第393話 くっころ男騎士の晩餐
アリンコたちが短期間のうちに築き上げた集落を見て回っていた僕たちだったが、冬の昼は短いもの。築けば、夜が迫っていた。アリンコ村はカルレラ市の近所にあるから、領主屋敷に戻ろうと思えばすぐ戻れるのだが……僕は、ここで一夜を明かすことにした。アリンコたちに対する信頼を示すためである。
そう言う訳で、今日はゼラの屋敷でお泊りだ。まあ、屋敷と言っても周囲の民家よりはやや立派かな、という程度のものだが。こればっかりは、仕方が無い。需要の爆増により建材は慢性的に不足状態だし、冬本番に間に合わせるため工期自体もずいぶんと短かった。ご立派な豪邸などを作っている余裕はどこにもなかったのである。
「ほう、これがアリ虫人の郷土料理……」
その、ゼラ邸の裏庭で、僕は湯気の上がる木椀を受け取りながらそう言った。木椀の中身は、キノコやタマネギ、豆類などをクタクタになるまで煮込んだモノだ。申し訳程度のクズ肉もはいっている。
僕たちの前には、キャンプファイアーめいた大きな焚き火と、これまた大きな素焼きのつぼ型土鍋がある。即席の台所だ。むろん、屋敷の中にも炊事場は設けられているのだが……残念なことに、我らの中には大柄で大喰らいなネェルさんがいる。
彼女の巨体では一般的な家屋の中に入ることはできないし、食べる量が多いため作った料理を外まで運んでくるのも一苦労だ。そこで、夕食は野外で作ってその場で食べよう、そういう話になったのである。そもそも、一人だけ野外に捨て置いて自分たちはヌクヌクと屋内で食事、なんてのはまったくもって僕の趣味ではないしな。
「それほど上等なもんじゃありませんがね。まあ、ありモノをそのまま鍋にブチこんだだけの代物ですわ」
ちょっと恥ずかしそうな様子で、ゼラがそう説明する。確かに、野趣あふれる料理なのは間違いなかろう。
「なるほど……ガレアにも、エルフェニアにもこの手の料理はある。種族や文化は違えど、共通点はあるものだなぁ」
ガレア名物軍隊シチューを思い出しながら、僕は頷いた。これもまた、その場で手に入る食材を適当に大鍋にブチこんで煮込むだけというお手軽料理である。エルフにもまた、同じような料理がある。メイン食材は芋だが。
「私の領地にも似たようなものがあるな。ただ、見た目は随分と違うが」
「真っ赤だものね、あっちは」
カステヘルミの言葉に、僕は頷いた。ノール辺境領の名物料理には、赤カブを大量に使った真っ赤なシチューがある。正式な騎士になるまでは頻繁に辺境領へ行っていた僕からすれば、馴染みの料理だった。久しぶりに食べたいものだ。
……しかし、カステヘルミにため口を使うのは、まだ慣れないな。下っ端の尉官が将官にナメた口を聞くようなものだから、どうにも背筋がゾワゾワする。普通ならば、深刻な怒られが発生する事案だ。むろん、お偉方であるカステヘルミ本人がそれを求めているのだから、別に気にする必要はないのだろうが。
「カマキリ虫人には、ないです」
ちょっと笑って、ネェルがそう主張した。
「鍋とか、包丁とか、持てないので。だから、父や、夫の、作る、料理が、カマキリ虫人の、ソフルフードです」
麗しいカマキリ虫人殿は、僕をチラチラと身ながらそんなことを言うのである。……僕に料理の腕とか求めないでくれー、こちとら前世も現世も自炊からは程遠い生活を送っていた天性の生活破綻者やぞ。真面目に作った料理とか、せいぜいバーベキューくらいだわ。
「……肉を炭火で焼いただけの代物でいいなら、今度作ってあげるよ」
「わぁい」
ネェルはその禍々しい形状の鎌を振って、子供のように喜んだ。こういうところ、妙に純真だからカワイイよねこの娘。……もうすっかり僕を恋人なり夫なりとして扱っていることはさておき。ソニアももう完全に諦めている風情だし、もはや彼女との結婚も不可避なようだ。まぁ、悪い娘ではないので、イヤではないのだが。しかしとんでもない力技には違いあるまい……。
「それはいいな。良ければ私もご相伴にあずかっていいかな?」
「兄貴の手料理! なんとも楽しみじゃないの。ワシも手土産もって参加させていただきますわ」
そして、当然ネェルから逃れられないということは彼女らからも逃れられないということだ。目を輝かせてそんなことを言い出すカステヘルミとゼラに、僕は苦笑しながら頷くほかなかった。まあ、親睦会をかねてバーベキュー大会というのも悪くはないだろう。
