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第426話 くっころ男騎士と隣国領主の懸念

 その夜、夕食を終えた僕は談話室で晩酌としゃれこんでいた。とはいっても、お相手はいつものロリババアらではない。このズューデンベルグ城の主、アガーテ氏だった。それぞれ、従者を一人付けただけの小さな集まりである。それもそのはず、この集まりは今後の方針について話し合う、非常に機密性の高いモノだった。


「なるほど、あのクソババアもとんだ失敗をやらかしたものだな。笑えばいいのか憐れめばいいのか、判断がしづらいところだな」


 小さく美しいガラス製の酒杯でウィスキーをちびちびとやりながら、アガーテ氏はそう言った。話題の内容は、もちろんあのおバカなオオカミ娘の大失敗についてである。


「ミュリン家は宿敵といって差し支えのない相手だ。指さして笑ってやりたいところだがね、なかなかそういう気分になれん。後継者問題は、どこの家も頭を悩ませている……」


「明日は我が身、ですものね。ウチだって他人事じゃあありませんよ」


 僕はそう言いながら、ため息をついた。ブロンダン家の次期当主になるのは、僕とアデライドの子供ということになっている。なにしろブロンダン家は只人(ヒューム)貴族の家系だ。他の種族の子に継がせるわけにはいかん。

 ……しかし問題は、その子の器量だ。アデライドの娘ならば安心だろうという気分はあるんだが、名馬の仔が必ず名馬になるわけではないからな。難しいところだ。リースベンはたいへんにかじ取りの難易度の高い領地だ。子供世代、孫世代になってもキチンと統治していけるのだろうか……。


「後継者の教育は、貴族のお役目の中でももっとも重要でもっとも難しい課題かもしれんな。……ま、今のところ私も貴殿も若い。イルメンガルドの婆ほどには尻に火がついているわけではないが」


 ため息をつきながら、アガーテ氏はウィスキーを飲み干す。身長二メートル超の偉丈婦だけあって、彼女はなかなかいける口だった。……いや、まあ、同じく長身のソニアはビール一杯でイイ感じになるほど酒に弱いので、体格はあまり関係ないのかもしれないが。


「次の一杯は、少し変わり種にしませんか? エルフの地酒を持ってきているのですが」


 僕はそう言いながら、ちらりと隣に座ったジルベルトを見た。今日のお供は、ソニアではなく彼女なのだ。ジルベルトは小さく頷いて、持参していた陶器製の酒瓶をテーブルに置く。


「ほう、エルフの酒か。材料は何だ?」


「先日お贈りした例の芋ですよ」


「ああ、あの妙に甘い……あれほど甘ければ、イモでも酒が作れるのか。面白い」


 ニヤリと笑って、アガーテ氏は自らの酒杯を差し出してきた。僕はよそ行きの笑顔を浮かべつつ、彼女の杯へ酒を注いでやる。ちなみに彼女は勘違いしているようだが、流石のサツマイモもそのままではアルコールにはできない。エルフ特製の麹っぽい謎のカビで糖化させてから、あらためて発酵させるのである。


「ふぅん。飲み口は少しばかり軽いが、ウマいじゃないか。香りが濃厚だな……」


「最近のお気に入りでしてね」


 アガーテ氏にお酌を返してもらいながら、小さく笑う。反応は悪くない。どうやら、芋焼酎(エルフ酒)はアガーテ氏のお眼鏡にかなったようだ。……うまくやれば、芋焼酎向上にも出資してくれるかもしれんぞ。まあ、今日はそんな話をしている場合ではないのだが。僕はコホンと咳払いをして、話題を本筋に戻すことにした。


「まあ、それはさておき……問題は、イルメンガルド殿の次の手です。彼女はどうやら我々の取り込みを図りたかったようですが、今の状況ではそれどころではないでしょう」


「流石はミュリンのクソ婆、しゃらくさい手を使う。いい気味だ」


 薄く笑って、アガーテ氏は酒杯の芋焼酎を一気に飲み干した。なかなかいいペースである。先ほどまで、ウィスキーをストレートで飲んでいたのだ。焼酎などジュースのように感じてしまうのだろう。僕は流れるような動作で彼女の酒杯にお代わりを注いでやる。


