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第414話 くっころ男騎士の昼食

 ズューデンベルグ市の中心地には、ディーゼル伯爵の居城があった。もちろんカルレラ市にある僕の屋敷のような"自称城"ではなく、城壁や尖塔を備えた石造りの立派な城である。城の正門で僕たちを出迎えたのは、ディーゼル家の家人たちだ。それも、ロスヴィータ氏やアガーテ氏の姉妹をはじめとする、本家筋の者たちである。そんな大物たちが一列になって僕たちを待っていたものだから、僕は相当に面食らった。

 どう考えても、主君をはじめとして格上の王侯をもてなす時の出迎えの仕方だ。城伯だの女爵だのといった格下貴族にこれほど丁寧な対応を取ることは、普通はあり得ない。別の貴族と勘違いしているのか、あるいはいっそ何かの罠ではないかと疑うほどの状況だった。


「お久しぶりです、ブロンダン卿」


 そういってにこやかに握手を求めてくるのは、体格の良い中年のウシ獣人だ。僕は彼女の顔に見覚えがあった。ロスヴィータ氏の妹、ルネ氏だ。彼女はリースベン戦争にも従軍しており、ロスヴィータ氏が我々の捕虜になった後は伯爵名代としてディーゼル伯爵軍の総指揮も取った。講和会議でもしばらくの間顔を突き合わせ続けたため、とうぜん僕とも顔なじみである。


「ほとんど一年ぶりですね、ルネ殿。ご壮健そうで何よりです」


「おかげさまでね」


 自嘲するような口調でそう言ったルネ氏は、城のほうをちらりと振り返ってから言葉を続ける。


「積もる話もございましょうが、それはまた後で。当家自慢の料理人が、腕によりをかけて饗応の準備をしておりますのでね」


「おお、それは楽しみですな」


 実際、僕のお腹はペコペコだった。なんともウマそうな香りの充満した大通りを通って来たので、期待もひとしおだった。いろいろと厄介な話もせねばなるまいが、まずは腹ごしらえをすることにしよう。


「ふーむ、ズューデンベルグは大変に豊かな土地だと聞いておりましたが……これほどとは。いやはや、感服いたしました」


 ルネ氏らに案内された先は、城の大ホールだった。たいへんに広く天井の高い部屋で、巨体のネェルでも体を伸ばしてくつろぐことができる。このカマキリ娘が同行してくることは事前に通知していたので、気を使ってくれたらしい。

 饗応という説明通りホール内には大テーブルが並んでおり、僕たちはそこで見事なソーセージ料理の数々と、軽くてふわふわな白パンを提供された。肉、そして白パン。どちらもリースベンではなかなかありつけないご馳走である。

 僕は香り高いソーセージと塩漬け発酵キャベツ(ザワークラウト)、そして白パンという無限にビールが飲めるコンボを楽しみつつ、アガーテ氏とルネ氏に礼を言った。もちろんこれはお世辞ではなく本音である。小麦も家畜類も、豊かな土地でなければ育たないものだ。これだけの農業・畜産基盤があれば、飢える者も少なかろう。食料事情の改善に四苦八苦している土地の領主としては、羨ましいことこの上なかった。


「ご満足いただけたようで何より」


 すこしばかりほっとした様子で、アガーテ氏が笑う。いやまあ、満足しないはずがないんだが。なにしろこちらの普段の主食は、燕麦メインのパンだかレンガだかわからないような代物だからな。食い物に頓着しない僕ですら、燕麦パンには少々辟易している。やはり、燕麦は風味付け程度に使うかオートミールとして食うのが一番だ。


「山一つ越えただけでこれほど豊かな土地が広がっていたとは……世界は広いものですのぉ。長命種だなんだとふんぞりかえっておりましたが、己の世間の狭さを実感いたしましたわい」


 アホみたいにデカいソーセージをナイフで小さく切り分けながらそんなことを言うのは、ダライヤだ。……まるで生まれてこの方ずっとリースベンに引きこもっていたような言い草だなぁ。実際の彼女は若い頃はリースベンを出て諸国漫遊をしていたという話なので、時代の差にさえ目をつぶれば僕たちなどよりよほど世間は広いはずである。そこを隠してさも田舎者のようにふるまうあたり、やはり油断のならないロリババアだ。


「ありがとう、エルフ殿。実のところ、庶民であっても小麦のパンが食べられるというのが我々の一番の誇りでね」


 そんな事情など知らぬアガーテ氏は、ニヤリと笑ってその豊満な胸を張る。おそらくだが、内心ではエルフやアリンコ連中をどうやれば抱き込めるか思案しているのではなかろうか。現在の我々とディーゼル家は蜜月といっていい親密ぶりだが、国家間に真の友人は存在しないという言葉もある。友好的だからと言って、油断するべきではないだろう。


