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第342話 くっころ男騎士と辺境の教会

 門番役の農民を半ば丸め込むようにして、僕たちは教会の中へと入っていった。教会といっても、王都のパレア大聖堂ははもちろん我らがカルレラ市のモノと比べてさえ、なお粗末と言わざるを得ない建物である。

 完全な木造で、しかも建材の組み方もいかにも素人臭い。これは、専門の大工ではなく農民たちが自分たちの手でこの教会を建てたからだろう。しかし、そういう素朴な建物だからこそ、辺境の開拓民たちの苦難の歴史が真に迫って伝わってくるのだ。


「ミレーヌの所の(せがれ)がいないぞ! どこへ行ったんだ!?」


「備蓄してあった包帯、ありゃあ半分以上ダメだ! カビてやがる!」


「ほら、泣かないで。大丈夫だから、ね?」


 そんな素朴な教会は、まるで最前線の野戦病院のような有様になっていた。男や子供はひどく慌てた様子で教会最奥部に設けられた地下室へと詰め込まれ、自警団員たちは慣れない手つきで戦支度を続けている。

 ……完全に狂乱状態だな。こうならないよう、事前に伝令を送って事情説明をしていたんだが……どうやらその努力は実らなかったようだ。万単位の蛮族が迫ってきている、などというとんでもないデマが流布していたあたり、見張り役が我々の陣容を見て過大な報告を上げてしまったのだろう。そして噂が噂を呼び、なかば集団パニック状態に陥ってしまったと……。


「おい、おい、お前ら! 落ち着け! 落ち着かんか! こう慌てては、男子供の収容すら……」


 そんな農民たちを、必死の形相でなだめている女がいた。村長である。しかし、狂乱状態の村人たちはヒートアップするばかりでまったく村長の言うことを聞いていない。それでもなんとか周囲の者たちを落ち着かせようとする村長だったが、ふとした拍子にこちちらと目が合った。


「領主様!」


 村長は顔色を真っ青にして、ブルブルと震え始めた。そして大慌てでこちらに駆け寄ってくる。……おまけにパニック状態の村人までもが


「領主様だ!」


「あの恰好、戦帰りか!?」


「まさか敗走してきたんじゃあ……」


「エルフどもは二万も三万も居るって話だ。致し方あるめぇ……」


 などと口々に勝手なことを言いつつ、大量にやってきたのだからたまらない。隣のフィオレンツァ司教が珍しく「わあ、勘弁してよぉ……」とボヤいた。まったく僕も同感である。


「領主様、申し訳ありません! お出迎えに上がれず……」


 冷や汗をかきつつ、村長が弁明する。領主がやってきたというのに出迎えすら寄越さないというのは流石にとんでもない落ち度であり、下手をすれば無礼討ちすらありえる。村長が焦るのも致し方のない話だ。


「いや、この状況で持ち場を離れるのは難しいだろう。責めるのは酷というものだ……」


 しかし村民たちは明らかに集団パニックに陥っており、それを落ち着かせるので精一杯だったというのは理解できる話だった。連中と一緒になってバカ騒ぎをしていないだけでも上等である。


「しかし、なかなか大変なことになってるじゃないか、諸君。戦争でも始める気か?」


 僕はニヤリと笑いつつ、農民たちへと視線を移してそう言った。極力、冗談めかした口調を心掛ける。トゲのある言葉が口から出そうになるが、グッと堪えた。感情のままアレコレ言ったところでパニックを助長するだけだ。


「戦争でもって、そりゃあそうでしょう! 領主様! 村の外に大勢の蛮族が……」


「ああ、外の連中か? なぁに、心配することはない」


 僕は農民たちの肩を何度もフレンドリーに叩きつつ、笑いかける。


「見ての通り僕は戦場から帰ってきたばかりだが、エルフどもに敗れた男が無事に済むと思うか? 思わんよな? でも僕はピンピンしてるよな? これがどういうことかわかるか? エエッ!?」


「つまり……勝ってきたと?」


「オウその通りよ。僕を誰だと思ってるんだ? 王国軍の勝利の男神とあがめられた天下のアルベールさんだぞ? エルフごときに後れを取るはずがないだろうが、ワッハハハ!」


