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第352話 カタブツ子爵と作戦会議(2)

「戦争、ですか……兵法書などにはよく、攻撃は最大の防御などと書かれていますが。恋の戦場でも、その手は通用するのでしょうか」


「それってたとえば、夜這い的な?」


 カリーナ様の目がギラリと輝く。彼女はまだまだ若い。その手の単語には興味津々な様子だった。


「馬鹿を言うな。ベッドに連れ込めばなんとかなる、などというのは(エロ)本の中の話だ。キチンとした関係も醸成できていないのに、そんなことをしてみろ。却って事態は拗れるぞ」


 唇を尖らせながら、ソニア様はアゴでごんごんとカリーナ様の頭を叩いた。


「そもそも、夜這いなどして拒否などされてみろ……もうわたしは再起不能だ。首をくくるしかなくなってしまう……」


「腹はくくれなかったのに首はくくれるんですね」


「泣いていいか!?」


「いいですよ」


「うええ」


 情けない声を上げつつ、ソニアはカリーナ様に頬擦りをした。カリーナ様は死ぬほど面倒くさそうな顔をしている。おいたわしや……。


「……まあ主様の件に関しては、妙なことはしない方が良いでしょう。正攻法に勝る戦術はありません。機を逸したのは間違いないでしょうが、とにかくキチンと愛を告げ、まずは心を掴む。それが第一です。ソニアの言う通り、ヘンな下心は出さない方が良いでしょう」


「そうだな……はぁ。しかし、愛を成就させるにしても当面の邪魔ものを排除せねばならん。私の前には、強敵が立ちふさがっているのだ」


 ソニアの言葉に、わたしは頷いた。ダライヤ・リンド。齢千歳を超える古老にして、新エルフェニアの皇帝。かなりの難敵だ。


「敵と味方に分かれているのだから、それこそわかりやすく戦場に置き換えて考えることができるだろう。例えば、そう……わたしは最重要護衛対象の間近に陣を敷いた指揮官だ。しかし間抜けな指揮官はそれだけで安心して気を抜き、防御態勢を緩めてしまった……」


「そこへ、あの老エルフ……高い攻撃力と機動力を併せ持つ部隊、つまりは重装騎兵隊が突撃を仕掛けてきたわけですね」


「その通り。馬鹿な指揮官(わたし)は時間があったにも関わらずまともな野戦築城もしておらず、突破を許すのはほぼ確実。そういう状況だな」


 木の枝を使って地面に戦況図を描きつつ、ソニア様はため息をつく。わたしは頭を抱えたくなった。騎兵突撃を弾き返すには、守備兵に緊密な防御陣形をとらせる必要がある。だが今さら陣形変更をしている時間的な余裕はないのである。


「……これは、前衛を捨て駒にしてでも時間を稼ぎ、いったん下がって態勢を立て直すべき盤面のように思われますね」


「……これ以上後退できる余地はないんだ。いわゆる背水の陣」


「……」


 いっそさっさと白旗を上げた方がマシではないか? わたしはそう思ったが、口にはしなかった。女には負けられない戦いと言うものがある。今回は、間違いなくそれだ。どれほどの損害を負っても、最後まで戦い続けなくてはならない。……そんな重要な戦いで気を抜くな!


「とりあえず手あたり次第に戦力を集めて、騎兵隊の先頭にぶつけて衝撃力を削ぐというのは……? 戦力の逐次投入は悪手ですけど、やらないよりはマシじゃないかなって」


 カリーナ様が、提案した。彼女はまだ見習い騎士だが、ディーゼル家ではそれなりの教育を受けていたようだし、ブロンダン家の養子になったあともそれは続いている。その戦術眼も、決して子供の浅知恵と馬鹿にできるものではなかった。確かに戦力の逐次投入は愚策だが、戦力を集結させている余裕がない場合は致し方のない場合もある。


「……多少の時間稼ぎにはなるだろうが、結末は変わらんだろうな。まともな防御陣形も作っていない歩兵など、騎兵からみれば雑草同然だ。軽く薙ぎ払われてオシマイだろう」


「……」


 ひどく困った様子で、カリーナ様はわたしの方を見た。「これ、詰んでない?」とでも言わんばかりの表情だ。正直、わたしも同感である。状況が最悪すぎて、場当たり的な策でどうにかなるようなタイミングはとうに超えてしまっている。


「チョー強い、カマキリ虫人を、投入するのは、どうですか? 騎兵だろうが、エルフだろうが、一撃で、ボコボコの、バリバリ、ですよ? 鎧袖一触、的な?」


「……ボコボコはわかるが、バリバリとはなんだ」


「そりゃあ、こう……頭から、ネッ?」


 ニヤァと笑って、ネェルはその恐ろしげな牙をむき出しにした。カリーナ様が「ぴゃあ!?」と悲鳴を上げて身を固くした。そろそろ見習い騎士も卒業か、という成長ぶりのカリーナ様だが、臆病なところは相変わらずのようだ。

