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第391話 くっころ男騎士と激務のご褒美

 それからしばらく、平穏無事な日々が続いた。冬は自然休戦期間だ。戦いを始めようなどという輩は、せいぜい食い詰め盗賊団くらいのもの。つまり、安心して内政に励むことができるということだ。

 まあ、内政などといっても国造りゲームのようにスイスイは進まんがね。蛮族どもの冬営地を恒久的な集落にすべく根回しに走り回ったり、蛮族たちや外部から新規流入してきた商人や旅人、出稼ぎなどと元々の領民たちの間でトラブルが発生せぬようルール作りを進めたり、領内で発生する様々な刑事・民事(もっとも、裁判制度が未熟ゆえにその辺りの区別はあまりつけられていないが)訴訟を裁いたり……。

 まあ、そんな感じの地味だが重要、そして厄介な仕事ばかりがいくらでも積まれていくのだから辟易した。腐っても転生者で一国一城の主(ただし城は木造だ)なのだから、内政チートみたいなのにも多少憧れはあったんだがね。実際のところ、そんなことにリソースを割いている余裕はほとんどなかった。

 とはいえ、素人の浅知恵で市民の生活に直結する部分をアレコレ弄るのも不味いしな。現役の領主でもあるカステヘルミに教えを請いつつ、まずは現状維持を目指す……という方針で内政を進めていた。……今のリースベン、外部から人が集まりまくってるからな。改善どころか現状維持ですらかなり難儀してる始末なんだよ。


「あー、うー」


 僕は領主屋敷の執務室で、ゾンビめいた声を上げた。僕の机は各種の資料や未決済の書類などの山で埋め尽くされ、さながらヒマラヤ山脈のような様相を呈している。インク壺ひとつ倒すだけで大惨事になりそうな状態だ。

 いやもう、本当に大変だわ。やることが多すぎる。三権の長をたった一人が兼ねている、などという状況の恐ろしさをナメていた。行政も立法も裁判もすべて僕に向けて飛び込んでくるのだ。前世では中隊一つの運営にもヒィヒィ言っていた現場指揮官上がりには大変に辛い状態である。


「ソニアー、アデライド―、早く帰ってきてくれー。間に合わなくなっても知らんぞー……」


 半泣きになりながら、僕はそんなことを言った。ソニアとアデライドは、またも王都に行っていた。自陣営の引き締め、各派閥との調整、そして王家との関係改善……そして何より、宰相としての執務。アデライドはアデライドで、やるべき仕事が沢山あった。

 そういうわけだから、ブロンダン家への嫁入りが内定した後もリースベンに定住するわけにはいかない。彼女はこの頃、王都とリースベンを翼竜(ワイバーン)で行き来する生活を送っていた。前世世界の政治家や敏腕ビジネスマン並みの忙しい生活である。

 ソニアはソニアで、そのアデライドの秘書めいた仕事をしている。どうも、宰相のやるような奥向きの仕事を覚えたいらしい。領主の嫁になるからには、武官としてだけではなく文官としての見識を磨かねばならない……ということらしい。なんとも有難い話だ。それはそれとして有能な副官が出張しっぱなしというのはたいへんに辛いが。


「本当にいつ帰ってくるんじゃ、あ奴らは!」


 隣の机で半泣きになっていたダライヤが、非難めいた声を上げた。ソニア不在の今、カステヘルミとダライヤが僕の副官代わりをしてくれていた。もっとも、領主休業中のカステヘルミと違い、ダライヤは新エルフェニア皇帝との兼業だ。そりゃあまあ、とんでもなく大変だろうね……。


「星降祭の前には戻ってくるって話だけど……」


 星降祭は星導教の重要な祝祭で、まあ前世で言うところのクリスマスに相当するようなイベントである。これを終えると、あとは年越しまで一直線だ。年末年始の期間は、みんな揃って過ごそう。そういう話になっていた。……まあ、残念ながら領主に冬休みは無いわけだが。クソッタレめ、前世ですらクリスマス休暇はあったのに、なんてブラック職場なんだ。


