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第377話 くっころ男騎士とロリババア対策会議

 その後、僕は結局日中ずっとロリババアに甘やかされ続けた。あいつ、やっぱヤバいよ。人間をダメにするロリババアだ。膝枕をされながら耳元で愛を囁かれていると、己を待ち受ける繁殖種馬めいた運命などどうでも良いように思えてきてしまう。

 いやぜんぜんどうでも良くないんだけどな。僕はいったい何人の相手とくっつかねばならないんだよ、おかしいだろ! むろん僕は現世の感覚を引きずっているから、子供の頃などにはハーレムに対して多少のあこがれを抱いたりもした。ただ、やっぱりああいうのはお話として見るからいいのであって、いざ当事者になってみると人間関係のアレコレが気になりすぎて楽しむどころじゃなくなっちゃうんだよな……。

 夫婦関係なんてものは、一対一でも何かとトラブルを抱えがちなんだよな。それが一対多数になった日には、どうなってしまうのか……僕にはさっぱり予想ができない。不安を感じずにはいられなかった。……まあ、今さらジタバタしてもどうしようもないわけだけど。


「……という事になったんだけど」


 その夜、僕はカルレラ市郊外にあるリースベン軍駐屯地の隅っこで酒瓶を片手にクダを巻いていた。焚き火を挟んだ対面には、緑色の巨体を持つ異形の亜人種……ネェルがいる。僕は彼女に、愚痴を兼ねて今後のことについての相談をしていた。

 ネェルの隣には、ソニア。僕の隣には、アデライド。そして僕自身は、カステヘルミの膝の上に乗っていた。相変わらずの人間湯たんぽスタイルである。だが、宰相と辺境伯の二人は、微妙な表情でネェルのほうをチラチラ見ていた。彼女らはネェルとは初対面なので、あのカマキリ虫人特有の物騒な外見に困惑しているのだろう。


「それは、それは。なかなか、面倒なことに、なりましたね?」


 ネェルはしたり顔で頷き、その巨大な鎌を器用に使ってワインボトルをラッパ飲みした。字面だけ見れば豪快なのだが、なにしろ彼女はたいへんに大柄なのでボトルで飲むくらいがちょうど良いのである。


「ふぅむ。あのおばあさんは、なかなか、油断のならぬ、エルフ(ゴキブリ)だというのは、わかっていましたが。うーん、悩ましい」


「なあ、アルくん」


 ウムウムと唸るカマキリ虫人をチラリと見つつ、アデライドが僕の耳元に口を近づけた。内緒話の姿勢である。


「我々に相談するのなら、まあわかる。だが、なんであんな物騒なヤツを呼んだんだ……?」


「あ、ああ……わたしもそう思う。なんというか、その……彼女の前で落ち着いて話し合いをするのは、なかなか厳しいものがあるよ。カマキリ虫人は、すごいな……巨人族が可愛く見えるレベルだ……」


 宰相の言葉にカステヘルミが同調する。彼女の領地である北方辺境領は巨人族の治める北の大国とも国境を接しており、図体の大きな亜人種には慣れていると思っていたのだが……どうやら巨人とカマキリ虫人を同様に扱うのは難しいようだ。

 まあ、巨人族といってもそこまでデカいわけじゃないしな、この世界の場合。大柄な者でも、せいぜい三メートルに足りない程度である。体重も身長も、ネェルのほうが大きいだろう。


「あのダライヤに対抗できそうな人間は、たぶん彼女をおいて他にいないので……」


 僕は端的にそう説明した。あのロリババアは実際ヤバい。このまま普通に結婚生活を送っていたら、僕は高確率で骨抜きにされてしまうだろう。さすがにそれはマズいだろ。ダライヤのことは正直かなり好きだが、それはそれこれはこれ。彼女は独断専行しがちという悪癖があるし、いざという時にブレーキ役になれる人間がいない、というのも大変にまずいだろう。


「相手はこの私をやり込めてしまうような妖怪なんだぞ? 彼女になんとか出来るのかね。確かに腕っぷしは強そうだが……それだけではねぇ」


 ネェルに疑いの目を向ける宰相。まあ、彼女の気分も理解はできる。だが、実際のネェルは腕っぷしも強いが頭も大変によく回るチートじみた人材なのだ。活用しないのはもったいないだろ。


「わかりました。じゃ、あの人の、首を、取ってくれば、良いのですね?」


「ちがぁう!」


「せっかく領地が安定し始めたところなのに、波風をたてるのはやめてくれないかね!」


 僕とアデライドが同時に叫んだ。ソニアがため息をついてからネェルの脚をトントンと叩き、彼女はニヤッと笑って肩をすくめた。


「冗談です。マンティスジョークです」


「だ、だよね」


「首なんて、取ったら、証拠が、残っちゃいますからね。全身、美味しく、いただいて、証拠隠滅! 一石二鳥、的な?」


「もっとちがぁう!」


 反射的に叫ぶと、カステヘルミが僕をぎゅーっと抱きしめた。若干身体が震えている。少々……いや、かなりの恐怖を感じている様子である。カステヘルミも、幾度となく実戦に出た経験のある歴戦の武人なのだが……こればっかりは致し方あるまい。カマキリ虫人には相対する者すべてに本能的な恐怖を呼び起こす独特の迫力があるのだ。僕も慣れるまでは大変だった。


