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第338話 くっころ男騎士と下ごしらえ

 ネェルに乗って指揮壕から離陸した僕とダライヤ氏は、合戦場の上空へと飛んだ。我々よりも先に飛び立った鳥人部隊はすでに予定空域に到着しており、緩く旋回しながら中高度で待機している。よく見れば、その群れの中にはわずかながら翼竜(ワイバーン)騎兵の姿もあった。


「壮観じゃのぅ」


 その様子を見ながら、ダライヤ氏が呟く。その声は、若干震えていた。ついでに、体の方も小刻みに震えている。彼女は高い所があまり得意ではない様子だった。


「実はワシ、作戦についてはロクに聞いておらんのじゃが……これほどの鳥人を一斉に飛ばして、オヌシはどうするつもりなのじゃ?」


「簡単だよ。僕の目的は、この無意味な戦いを一秒でも早く終わらせること。だったら、やることは一つ……」


「そう、エルフの皆殺しですね」


 視線をまっすぐ前に向けたまま、ネェルが茶々を入れてきた。


「違います。……相変わらず物騒だな、君は」


「あは、冗談ですよ、冗談。そう、これはいわゆる――」


「マンティスジョーク」


「そうそれ! うふ、あははは。なんか今の、息が合ってて、よかったですね。阿吽の呼吸、的な?」


 ネェルはひどく楽しげに笑い、その余波で体がグラグラ揺れた。悲鳴を上げながら、ダライヤ氏が僕の身体に抱き着いてくる。役得と言えば役得だが、実のところ流石に僕も怖かった。何しろ我々は鞍も無しに飛行生物の背中に張り付いているだけなのだ。何かの拍子にツルッと滑って落下してしまいそうな恐怖がある。


「……こほん。説得だよ、説得。もう戦いなんかやめましょうよ! ってみんなに言うワケ」


「相手はエルフのぼっけもんと野蛮なアリンコじゃぞ? その程度のことで止まるとは思えんが……」


「だろうね。だから、いろいろと小細工をするのさ」


 そう言ってから、僕は周囲を見回した。航空部隊の展開は完了している様子だ。ただ、鳥人たちは僕たちから距離を取り、決して近寄っては来なかった。普段ならば、スズメ鳥人などが無意味に話しかけにやってくるというのに……

 これは、作戦上の都合でそうなっているのではない。単純に、鳥人たちがネェルを怖がっているからだろう。本陣に居たエルフ兵たちも、ネェルに対しては明らかに恐れの色を強く含んだ目を向けていた。狂戦士ばかりのエルフですらそうなのだから、臆病な者の多い鳥人ともなれば、そりゃあ敬遠されるだろうな……。

 やはり、ダライヤ氏の言う通りカマキリ虫人は多くのリースベン人にとって恐怖の対象になっているようだ。そんな存在がこのタイミングで協力してくれるというのは、大変にありがたい。ネェルを背にして行う説得(・・)は、さぞや説得力があることだろう。


「……よし。そろそろ大丈夫そうだな」


 僕は頷きながら、ポーチから投下式信号弾を取り出した。パラシュートと発光弾を組み合わせただけの、簡単な道具だ。手投げ爆弾によく似た形状のソレから伸びたヒモを引き抜き、パラシュートがきちんと展開するように気を付けながら放り投げる。

 数秒後、時限式信管(といってもただ長さを調整しただけの導火線だが)を作動させた信号弾が、緑色の閃光を放った。準備完了の合図である。


「デカイ音が鳴るぞ、注意してくれ」


 僕がネェルにそう注意するのとほぼ同時に、本陣の方から遠雷のような音が聞こえた。そちらを見ると、河原に並んだ大砲群が一斉に白煙を上げていた。八六ミリ山砲に、六〇ミリ迫撃砲。リースベン軍の野戦部隊が保有するほぼすべての火砲が、そこには展開されていた。

 少し遅れて、盛大な爆発音が響いた。砲兵隊の放った榴弾が着弾したのだ。着弾地点は、もちろん敵陣のド真ん中……ではない。そんなことをしたら、何のためにヴァンカ氏を殺したのかわからなくなってしまう。死と破壊を望んていた彼女の思惑に乗る気など、僕にはさらさらなかった。