……雑談は楽しいが、いつまでもダラダラと続けていたらせっかくのメシが冷めてしまう。さっさと食前のお祈りを済ませ、食事に取り掛かる。アリンコ式軍隊シチューは、山椒めいた味の刺激的な香辛料がタップリ効いた、スパイシーな味付けだった。なかなかウマイ。そのまま食うのもいいが、トルティーヤを思わせる薄い平焼きパンでつつんで食べるとまた格別だ。
「これは……なかなかいいね。調理器具も共有できることだし、軍の方でも出してみてもいいかも」
「このキノコがいい味を出しているな。初めて食べるキノコだが……」
僕とカステヘルミは、感心しきりだった。……ん? キノコ? そういえばこいつら、初対面の時に麻薬キノコがどうとか言ってたが、まさか……。
「……」
無言でゼラを見つめると、彼女ははにかみながら頬を掻いた。なんか勘違いしてない!? 僕はあわてて、なんだか照れているゼラに耳打ちした。
「ところで聞きたいんだけど、これってどういうキノコなのかな」
「え? ああ。ハキリどもが育てとる普通のキノコよ。危ない物じゃないけぇ、安心してつかぁさい」
だ、だよねえ。ヘンなキノコとか、客人に出さんよね。こんなところでラリったりしたら、間違いなく大事になる。とくにネェルが正気を失ったら大惨事だ。
「やはり杞憂か。いや、申し訳ない。妙な疑いをかけた」
「ご所望でしたら、例のキノコも用意しますけぇ」
「は?」
「聞いた話では、ヤる前に吸うと普通にヤるより何倍も気持ちようなれるやらなんとか。アニキィ、ワシとためしてみやすか?」
「は?」
ゼラはなんとも淫靡な笑みを浮かべながら、僕のふとももをそっと撫でてくる。今にも「ぐへへ」とか宰相めいた下衆い笑い声を上げそうな雰囲気だ。……そりゃあ夫婦で、子供も作らなきゃならないんだから、いずれはそういうこともせねばならんのだが。しかしよりにもよって初夜がキメセクとか乱れてるってレベルじゃないだろ。思わず半目になっていると、そこへネェルがスッと鎌を伸ばし、ゼラの肩を優しく叩いてきた。
「……」
「……」
ネェルは、ただ穏やかにほほ笑んでいるだけだ。しかし、ゼラは血の気が失せる音が聞こえてきそうなほどの勢いで顔色を失っていく。
「こ、こほん。アントジョークですけぇ……」
「ジョークには、ジョークを。マンティスジョークを、お返し、しましょうか?」
「許してつかぁさい……」
ヤクザの大幹部めいたゼラもこれには形無しである。なんと頼りになるカマキリちゃんだろうか。僕とカステヘルミは顔を見合わせて苦笑した。
「ま、まあ、冗談なんはマジですけぇ。大事な婿殿にヘンなモノは使えませんわ」
「婿殿……ねぇ」
僕は薄く笑って、肩をすくめた。
「僕はまぁ、ごらんのとおりあまり良い男ではないが。しかしまあ、せいぜい大切にしてくれると嬉しいね」
「そりゃあもちろん、宝物のように扱うわ。ウチらも男不足じゃけぇ、ワシもこがいなええ男を貰えるたぁ思うてもみんかったですわ。ワシは幸せ者じゃけぇ」
そう言ってから、ゼラはひどく照れた様子で酒杯の酒を一気に飲み干した。
「まあ、それだけに独占できんかったなぁ残念だが。あの戦争に勝っとりゃ、あんたをワシだけのオトコにできたかもしれんものを。勝てんこたぁ分かっとりていくさたぁいえ、我が人生最大の痛恨事じゃ」
僕の耳元で、彼女はそう囁いた。周囲には聞こえないような小さな声だったが、その声音は明らかに本気とわかる真剣さがあった。
「……そこまで買いかぶってもらえるのは嬉しいね」
「へへ」
少年のように笑って、ゼラは鼻の下をこすった。そんな彼女に、ネェルが笑みを向ける。
「ということは、あなたと、ネェルは、義姉妹、ですね? よろしく、お願い、します」
「お、おお、よろしゅうお願いいたします、ネェルの姉貴」
握手しようぜ、と言わんばかりの様子で差し出された鎌を、ゼラは恐る恐る握り返す。……彼女の顔は、冷や汗でベタベタだった。なにしろ、ネェルは笑顔を浮かべてはいるものの、その目は全く笑っていないのである。自分も僕の身内なのだから、ヘタな真似をすれば私が出張ってくるぞ。そう言外に釘を刺してくれているのだ。まったく、本当に恐ろしくも頼りになるカマキリちゃんだなぁ……。




