア市から南下すること十キロほどの街道沿いに陣を張り、我々を迎撃する構えを見せている。予想通り、彼女らは野戦で我々と雌雄を決するつもりのようだった。
いよいよミュリン軍との決戦が間近に迫っている。僕は部下たちに戦闘準備を命じた後、小さな林の中に指揮本部を開設した。本当ならば指揮本部は戦場を一望できるような小高い丘の上などに作りたいのだが、残念ながらそういうわけにはいかなかった。
敵は少なくない数の鷲獅子を運用しており、航空偵察なども行っている気配がある。目立つ場所に指揮本部などを作った日には、浸透してきた敵部隊に奇襲を受け本部全滅、などという事態が起こりかねない。地形を生かし、きっちりと擬装を施す必要があった。戦場を目視できない不利は、冬の間に量産しておいた有線式電信機でカバーする腹積もりである。
「ミューリア市からずいぶんと離れた位置に布陣したな」
僕は指揮卓の上に広げた地図を見ながら、僕は小さく唸った。地図の上には敵味方の部隊を表す小さなコマがいくつか乗っている。もっとも、こんな時代のことだ。敵地の地図などは、たとえいい加減なものでもあるだけマシというレベルであった。当然、この地図に関しても精度や細かい部分に関してはかなり怪しかった。
こんな代物を元に三千名、つまり三個連隊弱の兵員を指揮せねばならないと思うとたいへんにゲンナリする。その辺りは航空偵察で補うのが定石なのだろうが、残念ながら航空優勢が取れない状態ではそれすらおぼつかない。偵察衛星が欲しいなぁ、と思う今日この頃だった。まあ無いものねだりをしても仕方が無いのだが。
薄暗い林の中に張られた天幕の下には、アガーテ氏やジルベルト、ヴァルマなどの前線指揮官が集結していた。作戦前の最後のブリーフィングの真っ最中なのだ。
「レンブルク市の二の舞を避けるためでしょうね。ミューリア市はミュリン家の権力の基盤ともいえる街ですから、戦火に巻き込むことはできるだけ避けたいでしょうし」
ソニアの指摘に、僕は頷いた。敵軍が布陣しているのは街道沿いの広大な麦畑だ。大軍の優位性を生かすにはピッタリの地形だろう。敵は今のところ、ベターな手を打ってきている。
「空の状況はどうか?」
「敵陣ん上空には常に五、六頭ん鷲獅子が張り付いちょっね。わっぜじゃなかじゃっどん、ノンビリ飛ぶっような空じゃあいもはん」
鳥人部隊の長、ウルの返答はなかなか厳しいものがあった。僕はため息をつきたくなる心地をこらえつつ、香草茶で口を湿らせる。
「空に上がってるヤツだけで五、六頭ね。だとすれば、敵側の鷲獅子の総数はおそらく最低でも十頭以上……。頭上は常時抑えられていると考えた方がよさそうだ」
こっちの翼竜はわずか六騎。空の戦力差も、地上と同じく一対二か。厳しいね。カラスやスズメの鳥人では、鷲獅子を相手に正面から立ち回るのは無理があるし。困ったものだ。
鳥人部隊は大変に使い勝手の良いユニットだ。偵察に伝令、さらには砲兵の支援などもこなせる。その活動が封じられるのは大変な痛手だ。しかも鷲獅子は翼竜と違って地上でもそれなりに戦えるから、上空からの奇襲も警戒せねばならない。
「結構な数だな……あたしの記憶が確かなら、ミュリン家が保有してた鷲獅子はせいぜい三頭かそこらのはず。残りはおそらく別の諸侯が連れてきたヤツだろう。数は多くとも、連携には難があるはずだぜ」
「なるほどね。付け入るスキはあるってことか」
アガーテ氏の言葉に、僕は小さく頷いた。それはいいことを聞いた。うまくやれば、航空優勢を奪い返せるかもしれない
「とはいえ、まだ賭けに出るにはタイミングが早い。小手先の技には頼らず、正攻法で対抗するべきだな」
地の利は敵にあり、兵数も相手の方が多い。なんとかこれをひっくり返そうと奇策に出れば、間違いなく足元を掬われるだろう。なんだかんだ言って、正攻法に勝る戦い方はないのだ。
「作戦通りの陣形で、街道を北進しよう。まずは正面から組み合って……話はそれからだ」
