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第402話 くっころ男騎士と深層心理(2)

「相手が気に入らないとか、そういう理由ではなく……そもそも、アル様は結婚そのものを忌避しているように見えてならないのです。意識的なのか、無意識なのかまではわかりませんが……」


 ソニアの放ったその言葉に、僕は一瞬頭の中が真っ白になった。僕が……結婚を忌避している? いや、そんなはずはない。僕はブロンダン家の当主だ。跡継ぎを作らないわけにはいかない。そう思って今まで生きてきたわけで……。


「この婚約が成立する以前、アル様は頻繁に『早く結婚せねばならない』と繰り返し仰っていました」


「……だよね? 別に結婚を嫌がったりはしてなかっただろ」


「にもかかわらず、アル様は特に具体的な行動には出ていません。一度夜会に出たくらいで、あとは同年代の女性が参加するような催し物には一切参加せず、軍務に専念されておりました。たまに幼馴染たちに『貰ってくれ』などと言うことはあれど、それもあくまで冗談めかしたもの。ハッキリ言って、本気で結婚を求めているようには見えませんでした」


「……」


 そう指摘されてしまうと、僕は黙り込むしかなかった。いや、言い訳させてもらえるなら、とにかく忙しすぎてそれどころではなかったのだ。その"一回でた夜会"で大恥を書いたことも、僕を婚活現場から遠ざけた大きな要因の一つになっている。……うん、客観的に見たらアカンやつだなコレ。そりゃあやる気がないと判断されてもしゃーないかもしれない。言い訳の内容が親や親戚に結婚を急かされる独身男性そのものだわ。


「まあ、アル様がそういう態度だったからこそ、わたしも妙な勘違いをしてノンビリしていたわけですが……」


「確かにそれはあるな。私も、完全にアルくんは私に貰われるつもりでいると思っていた。まさか、そういうつもりが全くなかったとは……今さらながら、なかなかにショックだよ」


 拗ねたような口調でそんなことを言いつつ、アデライドは僕のほっぺたを人差し指で突っついた。なんでそうなるんや、と思わなくもなかったが、状況は一対二、極めて不利である。反論は諦め、唇を尖らせるだけにとどめた。


「……しかしそうなるとだ。ソニアくんの言葉も現実味を帯びてきたな。アルくん、君は本当に結婚はしたくないのかね? わたしとの婚約は、嫌々……なのかね?」


「ち、違うよ。決して、そういう訳では……」


 実際、アデライドにしろソニアにしろ僕にはもったいないくらいのよくできた嫁さんだ。もちろん、文句など微塵もない。……無いのだが、妙に不安になってくるんだよな。なんだろう、この感覚は。正直、自分でもよくわからない。


「なんだその曖昧な言い方は、もっとハッキリ言ってもらわないと困る!」


 どうやら、アデライドは僕の言い方が気に入らなかったようだ。グググと顔を近づけながら、強い口調で詰問してくる。セクハラはいいけどパワハラはヤメテ!


「私に気に入らないところがあるのならば、直す努力はしよう。だから、伝えるべきことはキチンと伝えてもらえないかね!」


「いや、いや。決してアデライドが悪いのでは……」


「じゃあ、どうしてそんなに及び腰なのかね!?」


 よく見れば、アデライドは涙目になっていた。うわあ、マズイ。どうしよう。そう思った瞬間、ソニアのデコピンがアデライドに炸裂した。


「痛ァ!」


「落ち着きなさい」


 ソニアは額を押さえて悶絶するアデライドを一瞥してから、ため息をついた。そして一人身体を起こし、僕の方へ向き直る。なんともシリアスな雰囲気だ。僕も彼女にしたがってベッドの上で正座をすると、アデライドのほうもそれに続いた。


「これは……わたしの勝手な妄想なのですが」


「ハイ」


「もしやアル様は……所帯に入ることで、軍人としての覚悟が鈍ってしまうと思っておられるのではないですか?」


 その言葉に、僕は再びひどいショックを受けた。絶句していると、ソニアはさらに言葉を続ける。


「結婚をすれば、当然子供もできます。そしてアル様は、大変に子供が好きなお方です。……己の血を分けた子を置いて、戦場に出られるのか? ……父親としての義務と、軍人の義務、どちらを優先するのか? そう、アル様は無意識に恐れているのではないかと……私は考えました。いかがでしょうか、アル様」


