第403話 くっころ男騎士と告白
しばしの時間が流れ、アデライドの涙も止まった頃。僕はコホンと咳払いをした。二人がこれほどの信頼を示してくれているのだ。ならば……僕も彼女らへ信頼を返すべきだ。今ならば、彼女らに僕の一番の秘密を話しても信じてくれる。そういう気分になっていた。
「実は……二人に話しておきたいことがある」
「……なんだね?」
ひっつき虫のように僕に張り付いたアデライドが、かすれた声で聴き返す。先ほどからずっと、彼女はこの姿勢を維持していた。まるで、僕を手放すまいとしているようだった。
「僕ってばさ、新しい技術とか戦術とか……いろいろ作ってるじゃない。アレのネタバラシをしておこうと思って」
「フゥン」
アデライドは興味深げに唸って、僕に頬ずりをした。そして僕の首筋に鼻を当て、大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐く。……これからシリアスな話をするつもりだというのに、何をやってるんだこの人は。
「聞かせてもらおうか」
などと言うアデライドだが、その手は僕の寝間着の中に突っ込まれ、腹筋を直接撫でまくっている。とてもじゃないが、人の話を聞く姿勢ではない。それを見たソニアが無言で彼女を引きはがした。ガレア王国の宰相は「ヒャー」と奇妙な声を上げて羽交い絞めにされてしまう。……竜人は夜目が効くのだ。夜闇に紛れて不埒な行為をしようとしても無駄である。僕は思わず苦笑しつつ、話を続けることにした。
「その……ちょっと説明しにくいんだが。転生って、二人は信じるかな。あの、一度死んでまったく新しい人間に生まれ変わるという……」
「ええ、もちろん」
そう答えたのはソニアだった。星導教の経典には生まれ変わりについても記述がある。もっとも、日本人の考えるような輪廻転生とはかなり異なる概念なのだが……。
「実は……僕はその転生者ってヤツでね。前世の記憶がある」
僕はそう言ってから、枕元のキャビネットに置いてある酒水筒を手に取り、中身のジンを喉奥に流し込んだ。シラフではしにくい話だ。アルコールの力を借りて、勢いを付けたかった。
「しかも、その前世というのが特殊でね。異世界転生……と言えばいいのかな。前の生で生きていた場所は、こことは全く異なる世界だったんだ」
「異世界……」
よくわかっていない様子で、ソニアは呟いた。まあ、この世界では異世界云々という概念はあまり普及していないからな。なかなか理解しがたいものがあるのだろう。さて、どうやって説明しようかと悩んでいると、手の中の酒水筒が強奪された。下手人はアデライドだった。彼女は酒水筒の中身をチビチビと飲んでから、口を開く。
「それは……アレかね。童話に出てくる鏡の国やら、異国の神話に出てくる仙郷のような……尋常の手段では行き来できない、こことはまったく異なる理屈で動いている土地のことかね?」
「ああ、そうそう。そういう感じ。ただ、僕が生きていたのは、箱庭のような小さな世界ではなく……この世界と同じ、大陸や大洋のある広い世界だった」
アデライドから酒水筒を奪い返し、一口飲んで息を吐きだした。そして、僕の前世の世界の説明に移る。亜人がおらず、只人に相当する種族しかいないこと。男女の感覚が反対になっていること。魔法がない代わりに科学技術が発展し、馬で曳かずとも自ら走る車や、遥か遠い景色を鮮明に映し出す魔法の鏡のような道具などが普及していること……。
「前世の僕が死んだのは、三十五歳の時でね。はっきり言えば、生きてきた年月だけで言えばアデライドよりもよほど年上というか……まあ、おっさんというか。下手をしたら、おじいさん……なんだよね」
僕は目をそらしながら、そう言った。その割に、今の僕は十代二十代くらいのガキのような挙動をしているのだが。……できれば、精神年齢が肉体年齢に引っ張られているだけだと信じたいところだな。自分が成長の余地のない幼稚なおじさんだとは、流石に思いたくないだろ。
