第419話 くっころ男騎士と警告
フェザリアの警告通り、獣道を進んだ先にはなんとも剣呑な様子の連中が待ち構えていた。ほとんど全員が若いオオカミ獣人で、数は二十人ほど。猟場なのだから当然と言えば当然なのだが、みなしっかりと武装しており何やら愚連隊を思わせるような雰囲気が漂っている。
この森は領主御用達の猟場だから、それなりに整備されている。とはいえやはり大所帯が団子になって進めるほど広々とはしていないので、道の真ん中で立ちふさがれては迷惑だ。襲撃の可能性を想えば部隊を分けるという選択肢もなく、オオカミ獣人連中がどかないことには僕たちは立往生するしかなかった。たいへんに迷惑な話である。
「おう、手前がアルベール・ブロンダンとかいう田舎城伯か」
一団の中から一人の若い娘が出てきて、尊大な口調でそう言った。銀髪赤目の、いかにも跳ねっかえりといった風情の女だ。驚くべきことに、猟場だというのに全身甲冑をつけている。板金鎧は基本的にうるさいものなので(まあ、可動部に革を挟む等の方法である程度の防音は可能だが)、狩猟には不向きな格好だ。
アデライドのようなごく一部の例外を除けば、貴族にとって狩猟はほとんどたしなみのような行事だ。まったく心得がない、というのは考えづらい。つまり、この甲冑姿もわざとやっているということだ。なんとも面倒くさそうなヤツが出て来たぞと、僕はおもわずソニアと顔を見合わせる。
「……ああ、たしかに僕はリースベン城伯のアルベール・ブロンダンだが。そういう君は、どこの誰かな? どこぞ名のある家の若武者どのと見受けられるが」
彼女が装着している甲冑は、一揃いの真新しいものだ。しかも、雰囲気からして普通の甲冑ではなく魔力の込められた魔装甲冑だと思われる。魔装甲冑はたいへんに高価な代物で、そこらの賊や傭兵風情ではなかなか手に入るような代物ではない。おそらく、この女は貴族かその従卒である可能性が極めて高いということだ。
「誰かと聞かれれば答えんわけにはいかんな。アタシはエーレントラウト・フォン・ミュリンが長女アンネリーエ・フォン・ミュリン。ミュリン領を継ぐ女だ」
胸を張りつつ、アンネリーエとやらは朗々とした口調で自己紹介をした。エーレントラウトという名前には、覚えがある。ちらりとソニアの方を見ると、彼女は小さく頷いた。
「エーレントラウト殿といえば、ミュリン家の現当主イルメンガルド殿の長女……つまりはミュリン伯領の次期継承者にあたる人物ですね」
なるほど、あの老狼騎士の孫か。まあ、彼女が本当のことを言っていれば、の話だが。とはいえ、貴族の名を騙るのは重罪だ。ましてや今は近隣の領主貴族が集まる狩猟会の真っ最中で、さらには当のミュリン伯イルメンガルド氏も出席している。そんな場で無関係な他人が伯爵の孫を騙るような大胆不敵なマネはしないだろう。
……とは思うのだが、まあ万が一ということもある。僕は視線をカリーナの方に向けた。ディーゼル家とミュリン家は因縁深い間柄だ。そのミュリン家の当主直系の孫ということであれば、カリーナと面識があってもおかしくはないだろう。
「直接見るのは三年ぶりだけど、たぶん本物で間違いないよ」
案の定カリーナは頷き、僕にそう耳打ちしてきた。僕は無言で義妹の頭を軽く撫で、視線をアンネリーエ氏に戻す。
「なるほど、あのイルメンガルド殿の御内孫か。よく似ていらっしゃる」
そう言いながら、アンネリーエ氏を密かに観察する。確かに、彼女はイルメンガルド氏をだいぶ若くしたような容姿をしている。ツンツンした硬そうな髪質や、笑みを作った時の口元などがソックリだ。
「はん、ヨイショだけはうまいじゃねえか。へへへ」
ちょっと照れた様子で、アンネリーエ氏は鼻の下をこすった。かなり嬉しそうだ。僕は今にも彼女に飛び掛かりそうな雰囲気を出しているフェザリアを目で制してから、小さく息を吐く。
「それで、そのアンネリーエ・フォン・ミュリン殿は一体どういうご用件なのかな? 鹿の群れを見つけたから一緒に狩りに行こう、などという雰囲気ではなさそうだが」
彼女にしろ、その後ろに居る連中にしろ、仲良くしに来たという風情ではない。むしろ一触触発の空気を放っている。流石に武器を構えているような者はいないが、威嚇めいた態度でこちらを睨みつけている奴も少なくは無かった。半グレ集団が因縁を付けに来ました、というような風情だ。
「新米城伯どのに、先達として忠告をしにきてやったのさ。ま、親切心の発露ってやつさ」
先達とは言うが、アンネリーエ氏は僕よりもだいぶ若い。おそらく、カリーナと同年代だろう。つまりは、成人……十五歳前後といったところか。貴族としては、まだまだ青二才とされる年齢だ。まあ、それを言うなら僕も大概青二才だが。
「ほう、忠告。領地を任されてまだ一年もたたぬ新参者としては、たいへんに興味深いお話ですね。ぜひ聞かせていただきたく」
