第404話 くっころ男騎士と閲兵式(1)
その夜は、まぁ大変だった。アデライドが、「いつ死ぬかわからんなどというなら一日でも早く世継を作るべき」という貴族としては至極もっともな正論を振りかざして迫ってきたのだ。確かにもっともな主張ではあるのだが、僕はもうすでに気力を使い果たしていたのだ。流石に、この疲労困憊の状態で"初めて"をするのは辛かった。
僕は「近いうちに結婚するんだから初夜まで待ってくれ」と言って逃げ、アデライドは「先っちょだけ! 先っちょだけでいいから!」などと言って迫る。おまけに、こういった場ではめっぽう頼りになるはずのソニアまで消極的ながらアデライド側についてしまったのだからたまらない。結局、最後の一線こそ死守できたものの、僕はほとんど夜通し二人のオモチャにされてしまったのだった。
……ここまで来たらあえて童貞を死守する必要はあるのだろうか? ぶっちゃけ、無い気がする。ユニコーン云々はあるにしろ、相手は正規の婚約者だ。淫乱判定されたところで、まあ……と思う部分はわりとある。……ま、でも、ここまで来たら僕にも意地ってモノがあるしなぁ。
「……」
翌朝。当然ながら、僕は睡眠不足かつ疲労困憊だった。正直、仕事を休んで丸一日寝込みたい気分だったが……そういうわけにもいかない。ため息をつきながら立木打ち、筋力トレーニングなどの毎朝のルーティンを消化し、水浴びをしてから朝食を食べる。昨夜にどれほどのイベントが起きようと、明けてしまえばいつも通りの朝だった。
そして、朝食が終われば仕事が始まる。カルレラ市に宿泊していた諸侯やその名代たちを見送り、急ぎの案件や書類などの処理を終えたあと、僕は市郊外の野外演習場へと向かった。昨日はバーベキュー会場としてテーブルや野外オーブンが並んでいた演習場だが、もちろんそれらの物品は昨日のうちに片づけられており、いつもの姿を取り戻している。
「おはよう、ブロンダン卿。ご機嫌はいかがかな」
演習場で僕を出迎えたのは、現ズューデンベルグ伯アガーテ・フォン・ディーゼル氏だった。その隣にはディーゼル家の前当主にして今はリースベンで人質をやっているロスヴィータ氏、そして我が義妹カリーナの姿もある。
「おはようございます、ディーゼル伯爵閣下。ええ、上々ですよ」
とはいえ、それを表に出すほど僕も子供ではない。アガーテ氏に微笑みかけつつ、握手に応じる。
「おはよう、アルベール殿。昨日は久しぶりに親子の団らんができたよ。ご配慮、感謝する」
続いて、ロスヴィータ氏とも握手を交わした。彼女はひどく上機嫌な様子だった。昨夜、アガーテ氏とカリーナの両名が、彼女の滞在している下屋敷に宿泊したからだろう。彼女がリースベンの人質になってから、もう半年以上が経過している。カリーナはともかく、他の娘とじっくり話をするのは久しぶりのことだろう。
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
貴族の中には家族間がギスついている家も多いのだが、ディーゼル家はなかなかに円満な様子である。親子関係はもちろん、姉妹関係もかなり良さそうに見える。カリーナがなんとも嬉しそうな表情をしているのが、その証だろう。昨日はなかなか有意義な一夜が過ごせたようだ。
まあ、カリーナは年の離れた末っ子だからな。権力闘争の相手になる可能性は、随分と低いだろう。アガーテ氏にとっては、気兼ねなく可愛がれる相手だったという事か。……いや、よく考えると一年もしないうちにカリーナは末っ子ではなくなるわけだが。僕はチラリと、少しだけ膨らんだロスヴィータ氏のお腹を一瞥した。
「……さて、そろそろ本題に入ることにしましょうか」
しばし雑談をしたあと、僕はディーゼル伯爵家ご一行にそう切り出した。当然だが、彼女らを野戦演習場まで呼び出したのはバーベキュー・パーティ第二ラウンドをするためなどではない。ディーゼル家が求める兵力派遣、その第一陣となるアリンコ傭兵団の閲兵のためであった。僕はコホンと咳払いしてから、後ろを振り返る。
「ゼラ、ディーゼル伯爵閣下にご挨拶を」
「承知」