 ……いや、こればかりはカリーナ様だけを責めるわけにもいかない。相手は王国最強の騎士たるソニアを容易にねじ伏せる本物のバケモノだ。そんなヤツが牙をむき出しにしているのだから、わたしだってかなり怖い。


「うふ、冗談ですよ、冗談。マンティスジョーク」


「だ、だよね……」


 震える声で、カリーナ様が頷いた。


「頭は、固いので、後回し。最初は、お腹ですね。柔らかくて、骨も少ない。ごちそう、的な?」


「ぴゃあああああ!!!!」


「おいやめろ! わたしの懐のなかでプルプル震えるな! 漏らしたら流石に怒るからな!」


「人にさんざん鼻水つけておいてそんなこと言うんですか!?」


「すまない! 謝る! 謝るから尿はやめろ! 愛用の香油入り石鹸を貸してやるから!」


 このシリアスな時に何をやっているのだろうか、このお二人は。わたしは思わず笑いだしそうになったが、なんとか堪えた。自分で言うのもなんだが、わたしは笑いのツボが浅い。酒も入っていることだし、一度笑いだしたらしばらく止まれない自信があった。


「……こ、こほん。戦争と言っても、これは比喩だ。流石に直接的な暴力に訴えるのはよくない。いや本音をいえばあんなクソエルフはシバき倒してしまいたいが、そんなことをすれば間違いなく本格的にアル様に嫌われてしまう」


「ざぁんねん、ですね。あのババエルフ、柔らかくて、美味しそう、だったのに」


「……」


「……」


「……」


「うふ、マンティスジョーク、ですよ。相当、追い詰められないと、エルフ(ゴキブリ)なんか、あえては食べませんよ」


 くすくすと笑いながらそんなことを言うネェルだが、正直まったく信用できなかった。なにしろ彼女は本当に人を食べ物だと思っているフシがあるのだ。手当たり次第に人を襲ったりしない理性と、その圧倒的暴力性能がなければ、バケモノとして討伐対象になっていたことは間違いない。


「……なにはともあれ、現有戦力では遅滞はできても反撃は難しい、というのは確かですね。こういった状況では、時間稼ぎをしつつ増援を待つ、というのが定石だと思われますが」


 自前の戦力でどうにもならないなら、増援に期待するしかない。戦いはやはり数なのである。……まあ、わたしは連隊を率いておきながら主様の指揮する一個大隊にも満たぬ部隊に敗北した経験があるが。


「それは、そうだが。しかし、増援と言ってもな……わたしもお前も、コネなど一切持たぬ身。頼る先などないのでは?」


「……わたしのプレヴォ家は、寝返りで主家を変えたばかり。ソニアにいたっては、実家と絶縁しているわけですからね。これは、なんというか……その……」


「孤立無援、的な?」


「……」


「……」


 ネェルの指摘を受けて、わたしとソニアは黙り込む他なくなった。本格的に詰んでいる、そう思わざるを得ない状況だった。せめて、あのダライヤが動き出す前に対処を始めていればこんなことにならなかったはずなのだが……いまさらそんなことを言っても仕方が無い。


「……援軍を出してくれそうなところに、心当たりがあるんですけど」


 そこで、おずおずといった様子でカリーナ様が口を開いた。ソニアの眉が跳ね上がる。


「なに……? もしや、ディーゼル家か。これは、リースベン内部の問題だ。それに神聖帝国の領主を噛ませるというのは、さすがに」


「い、いえ。その、ガレアの領主様なんですけど」


「……お前にそんなコネがあるのか? 一体いつの間に……いったいどこだ? まさか、アデライドのカスタニエ家とか言うんじゃないだろうな」


「ち、違いますけどぉ……」


 ひどく挙動不審な様子で、カリーナ様は冷や汗をかいていた。なんだか、様子がヘンだ。問題なく力を借りられる相手であれば、こんな態度はとらないだろう。つまり、何か裏がある。わたしはコメカミを抑えてから、小さく息を吐いた。


「もしや、スオラハティ家では」


「……はい」


「なにっ!?」


 絶縁したはずの実家の名前を出されて、ソニアはほとんど反射的にカリーナ様を締め上げた。


「貴様、それは本当か!? あの女のスパイだったのか!!」


「ち、ちが、うぐぐぐ……」


「やめなさい、ソニアちゃん。それが、友達に対する、態度ですか? もしそうなら、ネェルが、同じことを、あなたに、やってあげても、いいですけど」


 ジロリとソニアを睨みつけながら、ネェルがギチギチと鎌をこすり合わせた。ソニアは顔を青くして「ウッ!」とうめき、拘束を緩める。


「……すまん。しかし、いったいどういうつもりなんだ、カリーナ。まさか、リースベンの内情をあの女に報告してたんじゃなかろうな?」


「ち、違いますっ! 誓ってそんなことはしてません!」


 カリーナ様は首をブンブンと左右に振った。


「辺境伯様は、ただ……娘と仲直りがしたいから、私に手伝ってほしいとしか仰っていませんでした。お兄様が損をするような情報は、断じて流してはいません!」


「む、むう……仲直りだと? いまさら、あの女は……」


 ギリギリと歯をかみしめつつ、ソニアは唸る。わたしも、何とも言えないような心地になっていた。脳裏に去来するのは、辺境伯に屋敷から朝帰りしてきた主様の姿だ。何もなかった、と言う話ではあるが……やはり、心はザワつく。


