第385話 くっころ男騎士と緊急会議
王太子殿下を見送った僕は、直ちに対策会議を開いた。時刻は既に真夜中といっていい時間帯だったが、なにしろ事が事である。明日の朝まで待って報告するというのは、あまりよろしくないだろう。
そういうわけで、領主屋敷の会議室にはリースベンの幹部が勢ぞろいしていた。アデライドにカステヘルミ、そしてソニアとジルベルト。残念ながら、蛮族勢は各冬営地にいるので未参加だった。こういう時こそロリババアの知恵を借りたいのだが、まあ仕方あるまい。
「なにぃ!? フランセット殿下と密会!?」
眠そうに目をこすっていたアデライドだったが、僕が経緯を説明したとたんにそう叫んだ。眠気など完全に吹っ飛んでしまった様子である。
「確かなのか?」
濃いめに入れた豆茶を飲みつつ、カステヘルミが聞く。普段の彼女は香草茶を愛飲しているが、眠気覚ましには深炒りの豆茶が良い……ということらしい。
「おそらくは……姿を偽る魔道具などという尋常ではない代物を持っていたわけですからね」
「ふむ……噂くらいは聞いたことがあるが、そんな代物が実在していたとは。まるでおとぎ話だな……」
ため息交じりにそう言ってから、カステヘルミは豆茶を一気に飲み干した。
「なにはともあれ、これは我々に対する明確な敵対行為です。あまり気分の良いものではありませんね」
僕の頭に顔をうずめつつ、ソニアが指摘した。今の僕は、彼女の湯たんぽと化している。真剣な会議をするような姿勢ではないが、どうも夜中に外出したせいで身体が冷え切ってしまったらしい。……たぶんそれは単なる言い訳で、本音は僕にくっつきたいだけなのだろうが。暖炉を全力稼働させているおかげで、会議室はあんまり寒くないし。
「領主屋敷への工作員の浸透、秘密の呼び出し、我々を裏切って自分の元に嫁ぐよう要請……一昔前ならば、王家が相手とはいえ自力救済を仕掛けられても文句は言えない行為ですね。これで叛乱されないと思っているのならば、何とも平和ボケしているというほかない」
「怖いこと言わないでよ……」
ソニアはだいぶ怒り心頭な様子であった。王家が相手でも、中指をおったてるのに躊躇は無い様子である。怖いねぇ、王家に対する敬意とか、無いのだろうか?
……無いだろうなぁ。この世界、絶対王政とか王権神授説みたいな概念はまだ生まれてないし。王や皇帝なんてのは、その地域で一番大きな軍事力を持っている領主、くらいの扱いだもの。王がナメた真似をすれば、臣下といえど平気で反逆をする。中央集権? ナニソレ? みたいな感じ。まぁ、これでもお隣の神聖帝国よりはマシだが。
「僕としては、王家とは敵対したくない。今回の件は、無かったことにするのが一番穏当だと思うんだけど。今のところ、実害はないわけだし……」
ガレアは故国だしリースベンは大切な僕の領地だ。くだらない理由で内戦はおこしたくない。僕のせいでガレアがエルフェニアみたいになったら、シャレになんないだろ。
「ウム、同感だな。おそらく今回の件は、殿下が先走った結果だろうしねぇ。この一件をもって王家と全面対決、というのは美味しくない」
腕組みをしながら、宰相が僕に同調した。まあ、「王とはいえナメられたら殺す!」なんてのは領邦領主の考え方だ。アデライドのカスタニエ家は王都を本拠とする宮廷貴族の家であり、軽率に王家と事を構えることはできない。
「やはり、独断専行ですか」
僕の問いに、アデライドは頷いた。そして、僕をオモチャにしているソニアへ若干羨ましそうな目を向けてから、小さく息を吐いた。
「普通に考えて、宮廷騎士上がりの城伯と王太子の結婚などあり得ない話だからねぇ。しかも、アヴァロニアとの政略結婚まで破棄して……。国王陛下は慎重なお方だ。そのようなムチャな策は採用しないだろう」
まったく、あのバカ王子は何を考えてこんなことをしでかしたのか。アデライドは小さな声でそう呟いた。状況が状況なので今回の件はうやむやにするほかないが、やはり彼女もそれなりの腹立たしさは感じているらしい。
「確かに……」
婚約破棄なんて、普通じゃない。下手をすれば……いや、しなくとも、相手の家と戦争が発生しかねない行為だ。そんなリスクを負ってまで僕をヘッドハンティングしようとするなんてのは、マトモじゃないだろ。
