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第337話 くっころ男騎士と帰投

 話もおおむねまとまったところで、僕はネェルと共に本陣へと戻ることにした。本当なら一休みしたいところなのだが、時間がないためそういうわけにもいかない。ジルベルトらにも本陣への帰投を命じてから、僕は機上の人ならぬ虫人上の人となった。

 往路はネェルの鎌に拘束されつつの空の旅であったが、復路は彼女の背中に捕まって移動することにした。味方に妙な勘違いをされないための措置であったが、何しろネェルには鞍すらついていないのである。おかげで、飛行中はずっとそこらの絶叫マシンなど及びもつかないほどエキサイティングな気持ちを味わうことが出来た。

 ちなみに、ネェルには僕だけではなくダライヤ氏も同乗していた。僕の作戦には、ダライヤ氏の協力が必須だったからな。徒歩でチンタラ移動していたら、作戦の決行に間に合わない。そのための措置だった。しかしどうやら彼女は高所が苦手らしく、ネェルが少し揺れるたびにきゃあきゃあと大騒ぎし、短時間ながらなかなかに騒がしい空の旅となった。

 まあそれは良いのだが、問題は本陣へ戻った後である。先触れをだしていたのに迎撃されかけたり、ソニアがほとんど土下座のような勢いで謝って来たり、まあ大変だった。


「わたしが着いていながら、アル様の拉致を許してしまうなど……一生の不覚! どうかお許しください、アル様! 二度とこのようなことは……」


 などと言って何度も頭を下げるソニアに、僕は少々辟易してしまう。別に、今回の件はソニアの失敗でもなんでもないのだ。カマキリ虫人は空飛ぶ戦車のような手合いであり、現在の我々の人員や装備で撃退するのはきわめて難しかったのである。護衛の担当者がだれであっても結果は同じだろうから、ソニアを責めるのはお門違いというものだろう。


「ソニア、今回の件は断じて君の手落ちではない。むしろ、強力無比なカマキリ虫人に対し、よくもまああれほど果敢に立ち向かえたものだ。やはり、君は僕の誇りだよ」


 などと言ってなんとかソニアをなだめてから、僕は現状把握を開始した。僕が拉致されてから、すでに随分と時間が経過している。それなりに戦場のほうも動いたのではないかと考えていたのだが……。

 正直、大して変わっていなかった。相変わらず前線ではエルフ兵とアリンコ兵が組あい、いつ終わるともしれない乱戦をしている。敵も味方もやたらと士気が高く、おかげで遠巻きに眺めているだけで怖気が走るような悲惨な戦いになっていた。

 変わったことと言えばリースベン軍の本隊が到着したことと、坑道戦をしかけてきていた敵部隊が撃退され、坑道も爆破されたことくらいである。

 しかし、僕はそれに失望しなかった。戦場の様子に大きな変化はなかったが、その裏でソニアたちが新作戦の準備をきっちりと整えてくれていたからだ。


補給部隊(輜重段列)側の準備は既に完了、鳥人部隊もスタンバイ済みと。なるほど、いつでも作戦決行が可能だな」


 報告書を読みつつ、僕はほっと安堵のため息をついた。


「突然の指揮官喪失で、司令部はさぞや混乱していたことだろう。そんな状況で、よくもまあ作戦計画通りに事を進めてくれていたものだ。流石はソニアだな」


「もちろん! ……といいたいところですが、これはジルベルトのおかげなのでです。恥ずかしい話ですが、かなりうろたえてしまいまして……彼女がわたしを正気に戻してくれなかったら、どうなっていたことか」


 恥じ入った様子で、ソニアは言った。意外だな、いつもクールなソニアがそれほど動揺するとは……。軍人としてはたしかによろしくないことではあるが、私人としては結構嬉しいな。


「なるほど、ジルベルトか……」


 そう言って頷いてから、僕は香草茶をごくごくと飲んだ。茶葉の不足のせいでしばらく白湯しか飲めない状況が続いていたが、本隊が補給物資を持ってきてくれたからな。節約生活ともオサラバである。……ま、久しぶりの香草茶の味を楽しんでいるような暇は、どこにもないわけだが。

 僕はチラリと、視線を前線の方へと移した。敵味方が入り混じった、めちゃくちゃな乱戦だ。作戦も戦術もなく、ただ目の前の敵らしき相手に襲い掛かることしかできない。

 こういう状況では、損害率は天井知らずに高くなるものだ。敵も味方も、すでにバカみたいな数が死んでいるはず。このようなくだらない戦いは、一秒でも早く終わらせねばならない。そして敵側の総大将であるヴァンカ氏が亡くなった以上、それができるのはこの僕だけだ。