「ふむ、なるほど。……アル様と出会ってからずっと、同い年にも関わらずなぜか年上を相手にしているような感覚があったのですが。どうやらそれは、錯覚ではなかったようですね」
ソニアの言葉に、僕は少しばかり驚いた。思った以上に、彼女がアッサリ僕の言葉を信じてくれていたからだ。やはり、僕は彼女らを見くびりすぎていたのかもしれない……そう後悔しつつ、笑顔を作ってソニアに向ける。
「実質四十歳くらいのおっさんが、年齢一桁のガキの身体に入ってたんだ。そりゃあ、違和感がない方がおかしいよ」
酒水筒に口を付けて、酒精を補給する。所詮は手のひらサイズの小さな水筒だ。これで、中身は空になってしまった。
「……まあ、それはさておきだ。本題はそっちじゃない。要するに僕は……僕の出してくる技術や知識は、前世で学んだことだと言いたかったわけだ。決して、自分で一から作り上げたものではないんだ」
所詮は借り物の知識であり、それで偉ぶるなどとんでもない話だ。だからこそ、僕は褒められるたびに後ろめたさを感じていた。ようやく罪悪感の吐露が出来て、僕はほっとしていた。……だが、本当にこれは吐露してよい情報だったのだろうか? 二人からの好意が、これによって霧散してしまうのではないか? そんな不安が、僕の心に湧き上がってくる。ごくりと生唾を飲み込んでから二人をうかがうと……彼女らは、あっけらかんとしていた。
「ええ、ええ。知っていましたよ」
「本当に今さらだな」
「は、えっ?」
いやなんやねんその反応は。
「何を小首をかしげているんだね、アルくん。いいかね? 言うまでもない事だが、技術などというものは試行錯誤の末に完成するものだ。そうだろう?」
「そ、そうですね」
「にもかかわらず、アル様の作らせた武器や戦術は既に完成品といっても過言ではない洗練された代物です。普通に考えて、不自然でしょう」
「ハイ」
そりゃあまあ、そうだよね。鉄砲一つをとっても、この世界にもともとあった鉄砲は戦国時代末期の火縄銃と同レベルのものだ。それがいきなり、幕末から明治初期のレベルの雷管式前装ライフル銃が出てきたら、不自然極まりない。いくら僕たちの世界のたどった歴史を知らぬこの世界の住人とは言え、突破したブレイクスルーの多さに違和感を覚えるのは当然のことか……。
「え、じゃあどうして僕の出してくる武器や戦術群を普通に受け入れてたの、アナタたち……」
「極星が直接アル様をお導きになられているものだと思っておりました」
「私もだよ。普通に考えれば、それが自然というものだろう? 極星が、変革を望んで地上に遣わした使徒だとばかり……」
「いや、いやいやいや、違うよ? 僕はたんなる転生者よ? 使徒とかじゃないよ!」
こんなチャランポランの戦争狂を使徒として地上に遣わしたのだったら、僕なら極星の正気を疑うね。あり得ないだろ、そんなの。……いやしかし、事情を知らぬソニアらがそういう勘違いをするのも致し方のない話か。そもそも、転生自体がオカルティックな代物であるわけだし。
「その……なんだ。勘違いさせていたのなら、大変に申し訳ない話だけど。僕は単に前世の記憶を残してるだけの軍隊にしか居場所のないおっさんで、使徒とか使命とかそういう御大層なシロモノとはまったく無縁のしょうもない人間だよ」
僕が慌ててそういうと、アデライドが「ムッ!」と鋭い声を上げた。彼女は僕の胸倉をつかみ、ぐいと顔を寄せてくる。
「さっきから何だね、君は。口を開けば自分を卑下するようなことばかり言って! 私の愛する男を愚弄するのはやめてもらえないか!」
「え、いや、その……」
「それ以上余計な口を聞いてみろ。私が君をどれほど愛しているか、君自身のカラダに教え込んでやるぞ。ユニコーンなんかまるで気にせずにな……」
「やめて! 流石にズボンの中に手を突っ込むのは勘弁して!」
