第346話 くっころ男騎士と混浴
おっぱいがいっぱいだ。半ば現実逃避気味に、僕はそんな下らない言葉を心の中で呟いた。結局のところ、僕はソニアの提案を受けてしまったのである。実際彼女のいう通り子供の頃はソニアと風呂に入ったことは何度もあったし、己のスケベ心を抑えきれなかったという部分もある。いい加減僕もストレスでちょっとおかしくなっていた。
まあ、頷いてしまった者は仕方ない。結局、ソニアとジルベルトと共にアッダ村の公衆浴場に向かうことになったのだが……どこからともなくこの件について聞きつけてきたダライヤ氏ら蛮族どもの幹部陣が、自分たちも混ぜろと要求してきたのである。彼女ら曰く
「湯と時間を節約するというのならば、できるだけ大勢で入浴したほうが効率的である」
……ということらしい。むろんソニアもジルベルトも反対したのだが、彼女らのいうことももっともなのである。結局、激論の末に手の空いている幹部はとりあえず一斉入浴、ということになってしまった。
「いい身体しとるのぉ~。ホンット、良い身体じゃのぅ~」
ふんすふんすと鼻息を荒くしながら、ダライヤ氏が僕の背中を洗っている。なぜ彼女がこんなことをしているかと言えば……僕にもよくわからない。気付いたらこういうことになっていた。僕は虚無めいた顔をしながら、こっそりと周囲を見回す。
所詮は田舎の公衆浴場だ。その様相は王都のソレのようなタイル張りの広大かつ立派なモノとは全く違う。飾り気のない石造りの部屋に木製の大型バスタブをデンと設置しただけの、ひどく簡素な代物だった。
そんな素朴な浴室で、様々な美女が湯につかっている。ソニアにジルベルト、フェザリアにゼラ。他にもエルフの長老やらアリ虫人の幹部やら、二十人ばかりの姿があった。
「……」
なんだろう、すごく場違いである。何で僕はこんな場所に居るのだろうか? 竜人やアリ虫人は大柄な者が多く、胸部の方もそれ相応にデカい。一方、エルフの方は胸の大きさこそ慎ましやかだが、均整の取れたプロポーションと白磁めいた肌のおかげで、稀代の名工が作り上げた陶像のように美しかった。
いや、本当にヤバい。デカいのから小さいのまでより取り見取りの鑑賞し放題。眼福を通り越して目が生活習慣病になりそうな過栄養っぷりである。
が、ハッキリ言って僕はこの状況を楽しめるほど神経が太くなかった。こんな状態で自分一人だけが男というのだから、場違い感が尋常ではない。しかも、どいつもこいつもめちゃくちゃ僕をチラチラ見てくるんだよ! そんなにみたいならいっそガン見しろや! 落ち着かないんだよ!
「どうした、そんなに固くなって。ウヒヒ、固くするなら別の場所を固くしてもらいたいのじゃがのぅ」
背中を洗う手を止め、ダライヤ氏がそんなことを耳元で囁いてくる。アデライド宰相に勝るともおとらないセクハラ発言だったが、その声音はひどく色っぽい。背中がゾクゾクしてきた。こ、このロリババア……!
「余計なことをしたら背中流しは即中止、くじ引きの時にそう念押ししたはずだが?」
が、ロリババアのセクハラ攻勢は長くは続かなかった。彼女の肩を、ソニアがむんずと掴んだのである。ソニアはそのままダライヤ氏を湯船にぶん投げる。バシャンと大きな音がして、大きな水柱が上がった。
「グワーッ!?」
悲鳴を上げるダライヤ氏。だが、この程度で終わるソニアではない。彼女は憤怒の表情で「教育が必要だな……」と呟き、自らも湯船にざぶざぶと侵入。半ば伸びた状態のダライヤ氏に追撃を仕掛けた。
「アッよせ! 水中で関節技はよくない! 水中で関節技はめっぽうよくない! アアッ!?」
全力で抵抗するダライヤ氏だが、対格差はいかんともしがたい。そのままソニアの手により風呂に沈められてしまった。……どうでもいいけど風呂に沈められるって表現、なんか別の意味に聞こえるな。
「はぁ……」
僕はため息をつきながら、桶に入れておいた湯で全身の泡を流した。何はともあれ、長期作戦で溜まりに溜まった汗と垢はすっかり洗い流すことが出来た。流石にそろそろ不快になっていたので、気分はスッキリである。
……ま、別のアレはスッキリからは程遠い状態だけどな! 溜まっているのは垢だけではないのである。下半身に集まりつつある血流を意識しながら、僕は考え込んだ。
「……」
このままではマズい。非常にマズい。こんなハダカの女性ばかりの場所で息子が元気になっていることがバレたら、大変なことになってしまう。……いっそ大変なことになってしまいたいが、僕は腐っても貴族。そういうマネはできないのである。悲しいね。