 いつから僕は勝利の男神になったんだ? 内心シラけつつも、僕は爆笑しながらそう説明した。こういうデマが原因のパニックは、深刻な事態ではないと態度で示してやるのが一番効果的だ。


「それに、何万人もエルフが居るはずがないだろうが常識的に考えて。そんなとんでもない数のエルフが本当に存在したら、リースベンなんかとうに滅ぼされてなきゃおかしいだろうが」


「そ、それもそうか……」


「メリザのやつはビビりだからな……大げさな報告を上げてきたのやも……」


 この村は民家と民家をピッタリとくっつけて簡易の城壁とし、防御を固めた独特な構造をしている。そのため、物見やぐらに登らないことには村内から外を見ることすらできないのである。それが却って村民たちの悪い想像を刺激し、パニックを引き起こしたに違いない。

 まったく困ったものだと内心ため息をつきながら、僕は農民たちに「大丈夫だ、大したことは無い、安心しろ」と繰り返した。


「確かに村の外にはエルフどもが陣を張っているが、あれは敵ではない。戦争中、僕の味方になってくれた連中だ。安心したまえ」


「味方!? エルフが!?」


 そんなアホな、と言わんばかりの口調で農民たちが口をあんぐりと開けた。


「まあ、その辺りはあとで説明する。僕は村長と話し合わねばならないことが……」


 僕はこほんと咳払いをしてから、村長の方を見た。我らの部隊は指揮崩壊寸前の敗残兵めいた集団であり、そろそろガス抜きをしないと本格的にヤバい。限界ギリギリなのは村人たちだけではなくこちら側も同じことなのだ。可及的速やかに村長に談判し、必要な便宜を図ってもらわねばならない。


「あのケモノのような連中と共闘!?」


「外にエルフどもの集団がいるという話自体は、本当なのですか!? 村は大丈夫なのでしょうか!?」


「騎士さま方は、我らを守ってくれるのでしょうか!?」


 が、村人共の狂乱はなかなか収まらない。こちらの都合などお構いなしに質問が飛んでくる。……いやあ、ソニアを連れてこなくてよかったね。あいつが居たら、絶対に剣を抜いてたことだろう。正直僕も拳銃を抜いて空中にぶっ放したくなってるよ。まあ、この状況ではどう考えても逆効果になるからそんなことはできないが。

 どうしましょう? と聞きたげな表情で、ジルベルトが僕の方を見た。歴戦の騎士である彼女も、この手の状況には慣れていないのだろう。明らかに困惑していた。

 まあ、それは僕の方も同じことである。暴力的な手段で落ち着かせようとすれば、却ってパニックは拡大するだろう。しかし、言葉で落ち着かせようにも農民共は聞く耳を持ってくれない。さあていったいどうするかと悩んだ瞬間だった。


「静粛に! 静粛に!」


 僧侶が説法の時によく使うハンドベルを鳴らしながら、フィオレンツァ司教が前に出た。朗々とした声が、木造教会の広いホールの中に響き渡る。


「わたくしはフィオレンツァ・キルアージ。星導教司教のフィオレンツァです」


「司教様!?」


「なんだってそんなお方がこんなド田舎に……」


「フィオレンツァ司教様といえば、あの有名な聖人の……!?」


 農民たちが、ざわざわとし始める。フィオレンツァ司教は、星導教最年少司教ということでかなりの有名人だ。ガレア王国の人間ならば、知らぬ者などそうはいない。

 まして、相手は厳しい開拓生活の中でも必死に自分たちの手で教会を築き上げるような、信心深い人々だ。司教ほどの大物が現れたとなれば、嫌でも注目が集まるものである。


「この度の戦役には、わたくしも従軍しておりました。皆様に真実をお話ししましょう」


 惑える民衆を導くのは、聖職者の専売特許である。演劇女優めいた口調で語り掛ける司教に、村人たちの視線はあっという間に釘付けになった。彼女はちらりとこちらを振り返ってウィンクすると、ホールの中央部に設けられた説教台に上がった。そして、大仰な手振りで「まず結論から申し上げますが、村の外に居るエルフは……」と語り始める。


「た、助かった……」


 僕はほっと安堵のため息をついた。流石はフィオレンツァ司教、このような状況ではてきめん頼りになる。今のうちに、村長と交渉することにしよう……。

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