第397話 くっころ男騎士と星降祭(1)
それから、またしばらく忙しい日々が続いた。仕事は相変わらずヒマラヤ山脈めいて積みあがっているし、さらには大小のトラブルが山のように発生しては本筋の仕事の妨害をしてくる。こう言った領主としての仕事に加え、リースベン軍の再編成やらアリンコ傭兵団の組織・訓練などといった指揮官としての仕事もあるのだがなんとも大変である。
だが、僕はこの日常に充実感を覚え始めていた。確かに休む暇もないほど忙しいし、エルフやアリンコ、それに外部から流入してきたゴロツキどもが引き起こす様々な問題には腹を立てることも少なくはない。しかしだからこそ、ひと段落ついたときの達成感は尋常なものではなかった。
おまけに、仕事を終えれば寝床ではカステヘルミやらジルベルトなどの竜人美女が(時にはウシ獣人の義妹やらエルフのロリババアなども)待っているのである。やる気がでないはずもない。別にイヤらしいことをしなくても、人肌の体温というものは気力を充実させるものだからな。
昼間はバリバリと働いて、メシと酒をたらふく食って、夜は美女と同衾してぐっすり。なんとも充実した生活であった。カステヘルミのおかげで、少し肩の荷も降りたしな。あの日以降、僕は時折ロリババアやカステヘルミに愚痴を漏らすようになっていた。男として少しばかり情けない心地にはなるが、やはりフラストレーションの解消にはなる。
そうこうしているうちにアデライドやソニアが王都から帰ってきて、とうとう星降祭当日となった。これは星導教の中でも最大級の祭典で、各自ご馳走を持ち寄って大騒ぎをしつつ新年に備えるというお祭りだ。まあ、クリスマスのようなものだな。せっかくのハレの日である。僕は領民との交流を図るために、領主主導の大きなイベントを企画した。バーベキュー会である。
「……よし、よし。イイ感じだ」
カルレラ市郊外にあるリースベン軍の野戦演習場で、僕はそう呟いた。そこは、臨時のバーベキュー会場になっていた。ミニチュアの蒸気機関車(といっても、ドラム缶なみのサイズはある)を思わせる形状の移動式オーブンがいくつも並び、その煙突から大変に良い匂いのする煙を吐き出している。
そのオーブンのうちのひとつの蓋を開けながら、僕は頷く。オーブンの庫内には、貴重な舶来品の香辛料がタップリ塗りつけられた巨大な肉塊が収まっていた。焼き加減は上々であり、なんとも食欲をそそる香りを放っていた。調理台に運ぶべく肉塊を木製の板に乗せていると、周囲にいた男性使用人たちが慌てた様子で集まってくる。
「城伯様! いけませんよ。こう言ったことは、僕たちにお任せください」
「しかしだなぁ、ピットマスターは率先して働くものと相場が……」
「ピットマスターが何かは存じませんが、お偉方を一番に働かせていたら僕たちのコケンに関わりますので!」
「むぅ……」
男性使用人たちは、強い口調でそんなことを言う。彼らは、部下の夫たちを"お手伝いさん"として臨時雇いした連中だった。普段から自分の家庭の台所を差配している者たちも多いので、男性と言っても意外と押しが強い。こういった場でしか料理をしない僕としてはタジタジになるほかなかった。
「それに城伯様、何時間も働き詰めでしょう。城伯様が休まないと、我々も休めないのですよ! 疲れていなくても、休憩時間はキチンと取ってください」
強い口調でそんなことを言うのは、馴染みの騎士の夫だった。平民出身のせいか、貴族令息にはない迫力がある、肝っ玉母さん……ならぬ父さんという雰囲気で、どうにも口答えがしにくい。まるでブートキャンプの鬼軍曹だ。
「いや、別にそんなことは気にしなくても……」
「貴族様を差し置いて平民が休めますか! ホラ、これを差し上げますので一休みしてきてください」
彼はそう言って、僕にまな板めいたものを押し付けてくる。そこには、一キロはあろうかという巨大なローストポークが乗っていた。これでも食ってろ、ということらしい。一休みで食う量じゃねえだろ。
「しかしだねぇ」
先任下士官に叱責された新品少尉のような心地になりつつもなおも抗弁しようとした僕だったが、そこへ聞き覚えのある「アルくん!」という声が聞こえてきた。そちらに目を向けてみれば、呆れた顔をしたアデライドとソニアのコンビが早足でこっちへ近寄ってきている。
「そちらの方はもういいかね!? そろそろこちらの方も手伝ってもらわねば少々困るんだがねぇ」
ため息をつきつつ、アデライドは開口一番にそう言った。まあ、文句を言われても仕方ない事をしている自覚はある。コックにはコックの、領主には領主の仕事があるのだ。こういう場では、趣味より仕事の方を優先するべきだろう。
