第35話 メスガキ騎士と野蛮な約束
「おいチビ、聞いたか?」
「だれがチビよ、母様」
私、カリーナ・フォン・ディーゼルは、うんざりした声で答えた。口から出た不機嫌そうな声音に、自分でびっくりする。まあ、今日は丸一日行軍を続けて疲れているから、仕方ないのよ、うん。決して私が自分の身長に劣等感を覚えているからではないわ。
「ははは、すまんすまん」
母様は豪快に笑い飛ばした。牛獣人の一族である我がディーゼル家は、獅子獣人や竜人にも負けない体格に優れた武人を輩出することで知られている。母様もその例にもれず、身長は二メートル近い。
それに比べて私はどうだ。頭のツノと尻尾、胸囲を除けばほとんどハーフリング族扱いされそうなほど身長が低い。……で、でもまだ成長期だし、そのうち伸びるでしょ……。
「それで、どういう要件なの?」
考えれば考えるほど落ち込みそうなので、私はすぐに話題を変えることにした。
「いやな、これから攻めるリースベン領なんだが」
母様はニヤニヤ笑いつつ街道の先を指さす。そう、私たちは今、山脈向こうのリースベン領を攻撃するために一族郎党を引きつれ進軍している。戦闘要員だけで五百名を超える大所帯が、縦列を作って街道を進んでいた。私たちが居るのは、その最先頭。ド田舎の警備兵に差し向けるには、あまりにも過剰戦力ね。本当、敵が可哀想すぎて笑えて来ちゃう。
「どうもそこの代官、男騎士がやってるらしいぞ」
「えっ、本当なの!?」
男騎士なんて、ご都合主義の娯楽物語か艶本の中にしかいない存在じゃないの?
「マジもマジだ」
「バッカみたい。男の癖に騎士なんて」
「だよなあ」
母様はまた、ゲラゲラ笑った。
「なんでも、只人の貴族家で女の跡取りが生まれなかったんだと。まったく、そもそも只人風情が貴族をやるのが間違ってるんだ」
「貧弱で軟弱な只人が戦場に出たところで、ねえ?」
私は小柄だけど、それでも只人相手ならどれだけ体格差があっても負ける気はしない。簡単に押しつぶす自信がある。只人がどれだけ鍛えたところで、獣人に筋力で勝つのはムリだもの。当たり前よね?
「そうさ。只人なんて種族は、あたしらに種を差し出す以外に使い道はないのさ」
「ひどいわよ、母様。小間使いくらいには使えるわよ!」
「それもそうか! カリーナは賢いな! ワハハハハ!」
そう言って母様は私の肩をバンバン叩いた。板金鎧をつけているから、痛くもかゆくもないけどね。生身でも平気でやってくるから、正直止めてほしい。乱暴なのよ、母様は。
「そういう訳で、王国の男騎士殿には身の程を理解らせてやる必要がある。……どうだ、カリーナ。お前もそろそろ成人だ。手前でなにもかも片付ける気があるなら、くれてやってもいいぜ?」
「ほ、本当!?」
心臓がドキリと跳ねた。来月で、私も十五歳。騎士見習いから正騎士に格上げだもんね。それくらいの役得があってもいいかも! 男娼やそこらへんの侍男で処女を捨てるよりは、よっぽど刺激的で面白そうね。
「とはいえ、お前も大人になるんだ。何もかも親が手伝ってやるつもりはないぞ。やるなら、自分の手で押し倒して屈服させろ。戦場で味わう男の味ほど素晴らしいものはないからな」
つまり、私の手でその男騎士を倒せってことね。まあ、男相手に負けるはずもなし、警戒すべきなのは周りの護衛くらいかな?
しかし、母様も凄いことを言うわね。母様は私くらいの年齢の時にはもう戦場でハルバードを振り回してたって話だし、占領地の男を相当泣かせたんでしょうね。商社の権利ってやつ?
「大丈夫! 私もディーゼル家の女よ。男の一人や二人くらいなんとでもなるわ!」
「ほほーう、言ったな?」
母様は愉快そうに口角を上げた。
「そこまで言うなら、任せてやる。ヘマするんじゃねえぞ」
「もちろん!」
にっこり笑ってそう答え、ふと不安を覚えた。もちろん、自分が勝てるかどうかじゃないわ。むしろ、相手が弱すぎた場合が不安なのよ。だって、相手の指揮官は男な訳でしょう? 臆病風に吹かれてもおかしくないわ。
「よく考えたら、リースベン程度の居る警備兵なんか大した数じゃないでしょ? 戦う前に降伏してくるんじゃない、あいつら?」
そうなったら、せっかくの機会を逃しちゃう。それだけは避けたいところね。
「べつに、私はそれでも構わないがな。……というか、情報元もどうもキナ臭いし。初戦くらいは被害なしで終わらせたいくらいだが」
後半の言葉は、ひどく小声で聞き取れなかった。どうしたんだろう、難しい顔をしてる。
「母様?」
「いや、なんでもない」
母様はすぐにいつもの自信ありげなニヤケ面に戻り、肩をすくめた。
「確かにお前としちゃそれは困るだろうが、白旗上げてる相手に襲い掛かるのも外聞が悪い。そこでだ」
「うん」
「リースベンの警備兵には、戦う前に降伏を勧告するつもりだ。その軍使にお前を任命する」
「私を?」
どういうつもりだろう。私、いままでそんな仕事をやらされたことなんて一回もないのに。
「で、だ。降伏の条件として、男騎士殿に一騎打ちを申し込め。向こうが勝ったら、敵軍の貴族は捕虜にせず放免してやる、なんて条件でな。そしてお前が勝ったら……わかるな?」
「な、なるほど!」
さすが母様、賢い! 見た目こそ山賊の頭目みたいな荒々しさだけど、その実頭も凄く回るのよね。まったく、自慢の母親だわ。
「そういうことなら、このカリーナ・ディーゼル……軍使の任を謹んでお受けするわ!」
「全く現金なヤツだ」
また、母様はゲラゲラ笑って私の肩を乱暴に叩いた。