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第39話 くっころ男騎士と開戦

 土塁からそっと頭だけ出し、望遠鏡を覗く。遠くに、隊列を組んでこちらに進軍してくる全身鎧姿の集団の姿があった。掲げられた旗は牛の頭蓋骨を図案化したもので、貴族の家紋というよりは海賊旗の類に見える。


「銃兵隊に伝令。命令があるまで絶対に発砲するなと伝えろ」


「はっ!」


 今のところ、敵軍に騎兵の姿は見えない。ここは山岳地帯の隘路だからな。下手に馬で突っ込んできても効果が薄いことは向こうもわかっているんだろう。

 代わりに差し向けてきたのは、強固な甲冑を装備した重装歩兵だ。まだ遠いため望遠鏡を通してもよく見えないが、おそらくあの甲冑は大半が魔装甲冑(エンチャントアーマー)だろう。魔力の込められたこの鎧は、ライフル弾すら通さない。射程外からむやみやたらと発砲したところで弾薬の無駄だ。


「ソニア様から連絡です。砲兵隊、いつでも発砲可能とのことです」


「よし!」


 銃弾すら通さない鎧を着た相手に銃で攻撃したところで効果は薄いし、白兵戦を挑むのはもっと不味い。なにしろこっちの主力は魔装甲冑(エンチャントアーマー)どころか普通の鎧すら来ていない奴らが大半だからな。

 銃も剣も効果が薄い上に、うちには高位の攻撃魔法を使いこなす人材もいない。じゃあどうするのかと言えば、大砲を使うしかないだろう。


「……問題なさそうだな」


 この指揮壕は周囲を一望できる場所に設けているので、砲兵隊の姿も視認することが出来る。そちらに望遠鏡を向けると、広くて深い塹壕の中に安置された大砲の周りで何人もの騎士たちが動いていた。鋳造されたばかりの青銅の砲身が、陽光を浴びてピカピカと輝いている。

 ……実はこの大砲、レマ市で雇った鐘職人にこの場で鋳造してもらった急造品だ。魔法があるこの世界では銃と同じく大砲もあまり人気の兵器ではないので、当然職人もほとんどいない。一方、教会の鐘なんかを作る鐘職人ならそれなりの規模の都市にはかならず居るからな。鐘と大砲は構造的に似ているため、技術の流用が出来る。

 とはいえ、やはり急造品。おまけに運用しているのは正規の砲兵教育を受けた人間ではなく僕の部下……つまり騎士だ。正直、どうにも不安がある。しかし状況が状況なので仕方がない。


「軽臼砲、青の信号弾を用意しておけ」


「はっ!」


 軽臼砲……木製の樽にしか見えない大きな筒の横に居る部下へ、僕は命令を出した。これは打ち上げ花火の発射機とほとんど同じもので、信号弾を発射することが出来る。青の信号弾は砲兵隊へ射撃開始を指示するものだ。


「さて、と……」


 僕は小さく息を吐いて、再び望遠鏡を敵の方に向けた。全身鎧の重装歩兵たちは、悠然とした足取りで接近を続いている。前進を指示する軍鼓(ぐんこ)(連絡用の太鼓だ)の音が、こちらにまで聞こえてきていた。何とも不安をあおる音色だ。


「ふん……」


 しかし、指揮官たるもの悠然とした態度を崩すわけにはいかない。小さく息を吐いて、自分を落ち着かせる。じりじりと近づいてくる敵から目を離さない。そろそろ大砲の弾が届く距離に入ったが、発砲指示はまだ出さない。ライフリングもついてない滑腔砲じゃ、遠距離で撃ったところでまともに当たるもんじゃないからな。ましてこちらの砲を運用しているのは素人の集団だ。


「後方に弓兵が控えていますね」


 僕と同じく望遠鏡を覗いていた騎士の一人が呟く。たしかに、重装歩兵隊の後ろでは弓兵が隊列を作っていた。前衛を射撃で支援するつもりなのだろう。


「道が狭いせいで、真後ろにつくしかないようだな」


 射撃兵科は白兵兵科の左右を固めるのがセオリーだが、この隘路ではなかなかそういうわけにもいかないのだろう。下手をすれば味方の背中に矢をぶち込みかねない危険な配置だ。それを避けるには、矢を急角度で放って曲射を狙うしかない。


「こっちからすれば、都合のいい話だ」


 なにしろ、重装歩兵隊の退路を塞いでいるわけだからな。うまくいけば厄介な敵を一網打尽に出来る。

 そんなことを考えているうちに、彼我の距離は一キロを切った。大きく息を吸い、叫ぶ。


「青色信号弾、放て!」


 ぽん、と気の抜けた発砲音が指揮壕に響いた。マグネシウム粉末の燃焼音がハッキリ聞こえたのとほぼ同時に、大砲の前方を守っていた簡易的な城門が開かれる。そして、銃や軽臼砲とは比べ物にならない発砲の轟音。

 放たれたのは、鉄製の球形弾だ。鉄球は地面をバウンドしながら重装騎兵に襲い掛かり、兵士数人を跳ね飛ばす。榴弾ならもっとたくさん巻き込めるんだが、この世界ではまだ発明されていないので仕方がない。


「やっぱりこの程度では臆さないか。いいぞ」


 味方を吹っ飛ばされたというのに、重装歩兵隊は勇敢だった。大声で鬨の声を上げながら突撃を開始する。大砲が連射できないというのは、むこうの指揮官も理解しているだろうからな。下手に退いて再装填の時間を稼がせるより、一気に距離を詰めて白兵に持ち込むべし、という考えだろう。

 こちらの大砲は一門のみ。その判断は、間違いなく正しかった。しかし正しい判断だからこそ、簡単に予想することが出来る。


「見てろ。連中、月までぶっ飛ぶぞ」


 そう言って僕が敵を指さした瞬間だった。疾走する重装歩兵たちの足元で、複数の大爆発が起きる。耳をつんざく轟音に顔をしかめつつも、僕の目は何人もの兵士が空中に吹き飛ばされる姿を捉えていた。

 あの地点には、大量の埋火(うずめび)……つまり原始的な地雷が大量に埋設されている。連中は、地雷原に全力疾走で突っ込んできたわけだ。当然、その被害は甚大なものとなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり戦争は火薬量だな
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