ヤンキーのテンプレイチャモン台詞みたいなのが来たな……と思いつつも、僕はできるだけ丁寧な口調でそう答えた。実際、新米城伯のブロンダン家よりも大昔からこの平原で大領主をやっているミュリン家のほうが遥かに格式高い家だ。少しばかり上から目線でモノを言われても、文句は言いづらい。まあ、限度はあるがね。
「思ったよりも殊勝じゃねえか。素直な男は嫌いじゃないぜ」
アンネリーエ氏がニヤッと笑ってそんなことをいうものだから、ソニアの足にグッと力が籠るような気配がした。僕は慌ててそれを制止しつつ、笑い返す。まったく、ウチの連中はどうしてこう血の気が多い奴らばかりなんだ。
「ディーゼル軍に勝って調子に乗ってるらしいが、勝利に驕って勝因を見失っているようじゃあ話にならねぇ。ド田舎のクソみてぇな山の中とこの遥かなる大平原じゃ、だいぶ勝手が違うんだぜ? お前さんの健闘は認めてやってもいいが、アタシらの前では謙虚な態度を取ることだ」
あーはん、なるほど。だいたい理解した。つまりこのオオカミ娘は、平原での戦いならば僕たちよりもミュリン家軍のほうが強いと言いたいわけだ。まぐれ勝ちした、とは言わないあたりただの調子に乗ったバカではないらしい。実際あの戦いは戦場が狭い山道だったからこそ勝てた戦いなので、彼女の言うことは間違っていない。少なくとも、キチンと情報を集め、それを分析するだけの頭はあるということだ。
まあ、そうは言っても今のわが軍は当時よりもはるかに増強されてるわけだがね。しかし、だからと言って今ここで「オウ、ならこの場で本当にお前らの方が強いのか試してやろうじゃねえか」などと言って実際に戦争を吹っ掛けるわけにもいかんからな。僕は少し考えて、ダライヤの方を見た。彼女はだいぶ呆れた様子で眉を跳ね上げ、肩をすくめて薄く笑った。お前の好きなようにやれ、という表情だ。
「なるほど、なるほど。承知いたしました、ご忠告痛み入ります」
僕は慇懃な態度でそう答え、頭を下げた。ソニアやフェザリアは撃発寸前の気配を漂わせているが、僕としてはそれほど気に障りはしなかった。それよりも、アンネリーエ氏のおかげでイルメンガルド氏の思惑がある程度見えてきたということほうが重要だ。
つまり彼女は、自分は柔和な態度を取りつつ裏では孫を僕たちにけしかけてみせたわけだ。おそらく、茶会の際には一言謝罪が入るに違いない。そういう一連の儀式を見せることで、こちらに「交渉の席には着くが、我々はお前たちの言いなりにはならないぞ」ということをアピールしているわけだ。なるほど、老練なベテラン貴族らしいやり口だな。
「わかったなら結構! しっかりと心得ておけよ、成り上がり者。出しゃばり男は蛮族相手にゃモテるかもしれないが、文明国じゃ嫌われるんだぜ? ……ああ、.変態貴族に売約済みだから、モテる必要はもうないのか。こりゃ失礼」
さすがにこの言い草には僕もカチンときた。確かにソニアもアデライドも少しばかりヘンな性癖をしているが、部外者にあれこれ言われる筋合いなどない。……が、息を吸い込み、そしてゆっくりと吐くことでそれを堪える。怒りをあらわにしたところで、百害あって一利なしだ。軍人はどんな時でも冷静であらねばならない。
「アンネリーエ殿、その発言は流石に看過できない。ミュリン家に正式に抗議させてもらうぞ」
「オット! 少しばかり口が滑ったな。アタシの悪い癖だ……これ以上ここに居たら、ますます口が滑っちまいそうだぜ。男騎士どのの逆鱗にふれないうちに、さっさと退散することにしようか。おい、お前ら! ずらがるぞ!」
「ウッス!」
アンネリーエ氏の号令と共に、オオカミ獣人の一団は風のように去っていった。言いたいだけ言いまくったあげくこちらの反論すら許さず即撤退とは、なかなかやるじゃないか。僕は思わず口笛を吹きそうになって、慌てて堪える。ネェルが勘違いしたら大事だ。流石にこの程度の侮辱で一人残らず皆殺しはマズい。
「……随分なご挨拶でしたね。調子に乗っているのはどっちやら」
はらわたが煮えくり返っているような声音で、ソニアが唸る。それに同調し、フェザリアが何度も頷いた。
「躾んなっちょらん野良犬じゃ。あげん態度を許してよかか、アルベール。言われたままでおっとは恥ぞ? えのころ飯にしてしまうが良かど」
「かまわん、捨て置け」
確かに腹立たしい態度ではあったが、僕はあえて抑制的な口調で彼女らをなだめた。あの程度でぶちギレていたら、貴族なんかやってられないよ。なんなら、宮廷騎士時代にはもっと失礼な態度を取ってくる貴族だっていたしな……。
「直系とはいっても、所詮は孫だ。あの子はまだまだ子供だし、当主の座に就くのも遥か未来の話だろ? つまり、今は単なる小物ってことさ。あいつの首には大した価値がない。大げさに騒がず、冷静に対処したほうがこちらの益は多かろうよ」
度を超えた侮辱には、毅然と対処するべきだろうが、それに過剰反応してしまうのも考え物だ。この件の落とし前は、彼女ではなくイルメンガルド氏につけてもらおう。貴族の紛争調停とはそういうものだ。