「ブロンダン家は名誉を傷つけられ、ミュリン家は優秀な騎士を一人失った。……ご存じか? ブロンダン卿。あのエルフの姫君が倒したという騎士は、帝都の馬上槍試合(トーナメント)でも好成績を残している高名な人物だ。そんな人物が、一撃でやられてしまったのだ。今頃、ミュリンの家臣団連中はさぞや顔を青くしていることだろうよ」


「……それほどの騎士でしたか、あの方は」


 僕はジルベルトと顔を見合わせ、ため息をついた。ひとかどの騎士ではなかろうかとは思っていたが、そこまでとは。馬上槍試合(トーナメント)は、騎士の腕前を競う競技会だ。それも皇帝のおひざ元で開かれる大会ともなれば、神聖帝国中から名うての騎士が集まってくることだろう。そのなかで結果を残したというのは、尋常ではない。


「あの領主殿も哀れですね。それほどの騎士を、このようなくだらぬ事件で失ってしまうとは」


 ジルベルトの言葉に、アガーテ氏は神妙な顔で頷いた。


「ああ、同情するよ。とはいえ、こちらとしては好都合だ。敵は弱ければ弱いほどいい。いくらでも弱体化してもらいたいところだ」


「それはその通りですね」


 実際、この地域の緊張度が増しているのは、ディーゼル軍が弱体化して組織間のパワーバランスが崩れたからだ。ミュリン軍がディーゼル軍なみに弱体化すれば、情勢は落ち着きを取り戻すだろう。……ま、そう都合よくはいかんだろうがな。ミュリン伯爵の損切りはなかなか判断が早かった。これ以上あの失態から利益を得るのは難しいだろう。


「とはいえ、ここまでされたのならミュリン家も守りに入るのではないでしょうかね? 今回の件は、威圧として十分な効果を発揮したはずです。あの血気盛んな孫娘殿も、もう我々と正面から事を構えようだなどという気にはならないでしょうし」


 アンネリーエ氏は明らかにフェザリアやネェルに怯えの色を見せていた。少なくともしばらくは、喧嘩を売ろうという気にはならないのではなかろうか。……そういう効果を狙って、僕はわざわざ手持ちの中でも最強の手札を並べて見せたわけだが。


「さあてね、私はそうは思わんが」


 ところが、アガーテ氏の表情はシブかった。彼女はつまみのソーセージを口に放り込み、乱暴にかみ砕く。ウシというより肉食獣めいた動作だ。


「窮鼠猫を噛むというコトワザもある。ましてやあいつらはオオカミだ。番犬にビビって弱った獲物を見逃すほどヤワな連中じゃあないさ」


 弱った獲物というのは、つまりディーゼル家のことだろう。ジルベルトが眉を跳ね上げた。


「……ここまでやられて、なお彼女らは野心を捨て去らないと?」


「ああ、そうさ。……貴殿らは、宮廷騎士の出身だったな? で、あれば……この感覚は分かりづらいだろうな。土地と血縁にしみついた怨念というものは、そう簡単に忘れられるものではないのだ。緩慢な死を待つくらいならば、相打ち狙いで仕掛けてくる程度には、彼女らは我々のことが嫌いだろう」


「……」


 確信めいた口調でそんなことを言うアガーテ氏に、僕は思わず黙り込んでしまった。僕は戦争を抑止するつもりで彼女らを威圧したが、どうやらアガーテ氏としてはこの方向でのアプローチは無意味だと言いたい様子だった。


「理解できませんね。いざ戦争となれば、あれほどの暴威を誇るエルフ兵やカマキリ虫人と対峙せねばならないのです。どれほど勇猛な騎士でも、二の足を踏むのが普通だと思いますが」


 困惑した様子で、ジルベルトが問いかける。彼女は、勝てぬと判断した戦で投降をした経験のある指揮官だ。ミュリン家がわざわざ分の悪い賭けを仕掛けてくるというのが信じがたいらしい。


