第398話 くっころ男騎士と星降祭(2)
領主としてのお仕事をする前に腹を満たすことにした僕たちは、会場の片隅にあるテーブルに陣取った。なにしろ動員人数の多いイベントだ。どこでも食事ができるよう、野戦演習場を転用した野外会場にはあちこちにテーブルやイスが設置されている。
「しかし……変わった料理だな、これは。部位まるごとの塊肉をそのまま焼くとは……斬新というか、大胆というか」
テーブルの上の大皿を見ながら、アデライドが言った。そこには、骨がついたままの大きな豚肉がデンと乗っている。まだ焼き立てのホカホカであり、湯気と共になんともいえない食欲を刺激する香りを放っていた。
「西大陸の方では一般的な調理法らしいよ。スパイスにまぶした塊肉を、燻製にしながら焼くんだ」
「なるほど、このこれでもかと塗りつけられているソースはスパイスか……道理で予算の要求額が大きいはずだ。アルくんも豪勢な真似をするねぇ……」
なんとも微妙な表情で、アデライドは肉の表面についた分厚いソースの層をフォークでつついた。見た目だけは辛そうな、真っ赤なソースである。まあこの赤色の正体は赤ピーマンとトマトであり、トウガラシはそれほど入っていない。辛みがまったくないわけではないが、お子様でも楽しめる程度だ。
ちなみに、ピーマンにしろトマトにしろこの世界では西の方にある別の大陸が原産地であり、僕らの住む中央大陸では手に入りにくい。おかげで、調達にずいぶんとカネがかかってしまった。一緒にタネも仕入れているので、そのうちリースベンでも栽培できないか試してみようと思っている。
「値段に見合った味はあると、わたしが太鼓判を押そう」
ソニアは大変に上機嫌な様子でそう言ってから、肉をナイフで切り分けていった。慣れた手つきだ。王都で騎士をやっていたころは、打ち上げのたびにこの手の料理を作ってやっていたものだ。ソニアは見た目の通りなかなかの健啖家であり、毎度凄まじい量の肉を平らげていた。
「ふぅむ。ま、使ってしまったカネはもう返ってこないからねぇ。予算の使い道が正統だったのか、この私自ら確かめてやろうじゃないか」
取り分けられた肉を一瞥して、アデライドは皮肉げに笑う。……どうも宰相閣下は、今回の催しにかかった費用がお気に召さない様子だな。まあ、いくらカネモチとはいえ彼女の財布も無限ではないからな。イヤミの一つでも言いたくなる気分はわかるさ。
とはいえ、言い訳させてもらうなら一応僕だって予算削減の努力はしている。スパイス類には確かにカネをかけたが、肉の方はそれほど上等ではない庶民でも手の届くくらいのランクのものを使っている。しかもこの時期は冬に備えて家畜の一斉と殺が始まるため、精肉の価格は一年でもっとも安くなるのだ。たらふく肉を食べるのに、これほど適したタイミングは無い。
それに、出来るだけ早めに大きなイベントを開き、蛮族どもと領民の融和を図りたかったからな。星降祭を利用しない手は無い。実際、会場を見渡せばエルフやアリンコどもと何かを話している市民たちの姿も多少あった。むろん数は多くないが、以前の断絶した関係を想えば確かな前進といっていいだろう。
「それでは、頂きますということで」
まあ、そんなことはどうだっていい。今肝心なのは目の前の肉だ。食前のお祈りをささげ終わるのと同時に、カリーナが短距離走の選手のスタートめいて肉にかぶりついた。どれだけ腹が減ってたんだよお前は。ウシといえば草食獣の典型だろうに、今の彼女は明らかに肉食獣だった。
「うまっ! うーまっ!」
ウマじゃなくてウシだろう君は。苦笑しながら、自分も一口食べてみる。何時間もかけてじっくり低温で焼かれた豚肉のカタマリは、歯を使う必要もなく舌の上で溶けるように崩れた。そして同時に、トマトソースの酸味とトウガラシの控えめな辛さ、そして何よりクルミ材を焚き染めた濃密な燻製臭が口のなかに広がった。
この複雑だがパンチのある風味! これぞバーベキューの真髄って感じだな。トングを握るのは久しぶりだったが、なかなかに満足の行く出来だ。ウンウンと頷いていると、ソニアがグッと親指を立ててくる。同じように、僕も親指を立てた。