「ほーお? それは素晴らしいですのぉ。飢える者がいないというのは良い国の証ですじゃ。歴代のディーゼル家の君主は、よほど名君ばかりだったと見える」


「ワハハ、あまり若輩者を褒めなさるな。長子に乗って道を誤ったらどうする」


 先祖を褒められて喜ばない貴族などいない。明らかに照れた様子で、アガーテ氏は頭を掻いた。……そして遠回しにイヤミを言われたフェザリアは、無言でダライヤの太ももをつねる。ロリババアは表情を変えずにプルプルと震えた。どうも、なかなか痛かった様子だ。


「しかし、良い国というのならばリースベンもなかなかのものだ。家臣団にこれほど様々な種族が入っている貴族家を、私は見たことがない。血縁や種族主義なしに国をまとめ上げるというのは、尋常な手管ではないだろう」


 そう言ってアガーテ氏は僕たちを見回した。実際、ウシ獣人ばかりのディーゼル家の面々と違い、こちらの面子はなかなか個性的だった。まあ、リースベンにもともと住んでいた種族の地豪たちがそのまま幹部級になっているのだから、当然と言えば当然なのだが。


「世間知らずと言えば私も大概でね。エルフはもちろん、虫人の方々と会うのもリースベンから来たアリ虫人の傭兵団が初めてだったよ。なかなか……その、個性的な面々でね。日々驚かされてばかりだ」


 奥歯にものが挟まったような言い方だな。どうにもアガーテ氏は、アリンコ傭兵団の扱いに少々苦労している様子である。……まあ、そりゃそうだろうなあ。あいつら、毎日のようにトラブルを引き起こすし。


「傭兵団ですか。連中、大人しゅうしとりますかね? 何ぶんワシらは田舎の乱暴者じゃけぇ、ご迷惑をかけてなけりゃあええんじゃが」


 僕と同じことを考えたらしく、アリンコ衆の責任者であるゼラが眉を跳ね上げながら聞いた。一応、アリンコ傭兵団はグンタイアリ虫人の中でも特に行儀のよいものを選別して編制してあるのだが……文化の差などもあるからなぁ。


「ああ、彼女らは良く働いてくれているよ。……働きぶりは素晴らしいのだが。ただ、その……露店で怪しげなものを売ったり、賭博の胴元をはじめたりというのは……ちょっと……うん……」


「おお、そりゃよかった。あいつら、一応真面目に働いとるようじゃのぉ。安心しましたわ」


 ほっと胸を撫でおろすゼラだが、怪しい商売をしたり博打の胴元をやったりするのは真面目に働いているカウントでよいのだろうか? 僕と同じことを思ったらしいルネ氏は、頬を引きつらせながらゼラを見た。……いや、すいませんね。後でよく言い聞かせておきますんで……。まあ、言い聞かせても大した効果は無い気がするけど。


「まあそれはさておき、ズューデンベルグは本当に豊かな国ですね。食べ物もそうですし……人も多くてにぎやかだ。僕はガレアの王都の出身ですが、ここは我が故郷に勝るとも劣らない素晴らしい街です」


 ……というのは流石に謙遜だが、ズューデンベルグ市が田舎町にしては発展しているというのは事実だ。人口も多いし、街並みも美しい。初対面のカリーナがだいぶ調子に乗っていたのも、自分はこの大領邦の領主の娘だぞという自負があったからだろう。


「ああ、おかげさまでね。そちらとの交易で、うちはボロ儲けができてる。リースベン戦争で被った損失も、おおむね穴埋めが終わったしな。それもこれも、そちらが寛大な条件で講和してくれたからだ。感謝してもしきれないね」


「なぁに、儲けているのはお互い様ですから。ハハハ」


 僕はそう笑って、ビールを一気飲みした。普段飲んでいる燕麦ビールではなく、きちんとした大麦のビールだ。氷室にでも入れていたのかキンキンに冷えており、大変に美味しい。


「確かになぁ、ハッハッハ! 我らの栄光ある未来に乾杯!


 アガーテ氏は赤ら顔に笑みを浮かべながらジョッキを高々と掲げて見せた。当然、僕もそれに応じる。……しかしディーゼル家は親子そろって呑兵衛だな。まあ、僕としてはそういう手合いの方が付き合いやすくていいが。


「……しかし、だ。我々の繁栄にケチを付けたい奴もいるようでな。困ったもんだよ」


 しかし、腐っても相手は大領邦の領主。酒を浴びるように飲んでいても、本題は忘れない。陽気な顔から一転、深刻な調子でアガーテ氏はため息をつく。


「ミュリン伯……ですね?」


「ああ。あの血に飢えた狼。卑劣で執念深いババアさ……」


 僕はチラリと、我が家のロリババアを一瞥した。ちょうどソーセージを頬張っていた彼女は真っ赤な顔で首をブンブンと左右に振るのだった。

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