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第411話 くっころ男騎士と書状

 すっかりリースベンの金庫番が板についてきたアデライドに無駄遣い(ではないと個人的には思っているのだが……)を責められていた僕だったが、タイミングよくカリーナがズューデンベルグからの手紙を持ってきてくれたことで窮地を脱するチャンスを得た。口をへの字にしているアデライドをちらりとうかがってから、僕は咳払いをする。


「入りなさい」


「失礼しまーす」


 元気の良い声と共に、カリーナが執務室に入ってくる。その相変わらず小さな体を包んだリースベン軍制式の野戦服の襟首には、准尉を表す階級章が縫い付けられている。これは少尉の一つ下の階級で、士官に準じる役職だった。彼女は先日正式に騎士に任官されたため、軍人としても"見習い"期間を終えたのである。……まあ、少尉だの准尉だのといった階級システムは今のところリースベン軍でしか採用されていないので、対外的にはあまり意味のある地位ではないがね。


「ズューデンベルグからの手紙か。差出人はアリンコ傭兵団と……アガーテ殿からもか」


 カリーナから受け取った二通の手紙を眺めながら、僕は小さく唸る。騎士任官に伴い実家からの勘当を解かれた彼女は、ディーゼル家とのやり取りにおける窓口としての仕事もこなしていた。


「ほう、アリンコどもからの手紙か。あ奴らも、ズューデンベルグに馴染んできたころじゃろうが……無作法をしておらねば良いがのぅ」


 これ幸いと仕事の手を止めたダライヤが席から立ち上がり、僕の手元を覗き込んでくる。このロリババアは事務屋としてもかなり優秀なのだが、サボリ癖があるのが玉に瑕だった。


「さあてね。今のところ、それほど大きな問題は起こしていないようだが……」


 僕はアガーテ氏からの手紙に『至急開封のこと』などという文字が書かれていないことを確認してから、アリンコの方の手紙を開封した。中身はもちろん、私信などではない。アリンコ部隊からの報告書だ。


「ふーむ……」


「なかなか難しい顔をしているな。トラブルでもあったのか?」


 こちらをチラリと見て、アデライドが聞いてくる。僕は首を左右に振って、「いや……」と答えた。アリンコどもはリースベンの中ではそれなりのトラブルを起こしているが、ズューデンベルグに派遣したものたちは特別に行儀のよいものばかりだ。さらに監督官もかねてコッソリ憲兵も同行させたため、今のところ大きな問題などは起きていない。


「トラブルというほどのこともないけど……なんでも、ズューデンベルグ領内で野盗が大量発生したとか。アリンコ部隊もその討伐に投入されてるみたいだ」


「野盗か……景気の良い交易路にはかならず湧いてくるものだからね。まあ、害虫のようなものだ。……で、君がそういう顔をするとなると、普通の野盗ではないようだね?」


「どうにも、妙に装備や練度の良い連中が混ざっているようだ。クロスボウや板金甲冑(プレートメイル)まで持っているとなると……たんなる食い詰めた流民の集まりではないのは確実だな。盗賊行為なんかしなくとも、装備を売り払えばひと財産だ」


 さすがに魔装甲冑(エンチャントアーマー)や魔剣の類は今のところ確認されていないようだがね。この手の魔法の武具はたいへんに高価で、実のところ騎士であってもひと揃い持っていない者はそれなりにいる。実際、僕が使っている甲冑も母上からのお下がりだったりするしな。


「盗賊騎士や傭兵団の小遣い稼ぎだな」


 アデライドはインクで汚れた指をクルクルと回しながら言った。彼女の言う通り、野盗にも出自はいろいろとある。マトモな仕事では食っていけないような下層民たちもいれば、騎士や領主と言った本来ならば秩序側であるはずの者たちが裏稼業として盗賊をやっている場合もある。傭兵団なども、戦時以外は給料が入らないのでその間は強盗や恐喝で糊口を凌いでいる連中も多かった。


「……で、アルくんは、その中にミュリン伯爵の手の者が混ざっているとでも言いたいわけかね?」


 さすがは我が国の宰相閣下、理解が早い。僕は我が意を得たりとばかりに頷いた。


「僕が敵方の指揮官……ミュリン伯爵なら、そういう手を使うだろうね。盗賊に擬装した不正規部隊で、交易路を狙うんだ。治安が悪化すればとうぜん街道を通る商人の数が少なくなるからディーゼル家の儲けが減る。おまけに強奪した金品で自分の懐まで潤うってんだから、狙わない手は無い」


