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第407話 くっころ男騎士の提案

 その夜、僕はアガーテ氏やロスヴィータ氏を夕食に誘った。もちろん、ズューデンベルグ領の実情を聞きだすためだ。明らかにディーゼル家は大変に焦っており、ズューデンベルグの周辺事情はそうとうに悪化しているものと思われる。ズューデンベルグはリースベンの食料庫だ。失うわけにはいかない。とりあえず、懸念点の共有くらいはしておくべきだと考えたのである。


「母上に似て迂遠な言い方は苦手でね。ハッキリ言わせてもらうが……敵はミュリン伯だ。ズューデンベルグのお隣さんだな。他にもいくつか怪しい動きをしている領邦もあるが……まあ、そいつらはミュリン伯爵の腰ぎんちゃくや火事場泥棒狙いの小物どもでしかない」


 ワインの満たされた酒杯を片手に、アガーテ氏はそう説明した。今我々が居るのは、領主屋敷の片隅にある応接室だった。むろん夕食は食堂で取ったのだが、あそこには使用人やら何やらの目がある。内緒話もしにくいということで、防音のしっかりした"密室"も移ったというわけだった。


「ミュリン伯領ですか。わたしの記憶が確かならば、ズューデンベルグとよく似た領邦ですね。広大な平原を生かして、大規模な農地経営をやっている……」


 ソニアの言葉に、アガーテ氏は頷いた。ズューデンベルグ領はリースベンの北方にある山脈を挟んだ位置にある領邦だ。この山向こうには肥沃で広大な平原が広がっており、大河を挟んで王国側の領邦と神聖帝国側の領邦が対峙している。なにやらきな臭い事になっているのは、この神聖帝国側の岸辺だった。


「ああ。連中の麦畑は、なんならウチのより広いくらいだ。なにしろウチは平原の国だっといっても、おひざ元は山裾だからな……」


 豆茶を飲みながら、ロスヴィータ氏が肩をすくめる。大酒のみの彼女だが、妊娠したということもありこの頃は断酒をしていた。


「つまり、敵の目的は新領土の獲得と」


 僕の問いに、アガーテ氏はコクリと頷いた。そしてツマミ代わりのクルミを鷲掴みにし、口の中に放り込む。豪快にバリバリと咀嚼し、飲み込んだ。母親のロスヴィータ氏もそうだが、彼女らディーゼル家の連中の所作は貴族というより山賊に近い。


「基本的には。……まあ、根本的なことを言えば、ウチらが弱ってるんでシバきたいんだろうな。なにしろディーゼル家とミュリン伯爵家は、何代も前から犬猿の仲だ。そりゃあ、川やらなんやらの目印もなしに平原の真っただ中に国境があるんだ。仲良くできるはずもない」


 そう語るアガーテ氏の眼つきは座っていた。彼女としても、ミュリン伯爵とやらにはうらみがあるようだ。


「一ミリでも領地を広げてやろうと、幾度となく小競り合いが起きている。あのあたりの麦畑は、ウチとミュリン兵の血を吸って育ってるって言われてるくらいさ……」


 遠くを見るような目つきでそう言ってから、アガーテ氏は肩をすくめた。まあ、珍しくもない話だ。ご近所トラブルでもよくあるやつだよな。ここは私の土地だ、いいやウチの土地だ、みたいなやつ。土地の境界線に山や川といった一目見てわかるような自然物がない場合、高確率で揉めるんだよ。そういう面では、海と山で他の領邦と物理的に断絶しているリースベンは恵まれているかもしれん。


「今だから正直に言うがな、リースベンに侵攻したのもこのミュリンに対抗するためさ。鉄が自前で生産できるようになれば、かなり有利に立ち回ることができるようになるからな……」


 そんなことを言ってため息をつくのは、リースベンへの侵攻を決断した張本人……ロスヴィータ氏だ。


「まったく、欲をかくとロクなことにならないな。アガーテにはどれだけ頭を下げても下げたりん。あたしが下手を打ったばっかりに、これほど追い込まれるとは……有利どころか、大劣勢だ」


「今さらそんなこと言ったってしょうがないだろ、母上。私だって反対したわけじゃないんだから、同罪みたいなもんだしよ……それに本当に迷惑被ってんのは、私じゃなくてブロンダン卿だろ」


 恨みがましい目つきで母親を睨んでから、アガーテ氏は僕に向けて深々と頭を下げた。


「改めて謝罪しておこう、ブロンダン卿。夏の一件ではたいへんなご迷惑をおかけした。申し訳ない」


「講和会議の時点で正式な謝罪は受けております。この期に及んで更なる謝罪を受けては、今後の関係にも障りがでましょう。頭を上げてください」


 あの戦争では確かにたいへんな迷惑を被った、それは事実だ。兵のみならず、幼馴染騎士の一人まで失ってるしな。ただ、延々と謝罪を求め続けるのは趣味じゃない。許すと決めたら、その時点でこれまでのことは水に流す。それが僕のモットーだった。