「うふ。これも、マンティスジョークですよ」


「じゃなかったら困るよ!」


 別に僕としても、ダライヤを排除したいわけじゃないしな。あの人が好きなのはマジだし。ただ、野放しにしておくと滅茶苦茶マズいってだけで……。我ながら、本当に女の趣味が悪い。

 ……そういう自覚があるから、ロリババアとも結婚することにした、ということをソニアらに報告するときは結構な覚悟が必要だったんだがな。しかし、彼女たちは僕の言葉を聞いても、ため息をつくばかりで文句の一つも漏らしはしなかった。アデライド曰く「私とカステヘルミが揃って膝をつく羽目になるような相手だぞ? アルくんが一人で立ち向かって、勝てるはずがないだろう。あの婆は本物の怪物だよ」……とのことだ。正論である。


「ええとその、母さん。それからついでにカステヘルミ。そんな顔をしないでください。彼女は確かに少しばかり冗談の趣味は悪いですが……たいへんに賢明で善良なわたしの友人です。あの妖怪婆と違って、信頼できますよ」


「冗談の、趣味が、悪い!?」


 ネェルは明らかにショックを受けたような声で叫んだが、ソニアは表情も変えずにスルーした。まあ、彼女が趣味の悪いジョークばかり飛ばしているのは事実なので致し方あるまい。


「そ、そうか……ソニアの友達か……」


 少し驚いた様子でカステヘルミが呟いた。そしてコホンと咳払いをしてから、ネェルの方を見る。


「では、ネェルくん。この盤面、君はどう見る? 正直、旗色はかなり悪いが」


「ん、そうですね」


 ネェルは片手(片鎌?)に挟んでいたワインボトルを地面に置き、少し視線を宙にさ迷わせた。


「あの婆に、論戦で、勝てる、ヒトは、そう多くないでしょう。相手の、得意とする、領域で、戦う。それが、そもそも、誤りでしょう」


「一理あるが」


 何とも言えない表情で、アデライドが酒杯のワインを豪快に飲んだ。その態度はたいへんに堂々としたもので、ネェルに対する恐怖など微塵も感じさせない。宰相は戦場に出た経験などほとんどないハズだが、意外と度胸が座っている。


「では、どうするというのかね? 論戦がダメなら、暴力で排除すると? それはマズイ。粛清などという手段が使えるほど、現在のリースベンの権力基盤は強くないからねぇ……」


「まさか、まさか」


 ネェルはニヤッと笑ってから、首を軽く左右に振った。


「ネェルは、文化的な、人間なので。そんな、物騒な、やり方は、賛成、できません」


「ほかに策があるとでも言いたげな顔だな……」


「武力の、使い道は、直接、振るうだけに、あらず」


 ブン、とネェルは己の鎌を軽く振った。


「ネェルが、あの人を、牽制、しましょう。ヘンな、ことを、言ったら、後ろに、忍び寄って、肩を、トントン、します。直接、暴力を、振るわずとも、なかなか、怖いでしょ? 妙な、ことは、できなく、なります」


「ち、力業……!」


 確かに有効な手ではあるだろう。ネェルにそんなことをされたら、僕でもションベンをチビる自信がある。想像力を掻き立てられるぶん、そのままブン殴られるより怖いかもしれない。


「大丈夫なのかねぇ? そんなやり方で。確かに恐怖は与えられるだろうが……君もあの古老に丸め込まれてしまうかもしれんぞ?」


「大丈夫。ネェルは、あの人、嫌い、なので。そもそも、口を、聞きません。エルフ(ゴキブリ)とは、交渉の、余地なし!」


「なるほどなぁ……」


 そもそも会話をしなければ丸め込まれる心配はない。確かにその通りである。


「大切な、お友達(・・・)の、アルベールくんの、ためですから。ネェルは、いくらでも、力を、貸しますよ?」


 ネェルは、ニィと捕食者めいた笑みを浮かべながら僕を見てくる。あー、うん。やっぱり、そういうことだよねぇ。狙われてるよねぇ……。鈍さには定評のある僕も、流石にこれは気付く。このカマキリ、こちらに恩を売って自分も結婚に参加する腹積もりである。

 というか、この策が実現した場合、ネェルは公認で僕をストーキングできるようになるわけだよな……。頭の回る彼女のことだから、そのあたりも計算した上での発言である可能性は高い。ダライヤもダライヤだが、ネェルもネェルで全然油断ならないな……。

 しっかし なんだろうね、この頃の僕に対する重包囲網は。すでに逃げようがない状況なのに、つぎからつぎへと新手が飛び出してくるんだが? どうするんだよ、コレ。そういう気持ちを込めてソニアを見たが、彼女はため息をついて首を左右に振るばかりだった。諦めてるんじゃねーよ! 一応僕たち婚約者でしょ!?


「……」


 カステヘルミが無言で僕の頭を優しく撫でた。はぁ、まったく……。

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