短くそう答えて前に出てきたゼラは、グンタイアリ虫人の正装である例の胸丸出しの漆黒甲冑姿だった。そのいかにも寒そうな風体に、ディーゼル家の面子はみな面食らった様子を見せた。唯一、カリーナだけは平静だ。……いや、平静というか、ちょっとドヤッてる。まあ、コイツは蛮族内戦にも参加しているから、アリンコの服装にも慣れているのだろうが。
「遅ればせながら仁義を切らしていただきます。手前、生国と発するはアダン王国と申します。リースベンの森の奥でチンケな家業をやっとっとりましたが、アルベール殿との縁をもちましてブロンダン家の軒先を借っとります。名をゼラ、姓をアダンと発します。稼業、ただいまアリ虫人の一家アダン王国を率いとります。姐さまがた、どうぞお見知りおきを」
落ち着き払った様子で、ゼラは仁義を切った。生来のやくざ者だけあって、深々と頭を下げつつベラベラと並びたてるその文句は堂々とした立派なものだった。
「これはこれは。ご丁寧なごあいさつ痛みいる。ズューデンベルグ伯アガーテ・フォン・ディーゼルだ。ゼラ殿、よろしく頼む」
アガーテ氏はコホンと咳払いをしてからゼラと握手をした。作法は違えど心は通じたのだろう、その目には感心したような色がある。
「アリ虫人の者とは初めて会うが、噂にたがわぬ立派な戦士ぶりだな。こういう場でなければ、力比べを挑んでいたかもしれん」
そういってアガーテ氏はゼラの肩を親しげに叩いた。母親譲りの巨体を持つ彼女は身長二メートル超の偉丈婦だが、ゼラのほうもそれに負けず劣らずの立派な体格を持っている。正面からがっぷりよつに組み合っても、勝敗は用意にはつかないだろう。まったく、戦闘を得意とする種族の亜人の体格は尋常ではない。
「ははは、ご冗談を。部下の前で尻に土を付けるなぁ勘弁していただきたい」
「さあてどうかね。恥を掻くのは私の方かもしれんが」
などといって、二人の偉丈婦は笑い合う。こういう時に謙遜して相手に会わせられるのが、アリ虫人の油断ならない部分だよな。一見脳筋揃いの戦闘種族である彼女らだが、その実交渉事も得意とする智と武を兼ね備えた連中なのだ。
「今回ズューデンベルグに派遣されるという傭兵団は、君の部下なのか? だとすれば、嬉しい話だが」
「ええ、用心棒家業は我らの得意とするところ。伯爵閣下にもアルベールの兄貴にも恥はかかせませんで、ご安心を」
そう言ってゼラはチラリと視線を遠くに送った。そこには、アリンコ兵の一団が整列している。甲冑に手槍、二つの丸盾、そして大量の投げ槍を背負った、フル装備のアリンコ重装兵。その数、百二十名……つまり、完全充足された一個中隊だ。僕やアガーテに恥はかかさないというゼラの言葉は嘘ではなく、その装備や立ち姿は王国や神聖帝国の有力諸侯が有する正規兵にも負けない立派なものだった。
「ほう、ほう。これは素晴らしい」
目を見開きながらアリンコ兵を見回すアガーテ氏。そして少しだけ目を細め、ゼラに聞こえぬよう声を潜めてこちらに耳打ちしてくる。
「ところで、鉄砲兵は……」
ああ、やっぱりディーゼル家はライフル歩兵を求めているのか。リースベン戦争で伯爵軍をめちゃくちゃにしたのは、こちらのライフル兵だからなぁ……。とはいえ、流石にこちらとしても虎の子の戦力をもと敵国に提供するのは避けたかった。そもそもライフル自体、まだそれほど数が揃っていないのだ。
「表立ってこちらの正規兵をズューデンベルグに置くのは避けたいので、こればかりはご容赦を」
僕はそう言ってディーゼル家ご一行に頭を下げた。アガーテ氏は小さく息を吐き、ロスヴィータ氏は『まあ、ぜいたくを言える立場でもあるまい』と言いたげな様子で娘の肩を叩く。
「ですが、彼女らも尋常ならざる戦士。間違いなく期待通りの働きはできることでしょう」
この言葉は、気休めなどではなかった。アリンコ兵は、あのエルフ兵とも渡り合える優秀な戦士たちだ。正直、兵士個人の練度では一般的なリースベン兵をはるかに上回っている。決して、出し惜しみをして二線級の戦力を提供するわけではないのである。
「ゼラ、伯爵閣下が君たちの力量をお確かめになりたいそうだ」
「ハッ、お任せあれ!」
僕の頼りになる部下は、ニヤリと笑って頷いた……。




