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第374話 くっころ男騎士のお昼寝

 ソニアと別れた僕たちは、馬に乗ってカルレラ市の郊外を散策していた。なにしろ田舎であるカルレラ市には、常設の芝居小屋等の定番デートスポットは存在しないのである。空前の好景気に湧いているとはいえ所詮は辺境の小都市、市内をブラついていてもあまり楽しいものではない。

 さらに言えば、リースベン領民たちのエルフに対する偏見もいまだに消え去っているとは言い難い状況だ。ダライヤ氏を連れて遊びに行くのであれば、町の外に出た方が良いだろう。そういう話になったのだった。


「……」


「……」


 小春日和という言葉そのままの柔らかな陽気に包まれながら、僕たちは馬に乗ってゆったりと進んでいく。ダライヤ氏は馬術を修めていないため、僕の馬に同乗する形となっていた。当然彼女はベッタリと僕に抱き着く形になっているので、まあなんというか……たいへんに幸せな状態である。

 まあこの腹黒ロリババアのことだから、わざとやってるんだろうけどな。この人、明らかに僕の性癖を見抜いてるし。そもそも、僕の馬に同乗すると言い出したのもダライヤ氏だしな。油断も好きも無いというか、狡猾というか……このロリババアは、まったく……。


「平和だなぁ……」


「平和じゃのぉ」


 僕がぼそりと漏らした言葉に、ダライヤ氏が同調してきた。そしてひとり、クスクスと笑う。実際、周囲の光景は平和そのものだった。周囲は典型的な田園地帯であり、農民たちが目を出したばかりの冬麦を踏みつけている。いわゆる麦踏みと呼ばれる作業だ。遠くから聞こえてくる農民たちの楽しげな話声と小鳥の鳴き声が混然一体となって、なんとも牧歌的な雰囲気を醸し出していた。


「んふふ。これじゃよ、これ。ワシが求めておった光景は……。血塗られた日々とも、もうお別れじゃ。まったく、来る日も来る日も戦! 内乱! 切腹! 斬首! 耐えがたき日常じゃったが、我慢した甲斐があったというものじゃ」


「ダライヤ殿……」


 百年余りを内乱に費やした彼女の人生を思えば、その言葉は尋常ではなく重い。僕は何とも言えない心地になって、ため息をついた。


「やっと、やっとエルフに平和が訪れたんじゃ。こんなに嬉しいことは無い。これもすべて……アルベール、オヌシのおかげじゃ。感謝してもしきれん」


「皆が頑張った結果だ。僕一人が功を誇ってよいものではないだろう」


「んふ。謙遜しおって、莫迦ものめ」


 小さく笑って、ダライヤ氏は僕をぎゅーっと抱きしめた。


「のぅ、アルベール」


「なに?」


「愛しておるぞ」


「……」


 小さな小さな声でそんなことを言うロリババアに、僕の心臓は大暴れしはじめた。クソッ、この腹黒性悪ロリババアがよぉ……! 人の純情を弄びやがって許せねえよ……! 十割計算でやってることはわかってるんだからなこの野郎。


「……目的地が見えてきたぞ」


 僕は話を逸らすべく、前方を指さしながらそういった。そこには、冬の穏やかな陽光を浴びてキラキラと輝く大河・エルフェン河の川面があった。この河原でゆったりしようというのが、今回の散策の趣旨だった。


「んふ、話を逸らしおったな。リースベンの英雄殿が、そのような逃げの手を打つか」


「……」


「じゃが、だーめ。逃がさんからな……」


 首元に腕を回しながらそんなことを言うダライヤ氏に、僕は戦慄した。このロリババア怖いよぉ……!


「えーと、その……河原に来たのはいいけど、結局何をするつもりなんだ?」


 それから、十分後。僕たちは馬を従者に預け、エルフェン河の河畔にある木陰にやってきていた。僕の問いにダライヤ氏はニコリと笑い、背中に背負った小さな敷物を河原の上で広げた。ピクニックでもするつもりなのだろうか?


