第348話 くっころ男騎士とプロポーズ
「率直に言おう。ワシと結婚せぬか?」
「……はっ!?」
ロリババアの突然のプロポーズに、僕は思わず凍り付いた。あまりにも唐突すぎて、幻聴や夢を疑うレベルだ。おもわず自分のほっぺたを引っ張ってしまうが、やはり痛い。どうやらこれは現実のようだ。
「なにをそれほど驚いておるのじゃ? ごく自然な話じゃろう、これは」
体重をかけて僕の腰のツボを押しながら、ダライヤ氏はさらにそう囁きかけてきた。ジリジリとした快感と、密着したロリババアの肉体の感触が僕の脳髄を刺激する。
「現状を考えても見るのじゃ。今のリースベンは、外国の入植者と地元豪族が結びついた状況。この盟を深化・盤弱化をさせるには、政略結婚こそが最も手っ取り早い手段じゃろう」
「う、確かにそうだが……しかし……アッ、そこは……ああっ!」
腰や背中のツボを的確に刺激され、僕は思わず上ずった声が出た。
「というのが、建前」
「た、建前!?」
「うむ……。実際のところ、ワシとしてはそんなことはどうでも良い。なにしろ、ワシはオヌシに心底惚れこんでおるのじゃ。政略結婚の必要があろうとなかろうと関係なく、ワシはオヌシと結婚したい……」
僕の背中にべったりと横ばいになり、ダライヤ氏はそう囁いてくる。アッ! これはマズイ! 大変にマズい! ロリババアの薄い胸が密着して……アアッ!
護衛! 護衛ー! 一体なにをやってるんだ! 上司が狼藉を働かれているんだぞ! おい! そんなことを思いながら護衛役の幼馴染騎士たちのほうに目をやると、彼女らはニッと笑ってサムズアップしてきた。えっえっ、何その反応……えっ!?
……あ! そういやちょっと前、私的な飲み会の席であいつらに「そろそろ結婚したいが相手がいなくて困った」なんて相談をした覚えがある。その時は微妙な表情ではぐらかされてしまったが……。
「良かったじゃないですかアル様、お相手が現れましたよ」
「いい加減にじれったくなってきたんでねぇ、そろそろ当て馬が必要かなと。そのエルフなら丁度良いでしょう?」
「いつまでも幼馴染以上夫婦未満な関係を続けられても、いろいろと困るんでね。そろそろ身を固めてくださいな」
どこからともなく取り出した干し芋をかじりつつ、幼馴染騎士どもはそんなことを言う。……き、貴様らー! 裏切りやがったな!
「数百年……いや千年以上をかけて、やっと見つけることが出来た。オヌシの、アルベールの隣が、永きにわたるワシの人生の、最後の居場所。終の棲家。オヌシの子を産み、育てることが、ワシの最後の仕事なんじゃ」
オヌシの子、という単語を口にするのと同時に、ダライヤ氏はその白魚のような指先でツーッと僕の背中をなぞった。なんとも色っぽい手つきである。せっかく大人しくなっていたアレが、また元気になりつつあるのでそういうことをするのは本気でやめてほしい。
「愛しておるぞ、アルベール……なあ、答えを聞かせてくれ。オヌシは、ワシが嫌いか……?」
「き、嫌いじゃないけどぉ、むしろ好きだけどぉ……」
このロリババアは性悪の腐れ外道だが、それはそれとしてひどくあざといのである。こういう一癖も二癖もあるタイプは、正直言ってかなり好みだ。しかも外見は童女で中身は老練な悪女という凄まじいギャップが、大変によろしくない。前世の頃から、僕はロリババアが大好きだったのだ。
「じゃったら、良いじゃろぉ? なぁ……? ワシは気付いておるのじゃぞ、オヌシが事あるごとにこちらを色っぽい目つきで見ておることを。ワシのような女が性癖なんじゃろ? ワシもオヌシのような男が性癖なんじゃ……相性抜群ではないか。なぁなぁ、ワシと結婚しておくれぇ?」
こ、このロリババア……! 気付いてやがったのか!? ……いやそりゃ気付くか! 異性からの性欲の籠った視線って、めちゃくちゃわかりやすいもんな! 僕もアデライド宰相からよく同様の視線を投げつけられているので、よーくわかる。
「いや、しかし、その……僕は」
正直、頷いてしまいたい気分はだいぶあった。実際このロリババアは大変に魅力的だし、政治的な意味でもこの結婚の意義は大きい。今は何とか大人しくなっているエルフどもだが、いつまた暴れだすかわかったもんじゃないからな。血縁と言う形で首輪をつけておくというのは、たいへんに有効な手だろう。
だが、それがわかっていても、僕はすぐに頷くことが出来ずにいた。僕の脳裏にチラついているのは、ジルベルトの顔だ。告白こそ未遂に終わったが、どうやら彼女が僕に好意を抱いているらしいというのは、朴念仁の自覚のある僕ですら理解できていた。ここでロリババアの提案を飲んでしまうのは、彼女に対しての深刻な裏切り行為になってしまうのではなかろうか?
