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第432話 くっころ男騎士と軍役

 スオラハティ三姉妹の末妹、ヴァルマが持ってきた王家の書状には、とんでもないことが書かれていた。紙面から視線を外し、目をこすり、もう一度書状を読んでみた。……相変わらず、そこには認めがたい文字列が丁寧な筆致で描かれている。

僕はもう一度紙面から視線を外し、ポーチから酒水筒(スキットル)を取り出して中身のウィスキーを一気に飲み干した。そして文面に視線を戻すと、やっぱりそこにはクソみたいな文章が踊っている。大変に残念ながら僕の目はマトモらしい。


「あ、アル様? いかがなされました? まさか、その……王家が?」


 僕の尋常ではない様子に、ソニアが冷や汗を垂らしながら聞いてくる。いよいよ反乱の疑いが表面化して、査問にも呼びつけられたのか。そう聞きたいらしい。僕は無言で首を左右に振り、息を吐いた。


「……ソニア、紫色計画ヴァイオレット・プランの計画書って持ってきてたっけ?」


「い、いえ……領主屋敷に置いてきましたが……。使わない作戦の計画書を無意味に持ち出して、万一紛失したり盗まれたりすれば大事ですから……」


「そっか。うん、そうだったな。ウル、ちょっと来てくれ!」


「へいへい、ご用命じゃしか?」


 鳥人の頭領であるウルは、今回の遠征でも偵察・伝令の責任者として従軍している。僕の呼びかけに答え、カラス娘はトテトテと駆け寄ってきた。


「悪いが今すぐカルレラ市に戻って紫色計画ヴァイオレット・プランの計画書を持ってきてくれ。可能な限り迅速に頼む」


 僕は従者に命じて便箋と封筒を持ってこさせ、手早く命令書を作った。慌てているせいで字がかなり汚くなったが、お構いなしだ。封筒を封蝋で閉じ、ウルに手渡す。彼女は「承知」と短く答えて飛び立っていった。


「アル様、一体どうされたのです? 今さら、作戦の変更をするのですか? しかし、紫色計画ヴァイオレット・プランはいくつかある対ミュリン作戦でも最も過激なプラン。一応念のために用意しておいた、程度の代物では……」


 ソニアの言葉に、僕は小さく頷く。この作戦は、ミュリンの本拠地まで攻め込んで城下の盟を結ばせることを目的としている。つまり、全面戦争プランだ。我々が派手に動けば動くほど皇帝軍の介入リスクは高まっていくので、これが採用されることはまずありえない、という話になっていたのだが……。


「残念ながら、ことはその程度(・・・・)では終わらなくなった。作戦の大幅な見直しが必要だ」


 そう言って、僕は例の書状をソニアに手渡した。ひどく困惑した様子でそれを受け取った彼女は、文面に目を通すなりさっと顔色を変える。それもそのはず、書状の内容はこの戦争の前提条件を何もかも変えてしまうようなシロモノだったのだ。王侯特有の長ったらしい装飾にまみれたソレを分かりやすく要約すると、こうなる。


ガレア王国王太子、フランセット・ドゥ・ヴァロワよりリースベン城伯アルベール・ブロンダンに通達する。

貴卿も知っての通り、神聖オルト帝国は我が王家の神聖なる領土の一部であるレーヌ市、及びその周辺地域を不法にも占拠している。

余はこの度、レーヌ市を正統なる所有者であるガレア王家の手に取り戻すべく、神聖オルト帝国に宣戦を布告することにした。

したがって、貴卿に臣下としての奉仕を命ずる。

王家は貴卿を正式に南部方面軍の将軍に任じることにした。

貴卿の任務は帝国南部の諸侯を誘引し、王国軍本隊の負担を軽減することである。

下記の諸侯を率い、帝国南部に進撃せよ。

以上


 レーヌ市というのは、王国と神聖帝国のはざまに位置する有名な大都市だ。大陸西方における羊毛の最大産地の一つであり、その大変に恵まれた立地から物流の要ともなっている。そういう重要な場所だけに、ことあるごとに争奪戦が行われている血塗られた街だ。

 僕の記憶が確かなら、この街の所有者は五回変わっている。何十年か前はガレア王家の直轄領だったし、今は神聖帝国の皇帝家が支配している。どうやら、フランセット殿下はこの街を王家の手に取り戻そうとしているらしい。

 ガレア王家が、皇帝の直轄地に攻め込むのである。つまりは、王国と神聖帝国の全面戦争。我々とミュリン家の戦いが子供の喧嘩に思えてくるような、とんでもない大戦争だ。


「どうやら、このところの我々の努力は徒労に終わったらしい」


 なんとか皇帝軍の介入を防ごうと四苦八苦して作戦を立てていたというのに、コレである。僕はすさまじい徒労感に襲われていた。主敵に据えていたミュリン軍も、今や単なる前菜だ。我々は神聖帝国の皇帝軍その物と戦わねばならなくなった。浅い川だと思って踏み込んだら、とんでもない急流だったような気分だ。

