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第401話 くっころ男騎士と深層心理(1)

「やぁっと寝られる……流石に少しばかりくたびれたな」


 自室のベッドに横になりながら、僕は大あくびをした。時刻は既に真夜中といっていい時間になっている。すでに燭台はすべて消しており、明かりといえば採光窓から差しこむわずかな月の光と、暖炉に残った熾火程度。寝る準備はすっかり整っていた。

 宴が終わった後も、僕はひどく忙しかった。なにしろ、領主屋敷には少なくない数のお偉方が滞在する予定だったのだ。ホストとしては、しっかりとおもてなしをせねばならない。ちょっとした夜会を開いて酒を酌み交わし、表ではしにくい話などもする。領主屋敷に滞在している者たちは全員が宰相派閥なので(余談だがディーゼル伯爵はロスヴィータ氏の屋敷に泊った)、かなりディープな話まですることが出来た。

 それは良い。良いのだが、やはり気疲れする。僕がこの手の仕事に慣れていないせいだ。丸一日ぶっ続けで野戦演習をしたくらいの疲労感が、僕の心と体にまとわりついていた。本音で言えば明日は丸一日休みたいくらいだったが、残念ながら明日は明日の仕事がある。休むわけにはいかなかった。


「ハハハ、流石のアル君も不慣れな仕事では消耗するか」


 などとのたまうのは、寝間着に着替えたアデライドであった。彼女はなぜか、僕の胸の中で身体を預けている。彼女は只人(ヒューム)女性としてもそれなりに小柄な方なので、僕の腕の中にスッポリと収まるような状態になっていた。


「これからは、この手の仕事が増えていくでしょう。わたしもそうですが、早く慣れていきたいところですね」


 僕が宰相の言葉に答えるよりはやく、ソニアが耳元でそんなことを囁いていた。僕が宰相を抱きしめているのと同じような姿勢で、ソニアは僕を抱きしめていた。僕ら三人は、ベッドの中でマトリョーシカめいた状態になっているのだ。

 なぜこんなことになっているかと言えば、就寝直前にソニアがいつものように(・・・・・・・)同衾を申し出た際、アデライドが「たまには私も参加させたまえ」などと言い出したせいだった。どうやら、同じ婚約者の立場だというのに、スキンシップの頻度に差があることを気にしていたらしい。まあ、断る理由もないので了承した次第だった。

 お客人がたくさん来ているのに、こんなことをして大丈夫なのか? と思わなくもないがね。まあ、防犯上の理由から、僕の居室と客間は離れた場所に設置されている。夜中にいきなり鉢合わせするようなことは起こらないだろうが……。


「まあ、こればっかりはな。領主の責務だからな……。チャンバラやってるよりは、余程建設的な仕事だろうし……」


 僕はそう言ってから、薄く苦笑した。僕という人間は、その建設的な仕事とやらより余程チャンバラの方に適性があるのである。なんとも皮肉な話だった。


「その通り。剣を振り回すばかりが貴族の仕事ではないのだよ。んふふ」


 楽しげにそんなことを言いながら、アデライドは僕の太ももをスリスリとさすった。流石はセクハラ宰相、ソニアがこれほど傍にいるというのにセクハラの手を緩めないとは流石である。

 とはいえ、彼女が上機嫌な理由も理解はできるんだよな。アデライドはどうにも、武芸がからっきしであることにコンプレックスを抱いている様子だし。だからこそ、僕が自分の領分に入り込んで四苦八苦しているところを見ると、ほほえましくなるのだろう。


「ま、安心したまえ。今回の君の立ち回りは、十分に及第点を出せるものだったからねぇ。……婚約発表も上手く行ったしね」


 そんなことを言ってグヘヘと笑いつつ、宰相は僕に抱き着いてくる。


「……そうだね、ガッツリ発表しちゃったね。もう後戻りはできないわけだ」


 昼間のことを思い出しながら、僕は彼女を抱きしめ返した。内々の集まりとはいえ、ソニア・アデライド両名との婚約をガッツリ発表してしまったわけだ。いまさら、「やっぱナシ!」と言い出すことはできない。……いや、別に婚約破棄がしたいわけではないが。もはや逃げ場はないと思うと、なにやら不安を感じてしまうのだった。


「な、なんだ? 不満でもあるのか、私たちの婚約に。今さら言いだしたって遅いんだからな、お前はもう私のモノだからな!」


「違う、違う。そういうのじゃなくって……僕の方が、二人につり合いが取れるのか不安で」


 僕の胸倉をつかみながら迫ってくるアデライドに、あわててそう弁明する。実際、断じて彼女に不満があるわけではないのだ。アデライドは賢く、そして優しい女性だ。おまけに僕より上位の貴族であるにもかかわらず。ブロンダン家に嫁入りまでしてくれるという。さらに言えば、これまでさんざんケツモチをしてくれた恩まであるのだ。これで文句をいったら、マジでバチが当たってしまう。


