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第399話 くっころ男騎士とお偉方たち

 腹ごしらえを終えた僕は、身支度を整えて貴賓席へと向かった。貴賓席といっても、軍用の大天幕を張ってテーブルと椅子を並べ、暖房用の火鉢を配置しただけの簡易的なものではあるが……要人が集まっているだけあって、フル武装の護衛たちが周囲をガッチリと守っている。なかなかに物々しい雰囲気だ。

 とりあえず、僕はご来賓一向に自己紹介と挨拶、そしてちょっとしたスピーチをした。こういうお偉方の集まりでの"儀式"は、現世も前世も大差ない。とはいえ、僕はもともとが大尉風情の下っ端なので、こういった格式ばったイベントの進行などやったことがないのである。スピーチは短めで切り上げたというのに、もう疲労困憊になっていた。兵たち相手の演説なら慣れてるんだがなぁ……。

 もうすでに逃げ出したい気分になっている僕だが、まだ僕にはやるべき仕事がいくらでも残っていた。。なにしろこのイベントのホストは僕なので、来賓ひとりひとりに声をかけ、握手などもせねばならんのだ。大変に面倒だが、やらないわけにはいかない。人脈を作るのも貴族のお仕事のうちだからな。


「やっとお目にかかる機会が作れましたな、ブロンダン城伯殿。リマ伯ロマーヌ・ジェルマンでございます」


「おお、ジェルマン伯爵! お会いできて光栄です」


 そういって僕が握手を交わしている相手は、壮年の竜人(ドラゴニュート)貴族だった。ソニアほどではないにしろ長身で、ガッシリした体格をしている。握った手は剣ダコが目立ち、いかにも騎士の手といった風情だった。まさに熟練の職業軍人といった雰囲気をまとった女性である。

 リマ伯ジェルマン殿といえば、カルレラ市に最も近いガレア王国側の都市、リマ市を統治する領主だった。以前から宰相派閥に属する彼女は、ディーゼル伯爵家との戦争のときから僕の支援をしてくれていた。今後もぜひ関係を維持・発展させていきたい相手だ。絶対に軽く扱うわけにはいかない。


「こちらはソニア・スオラハティ。まだ内々のことですが、僕の婚約者です」


 そう言って僕は、隣に控えたソニアをジェルマン伯爵に紹介する。我が副官は優雅に一礼し、伯爵に笑みを向けた。


「ノール辺境伯カステヘルミが長女、ソニア・スオラハティです。夫ともども、よろしくお願いいたします」


 今回の催しは、南部の宰相派閥領主たちに僕とソニア、そしてアデライドが婚約したことをお披露目する会でもある。正直かなり照れるのだが、我慢するほかない。


「噂はかねがね聞いておりますぞ、ガレア最強の騎士殿。本当にブロンダン家の嫁入りされるのですな、驚きました」


 大貴族の長女が家を継ぐでもなく遥か格下の家に嫁入りするなど、尋常なことではない。ジェルマン伯爵は本気で驚いている様子で、ソニアをまじまじと見つめた。


「それだけ我々がアルくんに期待しているということだよ。何しろ彼は、王都の内乱をあっという間に鎮めてみせた手腕の持ち主だ。神聖帝国に対する南部の防波堤としては、これほど適任な人間もいない」


 馴れ馴れしい口調でそんなことを言うのは、アデライドだった。彼女はジェルマン伯爵とは顔なじみのようで、友人に対するような気安い態度をとっている。もちろん、伯爵もそれを咎める様子は無かった。


「なるほど、なるほど。アデライド殿とソニア殿が揃って同じ方に嫁入りすると聞いたときは我が耳を疑いましたが、ブロンダン城伯殿と直接お会いして納得いたしました。たしかに、南部の新たなる柱になられる器量がおありのようで」


 めっちゃヨイショしてくるやん……背中がムズムズするからやめてほしい。やめてほしいが、口に出すわけにはいかないんだよなあ。僕は曖昧に笑って、彼女に頷き返した。


「ご期待に沿えるよう、粉骨砕身努力したしましょう」


 その後、ジェルマン伯爵とはいくつかの世間話を交わし、分かれた。なにしろ来賓はまだまだいるのだ。話し込んでいる余裕はない。上は伯爵級から、下は小さな農村ひとつを治める領主騎士(爵位は持たないが領地は持っている騎士のこと。領地を持たぬ宮廷騎士と対を成す存在)まで、様々な相手と握手や挨拶を交わす。正直、全員の顔を覚えるのは難しい数だった。まあ、大半は当主本人ではなく代理人を寄越してきているので、そういう面では気が楽なのだが。