「しかし、何はともあれ王家がこちらに疑念の目を向けているのは確かでしょう」
そう指摘するのは、ジルベルトだ。彼女は薄く笑いながら、言葉を続ける。
「叛徒になるのはこれで二度目ですね。ふふっ、面白くなってきましたよ」
「いや、その……僕としても王家と敵対する気は無いって言うか……。うん、その、ごめん」
ジルベルトは、王都内乱においては叛乱側のオレアン公側で参戦している。いろいろあって大したお咎めはなかったが、それでも一度は叛徒の烙印を押された人間なのだ。そういうヒトを、また内乱に巻き込むのは気が引ける。
「いえ、いいえ、主様。オレアン公のために王家に弓を引くのは気が咎めましたが、貴方のためであれば迷うことはありません。一言命じていただければ、陛下の首級であっても躊躇なく討ち取りましょう」
「……」
重い、重いよぉ! そんなの命じないよぉ! 僕は無言で頭を抱えた。ジルベルトの目は爛々と輝いている。ヤバい目つきだ。
「しかし、叛乱か。私としては、地方でヌクヌクしっぽりやりたいだけなんだがねぇ。田舎でスローライフ、みたいな」
宰相の発言に、僕は思わず顔をしかめた。リースベンでスローライフができるはずないだろ! エルフの管理を丸投げしてやろうか!?
「しかし、王家はそうとは受け取らなかったと。ううむ、どうやら性急に事を進めすぎたようだ。なんとか、誤解を解かねばならないねぇ……はあ、面倒だ」
「王家は夏の一件で少しばかりナーバスになっている。露骨に権力拡大を狙っているような動きをすれば、疑念を抱くのは当然か。ウカツだったね……」
アデライドとカステヘルミが、そろってため息をつく。フランセット殿下はどうやらこの二人が黒幕だと思っている様子だが、実態はコレだ。この会議の様子を見せてやれば、疑念など一発で晴れそうなものだが……。
「まあ、いくら嘆いたところで過去は変えられない。問題は、これからどう立ち回るかだが……」
「誤解をされているというのなら、それを解くほかないだろうな。アデライド、一度王都に戻ってはどうだ? フランセット殿下は話を聞いてくれないだろうが、国王陛下やその周辺であればそこまで頭に血が上っていないだろう。事情をキチンと説明し、疑わしい行動をしたことを詫びるべきだと思うが」
カステヘルミの提案に、アデライドはため息をついてから「致し方あるまい」と頷いた。
「リースベンが南国で良かったよ。北の方だと、もう翼竜を飛ばすのはムリだからねぇ」
翼竜は見た目は完全に爬虫類だが、一応恒温動物だ。暖かい地域であれば、冬場でも運用可能である。王都ならギリギリ、リースベンであれば余裕だろう。ちなみに、北国のノール辺境領では普通にムリだ。あの寒さは、翼竜はもちろん人間ですら動けなくなる。
「で、あれば……わたしも同行してもかまわないか?」
そんな提案をしたのは、ソニアだった。母親であるカステヘルミが、おやと彼女の顔を見る。ソニアとアデライドは、反りが合わない。というか、ソニアの方が一方的に宰相を嫌っている。だから、この二人が協力して同じ仕事に当たるというのはまずない事なのだが……。
「そりゃあ、構わんがね。しかし、意外だな」
「いい加減、わたしも政治向きの仕事を覚えた方がいいだろう。手間をかけて申し訳ないが、ご指導ご鞭撻を頼みたい。……よろしいでしょうか? アル様」
「ああ、いいよ。しっかり勉強してきてくれ」
なるほど、ソニアも成長したものだ。しみじみとした心地になりつつ、僕は頷いた。副官が不在になるのは普通に痛いが、まあ仕方あるまい。宰相の傍で働くのは、なかなかの勉強になるだろう。将来に向けての投資だと考えれば、悪くはない。彼女の抜けた穴は……。
「……」
ちらりとカステヘルミの方を見ると、彼女は嬉しそうに笑って頷いた。うん、うん。本当に頼りになる母娘だ。この人らがいなけりゃ、僕はやっていけないな。
「しかし、寂しくなるね……」
翼竜を使えば王都までの旅程は大変に圧縮できるが、それでも最低一週間はソニアが不在ということになる。小さく息を吐きながらそう呟くと、ソニアは無言で僕をぎゅうぎゅうと抱きしめた。……コラ! 抱きしめるのは良いけど服の中に手を突っ込んでくるのはやめなさい!