「……」


 僕は無言で唇を噛んだ。自然と、脳裏にある景色がフラッシュバックする。それは、前世の僕が戦死する直前の記憶だった。自然と腕に力がこもり、大きく息を吐いてから意識して脱力をした。……ああ、そうか。僕は、アレに縛られていたのか。


「……残念ながら、その推論は誤りだ」


 僕は深呼吸をしてから、首を左右に振る。軍務と家族、どちらを優先するのか? そんな疑問には、とうに決着がついている。前世の僕は、妻子こそ居なかったが家族との仲は良好だった。長期の休みには必ず里帰りしていたし、弟とは毎日のようにSNSでやり取りをしていた。現世と同じく、前世の家族も僕にとってはかけがえのない人たちだったのだ。

 にもかかわらず、僕はわざわざ危険な任務に自分から志願した。挙句、最後は部下や避難民を逃がすために"捨てがまり"に及んでしまったのだ。結果、僕は異郷の地で無惨に死んだ。敵勢力は遺体の返還交渉に応じるような連中ではなかったので、きっと家族は何も入っていない棺で葬式をしたことだろう。とんでもない親不孝をしてしまった自覚はある。

 だが……しかし。あの戦場は、楽しかった。とても楽しかったのだ。味方や無辜の民を逃がすため、孤軍奮闘する! なんとヒロイックなシチュエーションだろうか。軍人の本懐とも言える任務だ。洗脳された哀れな少年兵を撃ち殺すクソみたいな任務に辟易していた僕としては、ほとんど花道のような戦場だった。死の恐怖も家族への不義理もぶっちぎって、僕はわざわざ死地に飛び込んでしまった。


「妻が出来ようが、子供ができようが、僕は絶対にしり込みはしない。むしろ、喜び勇んで戦場に行くだろう。そういうところでマトモな抑えが聞く人間ではないんだ。異常者なんだよ、僕は……」


 気付けば、口の中がカラカラになっていた。ありもしないツバを飲み込み、息を吐く。マトモな人間ならば、何よりも自分の家族を優先すべきなのだ。だが、僕はくだらないヒロイズムに酔って家族を捨ててしまった。オマケに、今になってもそれを後悔しているわけではないのだ。だからたぶん、現世であの時と同じようなシチュエーションに遭遇したら、きっとまた嬉々として"捨てがまって"しまうだろう。そういう確信があった。


「僕は、僕は……あのエルフどもの同類だ。名誉の戦死を……本当に名誉あるものだと勘違いしているんだ。そんなことよりも、家族のために生き残る方がよほど大切だろうに……!」


 家族のために生き残らねば、となるような状況であっても、僕はブレーキを踏むどころかアクセルを踏んでしまう。相打ち上等、ぶっ殺してやる! 反射的にそんなことを考えて、おまけに実行してしまうのだから救いようがない。実際、王都の内乱でも僕は手榴弾で自爆攻撃を仕掛けようとした。オレアン公の助太刀が無ければ、僕はあそこで爆死していたに違いない。にもかかわらず、何の後悔も覚えていないのだ。馬鹿は死んでも治らないというのは、どうやら真実らしい。


「な、なにを言っているんだっ、君は! 縁起でもないことを言うなっ!」


 ひどく慌てた様子で、アデライドが僕に詰め寄る。


「どんな時でも生きて帰ってくると言え! 絶対に死なないと……いってくれよ」


「それは……できない」


 僕は首を左右に振った。ここで頷いてしまえば、嘘になってしまうだろう。僕は腐っても二つの人生を生きてきた人間だ。自分がどういうタチなのかは理解している。


「生き残る努力はする。僕も死にたいわけではない。けれど……他にどうしても優先しなくてはならない時は、僕は自分から死にに行く」


「……バカヤロウ!」


 アデライドは震える声でそう呟き、僕の胸を叩いた。彼女は、ほとんど泣き顔になっていた。



「君が死ぬ打と? 冗談じゃない! そんなことになったら、私は、私はぁ……っ!」


 縋り付きながら涙を流すアデライドに、僕はぐっと歯を食いしばった。ああ、そうだ。こうなるのが嫌で、僕は結婚を避けていたのかもしれない。きっと、母上や父上だけならば、「見事に戦い見事に散る、それが騎士の本懐だ」と納得してくれるだろう。だが、妻や子にまでそれを求めるのは酷というもの。