「ぬぁんまだ一週間近くあるぅ!」


 机に突っ伏しながら、ダライヤは叫んだ。


「こんなことなら、現代ガレア語など学ぶのではなかった! 隠居どころか超過勤務ではないか!」


「文官足りないんだからしょうがないだろー……」


 ブロンダン家は宮廷騎士の家系だし、その臣下であるプレヴォ家(ジルベルトの実家)もやはり宮廷騎士の家系だ。いるのは武官ばかりで、書類仕事を得意とするような人間は僅かだった。そのせいで、トップ層に著しい負担がかかっているのである。下流で解決すべき案件まで上流にやってきているのだから、まあ当然だろ。

 むろんこういう状況は事前に予想していたので、アデライドやカステヘルミが応援の人員を寄越してくれているのだが……有能な文官なんてのはどこも引っ張りだこだからな。やはり、人手不足を解決するほどの数は集まっていない。ヤンナルネ。


「はぁ……」


「はぁ……」


 二人そろって、ため息をつく。まあ、どうしようもない話だ。とにかく、目の前の仕事をこなしつつなんとか効率化を図っていくほかない。サボるわけにもいかんからな……。


「まあ、甘いものでも食べながらボチボチやろうや」


 僕はそういって、小さな鉢をダライヤに差し出した。その中には、小さな芋菓子が入っていた。サツマ(エルフ)芋を棒状にカットし、油で揚げて砂糖をまぶしたものだ。いわゆる、芋カリントウとか芋ケンピとか呼ばれるアレである。

 これは、サツマ(エルフ)芋の普及のためにカルレラ市参事会やら農民たちやらに配った物の残りだった。サツマ(エルフ)芋は大変に有用、かつリースベンの気候や土壌にマッチした作物だ。エルフ農民にのみ生産させるのはもったいない。既存の農家にも栽培してもらおうと、僕が音頭を取って芋普及キャンペーンをしている最中だった。


「おう、おう。これか。酒も良いが、甘味も良いのぉ。これだけが、この頃の癒しじゃ……」


 ダライヤは遠慮なく僕から小鉢を奪い取った。……砂糖が高価なせいであんまり作れないんだから、全部独り占めするのはやめてほしい。


「うめ、うめ」


 そんな僕の願いもむなしく、ロリババアは何本も一気に口に投げ込み、バリボリと豪快に芋菓子を喰らう。ああ、かなしい。


「甘いと言えば……」


 ロリババアに恨みがましい目を向けていると、彼女はこちらをチラリと一瞥してから口を開いた。


「オヌシ、最近嫁どもを随分と甘やかしておるのぉ」


「甘やかしてる……?」


「昨日の昼休みに、カステヘルミ殿にコッソリ耳かきをしてやっておったじゃろう。しかも膝枕で。……で、夜は夜でジルベルト殿と添い寝。そして今朝はウルに『あーん』しておったな?」


「う、うん。……それに何の問題が?」


 カステヘルミは耳かきが大好きだし、ジルベルトとの添い寝は竜人(ドラゴニュート)の本能ゆえである。ウルのほうも、まあ鳥人の夫婦ならだれもがやっているという話だ。別に、変なことをしているつもりはないのだが。


「いや、別に個人間でやるぶんにはほほえましいくらいなんじゃが。しかし、オヌシの身体は一つしかないのじゃぞ? 甘えられるばかりでは、つかれてしまうのではないかと思うてのぉ……」


「疲れるというほどのことでは……」


「良いか? アルベール。愛とはすなわち、相互に与え合う互助関係のことじゃ。しかし、オヌシの場合は与えるばかりで与えられておらん。これは、あまり良い事ではないのじゃ」


「うむぅ……もっと自分の方から甘えろと、そう言いたいわけ?」


「ありていに言えば、そうじゃ。……甘えろと言っても、別に赤ん坊になれとかそういうことを言っておるのではないぞ? 例えば、今日は疲れてるから我慢してくれと言ったり、愚痴を聞いてもらったり……とにかく、均衡を取るのが大切じゃ。一方的な関係は、長続きせぬからのぉ」


