第382話 くっころ男騎士と冬営地視察
まさか、ほぼ伝説と化しているガレア王国の建国史の生き証人が身近に居たとは。戦史好きの僕としてはひっくり返りそうな衝撃であったが、残念ながら今は仕事中である。カルレラ市に取って返して、ロリババアに根掘り葉掘り話を聞くわけにもいかなかった。くだらない雑談で気を紛らわしつつも、僕は"正統"の冬営地へと向かった。
「ほうほう……流石はエルフ、仕事が早いな」
現場に到着した僕は、開口一番にそう言った。"正統"の冬営地はリースベンの文化圏の境界……田園と森のはざまに建設されている。すぐそばにはリースベン随一の大河、エルフェン河も流れており、小さな川港も併設されていた。
そんな蛮族冬営地では森が切り開かれ、文字通り雨後のタケノコのように竪穴式住居がいくつも生えていた。まだ骨組みしかできていない物も多いが、完成品もある。彼女らが入植した時期を考えれば、素晴らしい建設スピードといっていい。
「引っ越しは慣れちょっでな。こん程度ん粗末な家であれば、あっちゅう間じゃ」
薄い胸を張りながら、フェザリアはそんなことを言う。粗末な家、というのは残念ながら謙遜ではない。まあ、所詮は竪穴式住居だ。文明的な暮らしからは程遠い。腐りやすいわ虫は湧くわで、長持ちもしないしな。恒久的な住居とするには正直かなり厳しいものがあるが……まあ仕方ない。マトモな壁と屋根があるぶん、テント暮らしよりはだいぶマシだ。
「まあ、春になれば本格的な街づくりができるようになる。それまでの辛抱だ」
むろん、僕としても現状には満足していない。市民に健康で文化的な最低限の生活を提供するのは、為政者の義務だからな。竪穴式住居暮らしは、正直文化的な生活とは言い難いだろ。レンガ造りの立派な建物……とまではいわないが、せめて普通の農家くらいの家は建ててやりたいところだ。
「有難てぇこっじゃ。俺らも、別に好き好んでこげん家に住んじょるわけじゃなかでな……」
フェザリアは苦笑をしながら、馬を前に進ませる。僕たちが歩いているのは、急ごしらえの大通りだった。未舗装の粗末な道ではあるが、そこではひっきりなしに荷馬車や荷物を載せた駄獣が行きかっている。なかなかに活気のある光景だ。
印象的なのは、エルフに交じって獣人や竜人などの姿も見かける点だ。彼女らはほとんどが商売人で、路肩で露店を開いている者も少なくない。つまり、エルフ連中が我々の経済圏に接続されはじめている、ということだ。エルフとリースベン領民の融和という点で、これは喜ぶべき出来事であった。
「物売りが多いね」
「ああ、俺らも面食ろうちょっじゃ。まあ、カルレラ市に入れんやった連中が仕方なしこっちで商いをしちょっだけ、ちゅうとが実態んごたるが」
苦笑しながら、フェザリアが言う。僕は笑い返してから、肩をすくめた。
「何はともあれ、活気があるのはいいことさ」
貨幣など持ち合わせていないハズのエルフの村に、なぜわざわざ外部の商人がやってきているのかといえば……アデライドがエルフどもにカネをばらまいたからである。名目としては、軍務に対する給料や一時支援金という名の借金などだ。
モノは無い、カネもない。こういう状況では、いつまでたっても貧困からは脱出できないからな。一時的にでもあぶく銭を持たせ、貨幣経済に組み込んでしまう。これによって、強引に文明化を成し遂げてやろうという訳である。
なんとも大胆な策ではあるが、経済は文明発展の原動力だ。現状のエルフどもはいわば食い詰め浪人の集団であり、その牙を抜いて真っ当な"民衆"に変えるための策としては、なかなか有効なのではないだろうか。
「まあ、消費するばかりじゃあっという間にカネなんて使い果たしちゃうだろうけどな……」
ため息交じりに、僕はそう呟いた。いくら宰相がバックについているとはいえ、いつまでもおんぶに抱っこし続けてやるわけにはいかない。エルフどもには、自前でカネを稼ぐ術を見つけてもらわねば。つまりは、産業振興である。
とはいえ、仮設の冬営地では新たな産業を興すどころではないからなぁ。早い所、定住地を用意してやらねば。今のこの冬営地にそのまま定住してしまえれば話は早いのだが、周辺住民との兼ね合いもある。その辺りのことは、まだ話し合いをしている真っ最中だった。
「おお、アルベールどん!」
そんなことを考えながら大通りを進んでいると、突然に声をかけられた。みれば、そこにいたのは数名のエルフだ。一瞬だけ考え込んで、思い出す。以前の戦いで共闘したエルフ兵連中だ。
「おや、久しぶりじゃないか!」
僕は彼女らに笑いかけ、馬から降りた。相手は平民でこちらは領主。馬上から話しかけても失礼には当たらないが、無駄に偉そうな態度を取るのはまったくもって趣味じゃないからな。会話をするときは、やはり目線を合わせたい。
「元気にしてたかい?」
「おう、おかげさまでのぉ! いやはや、アルベールどんにはどしこ感謝してんし足らんど」
ニコニコと笑いながらそんなことを言う彼女らと、僕は順番に握手をした。護衛の騎士たちが少々迷惑そうな顔をしていたが、仕方ないだろ。政治屋なんてのは市民と握手するのが仕事みたいなもんなんだしさ。