「……」


 僕は無言で、アデライドの肩を叩いた。死んでも治らなかったような筋金入りの性根だ。いまさら修正など効くはずもない。だが、だからといって納得してくれとも言い難いだろ……。

 ……今さらだが、たぶんアレだな。こういう反応をされるが怖くて、僕は自分を騙し続けていたのかもしれんな。何とも言えない、嫌な気分だ。これだからお前はクズなんだと、自分を殴りたくなってくる。結局のところ僕はシャバでは生きていけない類の人間で、やはり軍隊の外に出るべきではないのだろう。


「なるほど」


 取り乱すアデライドとは反対に、ソニアは落ち着いていた。彼女は小さく息を吐いて、微かに笑う。


「もうしわけありません、アル様。貴方を見くびっておりました。やはり、わたしの目は曇っていたようです」


 そう言って彼女は、アデライドを強引に僕から引き離した。そして宰相の肩をぐっと掴み、念押しをするような口調で言う。


「アデライド、納得するんだ。騎士とはそういう生き物なのだから。己の誉のために命を投げ出せぬ人間など、真の騎士ではない。そうだろう?」


「……っぐ」


 涙と鼻水を垂れ流しているアデライドは、強い目つきでソニアを睨みつける。だが、その程度でひるむソニアではなかった。


「世の騎士の夫たちは、みな妻が誉れのために死ぬ覚悟を決めている。それが、男の強さというもの。たしかに、自分より先に夫が死ぬなど、女にとっては受け入れがたいことだが……アル様の奥方になると決めたのなら、受け入れろ。それが、アル様と夫婦になるということだ」


「……君は、それでいいのかね? ソニアくん」


「良くはない。わたしとて、アル様より後には死にたくない。アル様が死ぬくらいならば、庇ってわたしが死ぬほうが余程マシだ。だが……それが叶うとは限らないのが戦場だ。わたしだけ残されることもあり得るだろう」


 ソニアは遠くを見るような目つきで、天井のあたりに視線をさ迷わせた。なにしろ、僕と彼女は幼馴染だ。だから、ソニアの考えていることは想像がついた。きっと、僕がネェルに攫われたときのことを思い出しているのだろう。あの時、ソニアは指揮を引き継ぎ、見事に戦線を支え続けてくれた……。


「わたしは、自分こそがアル様の妻だと胸を張れるような人間になりたい。だから、もう醜態を晒すような真似はしない」


「……私にも、そういう風になれと?」


「そうだ」


 ひどく端的に、ソニアはそう答えた。アデライドは泣きはらしたまま僕とソニアを交互に見つめ、唇をかみしめた。


「……わかった。私とて女だ。世の男どもがみなこの痛みに耐えているというのならば、私もそれに耐えて見せよう。アルくんに、情けない女だと思われるのは嫌だからねぇ……」


 アデライドの言葉に、ソニアは頷いた。そして僕の方を見て、ニッコリと笑う。


「ごらんのとおりです、アル様。我らをあまり見くびらないでいただきたい。我々はこれでも、一人前の女ですから。戦友が騎士の義務を果たすことを止めるような情けのない真似は致しません。どうぞ、ご安心を」


「すまない」


 僕は、寝間着の袖で目元を拭った。気づけば、僕の方まで涙が滲んでいたのだ。なんとも、情けない心地になっていた。自分の性分を曲げられないあまりに、二人にこれほどの覚悟を強いるとは! だが、二人のその言葉に、僕の心は確かに軽くなっていた。


「……本当にすまない。君たちは……本当にいい女だ。僕みたいな人間には、勿体ないにもほどがある……」


「馬鹿を言ってはいけませんよ。そういうアル様だから、わたしは好きになったのです」


 そういってソニアは僕を抱きしめた。思わず言葉に詰まっていると、アデライドまで僕に抱き着いてくる。


「私だってそうだ。……だが、出来るだけ死ぬなよ。馬鹿な真似をしてみろ、後追いしてやるからな……!」


「そ、それは勘弁してほしいかな……」


 僕は思わず顔を引きつらせた。こんなカスの後を追ってアデライドが死ぬなど、容認しがたい。マジで勘弁してほしいだろ。まったく……僕も大概女の趣味が悪い方だが、彼女らもかなり男の趣味が悪いのかもしれない……。


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