第341話 くっころ男騎士と農村
レナエルに先導され、僕たちは村の中へと入った。もちろん村人をこれ以上怯えさせるわけにもいかないので、動かした人員は最小限だ。副官代わりのジルベルトとフィオレンツァ司教、エルフ代表としてダライヤ氏とウル、あとは護衛の騎士が数名といったところである。
ソニアやフェザリアは置いてきた。統制が乱れかけている状態で部隊から士官を引き抜くのはやめた方が良いし、そもそもこの二人は少々物騒な所があるので、村人たちとはあまり関わらせたくはない。……ちなみに、これは新たに幕下に加わったアリ虫人女王のゼラも同様である。
「……」
村の中を見回しながら、僕は小さく息を吐いた。通りに人通りはほとんどなく、民家は固く扉を閉ざしている。窓や扉を補強しているのか、釘を打ち付けるような音があちこちから響いていた。外に出ている人間は自警団の者だけしか居ないようで、皆緊張した面持ちでピッチフォークや鋤といった武器になりそうな農具を握っている。
どう見たって厳戒態勢、防衛戦の前準備中だ。一応、心配する必要はないと先触れをだしておいたのだが……まったく信用されなかったわけだな。
そんな閑散とした通りを歩くこと十分、僕たちは村の中央広場に到着した。村長宅や教会、共用井戸、パン屋などが立ち並ぶ、農村の中枢部である。とはいえ、所詮は辺境の農村。どこもかしこも、小ぢんまりとしている。やはり、小さい村だ。人口は、せいぜい数百人といったところだろう。そんな村にフル武装の蛮族兵二千人が押し掛けたのだから、そりゃあビビられもする。
「村長は、自宅ではなく教会のほうに居ます。どうやら、男子供や年寄りの避難誘導をしているようでして」
ため息をつきつつ、僕たちはレナエルに案内されるまま村の教会に向かった。木造の小さな教会である。しかし建物は殊更に頑丈に作られており、さらに現在は自警団員たちが正門にバリケードを築きつつあった。さながら軍事拠点のような様相である。
「レナエル! それにあなたは……領主様ですか!?」
荷馬車や家具などを使ってバリケードをこしらえていた農民たちがこちらを見つけ、走り寄ってくる。小さな村だけあって、レナエルとは顔見知りのようだった。
「やあ、久しぶりだな」
僕は鷹揚な態度で彼女らに挨拶した。不機嫌そうな声や態度がでないように気を付ける。緊張状態にあるであろう農民たちに、これ以上プレッシャーを与えるのはよろしくない。
幸いにも僕はこの村には何度か足を運んだことがあったので、農民たちにもある程度顔を覚えられていた。珍しい男の領主ということで、印象に残っているのだろう。説明や自己紹介の手間が省けるので、大変に助かる。
「ああ、良かった、領主様……ご無事でしたか。蛮族どもが万の軍勢で攻め寄せてきたと聞いて、心配しておりました」
「……」
「……」
「……」
農民の放った一言に、僕たちは揃って顔を見合わせた。わあ、とんでもないデマが飛び交ってるぞ。なんやねん蛮族どもの万の軍勢って。エルフだのアリンコだのがそんなに沢山いたら、僕は一も二もなく領民を連れてガレア本国に逃げ帰ってるよ。
「……なにやら、あらぬ流言が流布しているようだな。安心しなさい、その話は嘘だ」
農婦の肩をぽんぽんと叩き、僕は念押しするような口調で言った。この手の流言飛語は緊急時にはよくあることだが、為政者としては大変に困る。とにかく、領民たちを落ち着かせる必要があるな……。
「しかし、物見がとんでもない数のエルフの軍勢を見つけたとかなんとか言っておりましたが……」
「その連中は、敵ではないのだ。ええと、説明が難しいんだが……なんというか……」
事態はなかなか複雑なのだが、さあてどう説明したものか。たとえば、そう……交渉に訪れたエルフの国か勝手に爆発四散、別の蛮族まで巻き込んでしばらく敵味方に分かれてドンパチした挙句、最終的に全員が服属しました……とか?