「つり合い、ですか」


 静かな声でそう言って、ソニアは僕をぎゅっと抱きしめた。アデライドは僕の腹側に、ソニアは背中側に居る。二人の女性に前後から抱きしめられた僕は、ほとんどサンドイッチの具のような状態になっていた。


「そうだよ。僕ってば、見ての通り男っぽくないし、粗忽だし、野蛮だし……。おまけに、君たち以外の女性とも関係を持たねばならない立場だ。僕以上にふさわしい男が、他にいるんじゃないかって」


「今さら君は何を言っているのかね」


 アデライドは半目になって、僕を睨みつけた。微かな光に照らされてボンヤリと浮かび上がった彼女の顔は、明らかに拗ねている色のある表情を浮かべていた。


「アルくん、君は私に買われた立場なのだぞ。バカみたいに無駄遣いをする君と違って、私はなかなかの買い物上手な自信がある」


「バカみたいに無駄遣いをする!?」


 いきなりとんでもないことを言われた僕は目を白黒させた。"買われた立場"なる爆弾発言ですら霞むとんでもない言い草だ。


「なんだ、自覚がなかったのかね? これは重症だ。リースベンの収支帳簿を見せられた時、私がどれだけのショックを受けたと思うんだ。並みの領主が見たら失神しそうな額が動いているぞ? しかも、収入があれば即座に使ってしまう悪癖まであるし……貯蓄という概念を知らないのかね?」


「いや、その……」


 それを言われると弱い。いや、言い訳はあるのだ。蛮族どもを飢えさせないためにはガンガン食料を輸入するほかないし、蛮族どもに対する抑止力を維持するためには、リースベン軍の装備拡充は急務だし、領地は発展途上だからいろいろと施設を建てねばならないし……。当たり前だが、余剰金など発生するはずもない。……というか、余剰金なんか出したら来期から予算を減らされそうで怖いし。いや、正確に言うと僕が貰っているのは予算ではなく借金だったのだが。


「まあ、今はそのことについては追及しない。とにかく、私が言いたいのは……君はどれだけの大金を出しても惜しくないオトコだった、ということだ。私がいったいいくらのカネを君につぎ込んだと思っているんだ。王都の最高級娼館で最上位の男娼を何人も身請けできる額だぞ? つまり私は、君にそれだけの価値を見出しているということだ」


「そ、そうですか」


 そこまで言われると、ちょっと照れる。僕は自分のほっぺたを掻いた。……しかし、だからこそ何とも言えない気分になってくるんだよな。そんな大金を出す価値が、本当に僕にあるのだろうか? 正直、怪しいと言わざるを得ないだろ。


「しかし、アデライド……」


「アル様」


 僕の言葉を遮って、ソニアが耳元でささやきかけてきた。


「少し、聞きたいことがあるのですが。よろしいでしょうか?」


「……なに?」


 我が副官の声は、少しだけだが震えていた。その尋常ならざる気配に僕は思わず眉毛を跳ね上げつつ、聞き返す。


「その、何と言いますか……わたしの目は、曇り切っていました」


「……」


 いきなり何を言い出すのか。そう思いつつ、僕は彼女に先を促した。さっきまでベラベラと喋りまくっていたアデライドも、無言でソニアの言葉に耳を傾けている。それほど、彼女の声音には深刻な色があった。


「先日の一件で、わたしはそれを痛感しました。ですから……もう一度、最初からアル様を見つめなおすことにしたのです。愛する人の見ている景色を共有できぬ女に、伴侶となる資格は無い。そう思いましたので」


「……それで?」


 単刀直入な言い方を好むソニアにしては、妙に前置きが長い。いったい、"聞きたいこと"とは何なのだろうか?


「そういう訳で、この頃……アル様の行動を見つめなおしていたのですが、少し疑問に思うことが出てきまして……」


「う、うん。それで?」


「その、何と言いますか……アル様はもしや、本音では結婚などしたくないのではと。そう思ってしまったのです」


 ソニアの言葉に、僕は頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。腕の中で、アデライドも身を固くしている。


「相手が気に入らないとか、そういう理由ではなく……そもそも、アル様は結婚そのものを忌避しているように見えてならないのです。意識的なのか、無意識なのかまではわかりませんが……」


 そんな僕たちをまとめてぎゅーっと抱きしめながら、ソニアはそう言った……

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