 この頃やたらと王家からの反応が鈍かったのは、作戦を秘匿するための情報統制のせいだったのかもしれないな。王軍が戦争準備をしているという報告は何度も耳にしていたが、まさかこんなことを目論んでいたとは……。

 チラリとヴァルマのほうを見ると、彼女は顔にニヤニヤ笑いを張り付けてこちらをうかがっている。どうやら、彼女はこの命令書の内容を知っているらしい。なるほど、フゥン。だからわざわざ郎党を引き連れて遠路はるばるリースベンまでやってきたわけか。クソッタレの戦争フリークめ。


「いやぁ、王太子殿下もやりますわねぇ~。大急ぎで大砲や小銃を揃えて、新兵器をコピーされる前に宿敵をブッ叩く! なんとも大胆な作戦ですわ~」


 僕とソニアが揃って頭を抱える中、唯一ヴァルマだけが楽しげだ。こ、この野郎……と思わなくもないが、問題は王太子殿下である。穏健派の現国王陛下が神聖帝国相手に全面戦争を決断するとは思えない。命令書が王太子殿下の名前で発行されていることからも、この作戦の責任者は王太子殿下である可能性が高い。

 ……レーヌ市の奪還は確かに王家の悲願だろうが、あそこはもう何十年も神聖帝国のリヒトホーフェン家が支配しているのだ。今すぐ取り返さねば王国が爆発四散してしまうとか、そういう切羽詰まった事情は一切ない。

 にもかかわらずの、突然の開戦。これはどう考えても、僕が新式軍制の技術を彼女に教えたからだ。彼女はライフルや大砲の威力を知り、これならば皇帝軍が相手でも勝てると判断してしまった。おそらくは、自分が国王に即位する際の権威付けを狙っているのだろうが……あの人がこんな機会主義的な挙動をする人間だとは思ってもみなかった。人を見る目には自信があったのだが、どうにも僕の目は節穴だったらしい。

 ああ、最悪だ。僕は膝から崩れ落ちそうな心地になったが、なんとか耐えた。僕の肩には領民と部下のすべての責任が乗っている。命が尽きるか領主の職を辞すまでは、何があろうと常に最善の行動をとり続ける義務がある。


「これは……しかし……」


 苦悩がにじみ出る表情をしながら、ソニアが呻く。本当に厄介なことになってしまった。僕たちとしてはミュリン家をシバいて大人しくさせたいだけなのに、王家は我々に帝国の南部諸侯を引き付けろと命じている。おそらく、その隙に王軍本隊が進撃して帝国の横っ腹に風穴を開ける腹積もりなのだろう。典型的な陽動作戦だ。僕たちはいざという時に備えて様々な戦争計画を立てているが、流石にこのようなシチュエーションは想定していなかった。


「とにかく、作戦の見直しだ。軍役を命じられた以上、命令を拒否する権利は我々にはない」


 命令書には、真価としての奉仕を命じると書かれていた。これはつまり、軍役……出陣の要請に他ならない。君主は臣下に封土や領地の安堵などを与え、臣下はその代わりに君主に対して軍事奉仕を行う。この双務的契約こそが封建制の根幹なのだ。


紫色計画ヴァイオレット・プランをベースに作戦を組み立てなおす。基本は同じだが、戦域の広さも敵の数も大違いだ。少しばかり工夫が必要だな」


 まあ、一応その分味方も増えるわけだが。僕はソニアから命令書を返してもらい、『下記の諸侯を率い、帝国南部に進撃せよ』という一文を読み返した。……しかしそう言われてもね。書かれている諸侯の軍を改めて招集していたら、作戦開始がどれほど遅れるか分かったもんじゃないぞ。いったいどうしたもんかね。


「ヴァルマ、お前も協力してくれるんだな?」


 とにかく、今は信用できる味方が必要だ。共同訓練すらしたことがない諸侯軍など、どれほど役に立つのかわかったもんじゃない。というか下手をしたら戦いに間に合わない可能性もある。

 そこでこのヴァルマだ。こいつはホンモノのクソ野郎だが、用兵に関しては頼りになる。部下の騎士たちも手練れぞろいで、しかもリースベンと同じ教本で教育されているため連携もしやすいと来ている。装備・練度に優れ、指揮官にも恵まれた騎兵が一個大隊。雑兵千名よりも頼りになる戦力だ。有効活用しない手は無い。


「もっちろんですわ~南部諸侯が入れ食いの食べ放題ですわ~楽しみですわねぇ~」


 満面の笑みそんなことを言うものだから、本当にこの女はろくでもない。僕とソニアは顔を見合わせ、揃ってため息をついた。コイツを頼りにする日が来るとは、まったく世も末だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ、宰相派と戦うつもりだったはずだけどどうしてこうなった笑
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