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第350話 くっころ男騎士と副官の慟哭

 僕は混乱の極致にあった。なんと、ソニアは僕との結婚を望んでいたというのである。あまりに驚きすぎて、椅子から崩れ落ちそうだった。そしてソニアのほうも、僕とほとんど同じような状態のようだ。顔は真っ青で、よく見れば手足も震えている。この場で落ち着き払っているのは、フィオレンツァ司教だけだった。


「い、いや、だって……どう考えても、我々は実質夫婦でしょう!? だって、だって……わたしは実家を飛び出してまで、アルさまの元へ身を寄せたわけですよ! これって、どう考えても駆け落ちじゃないですか!」


「いやそうだけど! そうだけどさあ!」


 僕は大声でそう叫び、頭を抱え、ポケットから出した酒水筒(スキットル)の中身を口に流し込んだ。酒精が喉をカーッと焼く感覚が、僕に幾分かの冷静さを取り戻させる。

 たしかに、ソニアの言う通り外から見れば彼女の行動は駆け落ち以外の何物でもない。ただ、スオラハティ辺境伯家の中では、僕らの関係は特に禁じられたものでもなかったのである。なんなら、伯爵家の家臣の中には僕をすでに将来の当主の奥方として扱っていた人まで居たくらいだしな。

 もちろん底辺騎士の息子である僕と大貴族の次期当主であるソニアでは身分的にまったくつり合いが取れないのだが、その辺りはスオラハティ辺境伯には何か策があったという話である。我々が結婚するという一点においては、どう考えても辺境伯家に居たままのほうが話が早かったハズなのだ。


「いやさ、僕だって子供の時分には『将来的にはソニアと結婚することになるのかな?』とか思ってたよ! お前のことは好きだったし、納得もしてた!」


「やっぱり相思相愛じゃないですか! だったらなぜ!」


「なんも言わなかったじゃないかお前! 何年も何年も放置されたら流石に不安になるわ! 僕はもうそろそろ行き遅れ呼ばわりされる時期だぞ!」


 この世界の結婚は早い。貴族にしろ平民にしろ、十五歳で成人したらそのまま結婚、という者も多い。まあ、僕やジルベルト、アデライド宰相のような独身貴族もそれなりの数がいるがね。要するに、すぐ結婚できるものといつまでも結婚できないものの落差が激しい、そういう社会なのである。

 とはいえ、安心はしていられない。なにしろ僕はブロンダン家の当主であり、跡継ぎを作る義務がある。待てど暮らせどソニアが何もそれらしきアクションをしてこないので、仕方なく僕は自分で婚活をすることにした。……まあ結果は散々だったが。

 まあそもそもソニアは竜人(ドラゴニュート)だしな。彼女との子供をブロンダン家の世継に据えるわけにはいかん。何はともあれ、只人(ヒューム)の嫁が必要だ。必要なのだが、正直僕一人ではどうしようもない。コネが必要だった。具体的に言うと、辺境伯のコネが。しかしソニアが実家から出て行ってしまった以上は、そういう面で辺境伯を頼るわけにもいかんのである


「い、いやその……実家を出ていったせいで、わたしの身分もどうにも不安定ですし……そういう話は、状況が落ち着いた後改めて……と思いまして」


「絶縁事件からもう五年もたってるんだけど!?」


「……いやその、恥ずかしくて」


「恥ずかしいからって五年も放置しちゃだめでしょ!!」


 僕は頭を抱えたい気分になった。いや、待ちの姿勢だったのは僕も同じことだったのだから、あまり強くは言えないが……。しかし、彼女が家出した直後などには、何度も今後についてどうするのか問い詰めているのである。ソニアはそのたびに話をはぐらかしてきたのだから、僕が"脈無し"と判断したのも致し方のない話ではなかろうか?


「いや、そうなんですが。そうなんですが……うう……」


 顔を赤くしたり青くしたり、ソニアはほとんど百面相の様相を呈していた。僕以上に動揺している様子である。


「……一つお聞きしたいんですが、私が実家との縁を切ったあの時……結婚を申し込んで居たら、頷いてくれましたか?」


「当たり前だろ!? というかそれすら全然遅いわ! 普通なら、成人前に婚約くらいはしておくものじゃないか! そういう気配が全然ないものだから、めちゃくちゃ不安だったんだからなこっちは!」


「そうですね。十三、四くらいで婚約発表。双方が成人したタイミングで成婚。それが貴族の結婚の常道というもの」


 呆れた様子でそう言ってから、フィオレンツァ司教は香草茶で口を湿らせた。


「……まあ、騎士の息子と辺境伯の嫡子の結婚です。当然、一筋縄ではいかないでしょう。ソニアさんも、裏ではなかなか苦労していたのでしょうが……」


「そ、そうだ! 公認愛人に据えて本夫を持たない形にするなり、養子縁組で身分ロンダリングをするなり……とにかく工夫が必要だったんだ! まだ今後の見通しもたっていない状況でいい加減なことを言って、ぬか喜びをさせるわけにはいかないじゃないか!」