「通商破壊ってヤツだね、お兄様」


 ぐいと身を乗り出してそんなことを言う我が義妹に、僕は「その通り、よく覚えていたな」と頷きかえしてその頭をガシガシと撫でてやった。


「だとすると……我が領内にも、ミュリン伯爵の手の者が入り込んで、盗賊として活動している可能性も高いな」


 アデライドはそう言ってから、ダライヤのほうを恨みがましい目で睨みつける。


「まあ、我が領内の盗賊どもは出現し次第エルフどもが勝手に討伐してさらし首にしてしまうので、証拠の集めようがないが」


 通常、野党の類の討伐は困難を極めるのが普通だ。なにしろ連中の逃げ足は速く、討伐軍を差し向けてもあっという間に隠れ家に逃げ込んでしまう。そして、軍を引けばまた現れて乱暴狼藉を再開するわけだ。だいたいゴキブリのような生態である。そりゃあ根絶も難しいはずだよな。

 ところが、このリースベンに限って言えばその法則は当てはまらなかった。リースベン領は森におおわれているため、本来であれば野盗めいた連中にとっては過ごしやすい土地のはずなのだが……それが逆に罠になっているのである。そう、エルフだ。いかに経験豊かで用心深い熟練の野盗でも、森の中でエルフとかくれんぼなど自殺行為に等しいのだった。


「エルフには『玄関先の掃除をするときは、両隣の家のぶんまでやってやれ』というコトワザがある。人に任せず、自分から率先して周囲を綺麗にすればおのずと住みよい環境になるという意味じゃ。野盗対峙もその一環じゃよ。全く感心な連中じゃのぅ」


 華やかな笑顔でそんなことを言うダライヤ。そんなご近所付き合いの極意みたいな感覚で街道に生首を並べるのはやめていただきたい。


「はぁ……。まあ、それはさておきだ。ズューデンベルグ領内の野盗の活動が活発化しているのは、ミュリン伯爵の作戦の内だと。アルくんはそう考えているわけかね」


「うん、まあ……推理というよりは、邪推に近い代物だけどね。うちの領内のことならともかく、他所の領地のことだから……」


 とはいえ、やはり警戒レベルは揚げるべきだろう。治安の悪化の原因がミュリン伯爵でなかったとしても、やはり情勢が不安定になりつつあることにはかわりない。冬という自然休戦期間が終わったせいで、状況はいやがうえにも切迫しつつあった。


「ま、とりあえずそっちはさておくとして……次はアガーテ殿の手紙だな」


 アリンコ傭兵団の報告書は、あくまで前菜。メインディッシュはこっちだ。僕は封蝋に押された牛の頭蓋骨を象った紋章を一瞥してから、二通目の手紙を開封した。便箋を広げ、文面に目を通す。時候の挨拶に、ちょっとした近況報告。そしてズューデンベルグ領に婿入りしたブロンダン家の家臣団の縁者たちについて……。


「ほう」


 真新しい情報は無いなぁ、などと思っていると、文末に気になる一文があった。


「定例狩猟会のお誘い、か……」


 なんでも、ディーゼル家ではこの時期に縁者や友好関係にある貴族を招き、狩猟会をする慣習があるらしい。……とはいっても、これは別にディーゼル家特有の者ではない。大陸西方の貴族にとって、狩猟は当然のたしなみである。知り合い同士で集まりスコアの量や重さを競う狩猟会は、私的なものから公的なものまで頻繁に開かれていた。

 そしてこれは単にハンティングを楽しむというだけでなく、狩猟会という名目で貴族同士が集まり、情報交換をする場としての一面もある。まあ、扱いとしては前世の世界で言うところのゴルフに近いだろうか。


「ほう? ふむ……参加する気かね、アルくん」


「ん、そうだね。ハンティングも久しぶりだし……それに、上手くすればミュリン伯爵の顔も拝めるかもしれない。いかない道理はなさそうだ」


 そう言って、僕はニヤリと笑った。

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