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第396話 くっころ男騎士の相談(2)

「実は、私は……君に女装してもらって、自分は男装して。そういう状態で、アナタに押し倒してもらいたい。そういう願望があるんだ」


 カステヘルミのその言葉に、僕は思わず酒杯を取り落としかけた。なんというか……かなり予想外の奇襲だ。慎ましやかな彼女が、いきなりこんなことを言い出すとは。


「私は……」


 そう言ってから、カステヘルミは酒杯のホットワインを一気に飲み干した。僕は無言で彼女に酒のお代わりを注いでやりつつ、言葉の続きを促す。


「以前にも言ったが、私はなかなかに雄々しい女でね……。どちらかと言えば男の着るような華々しいドレスを着るのが好きだし、お相手には凛々しい騎士のような恰好をしてもらいたいんだ。人には、とても言えない趣味だけど」


「……なるほど」


 突然告白されたものだから少しばかり動揺したが、良く聞いてみれば別にとんでもないことを言っているわけではない。自分の肉体上の性別がしっくりこない、というような人は少なからずいるものだしな。この辺りは普通に個性のうちだろ。前世で指揮していた中隊にも、何人かそういう部下はいた。今さら驚くほどのことは無い。

 というかこれ、カステヘルミはわざとショッキングな言い方をしたような気がするな。たんに事実を伝えようというのならば、別に押し倒してもらいたいだのと言う必要はないわけで……。


「雄々しいのは性癖だけではなく、性根もだ。戦場に出るのはとても怖いし、乱暴な荒くれものには近寄りたくもない。軍役も、部下の手前なんとか頑張っているだけだ。たぶん、現役を退いたら二度と甲冑を纏うことはないと思う……」


「それは……むしろ、好き好んで危ない目に遭いに行くやつのほうが異常者だと思うんですけど」


 たとえば、僕とかな。口ではイヤだイヤだといいつつも、軍人はやめられない。前世はそれでひどい死に方をしたってのにな。完全に異常者だよ。


「まあ、そうではあるが。しかし、騎士というのはそれくらいじゃないと務まらないものだ。そういう意味では、私はまったく騎士向きの人間ではないんだよ。……まあ、それはそうだろう。昔から、私が憧れていたのはのは騎士ではなく、その騎士に救われる王子様なんだから……」


 そう言って、カステヘルミは立ち上がった。そして、対面から僕の隣へと移動し、腰を下ろす。そのまま、僕の身体にそっとしなだれかかってきた。


「ねぇ、私の騎士様。こんな話は、当たり前だけど一番信頼している部下にも、そして娘たちにもしたことは無い、けれど、アナタには抵抗なく伝えることができるの。いったい、何故だと思う……?」


 僕の耳元で、彼女はそう囁いた。一杯しか飲んでないのに、随分と酔ってるな。正直、だいぶドキドキする。ロリババアにも弱いけど熟れた美女にも弱いんだよなぁ、僕……。


「し、信頼しているから……?」


「ご名答。……人にはとても聞かせられないこんな話でも、アナタにならば言える。気持ち悪がったりせずに、きちんと受け止めてくれることがわかってるから、ね?」


 楽しげな様子で、カステヘルミはそっと僕の腕を取って抱きしめる。ああ、豊満な胸が! 腕に、腕に!


「人に良く思われたいというのは、ほとんどの人間に共通する感情だと思う。けれど、それと同じように、本来の自分を出してのびのびとしたい……そういう感情もあるんだ。この二つを両立することができる相手というのが、本当の運命の人だと私は思う」


「……」


「アナタは私が本当の自分を見せても失望なんてしないし、私を大事にもしてくれると思う。だから、アナタは私の運命の人。まあ、今のところ、一方通行な関係だけどね……」


「一方通行、か」


 それはもちろん、僕が彼女の前で本来の自分を出していないせいだろう。僕は口を開きかけたが、それより早く彼女の人差し指がこちらの唇を抑えた。


「だめだめ。何か、カミングアウトしようとしたでしょ。私が何かを告白したからって、アナタも秘密を喋る必要はないの。そういう相互的な取引は、愛とは呼ばない。対価を求めるような愛は愛じゃない。愛は一方通行であるべきだよ」


「カステヘルミには勝てないな」


 僕は思わず苦笑した。前世の僕の享年が、ちょうど今の彼女と同じくらいだった。しかしあの頃の僕は、カステヘルミに比べればはるかに子供だった。いや、それは今も同じことなのだが。要するに、愛がどうとか信頼がどうとか、そういうことを真面目に考えたことが無かったのである。


「それに、私はしょせんオマケだからね。できれば、そういう関係を結ぶのは、ソニアかアデライドを先にするのが自然かなって」


「そんなことは……」


「あるいは、すでにあのエルフのおばあちゃんに先を越されてるかもしれないけど、ね? まあ、それもアナタの判断だから」


 僕は思わず凍り付いた。まさか、ここでダライヤの話が出るとは……。


「図星? ふふ、やっぱりねぇ……」


「いや、その……」


 浮気のバレた亭主のような気分になって、僕は弁明した。だが、カステヘルミは優しく微笑み、首を左右に振る。


「こればっかりは私たちの落ち度だよ。これだけ長い時間を一緒に過ごしてきたのに、アナタの愛を手に入れることができなかったんだから。他人を泥棒猫呼ばわりするには、出遅れが過ぎているんじゃないかな」