「やあ、ブロンダン卿。初めまして。ズューデンベルグ伯アガーテ・フォン・ディーゼルだ」


 などと考えていたら、また伯爵本人がやってきた。ズューデンベルグ伯ディーゼル殿……つまりは、カリーナの実家の現当主である。ディーゼル伯爵家はリースベン戦争を機に代替わりし、現在はロスヴィータ氏の長女……つまり、カリーナのお姉さんが当主になっていた。

 カリーナは父親に似たのかひどく背が低いが、その姉のアガーテ氏は母親似である。身長二メートル超の偉丈婦で、もともとガタイが良いものが多いウシ獣人ということもありかなりの威圧感があった。血気盛んな若武者という印象が強いが、その顔にはなんとも人好きのする笑顔が浮かんでいる。

 貴賓席に居るのは大半はガレア側の貴族だったが、アデーレ殿をはじめとして神聖帝国側の貴族も何名かやってきている。リースベンとの貿易で儲けている連中だった。どうやら、こちら側との関係強化を狙っている様子である。


「直接会える日を楽しみにしていたぞ。母が世話になっているな。……それと、末妹も」


 最後のひと事は、周囲に聞こえないような小さな声だった。アガーテ氏はちらりと僕の後ろにいるカリーナを見て、口角を上げる。


「久しぶりだな、カリーナ・ブロンダン殿。元気でやってるか?」


「え、ええ、もちろんです! 姉さ……ディーゼル伯爵閣下!」


 カリーナは直立不動になり、鯱張った調子で返した。アガーテ氏は上機嫌に「そいつは重畳!」と胸を張る。その目には純粋に妹の成長を喜ぶ姉らしい色が浮かんでいた。実家からは勘当状態にあるカリーナだが、嫌われたり馬鹿にされたりしている様子はないな。少しばかり安心した。


「まったく、妹といい母といい。世話になりっぱなしだな。母はあの調子だし」


 アガーテ氏が目を向けた先には、数名の貴族と談笑しつつガツガツと肉を平らげるロスヴィータ氏の姿があった。体格が良いためわかりづらいが、よく見れば少しだけお腹が膨れている。彼女は人質生活中にも関わらず同居している夫と夜の生活を楽しみ、カリーナの妹をこさえてしまったのだ。


「人質とはいっても、相手は親愛なるディーゼル家の元当主殿ですからね。実質的には、お客人のようなもの。できるだけ不自由はせぬように気は配っているつもりです」


「お客人? 隔意のある言い方だな。もはや我らは親戚も同然、母の方も、そういう風に扱ってもらっても一向にかまわんさ」


 小柄な妹の肩をバシバシと叩きながら、アガーテ氏はそんなことをのたまう。カリーナは赤面しながらモジモジとしはじめた。なんかこれ……アレじゃない? カリーナと僕がくっつくのが確定した言い方じゃない? 顔を引きつらせながらソニアの方を見ると、彼女は何とも言えない表情で「義妹を幸せにしてやるのも義兄と義姉の務めですので」などとのたまった。いや確かにそれはその通りだが……。


「それはさておき、ブロンダン卿。例の件はどうなっているのだろうか? 正直、こちらも少々厳しい状況でな。是非とも頼りになる親類の力を借りたいところなのだが」


 コホンと咳払いをしながら、アガーテ殿はそんなことをいう。例の件というのは、傭兵団の派遣のことだろう。リースベン戦争で戦力をすり潰されたディーゼル伯爵家は、現在窮地に立たされている。周囲の領主たちがズューデンベルグ領を狙っているのだ。神聖帝国は地方領主の力がたいへんに強い国で、内部の領邦同士が争っても皇帝はなかなか介入できない。そのため、神聖帝国に加盟する領邦同士が戦争を始めることもよくある事だった。


「アリ虫人を主力とする重装歩兵中隊をひとつ用意してあります。明日にでも閲兵いたしますか」


 僕は周囲の者たちに聞かれぬよう、小さな声でそう答えた。アリンコ傭兵団はすでに編成が完了してあり、派遣に備えて現在訓練中だった。


「ありがたい!」


 アガーテ氏は何度も頷き、ほっと安堵のため息をついた。この反応を見るに、ズューデンベルグ領の危機はかなり切迫しているようだ。


「しかし、半年前には一個中隊を率いて我々と戦った貴殿が、今では中隊規模の部隊を容易に他領へ派遣できる立場だ。物語のような立身出世ぶりだな。私もあやかりたいものだが」


「上司と部下が頑張ってくれたおかげですよ」


 そう言って僕は肩をすくめた。……しかし、どこもかしこもきな臭いなぁ。ズューデンベルグ領との貿易は、我がリースベンのドル箱だ。あそこが燃えちゃ困るんだが……さて、どうなるやら。

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[一言] もうアル、辺境伯辺りにしとかんとアカンくらいの規模の領になりかけてね? 少なくとも軍事力はカマキリのせいで公爵超えとるやろ
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