第405話 くっころ男騎士と閲兵式(2)
もともと、グンタイアリ虫人は戦いに特化した種族である。平時においては無駄飯ぐらい……とまではいわないが、土木工事に農業にと縦横無尽に活躍するハキリアリ虫人とくらべれば、どうしても活躍の場が限られてしまう。
そして現在、リースベンの食料事情は切迫していた。蛮族勢の傘下入りや、新規交易路の開設による外部からの流入者の増加……食料の需要は急増しているにもかかわらず、相変わらずこの地の農業基盤は貧弱なままだ。僕たちにも、麦(や芋)も金も産まない集団を多数抱えていく余裕はほとんどない。ただでさえ、リースベンは人口に対する軍人の比率がやたらと高い土地なのだ。
そういうわけで、アリンコ兵の維持をズューデンベルグに丸投げできるディーゼル伯爵家の申し出は、まさに渡りに船というヤツだった。今回ズューデンベルグ領に送り込む中隊はグンタイアリ虫人の中でも特に練度が高く行儀も良い連中だから、伯爵にも胸を張って紹介できるだけの自信がある。
「演習はじめ!」
ゼラの命令に従い、アリ虫人の従兵が銅鑼を叩く。演習場にその重苦しい音色が響き渡ると、中隊の軍鼓隊が太鼓を叩き始めた。その子気味の良いドラムのリズムに合わせ、百二十名のグンタイアリ虫人たちが行動を始める。
まずは展覧用に横並びになっていた隊列を二列の縦隊に変更。一糸乱れぬリズムで行進を開始した。聞こえてくる足音は、完全に一揃いになった見事なものだ。それを見たズューデンベルグ伯アガーテ氏は、ほうと関心の声を上げた。
「これが蛮族の行進か。目を見張るものがあるな」
「こと平地の戦いでは並みの王国兵や神聖帝国兵よりも強力ですよ、彼女らは」
胸を張って、僕はそう答える。行進の上手い部隊は戦闘も上手い。これは、この時代の軍人の常識だった。なにしろヘリコプターどころか自動車もない世界である。行進速度の早さは機動力に直結する。つまり、敵部隊に先んじて有利な位置取りをすることができる、ということだ。
そう言う面では、アリンコどもの行進は素晴らしいものがあった。アリンコ中隊はドラムに合わせて右旋回、左旋回、停止などを一通りこなしていくが、足並みを乱す者などひとりもいなかった。それを小走り程度の速度で行うのだから、尋常の練度ではない。
「少なくとも、リースベン戦争で壊滅したウチの精鋭部隊とも互角にやれそうなのは確かだ」
腕組みをしながらそんなことを言うのは、ロスヴィータ氏だった。いつも陽気な彼女だが、その顔には珍しく苦み走った表情が浮かんでいる。ディーゼル家自慢の精鋭部隊が壊滅したのは、彼女の指揮の結果だった。自分でもそのことを悔いているのだろう。
「……とはいえ、行進だけ見ても面白くはないでしょう。とうぜん、戦闘演習の準備もしております。ご覧になられますか?」
話を変えるべく、僕は二人のウシ獣人貴族へそう話しかけた。過去はどうあれ、今のディーゼル家は我々リースベンの重要な取引相手だ。潰れてしまっては困る。
「無論だ」
アガーテ氏が頷くのを見て、僕はゼラに合図を出した。銅鑼が再び慣らされると、演習場の向こうから怪しげな連中が現れる。アリンコ兵よりも遥かに小柄な、ポンチョ姿の兵士たち……エルフ兵の集団だ。
「ふぅむ、彼女らが対抗部隊か。軽装歩兵が一個中隊……彼女らは何者なんだ? リースベン軍の一般部隊とは違うようだが」
「エルフ兵です。伯爵閣下の仮想敵は、一般的な槍兵や弩兵でしょうから……白兵戦を得意とするエルフたちとぶつけた方が、いろいろと参考になるかとおもいまして」
そう解説しているうちにも、両軍は展開を進める。隣の兵士と肩同士が触れ合うような近さの密集陣形を取るアリンコ兵に対し、エルフ兵はそれを取り囲むような鶴翼陣形を取った。両軍ともに人数は同じだが、散兵戦術をとるエルフ兵のほうが遥かに広範囲に展開している。
「先の戦いではエルフどもにぶち好き勝手されたけぇな、ええ機会じゃ! ぶちのめしちゃれ!」