「いまするべきなのは、過去の話ではなく未来の話でしょう。なんとか、そのミュリン伯爵とやらに対抗する方法を考えねば……」


「……ありがとう、ブロンダン卿。そう言ってもらえると助かる」


 そう言ってまた頭を下げるアガーテ氏の酒杯に、僕は新しいワインを注いでやった。彼女は一礼をして、それを一口飲む。


「とはいえ、戦うばかりが選択肢ではないでしょう。たとえば、どこかに仲介を頼むとか……」


 そんな主張をしたのは、ジルベルトだった。たしかに実際その通りで、同じ国に属する領主同士がもめた際、まずするべきなのは敵国の領主から兵を借りることではなく、主君に仲裁をたのむことだろう。僕は頷きながら、ロスヴィータ氏とアガーテ氏を交互に見た。


「こういう時こそ、皇帝の出番でしょう。たまには役に立ってもらわねば、何のために普段ふんぞり返ってるのかわからなくなりますよ」


「所詮神聖皇帝は神聖皇帝だからなぁ……」


 遠い目をしながら、アガーテ氏はそう吐き捨てた。


「むろん、私も皇帝家に報告を上げてるんだが。しかし、ガレア王国と違って神聖帝国(ウチ)は国というよりは同盟に近い集まりだ。皇帝の権威など期待できん。『喧嘩はやめなさい』だとか、子供をなだめる司祭さまみたいなことを言って、それで終わりだったよ……」


「むぅん……」


 僕は知り合いの元神聖皇帝の顔を思い出しながら唸った。確かに、彼女もかつて似たようなことを言っていたような記憶がある。皇帝などと言っても名前だけの名誉職で、実際の権限はほとんどないとかなんとか……。こうしてみると、江戸幕府がどれほど中央集権体制だったかわかるな。神聖皇帝が江戸幕府の将軍めいて転封だの家の取り潰しだのを命じたら、諸侯は公然と反旗を翻し始めるだろう。


「今我々が必要としているのは、口だけ皇帝ではなく実力を持って脅威を打ち払える存在だ。つまりはまあ、ブロンダン家だが……」


 僕が無言で酒杯をいじっていると、アガーテ氏がそんなことを言いながらワインを注いできた。僕は難しい表情をしながら、彼女に礼を言う。


「どうも。……とはいえ、内戦には手を出せない神聖皇帝も、外敵には強く出られますのでね。難しい所ですよ、これは」


 ミュリン伯とやら単体ならば、リースベン軍だけでも対処は可能だ。ただ、皇帝軍が出てくると流石に厳しい。やはり、田舎の小領主には手に余る案件だ。むろんズューデンベルグが燃やされるのを指をくわえて眺めるわけにもいかないので、とりあえずやるだけはやってみるが……。


「とりあえず、ミュリン伯とやらが実際に行動を起こさねば面倒なことにはなりません。抑止力を増強することですね」


「昼間お見せしたアリ虫人中隊でしたら、今週中にもズューデンベルグへ派遣可能です。冬のうちに、もう一個中隊も追加派遣できるよう準備しておきましょう」


 僕の言葉をソニアが補足する。二個中隊といえば、二百四十名。田舎領主の小競り合い程度であれば、十分に戦局を変えられる数だ。それなりに効果はあるだろう。……ただ、たぶんアガーテ氏はそれだけじゃ不足と考えてるっぽいんだよな。じゃなきゃ、政略結婚云々をにおわせてくる必要はないし……。

 ……さあて、どうしようか。僕は少しだけ考え込んだ。実のところ、傭兵団の派遣以外にも抑止力を強化するアイデアはある。要するに、ディーゼル家と我がブロンダン家の関係強化を周囲にアピールするのだ。最近は僕もそれなりに有名になってきているから、それなりの効果はあると思うのだが……。


「それから、よろしければブロンダン家(ウチ)とディーゼル家の家臣団の独身者を何人かあつめて、お見合いパーティをするというのはどうでしょうか? 両家の親密ぶりをアピールする場としては、なかなか良いと思いますが」


 これは、ディーゼル家内部に我々の息のかかった人物を送り込むための策だった。いくらディーゼル家が重要な取引相手と言っても、譲歩するばかりというわけにもいかない。この機に乗じ、影響力の増大を狙った策を打つことにしたのだ。

 ちなみに僕の言っている"家臣団"とは幼馴染の騎士連中である。あいつらも、いつまでも独身というわけにはいくまい。いい加減身を固めてもらわねば困る。つまり、ディーゼル家との関係強化と、家臣団内部でくすぶっている独身貴族どもの一掃を同時に狙った一挙両得の策というわけだ。


「それは良い考えだ! ちょうど、分家筋の若い連中に『良縁はないか』とせっつかれていたんだ。ブロンダン卿の部下ともなれば、相手にとって不足無し!」


 なんだ相手にとって不足なしって。馬上槍試合でもやるのか? ……まあいいや。とにかく、見合いだ。できれば婿だけほしいが、そういうわけにもいかんだろうな。こちらも年頃の未婚男児を探さねば。幼馴染連中の弟たちがねらい目だが……ううむ。


「こほん」


 考えることは多かったが、咳払いをして思考を切り替える。実のところ、このお見合いは単なるジャブにすぎなかった。本命の提案は、別にある。……少しばかり、言いにくい提案が。僕はソニアのほうをチラリと見た。彼女は少し笑って、微かに頷く。この案は、僕とソニアが二人で話し合って決めたものだった。


「それから、もう一つご提案が」


「なんだろう?」


 僕の声音の変化を感じ取ったのだろう。表情をわずかに変えて、アガーテ氏が聞き返してくる。


「……カリーナのことなのですが。そろそろ、彼女の立場を考え直しても良い時期が来ているのではないかと思いましてね」

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