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第395話 くっころ男騎士の相談(1)

 カルレラ市へ戻った僕は、四苦八苦しながら今日の仕事を終わらせた。別に書類仕事が苦手な訳ではないが、やはり身体を動かす仕事のほうが好きだ。だが好きだろうが嫌いだろうがやらねばならぬ仕事には変わりない。「嫌じゃーワシは隠居するんじゃ―」などとむずがるロリババアのケツを叩きつつ、なんとかヒマラヤ山脈めいた書類の山の一角を崩すことに成功する。

 そしてそうこうしていたら、あっという間に夜だ。この頃、一日が過ぎるのが異様に早くて困るね。せっかくの平和な日々だ。もっとゆったり過ごしたいものだが……


「それじゃあ、お疲れ様」


 そんなことを想いつつも、僕はカステヘルミと乾杯をした。夕食後、約束通りに彼女と一杯やることになったのだ。場所は食堂ではなく、僕の寝室だった。流石に、部下の目のあるところでナイショ話はできないからな。

 ……しかし、アレだね。自分の部屋に幼馴染の母親、かつ一応は男女関係にある女性を招くというのは、少しばかりドキドキするイベントだな。カステヘルミは僕の母と同年代だが、大変に美しく熟れた魅力のある女性だった。正直、ストライクゾーンである。……我ながら広いストライクゾーンだなあ。なんなら暴投や死球でもストライクがとられるのではなかろうか。


「……」


 内心苦笑しながら、酒杯の中身を飲む。秘蔵の高級ワインだ。味はなかなかのものだった。ちなみに、カステヘルミのほうはこのワインをショウガ湯で割った特製のホットワインをちびちびとやっていた。

 何しろ彼女は娘であるソニアと同じく酒には弱いタチなので、ワインをそのまま飲んでいるとあっという間に泥酔してしまう。たんなる寝酒ならばそれでもかまわないが、今回は相談したいことがあって誘ったわけだからな。酒は、口の潤滑剤程度にとどめておかねばならない。


「そういえば……アナタと二人っきりでお酒の飲むのは初めてかもしれないね」


 普段よりも幾分柔らかい口調で、カステヘルミはそう言った。周囲の目のある時の彼女は王国屈指の大領主らしい凛々しいものだが、二人っきりの時は地が出てくる。


「確かにね。そういう機会も、あまりなかったから……」


「お酒はそれほど得意ではないけれど、アナタと一緒に飲むのであれば楽しいよ。これからも、気が向いたら誘ってくれると嬉しいかな」


 湯気の上がるホットワインを飲みつつ、カステヘルミは微かに笑った。この時代の夜は、暗い。光源と言えば燭台のロウソクと暖炉で燃えている薪の炎くらいだ。しかし、その暖かな光に照らされた彼女は、見惚れるほど美しかった。


「それは、もちろん。辺境領ほどではないにしろ、やっぱり冬は長いから。こういう機会は、何度だって取れるさ」


 彼女の治める北方辺境領は、冬季の間は完全に凍り付いてしまう。冬になってしまえば、辺境領から出ることも入ることもままならないということだ。交通が再開するまでは、彼女もこのリースベンに留まり続けるはずである。


「ん、たのしみだな。……それで、今夜はどういう要件かな? とくに理由がなくとも、アナタとは一緒に居たいけど……そういう訳でもないんでしょ」


 酒杯を緩やかな回しつつ、カステヘルミは聞いてくる。彼女とも長い付き合いだ。どうやら、こちらの思惑はすべて把握しているらしい。僕は苦笑してから、薄くスライスされたチーズを口に運んだ。塩気も臭気も強いタイプのチーズである。酒にはバツグンに合った。


「実は、相談したいことが」


「おや、珍しい」


 カステヘルミの眉が跳ね上がった。声音こそ穏やかだが、かなり驚いている様子だ。


「正直に言うとね。待っていたんだ、こういうの。たまには年長者らしいところも見せたいからね」


 笑みを見せるカステヘルミに、僕も笑い返した。言われてみれば、彼女にこういう風に助言を求めたのは初めての経験かもしれない。


「して、その内容は? 私で力になれるような事だったらいいんだけど」


「大したことではないんだけど」


 僕はそう言ってから、ワインで喉を潤した。……一杯目が、もう空になってしまった。テーブルにおかれたワインボトルを取ろうとすると、それより早くカステヘルミがお酌をしてくれた。目上の人にこういうことされるの、慣れないなぁ。そんなことを想いつつ、軽く一礼する。