「アルベールどんの前で恥晒すんじゃなかぞ! 平地ではアリンコん方が強かちゅうたぁ幻想じゃち思い知らせてやれ!」
各指揮官が檄を飛ばしている声が聞こえてくる。アリンコはもちろん、エルフたちも随分と気合が入っているようだ。その目はバーサーカーめいてギラギラと輝いている。演習というより、本物の殺し合いのような雰囲気だ。
「チェストアリンコ!」
先手を打ったのはエルフたちだった。彼女らは得意の妖精弓を構え、アリンコ密集陣に対して大量の矢を撃ち込み始める。……もちろん矢といっても、実戦用のものではない。先端に布を巻いた演習用のものだ。
「弓兵の割合が多いな、エルフは」
アガーテ氏が関心の声を上げた。弓兵はたいへんに強力な兵科だが、育成にはかなりの時間とコストが必要だった。そのためガレアや神聖帝国ではあまり好まれず、遠距離攻撃兵科の主力は弩兵が務めていることが多い。
「エルフの戦士はみな弓が大得意でしてね。基本的に、すべての兵士が短弓を装備しています」
「ええ……」
僕の言葉に、アガーテ氏はもちろんロスヴィータ氏も顔を引きつらせた。敵として相対すれば、これほど恐ろしい相手もそうそういない。たぶん、人数当たりの火力はリースベン軍のライフル兵部隊すら上回っているだろう。
とはいえ、そんな連中が相手でもアリンコ兵は怯まない。濃密な矢の弾幕に対し、盾を高々と掲げる亀甲陣形で対抗した。そのまま、相変わらずの一糸乱れぬ行進でゆっくりとエルフ部隊との距離を縮めていく。
「演習とはいえ、すさまじい胆力だな。普通、あれほど矢を撃ち込まれれば少しくらい足並みが乱れるものだが……」
ロスヴィータ氏の言う通り、アリンコ兵の亀甲陣形は驚くほど整然としたものだった。この陣形は自分の盾で隣の兵士をカバーすることを前提に構築されており、足並みが乱れれば装甲に隙間ができ、付け入る隙となってしまう。ところがアリンコ兵にはその手の揺らぎが一切ないため、まるで移動城塞のような堅牢さを発揮しているのだった。
「これはエルフ側にはつらい展開だな。ひとたび接敵すれば、散兵である彼女らに勝ち目はない。だが、遠距離で仕留めようにも、あの防御陣形はそうそう崩れるものではないだろう。相手に合わせて後退しつつ、敵陣形が崩れるまで射撃を続行するのが常道だが……そこまで矢が持つのか」
難しい顔をして分析をするアガーテ氏だが、もちろんエルフはエルフなのでそのような常識的な戦術はとならない。彼女らは「チェストー!」などと叫びながら一斉突撃を開始した。
「この段階で突撃!? 破れかぶれになったのか……?」
通常、突撃は相手の陣形が崩れてから行うものだ。強固な密集陣に対して突撃を仕掛けたところで、容易に打ち破られてしまうからだ。案の定、アリンコ部隊は冷静に対処を開始した。走ってくるエルフ兵に後列部隊が投げ槍を投擲し始める。それが直撃し、悲鳴を上げて地面に倒れ伏すエルフ兵の数は決して少なくは無かった。
だがそれでもエルフ兵は突撃の手を緩めない。なんとか投げ槍弾幕を突破し、アリンコ兵の眼前に躍り出るものが現れ始めた。だが、迎撃の本番はこれからだ。剣を振り上げるエルフ兵の前に立ちふさがるのは、槍衾と城壁めいた盾の列だ。小柄で武器のリーチも短いエルフ兵に、この亀甲陣を攻略する方法は無いように思えるが……。
「ほら、言わんこっちゃない」
そういってアガーテ氏が肩をすくめた瞬間だった。爆発めいた暴風が巻き上がり、アリンコ兵が宙に舞い上がる。エルフ兵が暴風の魔法を敵陣に撃ち込み始めたのだ。
「エルフ兵はみな魔法が大得意でしてね。基本的に、すべての兵士がこの程度の魔法なら扱えます」
「当家の最精鋭魔術師でもあれほどの魔法はそうそう発動できないんだが!?」
アガーテ氏は叫び、僕は半笑いになりながら首を左右に振った。その間にも暴風の魔法は連発され、強固だったはずの亀甲陣形が崩れはじめる。
