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第439話 くっころ男騎士と城塞都市(2)

 城塞都市レンブルクの正面に展開したリースベン軍砲兵隊(一部にスオラハティ軍も含む)が射撃準備を進める。砲口から布袋に包まれた火薬を詰め込み、さらにそこへ蓋をするように砲弾も装填していく。新型砲とはいえ、所詮は砲口から弾薬を装填する前装式だ。装填作業には結構な時間を必要とする。

 だが、悠長に作業をしていてもミュリン軍側は手出しができない。なにしろ、オモチャのように可愛らしい八六ミリ砲ですら射程は一キロ半を超えているのだ。敵軍がこちらを攻撃できる兵器を保有している可能性はほぼなかった。怖いのは、正門が突然開いて騎兵隊が突撃してくることくらいだ。


「射撃準備完了」


「よろしい。射撃開始」


「全砲、撃ち方はじめ!」


 端的なやり取りをへて、発砲が始まる。砲手が大砲の尻から伸びた紐を引っ張ると、鼓膜が殴られるような轟音が周囲に響き渡った。あちこちからバサバサと鳥が飛び立っていく。射撃と同時に吐き出された白煙の量も尋常ではなく、濃霧のように立ち込めて僕たちの視界を遮っていた。おかげで、射撃の結果を確認することもままならない。


「あ~、硝煙の香りですわ~。生きてる~ってかんじですわ~たまりませんわ~」


 頭のオカシイ女が頭のオカシイ発言をしていたが、僕は努めて無視をした。こいつに付き合っていたらこっちまでおかしくなってしまう。


「風術!」


 僕がそう短く命令すると、エルフたちが突風の魔法を使って強引に白煙を除去した。ミルクのように濃密な煙が立ち退くと、そこから現れたのは見るも無残な姿になったレンブルク市の石壁と正門だ。

 自慢の市壁は自動車に突っ込まれたブロック塀のように崩れ、鉄製の大扉もベコベコに歪んで吹っ飛んでいる。わずか第一射でこれだ。ミュリン軍も、さぞや大慌てをしていることだろう。街の方からは、悲鳴じみた声が沢山聞こえてきていた。


「あ、あのレンブルクの壁がこうもアッサリ……」


 アガーテ氏が絶句している。けれども、前世の歴史を知っている僕からすれば当然の結果だった。石材を積み上げただけの壁など、大砲の前には何の役にも立たない。火砲の発達によってこの手の城壁の命脈は断たれ、要塞の防壁は人工的な丘ともいえる土塁や鉄筋コンクリート製のものに取って代わられた。

 まあ、ここは剣と魔法の世界だ。石壁を魔装甲冑(エンチャントアーマー)のように強化すれば、大砲に対抗するのも不可能ではないかもしれないがね。しかし、魔装甲冑(エンチャントアーマー)ほどの強度を得るためには、壁全体をミスリルでメッキしてやる必要がある。そのコストを考えれば、あまり現実的とは言えないような気がする。どう考えても、土塁を作った方が手っ取り早い。


「時代は変わりました。これからの戦争は、火砲が主役です」


 僕がそう言うのと同時に、二射目の射撃が始まった。僕は一斉射撃を命じていたが、だからと言って一度にすべての砲が発砲するわけではない。砲をグループ分けして、照準を修正しながら順番に射撃するのが近代的な砲術なのだ。とはいえ、バカでかい壁を狙っている以上あまり精密な照準は求められないだろうが。


「もう少し、徹甲弾での攻撃を続行したほうがよさそうですね」


 ボロボロになったレンブルク市の正門付近を見ながら、ソニアがいった。ボロボロとはいっても、まだ完全崩壊には程遠い。僕の作戦では、あの壁はガレキの山になるまで破壊せねならないのだ。むろん砲撃はしばらく続行するが、その際に使用するのは鉄製の徹甲弾だ。爆発する砲弾である榴弾は対人用なので、この手の任務には使いづらい。


「壁が相手ならそれで十分だ。人間の方は……ライフルと迫撃砲の仕事だな」


 ……いやしかし、本当に重野戦砲を持ってきてよかったな。山砲や騎兵砲ではこれほどの効果は発揮できなかっただろう(余談だが、わが軍の山砲とヴァルマの騎兵砲は砲身は同じでそれを支える砲車が異なる姉妹兵器だ)。砲全体の重量が一トンを超えるようなかなりの重量級兵器だから、運搬にはかなり難儀をしたのだが……やはり大口径砲は正義だ。破壊力が違うよ、破壊力が。

 それからしばしの間、砲兵隊は全力射撃をつづけた。レンブルク市の方もバリスタなどを打ち返してきたが、その矢玉は砲兵隊にはとどかない。両者の射程には絶望的なまでの差があった。五十発以上の砲弾をぶつけられた正門付近石壁は完全に崩落し、無惨極まりない姿をさらしている。