……嘘は言っていないが、信じてくれないような気がするなぁ。いくらなんでも、胡散臭すぎるだろ。なんで土着民のエルフどもがよそ者でしかも男である僕に服従するんだよ。しかも、はっきりいって武力面では兵隊の数も質もエルフ側のほうが圧倒してたわけだし……。
「あの連中は、人里を襲い男を攫う"わるいエルフ"ではない。そのような無法者を征伐した、"いいエルフ"なのじゃよ」
見かねた様子で、ダライヤ氏が口を出してきた。ちなみに今の彼女はフードで耳を隠しており、エルフのようには見えない。農民たちを怖がらせないための工夫である。
「い、いいエルフ? お、お嬢ちゃん……いえ、お嬢様。エルフなど、みな悪党ではないのですか……?」
容姿だけは高貴な雰囲気を漂わせるダライヤ氏を高位貴族jの御令嬢かなにかと勘違いしたのだろう。途中で言葉遣いを丁寧なものに直しつつ、農民が聞き返した。しかし口調とは裏腹に、彼女の顔は「この世間知らずめ」と言わんばかりの様子である。
ま、リースベン領民からすれば、エルフなど極端に悪辣な害獣と変わらんからな。それがいきなりいいエルフがどうのと言われても、『何を言っているんだお前は』としか思わないだろう。『善良なオオカミ』が物語の中にしか存在しないのと同じ理屈だ。
「種族を問わず、悪党は存在する。それはエルフも同じことじゃ。我らもあの連中には手を焼いておったのじゃよ。そこでブロンダン卿の協力を仰ぎ、盗賊どもを征伐した……そういう寸法じゃ」
そう言ってダライヤ氏は、フードを軽くめくってそのとがった耳をこっそり農民に見せた。彼女は度肝を抜かれた様子で、数歩後ずさる。
「エ、エルフ……!」
「おお、そう驚くでない。見ての通り、ワシは無力な童女じゃよ。嘘だと思うのなら、この脳天にその重そうな農具を振り下ろしてみよ。抵抗すらできず、ワシは無惨な屍を晒すことじゃろうよ」
「……」
僕はジロリとダライヤ氏を睨みつけた。アンタはエルフの中でも最強クラスだろうがよ。まったく、よくもまあそんなデタラメがつらつらと出てくるものだ。
「う、ううむ……確かにガキだが、エルフはエルフ……」
手に持ったピッチフォーク(食器のフォークをそのまま大型化したような農具)を握り締めながら、農民は僕とダライヤ氏を交互に見回した。どうしたものかと悩んでいるらしい。
「安心しなさい。この者は、確かに無害だ。ほら、この通り」
僕はダライヤ氏の頭を手刀で何度かシバいて見せた。むろん痛いほどの力は込めていないが、かなり失礼な行為である。しかしダライヤ氏は、目尻に涙など浮かべながら「やめるのじゃ~いじめないでおくれ~」と騒ぎ立てるばかり。……猿芝居だなあ。
当然農民は何とも言えない表情で僕らを眺めていたが、少なくともダライヤ氏が人を見れば即座に襲い掛かってくるような猛獣ではないということは理解できたのだろう。こほんと小さく咳払いをして、ピッチフォークを握る手の力を緩めた。
「とにかく、アレコレあったんだ。見ての通りひどい戦いだったが……」
返り血まみれになった見せつつ、僕は言葉をつづけた。
「攫われていた男たちも、少なからず救い出すことができた。この村が出身の男子も、何名かいるようだぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、もちろん」
ま、嘘は言ってないよ。確かに、男たちは救い出すことができた。……皮肉な話だが、ヴァンカ氏の差配が我々にとって優位に働いていた。彼女は、既婚者のエルフを最前線に配置していたのだ。子を成し加齢が始まったエルフは、体力が落ち始める。そんな肉体で激戦区に放り込まれたのだから、その損耗率は他の部隊の比ではなかった。
結果として、男たちの半数以上は蛮族妻の呪縛からは解き放たれていた。本人や家族が望めば、故郷に帰る事だってできるだろう。まあ、エルフの子供たちをどうするのかという問題もあるため、話はそう簡単には進まないだろうが……。
「とにかく、詳しい話は中で説明しよう。村長の所へ案内してくれ」
固く封鎖された教会の正門を指さしながらそう言うと、農民は何度も頷いた。男たちの救出に成功した、という話が効いているのだろう。……成果は嘘ではないが、経緯はガッツリ嘘っぱちなんだよなあ。ダライヤ氏の嘘にそのまま便乗した形だが、どうにも申し訳ない気持ちが抑えられないな……。