「乱捕りじゃ! アリンコ共をぶち殺すど!」
野蛮な叫び声をあげながら、エルフ兵が敵陣に突っ込んでいく。だが、アリンコたちはなおも冷静だった。後列の兵士が前に出て、あっという間に陣形を整える。そしてその四本の腕を見事に突かい、盾の防御を維持しながら槍を突き出してくるのだ。
「アリ虫人は槍兵ばかりだが、エルフ兵は槍を持っているものがいない。魔法で陣形を崩して無理やり白兵を挑んでも、リーチ差の不利はいかんともしがたいが……」
冷や汗をかきながらアガーテ氏が呟くが、齢三桁の暴力的ババア集団にはそんな常識は通用しなかった。木剣(エルフ兵が普段使っている黒曜石の刃を備えた物騒な代物ではない、普通の訓練用木剣だ)を見事に使って槍による刺突を防ぎ、あっという間にアリンコ兵の懐へと入り込む。渾身の横スイングが直撃し、幾人かのアリンコ兵が吹き飛ばされた。
「エルフ兵はみな剣術が大得意でしてね。基本的に、すべての兵士が一般的な槍兵を完封できる程度の技量を備えています」
「いろいろと……! いろいろとおかしすぎるだろエルフ兵! なんなんだあいつらは!」
「もうエルフ兵だけいれば他の兵科いらないんじゃないかな……」
アガーテ氏が叫び、ロスヴィータ氏はすべてをあきらめた笑顔で目を逸らした。だが、エルフ兵もヤバいがアリンコ兵も大概である。盾を巧みに扱ってエルフ兵の猛攻を防ぎ、別の兵士が槍で叩き伏せる。連携攻撃だ。冷静極まりないその戦術はエルフ兵が相手でも有効であり、戦況は拮抗状態を維持している。
「あんな化け物じみた連中を相手に、よくもまああれほど冷静に対処できるものだ……。アリ虫人に恐れの感情はないのか」
そう言って、アガーテ氏はアリンコ兵たちに尊敬の目を向けていた。どうやら、アリンコ傭兵団のプレゼンはうまくいっているようだ。
「ごらんのとおり、彼女らは素晴らしい戦士たちです。並みの事態では動じませんし、密集陣主体の戦術ということで従来の舞台に組み込みやすい」
アリンコたちに視線を向けつつ、僕はそう説明した。リースベン軍はできるだけ兵を密集させぬように教育しているが、これはかなり特異なやり方だ。他の軍隊では、出来るだけ兵士は密集させるべし、という風に教育される方が多い。白兵戦においてはそちらの方が圧倒的に優位だからだ。
「それに、一人で何でもできるエルフ兵と違い、アリ虫人兵は集団戦が前提の戦い方をしますから。万が一の時にも、対処はしやすいでしょう」
「ン、それは確かだな。エルフ兵の連中は……正直、統率するのがかなり怖いかもしれん」
野蛮な叫び声を上げつつアリンコ密集陣に挑みかかるエルフ連中を見ながら、アガーテ氏は苦笑した。強力なのは大変結構なのだが、やはりエルフ兵は反乱が怖い。ワンマンアーミーみたいな連中が揃っているうえ、性格的にも一筋縄ではいかぬ者が多すぎるのだ。そういう面では、やはりアリンコ共のほうがはるかに付き合いやすい。
「ところでアルベール殿、一つ聞きたいんだが……」
そんなことを考えていると、ロスヴィータ氏が僕の肩をチョンチョンと叩いた。僕が「なんでしょう?」と答えると、彼女はおずおずといった調子で言葉を続ける。
「あの蛮族兵どもは、合計で何人くらいいるんだ?」
「エルフが二千、アリ虫人が五百といったところですね」
「……つまり、アレか。我々の侵略が成功していた場合、伯爵軍はあんな連中二千五百名と正面衝突していた可能性があるのか……」
ドン引きした様子で、ロスヴィータ氏が呟く。……うん、まあ、その通りだね。食料を盾に交渉すれば、衝突を回避できる可能性も無くはないが……エルフどもの言う事の聞かなさは、尋常ではないからな。上手くいくかどうかはかなり不透明だ。僕たちが彼女らを傘下に収めることができたのも、奇跡のようなものだし……。
「戦争に負けてよかった、などと思ったのは生まれて初めてだよ」
ロスヴィータ氏は、すべてをあきらめた様子で首を左右に振った……。