 敵陣の代わりに爆発したのは、戦場にほど近い場所にある奇岩だった。ちょっとした雑居ビルほどもある大きさで、怪獣を思わせる奇妙な形状をしている。そんな岩が、猛烈な砲撃を浴びてみるみるうちに削れていった。

 一斉砲撃は一度だけではおわらない。迫撃砲は連続射撃を続け、山砲隊も装填が終わり次第再度発砲する。射撃は、山砲隊が第三斉射を終えるまで続いた。そのころには奇岩はすっかり粉々になり、もはや見る影もなくなってしまっている。


「よしよし、効果はバッチリだな」


 地上を見ながら、僕はニヤリと笑った。戦場の兵士たちは突然始まった意味不明な爆破劇場に唖然とし、戦いの手を止めているものが多い。この隙に、更なる攻撃をぶち込むべし! 僕は黄色信号弾を投下した。

 ゆっくりと落ちていく黄色い光球を目にした鳥人部隊と翼竜(ワイバーン)騎兵たちが、一斉に急降下を始めた。そして、投げ槍や矢の届かないギリギリの高度で何かを投下する。シーツを改造して作った即席パラシュートが装着された、大きな麻袋だ。


「何を投げつけておるんじゃ、あれは」


 それを見たダライヤ氏が疑問の声を上げた。パラシュート付き麻袋は、地上に落ちても爆発したり燃えだしたりするようなことはなかった。武器の類でないことは明白である。


「食料だよ」


「食料!?」


「もったいない!」


 ダライヤ氏とネェルが同時に大声を上げた。


「どうしてまた、そんな真似を……」


「リースベンが滅茶苦茶なことになっている原因は、七割くらいは食料不足のせいだ」


 ちなみにもう三割はクソ野蛮なクソ蛮族のせいである。


「とにかく、相手を満腹にしてやらないことには交渉すらできない。そうだろ?」


 実際、エルフにしろアリ虫人にしろ(そしてカマキリ虫人もだ)、とにかく腹を空かせているせいで狂暴になっているフシがある。この状態を解決するには、外部から十分な量の食料を供給するしかない。だからこその食料投下だ。

 さらに言えば、これは敵側に対する圧力としても機能する。なにしろ、川船による補給が一応は行われていた我々ですら、配給する糧食をずいぶんと節約せざるを得ない状況に陥っていたのだ。根拠地も補給路も持たぬヴァンカ派やアリンコ共の食料事情は、もっと悲惨なことになっていたに違いない。敵兵は、ひどい飢餓状態に陥っているはずだ。

 実際、地上を見ればすでに落ちてきた食料袋の奪い合いが始まっている場所もある。まるで、極楽から垂らされてきたクモの糸に群がる地獄の亡者のようだ。


「これは……何とも浅ましい光景じゃな……。確かに戦うどころではないようじゃが……はあ」


 その心が痛くなるような光景を前にして、ダライヤ氏が深い深いため息をついた。


「致し方のない、話です。ニンゲンは、飢えると容易に、ケモノに堕ちます。それは、カマキリも、アリンコも、エルフも、同じこと」


 決断的な口調で、ネェルが言った。……このカマキリ娘、やっぱり根はいいヤツだよな。彼女はエルフにそうとうひどい目に合わせられたようだが、それでもこんな優しい言葉が出てくるのだから凄いよ。こういう相手と友達になれたのは、僕がこの一件でえた数少ない成果の一つと言えるだろう。


「そうだ。人が人らしく生きていくには、今日のメシと明日の希望が必要なんだ。だが、あいつらにはそのどちらもが欠けている……」


 僕はネェルの肩をトントンと叩き、そしてその背中にぎゅっと抱き着いた。


「これで、彼女らの"今日のメシ"は何とかなった。次は明日の希望だ! さあ、降下してくれ。このくだらない戦いに終止符を打ちに行くぞ!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 腹を満たして希望を抱かせると、戦をする気がなくなる代わりに とんでもない戦闘力と鋼の忠義を持った一大勢力が出来上がることになるんですがそれは...
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