 やはり、どれほど立派な外見でも所詮は石壁だな。砲撃を喰らえばひとたまりもない。そして向こうは反撃すらできないのだから、完全にワンサイドゲームだ。戦っているというよりは、やたらと規模の大きいボーリングをしているような感覚だった。


「そろそろ、砲身が過熱してきたころ合いです」


 砲兵士官の言葉に、僕は頷いた。我々の大砲は青銅製なので熱に弱く、強引な連続射撃は砲身の変形や破損を招いてしまう。そうでなくとも、アツアツの状態の砲身に火薬を詰めるとそのまま爆発してしまう危険性もあった。


「そろそろ敵側も次のアクションを仕掛けてくるはずだ。冷却も兼ねて、いったん射撃を中止しよう。弾種も次からは榴弾でいい」


 すでに敵の正門は防壁としての用をなさないような有様になっている。騎兵はともかく、歩兵ならば容易に登って突破可能だ。作戦の第一段階は完了したと判断していいだろう。そう思っていると、空からパラシュート付きの通信筒が落ちてきた。鳥人偵察兵が投下したものだ。すぐに騎士の一人がそれを回収し、僕の元に持ってくる。


「第三航空偵察班より報告! レンブルク市側面の別の門より敵騎兵隊の出現を確認したようです」


「了解。……もう騎兵を出して来たか、素早いじゃないか」


 レンブルク市の守備兵だって、いつまでも射撃訓練のマトになり続けるのは嫌だろう。そして攻撃が届かないならば、届く距離まで近づけばよいだけの話。反撃のための部隊を出撃させて来るのは当然の話だった。


「……迎撃はライフル兵隊に任せよう。ジルベルトに出迎えの準備をするよう伝えろ!」


 わが軍の中核を成す戦力であるライフル兵大隊は、ジルベルトが指揮している。彼女は、元はと言えば王軍の精鋭であるパレア第三連隊の隊長だった人物だ。とうぜん、その用兵の手腕について疑問を挟む余地はない。苦し紛れの騎兵攻撃など、軽くあしらってくれるだろう。

 案の定、命令を出した後のライフル兵大隊の動きは迅速だった。狭い山道の中、砲兵の射線を避けて巧みに兵を展開させる。それとほぼ同時に、敵の騎兵隊がこちらの視界に飛び込んできた。どうやら、敵の狙いは砲兵隊のようだ。突撃隊形を作り、こちらの砲列を目指して突っ込んでくる。


「山道で騎兵は……」


 アガーテ氏が苦い表情で呟く。そう、これはリースベン戦争の時と同じ構図だ。ここは丘陵地帯であり、騎兵では側面に回り込めない。道に沿って真っすぐ突撃することしかできないのだ。そしてそこに待ち構えているのはライフル兵と砲兵……。

 瞬間、突撃する敵騎兵隊の鼻先で連続爆発が起きた。ライフル兵隊に配備されている迫撃砲が射撃を始めたのだ。砲弾が極端な山なりの軌道を描く迫撃砲は、射撃精度に難点がある。残念ながら、初撃では一発の砲弾も命中はしなかった。

 だが、眼前に砲撃を浴びた敵騎兵隊は、突撃の速度を緩めざるを得ない。中には、驚き暴れる馬を御しきれず落馬してしまう騎兵もいた。さらにそこへ、ライフル兵の射撃が襲い掛かる。姿勢が乱れたところへの一斉射撃だ。大量の騎兵と軍馬が面白いようにバタバタと倒れた。


「射撃目標を敵騎兵隊に変更。撃ち方はじめ!」


 そこへさらに砲兵隊の援護射撃が殺到する。今、各砲に装填されていた砲弾は榴弾だった。爆発する砲弾の雨を叩きつけられた敵騎兵隊は、総崩れになる。そこへさらに、迫撃砲隊の第二射が襲い掛かった。前線はもう滅茶苦茶だ。ミュリン騎兵たちは、命令も待たずに敗走しはじめた。

 そんな騎兵隊の背中に、上空から鳥人部隊が襲撃をかけた。彼女らは非力なので爆撃などの任務には不向きだが(なにしろ彼女らは一般的な歩兵用装備ていどの重量でも離陸が難しくなる。爆弾の運搬など論外だ)、足につけた鉄のカギ爪を使えば急降下攻撃は可能だ。猛禽の狩りのような調子で、少なくない数の騎兵が討ち取られてしまった。泣きっ面に蜂とはこのことだ。


「パーフェクトゲームだ」


 僕はにやりと笑って、片手を上げた。


「さて、もう一度降伏を促す軍使を派遣してみよう。さっきと同じ態度がとれるのか見ものだな」

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