「殿下とご一緒とは。視察にごわすか?」
「ああ」
僕は頷いてから、彼女らの耳元に口を近づけてボソリといった。
「親睦会も兼ねてね。実は僕たち、結婚することになったんだ」
「まことにごわすか!?」
「お、おう。そげんこっに相成った」
少し顔を赤らめ、人差し指をツンツンと突き合わせつつフェザリアは頷いた。
「ほう、ほうほうほう!」
「そりゃめでたい!」
エルフ兵たちの反応は、予想通りだった。彼女らは手を叩いて喜び、自らの主君を祝福する。
「流石は我らん殿下や。狩りん名手は男を狩っとも上手かようじゃなあ」
「こりゃ、盛大な宴を開かんにゃなりもはんな。いやぁめでたか、こげん慶事は百年以上ぶりじゃ」
「いやあ……ハハ」
珍しく、フェザリアが照れている。カワイイ。
「戦友である君たちだから話したんだ。正式発表があるまで、みんなにはナイショだぞ?」
口の前で人差し指を立ててそう言ってから、僕はウィンクした。まあ、本気で秘密が守られるとは思っていないがね。これはあくまで、そういうポーズだ。
ブロンダン家とオルファン家が姻戚関係になるというのは、一般のエルフたちにとっても良い話だ。ブロンダン家は本気で"正統"を支援するつもりである、という意味だからな。この縁談を噂話という形で流布させれば、無茶な真似をするエルフも減るだろう。治安の向上にも、ある程度の効果があるはずだ。
「ところで」
よろこぶエルフたちを見回してから、僕はこほんと咳払いをした。
「君たちの方は、どんな調子だね? 足りていないモノ、困っている事なんかはないかな?」
「いやあ、アルベールどんが手厚うやってくれちょっでね。不満なぞ、さらさらあいもはんとも」
「メシも一日必ず二回は食ゆっしなぁ。こいで文句なんけうやつがおったや、バチが当たってもんだ」
フーム、メシは一日二食か。できれば三食食わせてやりたいが、致し方ないか。無い袖は振れんしな。麦の名産地、ズューデンベルグ領を治めるディーゼル家が全面的な支援を約束してくれたおかげで、食料事情は随分と改善したが……輸送手段が荷馬車や駄馬しか無い以上、やはり物理的な限界が発生している。可及的速やかに食料自給率を上げねば……。
産業は興さにゃならんし、新しい畑は作らにゃならんし、本当に大変だ。僕だけでは正直どうしようもないので、ここはアデライドやカステヘルミ、それに前ズューデンベルグ伯ロスヴィータ氏などに頼る必要があった。やはり持つべきものはコネだ。
「とはいえ、麦や豆で腹を膨らませても、やはり満足感が薄いだろう。喰いたいんじゃないのか? イモが」
「まぁ、のぉ?」
「ふかし芋は食おごたっし、芋焼酎も飲もごたっ。そんた確かじゃが」
苦笑いするエルフ兵たち。ま、そりゃそうだろうね。たいていの人間は、やはり食べ慣れたモノが一番だと感じるものだ。日本人にとってコメがソウルフードであるように、エルフにとってはサツマイモがソウルフードなのである。
「この辺りの農民の了承が取れれば、森の方を開墾してイモ畑に出来る。来年の秋は腹いっぱいイモが食える、ということだ」
僕はそう言って、村のはずれを指さした。そこには、リースベン特有の冬でも青々とした森が広がっている。サツマイモの育成スケジュールを考えれば、新たなイモ畑を作りたければ春に開墾していたのでは間に合わない。冬営地の建設が終わったら、すぐさま開墾に取り掛かる必要があるだろう。
とはいえ、この冬営地はあくまで一時的なもの。春になって引っ越し、ということになったら、せっかく畑を作っても無駄になってしまう。そしてこの集落を恒久的なものにするためには、現住のリースベン領民たちからの承諾を取らねばならないのだ。
なんとも厄介なハナシだよな。僕は領主だから、強権を振るえないわけではないのだが……あまり無茶をし過ぎると、反乱がおきるからな。エルフばかりを優先するわけにはいかん。
「だから、この辺りの住人とはできるだけ仲良くやってほしい。向こうは君たちを白い目で見ることも多いだろうが……辛抱してくれると助かる」
「おう、おう。任しちょけ。アルベールどんの顔に泥を塗っようなことはせん」
「短命種連中に無体を働っようなヤツがおったや、俺らでシメとっんで。アルベールどんのお手は煩わせもはん」
頼もしい事を言ってくれるエルフ兵たち。こいつらのこういうところ、結構好きだな。僕はにっこりと笑って、彼女らの肩を順番に叩いた。
「うん、頼りにしているぞ。エルフは忍耐強く、誇り高い種族だ。きっと上手く行くさ。僕も全力で手伝わせてもらうから、君たちも頑張ってくれ」
エルフ兵たちと二度目の握手を交わしつつ、僕は心の中で息を吐いた。この後もしばらくは、こうやって冬営地を練り歩いてエルフやアリンコどもにリースベン領民との融和を説かねばならん。気が遠くなるような作業だが、残念なことに他の者に任せるわけにはいかなかった。なにしろ、蛮族どもが真面目に言うことを聞いてくれるガレア貴族は、たぶん今のところ僕だけだろうからな。はあ、頑張らねば……。