とにかく、気分を鎮めなければ立ち上がることすらままならない。……まあ、これでも僕は女ばかりの空間で長年飯を食ってきた人間だ。人に自慢できる特技ではないが、勃起コントロールなどお手のものだ。
僕は無言で、前世の記憶を思い出した。路肩爆弾で吹き飛ぶ、部下が大勢乗った四輪駆動車。親切顔で近づいてきて裏ではこちらの情報をゲリラに売っていた露天商の少女。自爆テロで黒焦げになったベビーカー……。
「よっし」
ちょっとトラウマを掘り起こしてやれば、スケベな気分などあっというまに吹き飛んでしまう。僕はコックリと頷いてから、湯舟から水を汲んでもう一度身体を流した。そのまま、風呂桶の中に入る。
「ふう……」
絞った手ぬぐいを頭にのせながら、僕は大きく息を吐いた。熱めのお湯が、大変に心地よい。全身に溜まった疲れが解け落ちていくような感覚だった。
「ううむ……これは」
しかし、問題が一つ。僕は手でお湯をすくい、天窓から入ってくる光にかざしてみる。お湯は、もう若干濁っていた。全員キチンと体を洗ってから湯船に入るよう命じていたのにも関わらず、この始末。皆二週間以上マトモに入浴していないのだから仕方が無いが、この汚れ方はちょっと予想外である。
「この人数でちょっと入浴しただけで、こうなるか。兵隊どもが一斉に入ったら、あっという間に風呂だか汚水溜まりだかわからなくなりそうだな……」
「確かにそうですね……」
いつの間にかスススと近寄ってきたジルベルトが、それを見てコクリと頷いた。……ソニアよりはだいぶ小柄(まあそれでも僕よりは背が高いが)な彼女だが、胸の方は決して負けてないな。い、いや、いかん。視線がついついヘンな方に行ってしまう。溜まってるなあ、僕。
いや、まあ、ジルベルトのほうも大概なんだけど。五秒に一回くらいのペースで、滅茶苦茶チラ見されている。視線の先は僕の胸だった。男の胸なんか見て何が楽しいのか僕には理解できないんだが……。
「衛生状態の改善のために入浴させるわけだから、わざわざ汚い水に浸からせるわけにはいかんな。時間がもったいないが、ある程度のペースで水は交換したほうが良いかもしれない」
「水汲みや薪の運搬は、私の配下の歩兵にやらせましょう。エルフ兵や陸戦隊と違って、彼女らは本格的な戦闘に参加しておりません。体力には余裕があるはずです」
「よし、任せた。ただ、自分たちだけ余計に働かされていると不満が出るのもよろしくない。酒や香草茶を多めに配給できるよう、手配しておこう」
「助かります」
コックリと頷くジルベルト。その目はやっぱり僕の胸をチラチラ見ている。そんなに見たいならいっそガン見しなさいよ……。
「兄貴はこがいな時でも真面目じゃのぉ」
そこへ、湯をざぱざぱとかき分けてゼラがやってきた。どうやら酒が入っているようで、その顔は紅潮している。よく見れば、片手には陶器製の貧乏徳利などを持っていた。
「仕事熱心なんは大変結構じゃが、気ぃ張り詰めすぎると肝心な時に調子が出んのよ。休む時はやすまにゃ」
そう言って、ゼラは貧乏徳利に直接口をつけて一口飲み、そして僕へと押し付けてくる。飲め、ということらしい。ガッツリ間接キスやがな。……まあいいか。しばらく禁酒状態なんだから、ちょっとくらい吞んだってバチは当たるまい。
「悪いね」
そっと酒を飲んでみると、徳利の中身は芋焼酎だった。サツマイモ臭さが口と鼻いっぱいに広がる。
「……おや、エルフ酒か。君たちもイモで酒を造るんだな」
「いんや、コイツは先日ブチのめしたエルフ兵から頂いたモノじゃが」
「……あ、そう」
僕は何とも言えない表情になって、徳利をジルベルトに手渡した。……戦利品かぁ。まあいいけどさあ。
「……」
ジルベルトは、どうやら僕以上に間接キスが気になるらしい。しばらく飲み口を眺めて顔を真っ赤にしていた彼女だが、思い切った様子で徳利をあおる。
「おっ、ええ飲みっぷりじゃないの。イケるクチかい、ジルベルトの姉貴。 ……おい手前ら! 兄貴がたが酒をご所望だ! 今すぐもってこんかい!」
それを見たゼラがニヤリと笑い、部下たちにそう命じた。……いや、その、今は一応仕事中なんだけどね? まったく、困ったものだと思わず苦笑する。
……しっかし、ゼラも凄いおっぱいだな。サイズも大きいし、ツンと上を向いている。たいへんに形が良いロケットおっぱいだ。……いや、何をまじまじと観察しているんだ僕は。まあ、ゼラをはじめとしたアリ虫人連中は、普段からほぼハダカみたいな格好をしているわけだが。それにしてもだろ。くそう、僕もどうやらジルベルトを笑える立場にはないようだな……。




