第40話 盗撮魔副官とにわか砲兵隊
「撃て!」
わたし、ソニア・スオラハティの号令と共に、大砲が轟音を上げた。ここは防衛線最前衛の
砲兵壕。ここではわたしは砲兵隊の指揮を任されていた。
「再装填、急げ!」
跳ね上げ式の簡易城門がうなりをあげて閉まる。現在、敵は組織だって反撃できるような状況ではないが、弓隊がいる以上あまり油断はできない。再装填作業中に矢を射かけられたりすれば大惨事になってしまう。
金色に輝く大砲の砲口に巨大な房のついた棒が差し込まれ、ガチャガチャと前後させて内部の煤を払う。しかしその手付きはどうも不慣れで危なっかしい。
「く……」
砲兵を担当しているのは、我々騎士隊だ。普段は馬を駆り剣を振り銃を撃つような訓練ばかりしているような連中だから、砲兵隊としての仕事に慣れていないのは仕方ない。それでも、埋火とかいう地中爆弾が爆発する音が間近で響きまくっているような状況なので、早くしろと怒鳴りたくてたまらない気分になっていた。
それでもなんとか、騎士隊は麻袋に入った発射薬と鉄球弾を方向から詰め込み、再装填作業を完了した。大砲の台車を二人がかりで押して、反動で後退してしまった分を前進させた。
「発射準備よーし!」
「城門開け!」
あのヴァルヴルガとかいう熊獣人が、滑車付きのロープを力づくで引っ張る。木製の城門が素晴らしい勢いで開いた。その向こうでは、全身鎧を纏った重装歩兵たちが右往左往している。撤退しようとしている者もいるが、後方は弓兵隊が塞いでいる。そして前進しようにも、埋火と大砲が怖くてにっちもさっちもいかない。まさに混乱のるつぼだ。
そうこうしているうちに、埋火を踏んで周囲を巻き込み爆死する。なかなか痛快な光景だ。でも、残念ながら埋火は物資の問題であまり多く敷設できていない。そのため、敵が混乱している今のうちに戦果を拡大しておく必要がある。
「撃て!」
再度の射撃命令。もちろん、まともな照準などつけてはいない。にわか砲兵に急造砲の組み合わせではどうせ弾はまっすぐ飛ばないんだから、適当にぶっ放して構わないとアル様はおっしゃっていた。
先端に火縄がついた棒が砲の火口に差し込まれると、轟音とともに鉄球が撃ちだされた。その砲弾は地面でバウンドし、重装歩兵へ襲い掛かる。照準をつけていないとは言っても、狭い街道内で敵は密集している。そうとう運が悪くない限り外れたりはしない。ライフル弾をも防ぐ魔装甲冑を身に着けていたところで、質量の暴力には敵いっこない。即死だ。
「いいぞ、次だ!」
熊獣人が急いで城門を閉鎖する。わたしは壕から頭だけをだして、さらに敵軍の方をうかがった。敵はかなりの距離まで接近してきている。銃兵隊の射撃がそろそろ始まるはずだ。
そう考えていると、案の定ライフルを斉射する耳慣れた音が聞こえてきた。砲兵壕を挟んだ左右の塹壕から、噴煙のように真っ白い煙が上がった。
しかし、一斉射撃で倒れた敵は一人のみ。弾丸が外れてしまったわけではない。命中精度の高いライフル銃だ。半分くらいは命中したように見えた。しかしほとんどの弾丸は、魔装甲冑の装甲に弾かれてしまったのだろう。いくら破壊力の大きいライフル弾でも、重装歩兵を倒すには非装甲部にうまく当てるしかない。
「素人どもめ! 間合いが近いんだ、後ろを狙え、後ろを!」
思わず罵声が口から飛び出る。甲冑でガチガチに固めた相手に銃は効きづらいなんてことは、銃兵であれば皆知っているはずだ。本来なら、せいぜい鎖帷子くらいしか着ていない弓兵を狙うべきだったんだ。
そうしなかったのはたぶん、弓兵が遠すぎて狙っても意味がないと考えたからだろう。傭兵団の銃兵は、火縄銃の低い命中精度を補うため出来るだけ敵を引き付けて撃つよう教育されている。その悪影響が出ているのだ。一応ライフル銃を扱うための指導はしたが、所詮は付け焼刃だったということか。
だが、ライフルの扱いに慣れた私にはわかる。あのくらいの距離なら、ギリギリ有効射程内だ。しっかり狙えば、十分命中が期待できる。
「伝令を出すか?」
銃兵が潜んで居る塹壕はすぐそこだ。伝令を出せば、すぐに攻撃対象を変えるよう命じることが出来る。
「……おい、銃兵隊に弓兵を狙うよう伝えろ」
おそらく、アル様も同様に考えて射撃目標を変えるよう指示を出すだろう。しかし指揮壕に居るアル様より、前線に居るわたしのほうが早く命令を出すことが出来る。
こういう時のために、アル様はわたしに前線の指揮を任せてくださったのだ。その期待を裏切るわけにはいかない。小姓に指示を出し、銃兵壕に走らせた。
「再装填完了!」
「城門開け!」
機械的に号令
を出す。城門が開くと、射撃命令。耳をつんざく轟音とともに射出された鉄球はしかし、今度は誰にも命中しないまま山肌にぶつかって岩を粉々にした。舌打ちが漏れる。
「これではこけ脅しにもならないぞ」
大砲を向けられて平常心でいられる人間はそうはいない。我々砲兵隊の仕事は敵兵の殺傷ではなく、脅威を感じさせて前進する意欲を挫くことだ。とはいえ、当たりもしない砲弾では脅威にならないのではないだろうか。やはりできることならもっとまともな大砲と砲兵が欲しい。ない物ねだりをしても仕方がないが……。
そうこうしているうちに、銃兵隊が再び射撃した。指示通り、今度狙ったのは弓兵たちだった。遠くに見える弓を持った人影がバタバタと倒れた。あちこちから歓声が上がる。私自身、無意識にぐっと拳を握り込んでいた。
「銃兵どもに負けていいのか? 気合を入れろ、再装填!」
戦いの興奮が全身を駆け巡るのを感じつつ、私は大声で叫んだ。