とはいえ、僕としてもそれなりに言い分はある。ホストが手料理で来客をもてなすのは、バーベキュー・パーティの鉄則なのだ。ここを疎かにしては、おもてなしの心を疑われかねない。……それに、この手の現代的な料理のレシピは、僕の頭にしか入ってない訳だしな。炊事場に居た男たちはみな料理慣れしているものばかりだが、やはり初めての料理を作る際には監督が必要だろう。
「アル様、来賓もだいぶ集まってきていますよ。そろそろ挨拶をしてもらわねば」
……とはいえ、それもこれまでらしい。ソニアが少しばかり困った様子でそんなことをいうものだから、僕は苦笑して頷いた。つまり、来客のお偉方にあいさつ回りをして来いということか。肉の面倒を見ているほうが遥かにラクで面白い仕事なのだが、いたしかないか……。やっぱり、下手に出世するもんじゃないね。
「あいあい、ごめんよ。……みんな、すまない。そういうことだから、僕はそろそろ抜けさせてもらうぞ」
男たちに向けてそう言ってから、僕はソニアらに向き直った。
「さあて、行こうか」
数分後。僕らはアデライドらを伴って野戦演習場を歩いていた。普段はリースベン兵たちが汗と涙を流しているこの場所も、今はなんとも楽しげな空気が流れていた。軍楽隊が景気の良い音楽を奏で、旅の劇団がちょっとした演劇などをしていたりする。
それを見物している者たちも様々で、只人や竜人、獣人などの他にも、エルフをはじめとした蛮族勢も少なからず混ざっていた。領民たちと蛮族勢の融和も、今回の催しの目的の一つなのである。
「しかし、君も変わったイベントを思いつくものだねぇ。星降祭は確かに皆にごちそうを振舞うのが習わしだが……郎党や周囲の領主貴族家だけでなく、一般市民まで招くとは」
周囲を見回しながら、アデライドがそんなことを言った。彼女の言う通り、会場にはあきらかに身分卑しき者とわかる身なりの者もいる。普段ならこの手の催しには近寄ることすら許されない者たちだ。
「どんな人間であれ、一年のうち一回くらいは肉を腹いっぱい食える日があってもいいじゃないか。流石に皆に配るほど肉は用意できないが……抽選に当たった幸運な者くらいは、さ?」
今回、僕が開いたバーベキュー・パーティは日本でよく見られる炭火のコンロを多人数で囲む野外焼肉スタイルではない。手間暇かけて調理したバカでかい塊肉を切り分ける、典型的なアメリカ式バーベキューだ。前世の僕は高校卒業と共にアメリカの大学に進学したので、日本式よりもアメリカ式の方が馴染みがあるのである。
この手のアメリカ式バーベキューは、富豪や地元の名士などがこぞって開催し、貧民なども呼んで肉を振舞っていた歴史がある。まあ、一種の慈善事業だったわけだな。僕はその古式ゆかしいやり方を、このリースベンの地で再現したわけだ。
「相変わらずだねぇ、君は。貴族の義務と言っても限度があろうに」
アデライドは苦笑して、視線を近くにいたカリーナに向ける。彼女の手の中には、先ほどのクソデカローストポークの乗った皿があった。
「で、あの焼いた豚肉は君の手料理と」
「まあ、たまには男子力を発揮したくてね、よく馬鹿にされるが、僕にだってこの程度の料理は作れるんだ」
胸を張ってそう答えるが、実際のところこの手の野外料理は前世の世界ではどちらかというと男が作る代物だった。男女の感覚が逆転したこの世界では、どちらかといえば女料理にカウントされるだろう。
「アル様の作る肉料理は絶品だぞ、アデライド。冷えてしまっては少々もったいない、挨拶前に少しばかり味見をしていかないか」
ちらちらとカリーナのほうをうかがいつつ、ソニアが言う。この義妹はどうやら腹ペコが極まっているらしく、今にもヨダレをたらしそうな表情で巨大な肉塊を見つめているのである。この状態でさらに"待て"をさせるのは流石に可哀想だ。
「ふぅむ。確かに、まだ賓客は全員は揃っていない。少しばかり軽食を取るくらいの余裕はあるが……ところでソニアくん。君はこのよくわからない料理を食べたことがあるのかね」
「むろんだ。わたしの好物の一つだぞ」
「むぅ。私は今まで一度もアルくんの手料理なぞ食べたことがないんだがねぇ……」
恨めしげな表情で、アデライドはソニアの方を見た。ソニアはそれを、幼馴染の特権だ、と言わんばかりの態度で受け止める。……しばらく一緒に仕事をしていただけあって、ずいぶんと関係が修復されているな。前だったら、ちょっとした嫌味の応酬くらいはあったものだが。
「いいだろう。私も小腹が空いていたところだ。アル君自慢の料理とやらを食べさせてもらおうじゃないか」
結局、そういうことになった。せっかく手間暇かけて作った料理だ。できれば冷える前に食べてほしい。僕は密かに、ほっと安どのため息をついた。それに、貴族のパーティなんて食事はオマケで話し合いの方がメインだからな。パーティが終わった後なのに満腹どころかむしろ腹ペコになっているなんて、ざらなんだよ。今のうちに、気合を入れて腹ごしらえをしておくべきだろう。