「その通りですね。……ですが、だからといって、伝えるべきことを伝えずお相手を不安にさせる……これもまた、誠実な態度とは言い難い。違いますか?」


「う、う、うおおお……」


 司教の指摘に、ソニアは頭を抱えて(うめ)くことしかできなくなってしまった。ぼくもまた、ほぼ同様の状態である。狂ってしまったと思っていた人生設計が、実は狂っていないかった。つまり、軌道修正のつもりでいままで頑張っていたことが、すべて有害無益だったということだ。いや、もう、どうしろって言うんだよコレ!

 脳にフラッシュバックするのは、貴族の婚活会場こと夜会や舞踏会の光景である。幼いころからソニアと結婚する気満々だった僕は、その手の会でのマナーを全く覚えないまま結婚適齢期を迎えてしまった。

 そんな状態であわてて婚活を始めてしまったものだから、もう大変である。一生分の恥を掻いてしまった。正直、かなりトラウマになっている。あの苦労は全部、徒労だったって事か?


「……うううっ」


 僕は嘆きながら、酒水筒(スキットル)の中身を一気に飲み干した。記憶をなくすくらいに痛飲したい気分だったが、残念なことに携帯用の水筒にはそれほど酒は入らない。ああ、悲しい。


「全部あなたの言葉足らずがいけなかったんですよ、ソニアさん。わたくしは何度も忠告したはずですが」


「う、う、うるさい!」


 涙目になりながらソニアは叫んだ。そして僕の肩をガッシリと掴む。


「あ、アル様! 率直にお聞きしたい! わたしとあなたの関係は、一体なんですか! 恋人ですか! 将来の夫婦ですか!」


「親友です」


「き、軌道修正しましょう! アル様! 結婚を前提にわたしとお付き合いしてください!」


「そういうことはせめてもう何年か前に言ってくれよ! 僕がどれほど難儀してお前への気持ちを断ち切ったと思ってるんだ! 今さらそんなことを言われてもどんな返事をしたらいいのかわかんないよ!」


「あ、あ、あ……」


 ソニアの目から、涙がボロボロとこぼれた。彼女は地面に崩れ落ち、激しく嗚咽する。……僕は彼女に、どんな言葉をかければ良いのだろうか? もはやダライヤ氏の件など、頭から吹き飛んでいた。


「わた、わた、わたしは……」


 しばらくしゃがみ込んだまま泣いていたソニアだが、やがてフラフラと立ち上がる。そして、完全に自棄になった様子で叫んだ。


「わたしは、今まで……あなたの、アル様の隣にずっと居続けるために、生きて、きました……今さら親友止まりだなんて、いや、イヤです……耐えられません。妻に、妻になりたい。あなたの隣のお墓で永眠(ねむ)りたい……!」


 小刻みに震えながら、ソニアは絞り出すような声で言った。


「スオラハティ姓を捨てたのは、もちろん……あの女との確執もありました。でも、でも……本当はわたし、ブロンダン姓を名乗りたかったんです。アルベール・スオラハティではなく……ソニア・ブロンダンのほうが……いいって、わたしは、わたしはぁ……!」


 彼女は悲壮な声でそう叫び、地面を殴りつけた。そのままばね仕掛けの人形のように立ち上がると、テントから走り去ってしまう。僕は、ガクリとうなだれるしかなかった。いったい、何が原因でこんなことになってしまったのだろうか?

 ああ、しかしソニアばかりの責められない。言葉足らずだったのは、僕も同じことだ。ソニアの気持ちを確かめるタイミングなど、なんどでもあったはず。それをしなかったのは、純粋に僕が臆病で怠慢のせいだ……。


「……はあ。いつかはこうなると思っていましたが」


 ため息をついてから、フィオレンツァ司教は椅子から立ち上がった。そして僕に歩み寄り、肩をぽんぽんと叩いてくる。


「慰めるよりは慰められる方が好きなんだけど、まあたまにはねぇ?」


 そして、右目を覆い隠していた眼帯をはぎ取った。露わになった金色の瞳を目にした僕は、一気に意識が遠のき……


「能力で心理的防御をはぎ取らなきゃ、なかなか愚痴も言ってくれないんだからさぁ。忍耐強いのも、良し悪しだよねぇ」

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― 新着の感想 ―
[一言] コイツらホント異性を幸せにできない人間なんだな、、
[一言] 幸せになれ……
[良い点] 結婚話めっちゃ進んでて嬉しい
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