「なんじゃ? 問題でもあるのか?」
「その……なんだ。ブロンダン家は、只人の貴族。跡継ぎがエルフというのは、いろいろとマズイというか……」
「何を言っておるのじゃオヌシは。別に、ワシはブロンダン家を乗っ取りたいわけではない。跡継ぎには只人の子を当てれば良かろ?」
ひどく呆れた様子でダライヤ氏はそう言い、そしてニヤッと笑う。
「……そういえば、オヌシの周りには只人女の影が見えぬのぅ。もしや、相手がおらぬのか? じゃったら、ワシに任せておけ。気立ての良い娘を紹介してやろう。これで、世継問題も解決じゃ。なぁ? アルベール、ウンと言え。それでオヌシは幸せになれる」
「うっ……」
アアーッ!! 一瞬で逃げ道がふさがれた!! く、くそ……四桁処女の癖に強すぎる……
「なんじゃその顔は。もしや、心に決めた相手でもおるのか? 構わん構わん、ワシもオヌシを独占できるとは思ってはおらん。なにやら障害があって想いを伝えられぬ相手だというのなら、口説くのを手伝ってもよいぞ? ン? どうじゃ、ワシの助力は欲しくないか?」
「重婚上等!?」
なんやねんそれ。僕は思わず咳き込みそうになってしまった。なにしろ僕の母は世間の常識を無視して強引に一夫一妻をやっているような人だ。いくら一夫二妻やそれ以上の重婚関係が一般的だと言っても。積極的にそれを推進するというのは正直理解しがたいものがある。
「良い夫は共有すべし、それがエルフの教えじゃ。実際、ワシもオヌシをフェザリアと共有しようと思っておるし」
「はぁ!?」
困惑の声を上げる僕を見て、ダライヤ氏はわざとらしい態度でため息をついた。そして身体をくっつけたままズリズリと僕の首元へ顔を寄せ、強引に唇を奪う。唇に当たる柔らかい感触と、いっそ神秘的なほど美しい童女のご尊顔のどアップに、僕の心臓は最高潮のビートを刻み始めた。
「うるさい口じゃのぉ! ……まあよい。とにかく、さっさと返答をくれ! オヌシはワシと結婚してくれるのか? はい? イエス? さあ、どっちじゃ!」
そう言って赤面しつつキスしたばかりの己の唇をペロリと舐めるダライヤ氏は、理性が吹っ飛びそうなほど可愛かった。が、しかし、だからといって今すぐ頷けるかと言えば、かなり微妙である。結論を急がせるような輩は、だいたい詐欺師と相場が決まっているしな。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ! こ、心の準備が……」
「んもーっ! 煮え切らんのぅ! しゃーない、一晩待ってやろう! その代わり、ここで一発ヤらせておくれ! ワシはもう限界なんじゃ! オヌシも限界じゃろう? うつ伏せになっていれば勃起に気付かれぬとでも思っておったのか愚か者め! 丸わかりなんじゃ!」
「う、ウワーッ!!」
ダライヤ氏が僕の身体を強引にひっくり返そうとした、その瞬間である。彼女の肩を、むんずと掴む者がいた。護衛の幼馴染騎士たちである。
「いけませんねぇお客さん、ウチは本番はナシだと言ったでしょう?」
「イモ三〇キロしかもらってないんでね、忍耐もイモ三〇キロぶんのみですわ。それ以上やろうってんなら、最低でも三〇トンは頂かなきゃ」
「というか我々の本命はアンタじゃないんでね、そろそろ退場してもらわにゃ困ります。オシオキが必要そうなので、もう一回風呂に沈んでもらいましょうか」
「グワーッ! なんじゃ貴様ら、ワイロを受け取るだけ受け取っておいて、肝心なところで止めるのか!? なんたる不義理!! やめろ、はなすのじゃーっ!」
全力で抵抗するダライヤ氏だが、いかなエルフでも屈強な竜人三名に抑え込まれてしまえばどうしようもない。彼女はそのままズルズルと部屋の外の引きずり出されていった……。
……なんか聞き捨てならない発言が聞こえたな。え、何? あいつら、買収されてたの? 僕ってば、十年来の幼馴染たちにイモ三○キロで売られたワケ? ええ……。
 