ぐいぐいと迫ってくるアデライド。何やらずいぶんとキレていらっしゃる様子である。僕はあわててソニアに目を向けて助け舟を求めた。彼女は軽くため息をつき、アデライドを引き剝がす。だが、その手付きは普段よりも幾分優しかった。
「ヤメロー! ハナセー! 私はこの男を理解らせてやらねばならん!」
ソニアはため息をつき、肩をすくめた。そして何とも言えない目つきで僕を一瞥する。
「今回ばかりは、わたしもアデライドと同感ですよ。今さらここまで来たら、転生者だろうが使徒だろうが大して違いはありません。アル様はアル様ですよ」
「むぅ……」
僕は唸った。確かに、僕の今の態度は正直褒められたものではないという自覚はある。
「……怖いんだよ、君たちに失望されるのが。予防線を張ってるんだ……」
唇を尖らせながらそうボヤくと、我が副官は深々とため息をついて我が国の宰相をベッドの上に転がした。そして立ち上がり、壁際に置いてある本棚へと歩み寄った。
「ソニア? いったい何を……」
「少々お待ちを、アル様。よいしょっと……」
分厚い本がぎゅうぎゅう詰めになっている本棚を、ソニアはまるでちょっと重い荷物を運ぶような感覚で持ち上げ、脇にどけてしまった。相変わらず、とんでもない怪力である。
「……ちょっとこちらへ来て、見てください」
「う、ううん?」
ソニアが手招きするものだから、僕は仕方なく彼女に近寄ってみた。暗闇の中、よく目を凝らすと……壁には決して小さくはない穴が開いていた。どうやら、本棚でカモフラージュされていたようだ。
「こ、この穴……なんだと思いますか」
「わ、わからん。手抜き工事?」
「いえ。……覗き穴です。わたし専用の」
「は?」
「わたしはここから……アル様の私生活をのぞき見し、あまつさえ着替えの盗撮などをしておりました」
「は??」
「すべては……わたしの薄汚い性欲を満たすためです。わたしはアル様の盗撮写真で、自分を慰めるような真似をしていたのです……!」
「は???」
まったく予想もしていなかったカミングアウトに、僕は頭の中が真っ白になった。あの真面目なソニアが……盗撮!?
「マジで?」
「大マジです」
言葉の通り大マジな顔で、僕の幼馴染であり頼りになる副官であり婚約者でもある女は深く頷いた。
「アル様は自分のことをしょうもない男だとおっしゃっていましたが……ごらんのとおり、わたしのほうが余程クズなしょうもない女なのです。失望されたくない? それはこちらのセリフなんですよ……!」
「え、ええー……」
幼馴染の騎士どもやカリーナをはじめとした若年兵どもが僕の水浴びなどをのぞき見ているのは知っていたが、まさかソニアまでそのような事に手を染めていたとは。しかも、私室の壁に穴をあけるような真似をしているのだから、罪が重いにもほどがある。流石の僕もドン引きだよ!
「き、君ねェ! 守護騎士のようなツラをしてさんざん私をボコボコにしておいて、自分は密かにオタノシミをしていたわけかね! それは流石にズルいんじゃあないか!」
ばね仕掛けの人形のようにベッドから飛び出してきたアデライドが叫んだ。ソニアはピシリと直立不動になり、叫び返す。
「ええその通り! わたしはズルくてクズな色ボケ女です! なのでアル様がわたしに対して後ろめたさを抱く必要などいっさいございません! お判りいただけましたか!?!?」
「う、あ、ハイ……」
女らしくキリリと叫ぶソニアに、僕は思わず頷いた。あまりのショックに、どうにも自分がくだらない事で悩んで居たような気分がしてきていた。しかしまさか、自分の犯行を自供してまで、僕を慰めてくれるとは。一周まわってなんだか格好良く見えてきたぞ……。いやでもやっぱ盗撮は良くないよ。まあ、公衆の面前でも平気で僕の尻を揉む宰相に、ソニアを責められる義理は無いと思うが。
……そう思うと、なんだか心が楽になって来たな。盗撮副官に、セクハラ宰相。なんともヒドいメンツだ。ロクでなしは僕だけではないということか。割れ鍋に綴じ蓋、そんなことわざが僕の脳裏に去来する。自然と、僕の口元には笑みが浮かんできた……。




