第334話 くっころ男騎士と結末
白煙の立ち上るリボルバーを構えつつ、僕は地面に崩れ落ちるヴァンカを睨みつけた。どうやら彼女が僕を助け出しに来てくれたらしいというのはわかるが、この僕の前にノコノコ現れたからにはやらねばならん。それが軍人の義務である。取れる首は取っておかねば。
「言葉も交わさず即座にチェスト! お前はほんのこてそこらんエルフよりもエルフらしか」
僕のすぐ斜め前に居る忍者リーダー氏が、賞賛の声をあげた。誰がエルフだ、誰が。僕は不満を鼻息にして吐き出しつつ、拳銃の銃口を忍者リーダーに向けた。
我々の手を引いてネェルの元から助け出してくれた(というほど危機的状況にあったわけではないが)のが、この忍者リーダーだった。前に会った時はダライヤ氏の部下を名乗っていたが、ヴァンカの方とつるんでいるあたりやはりアレは嘘だったらしい。まあ、等のダライヤ氏が「ウチにそんな部下はおらん」と言っているのだから当たり前ではあるが。
「汚れ仕事はそれなりに得意でね。まあ、君ほどじゃないだろうが……」
さあて、どうしたものか。僕は身を固くするフィオレンツァ司教を庇いつつ、忍者リーダーを睨みつける。僕は一度、彼女の戦いの手並みを直接目にする機会があった。流石はエルフの最精鋭と賞賛したくなるような、鮮やかな手並みだった。
愛剣もライフルも手元にない現状で、彼女に対抗することができるだろうか? 正直、かなり怪しい所なんだよな。後先考えずにヴァンカを撃ったのは、失敗だったかもしれない。
「ハハハ、褒めなさっな。……じゃっどん、お前はほんのこて良か男じゃな。こん件が終わったら死ぬ気じゃったが、急に命が惜しゅうなってきたわ。死ぬならお前のガキを産んでからでも遅うなかかもしれんな……」
そう小さく呟いて、忍者リーダーはポンチョの中から黒曜石のクナイを取り出す。僕と彼女は、僅か二歩分の距離しかない。この距離では拳銃は不利だが、今さらホルスターに収めるような猶予はない。親指で撃鉄を上げつつ、左手で短剣を抜く。神聖帝国の元皇帝、アーちゃんから貰った雷の魔法がエンチャントされた短剣だ。
「よ、よせ……ブロンダン殿に手を出すな」
地面に転がったままのヴァンカが、苦しげな声で忍者リーダーを制止する。そして湿った咳をなんどかして、血を吐いた。僕の銃弾は彼女の腹に命中していた。吐血したということは、内臓が傷ついているということか。この世界の医療水準であれば、致命傷と考えて間違いない。
「ヴァンカどんなお優しかねぇ。最後じゃっでゆどん、あんたんそげんところはあまり好きじゃらせんじゃった」
文句を言いつつも、忍者リーダーは武器を収めた。僕は拳銃を忍者リーダーに向けたまま、フィオレンツァ司教とともにそろりそろりとヴァンカ氏に近寄った。
内臓に穴が開くのは致命傷で間違いないが、すぐには死ねない。しばらくもだえ苦しんで、やっとのことで絶命するのだ。実際ヴァンカの白い肌にはびっしりと冷や汗が浮かんでおり、ひどく苦しげな様子だった。一思いに介錯してやるのが慈悲というものだろう。
「……ヴァンカ殿、最後に一つ聞いておきたい。あなたの目的は、エルフの族滅なのか? いったい、なぜそんなことを……」
自分を含め、エルフ族全員を殲滅しようだなどという考えははっきり言って異常だ。彼女はいったいなぜ、そのような危険な思想に染まるに至ったのだろうか? もちろん状況証拠から推測はできるのだから、実際の所を本人の口からきいておきたかった。
「……それが、我が夫の遺言だからだ。私は……ロクでもない妻、だったが……彼の最後の言葉くらいは……聞いて、やらねば……」
茫洋とした目を空中にさ迷わせつつ、ヴァンカは答える。……なるほど、やはりそういう事か。彼女の夫は、そうとうエルフ族を恨んでいたのだろう。理不尽に誘拐され、汚され、最後には内乱に巻き込まれ無惨に殺された。まあ、恨まないはずはないよな。
「それに……エルフは、野蛮で……愚かで……血なまぐさい、身勝手な……種族だ。滅んでしまった方が……世の為ではないかね……?」
血を吐きつつ、ヴァンカは途切れ途切れの声で熱弁した。どうやら、彼女はエルフという種族にすっかり絶望してしまっているらしい。
「ほぼすべての……エルフ族が……一か所に固まっている……今が、最後の機会なのだ……。天の劫火を使え、ブロンダン殿……あの野蛮な生き物を、一網打尽に……それが君のためにもなる……」
「天の劫火?」
「おそらく、あの……ロケット砲? とかいう兵器のことでしょう」
小さな声で、フィオレンツァ司教が補足してくれた。……なるほどな。やはりヴァンカは、この僕にエルフ絶滅の引き金を引かせようと考えていたわけか。ロクでも無い真似をしてくれる……!