「ネェルの、知らない、名前が、出てきましたね? 説明を、ください」


「お前はいちいち首を突っ込んでくるな……」


 ソニアは深いため息をついた。もう、どうにでもなれと思っている様子だ。


「わたしの母親だ、スオラハティ辺境伯……カステヘルミはな。まあ、ひと悶着あって、今は絶縁しているのだが」


「フゥン、母親と、絶縁」


 なんとも不思議な表情で、ネェルは唸った。


「わ、私がおもうに……辺境伯様は、決して悪い方ではありません。事情を話せば、協力してくれるのではないかと……」


「……」


 その言葉に、ソニア様は考え込んでいる様子だった。眉をきゅっと寄せながら、じっと焚き火を睨みつけている。


「……確かに現状が詰んでいるのは事実。打破できる可能性があるのなら、時には敵と手を組む覚悟も必要だろうが。しかし

……むぅ……」


「嫌い、なんですか? 母親が」


 不思議そうな様子で、ネェルが聞いてきた。不快そうな様子で、ソニアは頷く。


「そうだ、わたしはあいつが嫌いだ。顔も見たくない」


「へぇ。じゃ、母親が、死んだら、あなたは、笑いますか? それとも、泣きますか?」


「……ヘンなことを聞くな、貴様。さすがに、笑う気にはなれないが」


「じゃ、ちょっとくらい、話し合う、機会を、設けても、良いと、思いますよ? 親って、意外とすぐ、いなくなるので。時間は、有限です。あとから、後悔しても、遅い、ですよ?」


「そ、そうですよ! ただでさえ、軍人なんてやってるわけですから! 一騎討ちとかで、アッサリ死んじゃうことだってあるんですよ! 手遅れになる前に、仲直りすべきです!」


 ソニアの胸の中でジタバタと暴れながら、カリーナ様が同調した。彼女は少し困った様子でわたしの方を見てきたが、こちらとしては肩をすくめることしかできない。

 聞いた話では、カリーナ様の実母ロスヴィータ殿は、主様との一騎討ちで命を落としかけたらしい。カリーナ様の突撃によりそれは避けられたという話だが、一騎討ちの妨害をして騎士の誇りを汚してしまった彼女は、実家から勘当されてしまった。しかしそれでも、カリーナ様には後悔した様子などない。

 そういう彼女から見れば、母親に敵意を向けるソニアの態度は納得しがたいものがあるだろう。もちろん、親子関係など千差万別。円満な親子も居れば、殺し合いをしている親子も居る。だから、外野がどうこう言えた義理ではないのだが……。


「……ダライヤは、どちらかと言えば政治屋タイプの人間です。戦争屋である我々が、戦場外であの女と戦えば……そりゃあ不利に決まってますからね。結局、政治を得意とする者の協力は必須かと思いますが」


「だったら、アデライドとか……クソ、あっちも似たり寄ったりか! なぜアル様の周りには色ボケ女しかいないのだ!」


「鏡見ながら言ってます? それ」


「……」


「というか、アデライド宰相とスオラハティ辺境伯は、友人同士だという話ではありませんか。宰相閣下の方を頼っても、結局辺境伯様も出てくることになるのでは……?」


「……むぅ」


 私の言葉に、ソニアは唇を尖らせた。そして、深々とため息をつく。


「背に腹は代えられない、か……。何もしないままやられるよりは、一か八か打って出る方がマシだ。それしかないというのなら、やってみよう。カリーナ、済まないがあの女に渡りをつけてくれ」


「わ、わかりました!」


 露骨にほっとした様子で、カリーナ様は何度も頷いた。……この態度、辺境伯様と裏で何か取引をしていたな? 彼女の普段の言動や態度をみれば、その取引の内容は何となく想像できるが……まったく、チャッカリしている。


「……しかし、嫌だな……あれだけ拒否しておいて、自分の手に負えない事が起きたとたんに手を貸してくれと頼むのか? どのツラ下げて、という感じだな。我ながら浅ましすぎる……はぁ」


 一方、ソニアはひどく気落ちしている様子だった。かける言葉が見つからず、わたしは無言で酒瓶を手渡すことしかできなかった……。っていた。

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