 そう言って、カステヘルミは小さく息を吐いた。そして、酒杯のホットワインをごくごくと飲む。


「まあでも、人を愛するというのは、精神衛生上とてもいいことだからね。アルに愛する人ができて、私は嬉しいよ」


「……」


 実際、僕が一番地に近い態度を取ることができる相手が、ダライヤだ。なにしろ彼女の前では多少の演技など容易に看破されてしまうし、そもそもが根がクズ寄りの女なのであえて取り繕う必要もない。とにかく、傍にいて気が楽なんだよな。……つまり、好きってことだが。我ながら、いろいろとネジくれてるなぁ……。


「ただ、ね。愛するのもいいけど、やっぱり愛されたいという気分もある。だから、アナタがこうして私に相談をしてくれたのは、とても嬉しいんだ……」


 カステヘルミの声はしっとりとしていた。僕は思わず、彼女の手に自分の手を添えてしまう。なんというか、本当に可愛いんだよな、この人。


「愛し、愛され、か……」


「そう。私も、それからソニアやアデライドも、君のことを愛しているよ。だから、同じように愛し返してあげてほしいな。その方が、アナタも楽になれると思う。あのエルフと同じように、きっと私たちも本当のアナタを受け止めることが出来ると思うから」


「どうだろう? 大丈夫かな。本当の僕は、クズで臆病者だよ。カステヘルミの理想からは程遠い人間だ」


 僕はそう言って、ふいと目を逸らした。


「部下を判断ミスで死なせたことがある。それどころか、死地とわかって投入したことも。清廉潔白な人間ではないよ。どちらかと言えば、真っ黒だ」


「向いていないとはいえ……私も、ソニアも軍人だよ。戦いというものが、どれだけ薄汚い物かは知っているつもりだ」


「……勇気があるわけでもない。一度婚活で失敗して恥を掻いたからって、怖くなってずっと逃げ続けた。まだ時間はあるとか言い訳して、目をそらして……」


「早く迎えに行かなかった私たちが悪いんだよ。本当にごめんね……」


「……」


 黙り込む僕に、カステヘルミはそっとキスをした。そして慈愛の籠った目で、僕をじぃっと見る。


「大丈夫だよ、アナタ。私は、アナタを受け止められる。信頼して、前に一歩踏み出して。……実のところ、ね。出遅れたことは認めるけれど、あのエルフに負ける気はさらさら……無いよ。略奪愛、上等だと思う」


 僕は思わず苦笑した。いつのまにか、カステヘルミの顔には捕食者めいた笑みが浮かんでいる。


「女は皆オオカミだ、気を付けろって父上が言ってたけど……どうやら、本当みたいだな」


「オオカミ? 違うよ。ドラゴンだ。私のような雄々しい女でも、心には一匹の竜を飼っているのさ」


 そういって、彼女は僕の唇をもう一度奪った。さっきとは全く異なる、荒々しいキスだった。先ほどは押し倒されたいなどと言っていたくせに、今や自分から押し倒してきそうな雰囲気である。

 ……まあ受け身なプレイが好きなのと、性的なことに積極的なのは、両立できるからね。つまり、そういうことだろう。相方の趣味に合わせてやるのも、婚約者の務めか。僕はコホンと咳払いをして、わざと少し乱暴な手つきで彼女の肩を掴んだ。カステヘルミの顔が、うっとりと蕩ける。……うんうん、彼女のツボはこういう感じか。嫌いじゃないね、こういうのも。


「……ちょっと告白したいことがあるんだけど」


「なぁに?」


「実は、さ。僕ってば結構淫乱なんだ。いま、すごく期待してる……そんな僕でも、カステヘルミは受け止めてくれる?」


「本当?」


 カステヘルミは目を丸くして、少しだけ視線を下げる。そして、僕と答えを待たずして満面の笑みを浮かべた。


「……ふふ、嬉しい。本当にうれしいよ。私はこんな、どうしようもなく雄々しい変態のおばさんなのに……」


 なんとも艶めかしい湿った声音でそんなことを言うカステヘルミに、僕はくらくらし始めていた。酒はまだ大して飲んでいないのに、すっかり泥酔したような気分だ。これは、酒精ではなく雰囲気に酔っているのだろう。


「……ところで、私の方にも一つ告白があるんだ」


「なに?」


「期待してたのは、私の方も同じことでね。実は、その……着てもらいたい服があって、用意してるんだ……。せっかく、ソニアもいないわけだし……どうかな?」


「……ちなみに、どういう服?」


「君も見慣れたやつだよ。辺境伯軍の近侍隊用礼服」


「アレかぁ……」


 近侍隊は、辺境伯の身辺を固める精鋭部隊だ。彼女らの纏う制服は落ち着いた色合いの質実剛健かつスタイリッシュな代物で、なかなかに恰好が良い。女装と言っても、正直抵抗のある感じの服装ではないんだよな。……というかそもそも、この世界の基準では僕は普段から女装しまくってるしな。なにしろ全身甲冑ですら女装判定だ。


「アレならいいよ、着替えましょ。でも、興奮しすぎちゃだめだよ。ユニコーンに蹴られちゃ困るからさ……」


「やった! じゃあ、ちょっと待っててね」


 そう言って、カステヘルミは小躍りしながら部屋を出て行ってしまった。一人残された僕は、ため息をつく。なにしろ、ここまで来て"本番"はナシなのである。正直、生殺しだよな。童貞を判定できるユニコーンなどという生物が実在するせいで、"本番"は結婚後の初夜までお預けだ。我慢が出来ない場合、僕には淫乱の烙印が押されることになる。……はぁ、ユニコーンめ。今すぐ絶滅しないかな……。

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