「昼寝じゃよ、昼寝」


「昼寝!?」


 困惑してオウム返しにする僕にニヤリと笑みを向けてから、ダライヤ氏は敷物の上に腰を下ろし背中を木に預けた。そして己の膝をぽんぽんと叩いて見せる。


「膝枕をしてくれる……ということか?」


「うむ。嫌いではなかろ? こういうのは」


「確かに嫌いじゃないがね……」


 この世界においては、基本的に膝枕は男が女にしてやるのが一般的である。実際、僕も膝枕をした経験はあってもされた経験はほとんどなかった。正直かなり恥ずかしい心地であったが、笑顔を浮かべて手招きをするダライヤ氏を見ていると抵抗する気も失せてくる。僕は小さくため息をついてから、ダライヤ氏の膝に頭を預けて寝転がることにした。

 横になってみると、意外と快適だった。ダライヤ氏の膝は適度な弾力があって心地よいし、背中の敷物からは陽光で温められた砂利の熱気がほんのりと伝わってくる。身体から力を抜いてみると、確かにそのまま寝入ってしまいそうな気分になってきた。


「オヌシはこの頃働きづめじゃったからのぉ……こうやってゆっくり心身を休ませるというのも、悪く無かろう?」


「……そうだな」


 実際、僕は身も心も疲れ果てていた。このところ、ずっとトラブル続きだからな。いい加減に心身を休ませなければ、どうにかなってしまいそうだった。そういう意味では、確かに今のような状況はちょうどよいかもしれない。馬に乗って少しばかり遠出して、人目のない場所でゆっくりと昼寝をする……。うん、悪くないな。全然いい。しかもロリババアの膝枕のオマケ付きだ。


「……ちょっと品のないこと言っていい?」


「猥談か? もちろん歓迎じゃよ」


 違うわこのセクハラババア! 僕は心の中でツッコミを入れた。もちろん、口には出さない。


「……実のところ、人気のないところに行こうと提案された時点で……茂みにでも連れ込まれて手籠めにされるんじゃないかと疑ってたよ。ごめんね」


「ムリヤリはワシの趣味ではないからのぉ、そんなことはせん。……あ、双方合意をしたうえでそう言うプレイをするというのなら、大歓迎じゃぞ? 今からアオカンに切り替えるか?」


「嫌です……」


 やはりセクハラババアはセクハラババアであった。僕がげんなりしながらそう言うと、ダライヤ氏はクスクスと笑って僕の頭を撫でた。


「冗談じゃよ」


 ロリババアの手付きはひどく優しく、撫でられていると胸の奥がほんのりと暖かくなってきた。僕は大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐く。耳を澄ませてみると、聞こえてくるのは小鳥のさえずりと川のせせらぎ。なんとも心休まる音である。


「オヌシの幼馴染どもに聞いたんじゃがのぅ。アルベール、オヌシは子供の頃から、よくあの騎士連中に膝枕をしてやったり、添い寝をしてやったりしていたらしいな?」


「ああ……昔はよくやってたな。ガキの時分は、あいつらも泣き虫だったから……」


 いつの間にそんな情報を仕入れてたんだ。ちょっと困惑しつつも、僕は頷いた。まったく、油断も隙もないロリババアである。


「子供の頃から、オヌシは"お兄ちゃん"役をやっておった訳じゃな。じゃが……人に甘えられるのは慣れておっても、甘える側になる機会はあまりなかった。そうじゃろう?」


「それは……」


 僕は少しばかり逡巡した。たしかに、それはその通りだ。僕は、両親にすら甘えた記憶がほとんどない。まあ、当たり前といえば当たり前の話だ。何しろ僕は転生者で、前世の享年は三十五歳。見た目はガキでも中身はいい年こいたオッサンなわけだからな。両親が相手とはいえ子供らしく甘えるのは流石に気恥ずかしいだろ。


「しかし……ワシが相手ならば、オヌシも甘える立場になれるのではないか? なにしろ、ワシはオヌシの今までで会ってきた人間の中でも、一番の年寄りじゃろうしのぅ」


「……」


 言われてみれば、そうかもしれない。僕に本当の意味で年上の知り合いは、ほとんどいないのだ。両親やカステヘルミといった親世代の人間ですら、前世と現世を合算すれば僕の方が年上になるわけだからな。


「ワシにならば、いくらでも甘えて良いのじゃぞ? アルベール。この婆が、すべて受け止めてしんぜよう。年寄りの面目躍如じゃ」


 頭を撫でる手を止め、ダライヤ氏は覆いかぶさるようにして僕に顔を近づけてそんなことを言う。衣服に焚き染めたものらしき香木の香りが、ふわりと僕を包んだ。ああ……これは、いいな。心が穏やかになる香りだ。


「……それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 これもすべて、ロリババアの作戦通りなんだろうなぁ。僕の精神の一番冷静な部分が、そう呟いた。しかしこの膝の柔らかさと穏やかな香木の香りが、魔法のように僕の精神を縛り付けて抵抗する気力を失わせているのだ。自然と心と体から力が抜け、だんだんとまどろみの中へと誘われていく。それをみたダライヤ氏は優しげに微笑み、軽く僕の唇に口づけをしてからまた優しく頭を撫で始めるのだった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] アルくん、ダライヤ氏にしよう!!
[一言] 武と知でお互い支え合える一番のお似合いでは……?
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