「ほう? ふーん……これは……」
そして、アデライドの反応も悪くない。一口たべては小さく声を漏らし、首をかしげてはもう一つ口に運んでいる。当然と言えば当然だが、この手の味付けはガレアの伝統料理にはないものだ。
「この酸味……何を使っているのかね? ワインビネガー……でもなさそうだが」
「トマトだよ」
「トマト? ……トマト!? あの黄色い花を咲かせるヤツかね」
「そう、そのトマト……の、実だね」
「は、花を楽しむ植物を料理に使うとは……さすがアルくんはワイルドだねぇ……」
なぜだかわからんが、ガレア王国ではトマトは観賞用の植物扱いされている。実のほうが本体だろうに勿体ない事をするものだなぁ……。いや、前世の世界でも移入当初はそういう扱いを受けてたんだっけ? ううーん、興味が薄かったのであんまり覚えてないな……。
「ち、ちなみに毒などは大丈夫なのかねぇ? 王立植物園に植えられているモノは、なんだか妙な臭気をはなっていたが……」
食べる手を止めて、アデライドはそんなことを聞いてくる。トマトを食べ慣れた僕からすれば笑ってしまいそうになる反応だが、彼女らからすればトマトはほとんど未知の植物なのだから疑い深くなるのも当然だろう。実際、ソニアらも初めて食べた時はそういう反応だった。
「少なくともトマトを食べた後にお腹を下したり、身体がシビれたりしたような経験はないが……なあ、ソニア」
「ええ。見た目は風変りですが、安全な植物のようです。味も悪くないですしね」
「むぅ……二人がそういうのならば、まあ信用しようかねぇ……しかし本当にワイルドだな君たちは。恐れ知らずというかなんというか」
ため息をつきつつ、アデライドはもう肉を口に運んだ。そしてじっくりと味わってから、飲み込む。
「しかし、材料はともかく味の方は絶品だ。集まっているお歴々も、これならば満足してくれるだろう。トマト云々は秘密にておいたほうが良いだろうがねぇ」
そんなにトマトってショッキングな植物か? 困惑しつつも、僕は頷いた。
「お歴々ねぇ……たしかに招待状はアチコチに出したが、そんなにたくさん来てくれたのか? この時期は、どこの貴族も忙しいはずだが……」
貴族同士の付き合いというのは結構重要だ。僕も周辺の領主からパーティや式典などにお呼ばれする機会はそれなりにある。そして、お呼ばれするからにはお返しに招待せねばならぬのが人付き合いというもの。この星降祭でも、僕は付き合いのある貴族家に招待状をだしていた。とはいっても、年末が忙しいのはどこの家も同じことだ。参加者はあまり集まらないのではないかとタカをくくっていたのだが……。
「ああ。ダロンド伯爵家にベルトー城伯、そのほか女爵家やら騎士家やらもボチボチ……大半は名代を送るにとどめているが、リマ伯爵家などは伯爵本人が来ているな」
「ディーゼル伯爵家も現当主本人を寄越したって、母様……じゃなかった、ロスヴィータ様が言ってたよ」
アデライドとカリーナの言葉に、僕は「わあお」と小さく声を漏らすことしかできなかった。思った以上に集まってるなぁ。一人一人に挨拶やら世間話やらをして回っていたら、どれだけの時間が必要なのかわかったもんじゃないな。せっかく領民たちを集めたのだから、彼ら・彼女らとも交流をしたいのだが……。
「まあ、仕方のない話さ。なにしろ、このリースベンには私やカステヘルミが居るんだ。縁を結んでおきたいと思う貴族は多いだろうさ。こういうつながりは、アルくん自身の力にもなるんだ。面倒がらずに、しっかり頑張ってくれたまえよ」
「はぁい」
アデライドの言葉に、僕はうなだれながらそう答えた。こういう政治向きの仕事は、僕のもっとも苦手とする分野だ。出来ることならば逃げてしまいたいが、そういうわけにもいかないだろ。ヘタをこいたら部下に迷惑をかけちゃうからな。しんどいが、まあせいぜい頑張って領主のお仕事を果たすとしようか……。