「なかなか難しい事を言うね……」


「オヌシには、相手の求めている人間を演じるという悪癖がある。……いや、悪いとは断言できぬが。しかし、良くもないぞ。そういうやり方で構築した人間関係は、不自然で一方的なものじゃからのぅ。上司部下という関係ならまだしも、夫婦は家族じゃ。少しくらい、地を出すようにしたほうが良いと思うがのぉ」


「……」


 なんとまあ、痛いところをついてくるロリババアだ。僕は身を乗り出し、彼女の抱えている小鉢から数本の芋菓子を強奪した。そして、一本を煙草のように口にくわえて考え込む。


「……嫌われたり失望されるのって、嫌いなんだよねぇ」


「その程度で嫌われる関係ならさっさと断ってしまった方がマシじゃ。特に、夫婦などという関係であればのぉ」


「むぅーん」


 正論ばかり吐くロリババアである。僕は思わず唇を尖らせた。


「オヌシはどうやら、不満は表に出さず後で酒と一緒に飲み込めばそれで万事解決、と考えているフシがある。しかし、それは単なる逃避じゃ。時には、自分のしたいこと、あるいはされたくないことをハッキリと口に出すべきじゃぞ」


「……年寄りは説教臭くていかんね」


「ハハハ! そうそう、その調子じゃ。婆の説教はさぞうるさいじゃろう。それでいい、それで。甘えるとは、そういう事じゃ。覚えておけ」


「……うぃっす」


 このババアはクソババアなので好き勝手言えるが、他の人らにはそうはいかん。コイツと違って真人間ばかりだからな……。


「……ま、本音を言えば、ワシだけに甘えてほしいじゃが。優越感がムクムクと、のぉ? 正直タマらん。興奮する」


 演技ではなく明らかに発情している声音で、ダライヤはそんなことをのたまう。ほーら、やっぱりクソババアだ。


「しかし、他の連中が調子に乗り始めると、それはそれで良くないからのぉ。まずはこの婆で練習をして、それから他の者にも同じような態度を取ってみるのじゃ」


「あいよ」


 まあ、このババアが正論を言っているのは分かる。ため息をついてから、僕は頷いた。


「で、ばぁさんや」


「なんじゃ、兄さんや」


 お前に兄呼ばわりされる筋合いはないぞ年齢四桁オーバー。


「ばあちゃんで甘える練習していいんだよな?」


「おお、任せるのじゃ」


「じゃ、ちょっとゲームしようぜ」


 そう言って僕はダライヤに近寄り、咥えたままの芋菓子を彼女の眼前に差し出した。


「両端をお互い同時に咥えて、コイツを食べる。で、先に口を離したほうが負け。オーケー?」


「……ヒヒッ、面白い事を思いつくのぉ。あむっ」


 ニチャッと笑って、ダライヤは僕の咥えた芋菓子の先端を咥え返した。ロリババアの妖精じみて整った幼い顔がすぐ眼前に。ああ、眼福眼福。目で合図をして、お互いに芋菓子を食べ始める。……これ、本来なら棒状のクッキーでやるゲームなんだよな。この芋菓子の場合、砂糖でコーティングされているので結構硬い。折れないように食べ進めるのはなかなか難儀だ。

 それでも、四苦八苦しつつガリガリとかじる。ロリババアの顔がどんどんと近づいていく。彼女は、口を離さない。僕もだ。薄く紅を差したロリババの唇が、僕の唇に接触し……。


「ひひひ……」


 妖しい笑みを浮かべたロリババアが、捕食対象を芋菓子から僕の口内へ変更した。あっというまに、僕の唇はロリババアの餌食になる。ああ、さすがクソババア。こちらの望みなどはお見通しだ。僕たちは、芋菓子の甘さを共有した……。



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[一言] ジルベルトとウルが嫁?
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