「よし、ではネェル。悪いが約束通り付き合ってもらうぞ」


 香草茶のカップを指揮卓において、僕は立ち上がった。すでに疲労は限界に近く、尻に根が張ってしまったような錯覚を覚えたが、根性で体を動かす。指揮官は、どれほど疲れていても余裕のある態度を崩してはならない。やせ我慢をしつつ、ネェルの方を見た。


「いいですよ。アルベールくんを、背中に乗せて、あのデスおしくら饅頭の現場に、突っ込めば、良いのですね?」


「そうだ」


 デスおしくら饅頭ってなんだよ? 内心疑問に思いつつも、僕は頷く。


「そして、手あたり次第に、周囲の戦士を、食べまくると。食べ放題会場、的な?」


「全然ちがう」


「わかってますよ。マンティスジョークですよ」


 僕らのやり取りに、ソニアとダライヤ氏が何とも言えない表情で顔を見合わせた。まあ仕方のない話だが、彼女らはネェルを一切信用していない様子である。異論こそ挟んでは来ないが、それは緊急時ゆえに不信感を棚上げしているだけだ。

 とはいえ、彼女が本気でこちらに害意を抱いているのであれば、僕が拉致られた時点で詰んでるわけだからな。ひと悶着あったとはいえ五体満足で帰ってくることが出来た以上、ある程度は信用しても大丈夫だろう。……五体満足といいつつ、危うく腕一本は食われるところだったのだが。フィオレンツァ司教の救援が無ければ、かなり危なかっただろうな……。

 ちなみにそのフィオレンツァ司教はといえば、ジルベルトに任せてきた。一緒に戻らないかと提案したのだが、断られてしまったのである。どうも、ネェルと一緒に空を飛ぶのが嫌だった様子である。


「君の役割は、僕を乗せて敵陣に突っ込んだ時点でおしまいだよ。あとは僕が何とかする」


「なんとか、なるのですか? 男の子ひとりの、細腕で」


「使うのは腕じゃなくて口だから、大丈夫さ。……もし何とかならなかったら、女の子(ネェル)のそのデカい腕でなんとかしてもらうしな」


 物騒な形状の鎌を一瞥しつつ、僕はニヤリと笑った、そして視線をソニアの方へと移す。


「砲兵隊の準備も終わっているな?」


「もちろん。皆、アル様の号令を待っております」


「よろしい。では、緑色信号弾を撃て」


 木製の簡素な発射機から、信号弾が撃ちあがる。打ち上げ花火のような音を立てて空へと昇ったそれは、パラシュートを開くのと同時に緑色の閃光を放った。

 しばらく空中で輝いていた信号弾だが、やがて燃え尽きて地上へと落下していった。それと同時に、北の方から猛烈な羽音が聞こえてくる。鳥人の大集団が、地上から飛び立ったのだ。


「すごい数ですね」


「こちら側の鳥人の、ほぼ全員を投入しているからな……。さあて、僕らも行こうか」


 僕がそういうと、ネェルは頷いて身を伏せた。彼女はそこらの軍馬よりもよほど大柄なので、かがんでもらわないことには騎乗できないのである。巨大なカマキリとしか言いようがないその下半身によじ登った僕は、ネェルの上半身に抱き着いた。なにしろ鞍も手綱もないものだから、こうしないことには振り落とされてしまう可能性が高いのである。


「ぬ、ぬぅ……やはり慣れんな……」


 ダライヤ氏も同じようにして、ネェルの身体によじ登る。彼女が抱き着いたのは僕の背中だ。その薄い胸板が、僕の背中にぎゅっと押し当てられている。……まあ、僕は甲冑を着ているからな。残念ながら、ロリババアの胸の感触を堪能することはできなかった。正直、滅茶苦茶残念だ。

 しかし今の僕ってば、異形巨女とロリバアアのサンドイッチ状態なわけか。異常性癖のバーゲンセールって感じだな。さすがに状況が状況なので、興奮はできないが。


「……」


 そんな僕らを、ソニアがギリギリと歯ぎしりしながら睨んでいる。正直かなりコワイ。ついでに言えば、ネェルの身体からは凄まじい濃度の血と臓物の臭いが立ち上っているので、そちらも怖い。やっぱホラー映画のクリーチャーだろ、お前……。いや、血なまぐささの度合いで言えば、僕だって人のことを言えた義理ではないのだが。


「では、作戦開始」


 ほとんどやけっぱちになりながら、僕は叫んだ。ネェルが「はいよー」と気楽な声を出し、離陸する。さあて、最後のひと頑張りと行くか……!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 早く日常に戻れるといいですね(棒読み) カマキリちゃんのマンティスジョークがかわいく聞こえるようになる前に。 [一言] にゃ~ん♪  ∧∧ (・∀・) c( ∪∪ )
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