「あたしらとアリンコ部隊を中心に、その脇をライフル兵やエルフ兵を固める……兵器は進化しても、陣形は教科書通りだな」
そう言ってアガーテ氏は苦笑した。攻防に優れる重装歩兵を核として、その両脇を機動力の高い軽歩兵や騎兵で固めるやり方は、古代からずっと使われ続けている古典的な陣形だ。確かに、意外性は皆無だろうな。とはいえ、手垢のついた戦術というのは有効だからこそ多用されているのだ。一概に馬鹿にできるものではない。
「こちらが教科書通りに動くのならば、おそらく敵の対応も教科書通りでしょう。ほぼ間違いなく、敵軍は大軍の優位を生かして翼包囲を狙ってくるはず」
地図を指先でなぞりつつ、ジルベルトが聞いてくる。彼女の言う通り、敵軍は我々を包み込むように動いてくるはずだ。いわゆる鶴翼の陣だな。大軍が寡軍を打ち破るために使う、典型的な戦術だった。
「とはいえ、こちら主力は散兵のライフル兵とエルフ兵だ。見た目上の兵力差ほど正面幅に差は出ない。あっさり包囲されることは無いはずだ」
同じ人数の部隊でも、密集陣と散兵では部隊の展開する幅は大きく違う。つまり、こちらは少人数でも広域に布陣できるということだ。まあ部隊の密度が低くなる分、攻撃力や防御力は下がる訳なんだが……ライフルや妖精弓の火力が、その問題を解決してくれる。
「敵の包囲運動の抑えとして、右翼にはエルフ兵を多めに配置する。そのぶん左翼が手薄になるが……ヴァルマ、お前がいれば大丈夫だろう?」
僕がニヤリと笑ってそう聞くと、スオラハティ家一番の問題児はその姉に勝るとも劣らない豊満な胸を大きく張った。
「誰にモノを言ってらっしゃるの? 包囲を防ぐなんて楽勝過ぎて笑っちゃいますわ~逆に包囲し返してあげましてよ~」
「無勢側が包囲を狙うんじゃない」
ソニアが半目になりながら反論した。実際、いくら装備に差があるとはいえ二倍の戦力差でこちら側が包囲を狙いに行くのはアホの所業である。いやまあ、この戦争の申し子のような女であればそれくらい難なくこなしそうな雰囲気はあるけどさ。
「……えー、この作戦の目的は火力差を生かして敵の前衛を壊乱させ、中央突破を狙うことです。逆包囲を仕掛けることではありません。わかってるね? ヴァルマ」
とはいえ、冒険的な作戦は僕の趣味じゃあない。僕が用意した作戦は順当に勝つことを目的としたものだ。つまり、火力の優越を全面的に利用するわけだな。こちらには隊量の野・山砲、迫撃砲、ライフル銃がある。そして短弓の速射性と長弓の射程を併せ持つ妖精弓も大概なチート射撃兵器だ。
対する敵の火力源は弩兵や弓兵などで、しかも数的な主力は射撃武器を持たぬ槍兵だ。白兵戦の距離に入らない限りは、そこまで恐れる必要はない。数が多いから射撃だけですべて仕留めるのは難しいだろうが、別に敵兵すべてを撃ち殺す必要はない。戦闘を継続する意志さえ挫いてやれば良いのだ。
「はぁい、先生」
唇を尖らせながらも、ヴァルマは頷く。コイツは姉の言うことも母の言うこともマトモに聞かないのだが、なぜか僕の言うことだけはある程度(あくまである程度だ)聞いてくれるのである。……ちなみに、彼女が僕を先生と呼んだのにはそれなりの理由がある。こいつが小さかった頃、僕は一年ほど彼女の家庭教師を務めていたことがあるのだ。
「まったく……」
僕は小さくため息をついてから、周囲を見回した。ヴァルマほど自信満々にしている者は流石に居ないが、動揺した様子の者は一人としていない。兵力差一対二の戦闘を直前に控えているとは思えない落ち着きぶりだ。何とも頼もしい連中だなと思いつつ、僕は口角を上げた。
「さて、そろそろ兵たちの戦支度も終わった頃だろう。最後に聞いておくが、異論・質問などはあるかね?」
部下たちは一様に首を左右に振った。作戦の方は事前に計画書を作って皆に配布しておいたので、このあたりは大変にスムーズに事が進む。
「大変結構。では、作戦開始と行こうか。頭数ばかりは多い帝国諸侯の皆様方に、新しい戦争のやり方というものを教育して差し上げろ」




