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第441話 老狼騎士と踊る会議

「レンブルクが陥落したァ!?」


 あたし、イルメンガルド・フォン・ミュリンがその報告を聞いたのは、わが軍に加勢に来た諸侯たちとの軍議の真っ最中だった。


「い、いくらなんでも……誤報じゃないのかい? 敵軍接近の報があったのが、昨日の話だろう? あのレンブルクがたったの一日で落ちるなんて話は、流石に信じがたいんだがね」


 自分の頬をぺちぺちと叩きながら、あたしは伝令に聞き返した。レンブルク市は、ディーゼル軍の侵攻を何度も跳ね返してきた鉄壁の城塞都市だ。その難攻不落伝説は、ミュリン家はもちろん近隣諸国でも有名だった。報告を聞いた諸侯たちの間には、明らかに動揺が広がっていた。

 そんなレンブルク市だ。いかなブロンダン卿とはいえ、突破にはかなり手間取るはず。その隙に諸侯軍の集結と訓練を終わらせ、攻城戦の真っ最中であろう敵軍の脇腹を突く……それがあたしの作戦だった。突破される可能性も考えてはいたのだが、いくらなんでもこれほど早く落城するのは予想外だ。これでは、むしろ我々の方が脇腹を突かれてしまう。


「それが……どうやら事実のようです。リースベン軍の大砲によって、レンブルク市の正門はわずか一時間足らずで崩落。交渉の上、エーファ様は"名誉ある退去"をご決断されたとのことです」


「なんだと……!?」


 戦術魔法を何発喰らっても泰然自若としていたあの市壁が、一時間で破壊された……? 耳を疑う報告だ。何かの冗談としか思えない。しかし、この報告がエーファ本人から発されたものであるのなら、事実なのだろう。あの子は調子に乗りやすいきらいはあるが、いい加減な報告をするような真似は絶対しない。

 ……思考を切り替えよう。あの頑丈な城壁をそんな短時間で破壊する手段があったというのなら、籠城戦は悪手だ。残念なことに、レンブルク市にはその防御力を期待して最低限の守備兵しか配置していなかった。市壁が壊されてしまった以上、守備兵が殲滅されてしまうのは時間の問題だ。その前に無傷で撤退できたのは不幸中の幸いだろう。

 いや、やっぱり無理だ。最低でも一週間は持たせてほしかった。なんだ一日で落城って。我が娘のことながら信じがたい。ふざけるなよ。あたしは自分の顔が引きつるのを押さえられなかった。こちらの軍勢は、まだ六千しか集まっていないのだ。しかも、連携のための訓練もできていない。レンブルク市が落ちた以上、敵軍がこちらへ攻め寄せるのは時間の問題だ。この陣容で勝てるのだろうか……?


「これは……内通者がおりましたな」


 そんなことを言うのは、諸侯の一人、ジークルーン伯爵だった。もともとは我々ミュリン家とは縁の薄い人物なのだが、王国軍が南部からも侵入してきては迷惑を被るということで、我々の加勢にやって来た訳だ。とはいえあたしの命令に従うのは気に入らないらしく、事あるごとにこうして嫌味をぶつけてくるのだ。

 おそらくは、南部における皇帝軍の実質的な指揮官があたしになっていることが気に入らないのだろう。隙を見せれば即座に噛みつき、指揮官の立場を奪ってやろう。そう考えているのは明らかだった。こんな時まで権力争いだ。まったく、嫌になるね。……とはいえ、このスピード落城を見れば内通者を疑われるのも致し方のない話だろうが。


「どのような堅城も、内部に害虫が巣食っていれば容易に崩れ去ってしまいます。守備兵もアッサリと城を明け渡しているようですしね? そうとう、根の深いところまで敵の手が侵食していたのでしょう。ああ、恐ろしい恐ろしい」


 舞台役者のような態度で大げさに語って見せる彼女の目は、不信感に満ちていた。根の深いところ……つまり、あたしのことだろう。こいつは、あたしがガレア王国から調略を受けているのではないかと疑っているのだ。


「落城の直接的な原因は大砲による攻撃という話ですが……」


 伝令が冷や汗をかきながらジークルーン伯爵の指摘を訂正するが、彼女は首を左右に振った。


「大砲、ね……実はワタシも前々からこの手の兵器には興味がありましてな。我が領の職工にいくつか作らせ、軍に配備しております。とうぜん、その破壊力も熟知しているわけですが……さすがに、僅か一日で城塞都市を陥落させるのは不可能だと断言させていただく。大砲は確かに将来性のある兵器ですが、まだまだ発展途上なのです。つまり、レンブルク市が落ちたのはそのほかの要因の方が大きいという訳ですな」