「……いや、僕個人の問題としては、大事か。その、なんというか……ソニアたちと、今後どういう風に付き合っていくか、悩んでいるんだ。こういうことになった以上、今まで通りという訳にはいかないだろうし」


「なるほどね。……そうか、君も年齢相応の悩みを抱くんだね」


 コクコクと頷くカステヘルミ。その表情に侮蔑の色は無かったが、僕は内心恥ずかしかった。前世と現世を合わせれば五十年も生きているというのに、若造のような悩みを抱いているわけだ、なんとも未熟な男だこと……。


「そんな顔をしなくてもいいよ、アル。君は本当に可愛いね」


 そう言ってカステヘルミは、その大きな手で僕の頭を撫でた。ひどく優しい手つきだった。


「しかし、ソニアらとの付き合い方か。具体的に言うと、どういうところに悩んでいるのかな」


「なんというか、その……」


 僕は自分の頬をペチペチと叩いた。この場に鏡はないが、そんなものがなくとも自分の顔が真っ赤になっていることは自覚できていた。


「僕って、八方美人なんですよ。ついつい、格好つけちゃうというか。弱い自分を見せたくないというか」


「……うん」


「演技だけはそれなりに自信があるので、ソニアからも過分に評価されている自覚はあるんだけど。でも、結局それはメッキなので……夫婦というこれまで以上に親密な関係になってしまった以上は、いずれ剥がれて地が出てくると思うんだ」


 友人であり上官・部下であるという今までの関係であれば、まだなんとかなる。僕は将校としてふるまうのは得意だ。だから、良い上官として振舞っている限りは、そうそう失望されることなどないと思う。僕だって、伊達で年を食っているわけではないからな。その辺りには、それなりに自信があった。

 だが、関係が近くなりすぎるとそういうわけにもいかなくなってくる。演技を続けるという手もあるが、そんなのは健全な関係ではないとロリババアに指摘をうけてしまった。確かに、彼女の言う通りではあるんだよな。メッキはしょせんメッキ。近くで見続けていれば、いずれそれがニセモノであることに気付いてしまうだろう。


「実際のところ、僕はそう大した人間ではないから。ソニアやアデライドは、立派な貴族だ。そんな彼女らとつり合いが取れるんだろうかって」


 そこまで言って、僕は首を左右に振った。こういういい方は、正確ではないな。


「……違うな。つり合いとか、嘘だ。要するに……失望されるのが怖いんだ。ああ、アルベールはこの程度の人間だったんだなって、見捨てられるのがたまらなく嫌なんだ。僕に微笑みかけてくれたあの顔で、ゴミを見るような目を向けてほしくないんだ」


 核心は、これなんだよな。僕はそれなりに虚栄心のある人間で、失望されたり見捨てられたりするのはとても嫌だ。それが、親しい相手であればなおさらで。だから、ついつい自分が良く見えるように立ち回ってしまう。これは前世からの悪癖だったが、転生してからはより悪化したような気もする。


「なるほどね」


 僕の告白に、カステヘルミは笑いも怒りもせずに頷いた。そして、ホットワインを一口だけ飲む。


「あえて言わせてもらうとだね。親しい相手に失望されたくない、などというのはみな思っている程度のことだ。ソニアも、アデライドも、私もね。君だけの専売特許じゃあない」


「……」


 それはまあ、そうだろうけども。僕は思わず唇を尖らせた。とはいえ、僕は人生二周目という露骨なズル行為をやってるわけだからな。なんだか申し訳ない気分になってくるというか……。


「……そうだな、告白ついでに、私も告白しようか。君に失望されたくないあまりに、今まで黙っていたことだ」


「拝聴しましょう」


 はて、告白ね。以前にも、そういうイベントはあったが。それとはまた別の話なのだろうが、いったいどういう内容なのやら……。


「実は、私は……君に女装してもらって、自分は男装して。そういう状態で、アナタに押し倒してもらいたい。そういう願望があるんだ」


 僕は思わず酒杯を取り落としかけた。

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