「ブロンダン家の力を理解したからこそ、ミュリン家は速攻を仕掛けてくる。その手強いブロンダン家と、憎らしいディーゼル家が一体化しちゃたまらないからな。分離できるうちに仕掛けよう、そう考えるのは自然なことだ」


 アガーテ氏はひどく皮肉げな口ぶりでそう言った。


「このいくさの焦点は、ブロンダン家がズューデンベルグに軍を派遣するか否かだ。どれほどリースベン軍が強力でも、戦わないのであれば何の関係もない。あいつらの尻にはもう火がついちまってる。一か八かの賭けに出るというのは自然な流れだぜ」


「……」


 そう言われてしまうと、僕は黙り込むしかなかった。実際、ズューデンベルグに軍を派遣するというのは容易なことではないからだ。この領邦は神聖帝国に属しており、その領域内にガレア貴族である僕が軍を送り込むというのは政治的にたいへんに危険なことである。正直言って、こちらとしては援軍の約束はしかねるのだ。だからこそ、僕たちはミュリン家を脅しまくって実際の軍事行動を抑止する作戦を取ったのだが……もしかしたら、それは無意味なことだったのかもしれない。


「なあ、ブロンダン卿。もしあいつらが私らに殴り掛かってきた場合、あんたはどういう選択をするんだ? 援軍は出してくれるのか? そろそろ、そのあたりをハッキリ明言してもらえると嬉しいんだがね」


 そう語るアガーテ氏の眼つきは冷徹だった。彼女としても、生き残りがかかっている。真剣にならざるをえないのだろう


「……こちらも、なかなか難しい立場でしてね。迂闊なことは申せません」


 とはいえ、こちらにも都合がある。ただでさえ、この頃僕たちは王室ににらまれ気味なのだ。下手な真似をすれば反乱分子扱いされかねない。独断で対外戦争を始めるなんてのは論外だ。神聖帝国と違い、ガレアの王室は地方領主にもガッツリ干渉してくるからな……。


「親分としてドンと構えてくれるってんなら、ディーゼル家は皇帝(リヒトホーフェン)家を捨ててブロンダン家に臣従したって構わない。よろしく頼むぞ、頼りになるのはアンタらだけなんだ……!」


 そう言って、アガーテ氏は強い目つきで僕を見つめた。冗談でしょう? と返しそうになったが、どうやら本気の言葉らしかった。むぅぅぅぅん、そんなこと言われてもなぁ、辛いなぁ……うううううううん……。


「まあ何にせよ……私が思うに、もう猶予はあまりない。ウチのほうは、近日中に民兵の招集に入ろうと思う」


「そこまで切羽詰まっているのですか」


 民兵というのは、農民兵や市民兵の通称だ。普段は普通の生活を送っている一般人を兵士として招集するわけだな。戦力としての価値ははっきり言って低いし、おまけに働き盛りの連中が民間から消えてしまうので市民生活にも悪影響がある。できれば頼りたくない兵力ではあるが……有事となれば、活用せざるを得ない。いわば、最後の手段である。


「ああ、カンだけどな。取り越し苦労なら、指さして笑ってくれていいさ。けど、後悔はあと先に立たずっていうからね……やるだけはやっておかないと。ブロンダン卿の方も、それなりに準備しておいてくれると嬉しいがね……」


「……やれるだけの事はやらせてもらいますよ」


 意味深な目つきでこちらを見てくるアガーテ氏に、僕は頷くほかなかった。まあ、なんにせよディーゼル家に潰れてもらっちゃ困るのは確かなんだ。とりあえず、出来るだけのことをするしかない。まずはあの狼ばあさんともう一度しっかり話し合い、並行して王室の方にも相談して助言を求めよう。ブロンダン家が暴走して勝手に戦争を始めようとしている、なんて王室に勘違いされちゃ困るしな……。はあ、やることが多い。胃が痛くなってきたんだけど……。

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[一言] つーか今頃あの孫教育した連中首跳んでるじゃ?(目反らし
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