「むぅ……」


 ブロンダン卿が扱う謎の新兵器群に関して、あたしが知っている情報はあまりにも少ない。大砲や鉄砲といった兵器が存在するのは知っているが、あまり役に立たぬ代物であるという印象が強かった。とうぜん、我がミュリン軍には一丁の鉄砲も一門の大砲もない。これらの兵器の威力に関しては、伝聞から想像するほかないのだ。だから、ジークルーン伯爵の指摘は否定することも肯定することも難しかった。


「一族や軍の内部に敵の間諜が潜んでいないか、一度洗ってみたほうがよろしいでしょう。……領地の防衛は我々に任せ、ぞんぶんに膿を出しきりなさい」


 にやにやと笑いながらそんなことを言うジークルーン伯爵に、あたしははらわたが煮えくり返った。しかし、言い返すのは難しい。なにしろ、わが軍はレンブルク市の陥落という失態をおかしたばかりなのだ。


「ジークルーン伯爵、今はそのようなことをしている場合ではありません」


 だが、助け舟は別の方向から来た。チロル司教領という領邦を治める領主、リュッタース司教だ。司教領というのは要するに星導教の領地なのだが、このチロルは半分世俗化しており、普通の領邦と同じようにふるまっている。彼女がここに居るのも、教会のオブザーバーなどではなく神聖帝国に属する領主としての立場からだった。

 ミュリン伯領とチロル司教領とは長年の友好国だ。リュッタース司教は極星よりもカネを崇めていると陰口をたたかれるような人物ではあるが、あたしとの付き合いも長いからな。一応、味方としてふるまってくれている。


「レンブルクが抜かれた以上、敵軍がこのミューリア市に到達するのも時間の問題です。まずは迎撃の準備を整えねば。今後のことを話し合うのは、それからでも遅くはないでしょう」


「……まあ、一理ありますな」


 不承不承、ジークルーン伯爵は頷いた。実際、時間的な余裕はほとんどない。レンブルク市からこのミューリア市までは、徒歩でも三日でたどり着けるような距離しかないのだ。


「とはいえ、相手は三千程度。こちらは現状で六千。まあ、負ける要素はありません。どこかの誰かが醜態をさらさなければね」


「……相手は連戦連勝の化け物ですぞ。油断するのは感心できませんな」


 憤怒を心の奥底へ鎮めつつ、あたしは努めて冷静な声でそう反論した。とにかく、これまであたしの目論見はことごとく失敗している。結局リースベンとの戦争は避けられなかったし、次善の策であった時間稼ぎ作戦もレンブルク市のあまりにも早い失陥で崩れ去ってしまった。もはや、あたしに出来ることは勝利を祈りながら敵と真正面からぶつかり合う事だけだ。


「小手先の策はうまいようですな、確かに」


 しかし、ジークルーン伯爵はあたしの危機感を理解する気はないらしい。相変わらず人を小ばかにしたような態度で肩をすくめる。さらに腹立たしいのは、彼女に同調して頷く諸侯も少なからずいることだ。彼女らはミュリン家の郎党などではなく、あくまで各々の事情で加勢にやって来ただけの連中だ。一応戦場がミュリン領なので、総大将はあたしということになっているが……命令を出したところで、素直には従ってくれない。


「とはいえ、所詮は男の浅知恵です。わずか三千の兵で進撃を選んだのがその何よりのあかし。せっかく、ガレア諸侯の援軍を得られる立場になったのです。大人しく軍の増強に務めればよかったものを……。まあ、おそらくは手柄を独占しようというハラなのでしょうがね」


 いや、違う。ブロンダン卿には、三千の兵でもこちらに勝てる策があるのだ。あたしはそう言いたかったが、ジークルーンの若造は強い視線でこちらを牽制してきた。


「ま、しょせんこの敵は前菜ですよ。片づけるのは、ミュリン殿に任せてもよろしかろう。しかし、次に来るであろうメインディッシュ……ガレアの南部諸侯連合に関しては、ご老体には厳しいやもしれませんね」


 ああ、駄目だ。この女、もうブロンダン卿に勝った後のことを考えていやがる。こんな調子で、あの本物の化け物に勝つことができるのだろうか? あたしはとても不安だった。いっそのこと、ブロンダン卿に滅ぼされてしまう前に、一族郎党を連れてどこかに逃げ延びた方がマシやもしれん。しかし、ミュリン領は先祖が開拓した大切な土地。捨て去る決心などできるわけがない。ああ、くそったれの極星め。老い先短いババアになんという試練を……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先を考えるなら尻尾巻いて逃げたほうがいいんでしょうね。 使えない味方ほど恐ろしいものもなし。 まあ、立場がそれを許さないんですけど
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