「なるほど。……申し訳ないが、ヴァンカ殿。その提案はお断りする」
端的な口調で、僕は彼女の言葉をばっさりと切り捨てた。エルフの殲滅? 冗談じゃない。大砲は強力な兵器だが、総勢二千名以上の人間を一度に皆殺しにできるような威力は無い。
いや、現代的な砲兵部隊が手元にあれば、不可能ではないがね。しかしリースベン軍の主力火砲はすべて前装式の古い(まあこの世界では最新式だが)モデルである。どう考えても殲滅するより反撃や撤退されるほうが早い。
そもそも、族滅という手段自体、僕の好みではないしな。むろん必要ならばやらざるを得ないが、穏当に解決する手段があるのなら当然そちらを使う。文明国の軍人ならば、当たり前のことだ。安易な暴力を肯定した先に平和や安定はないのである。
「はっきり言うが、野蛮なのも愚かなのも血なまぐさいのも身勝手なのも、エルフだけの専売特許ではない。あなたの理論に従えば、僕は只人も竜人も獣人も絶滅せねばならなくなる。そんな魔王めいた存在になるなんて、ご免だね」
「……そうか。なるほど、それが……君の答えか」
ヴァンカは薄く笑ってから、何度か咳き込んだ。
「まあ……いい。思い通りに事が進まぬなど、いつものことだ……」
「……」
フィオレンツァ司教が、無言で顔を伏せる。一体どうしたのだろうか?
「すまないな、ブロンダン殿……迷惑を……かけた……。迷惑ついでに、介錯をしてくれると嬉しいのだが……良いかね? 流石にこれ以上は……無様を晒しそうだ……」
僕はチラリと。、忍者リーダーの方を見た。彼女は覆面を外してニヤリと笑い、無手のまま肩をすくめる。お好きなように、ということらしい。僕は何も言わずに、ヴァンカの隣で片膝立ちになった。
「……ははは、不思議なものだなあ。あれほど死を望んでいたというのに……本懐を遂げようとした途端、怖くなる。私ほどの悪党は、夫や娘とは同じ所へは逝けんだろう……そんなことは、最初から……わかっていたのに……」
ボロボロと涙を流しつつ、ヴァンカはそう吐き捨てた。……彼女とて、好きこのんでこうなってしまった訳ではなかろうに。まったく現実ってやつはこれだから嫌いだ。
「そう遠くない未来、僕も貴方と同じ場所に逝くだろう。すまないが、少しの間だけ待っていてくれ」
僕はそう言って、ヴァンカに口を開けるよう促した。彼女は抵抗せず、それに従う。下手に暴れられるよりよほど憂鬱な気分になりつつ、僕は彼女の口に拳銃を挿し込んだ。
僕の知る限り、現状でとれるやり方ではこれが一番楽に死ねる方法だった。人間というのは存外丈夫なもので、下手なことをして殺し損なうと却って苦しみを長引かせてしまう。喉奥にある脳幹を撃ち抜いてしまうのが一番確実だ。
「死をもって償えぬ罰などない。貴女の罪は、僕が許そう。さようなら、ヴァンカ殿」
僕は小さな声でそう囁き、引き金を引いた。重苦しい銃声と共に血と脳髄が飛び散り、ヴァンカの身体から力が抜けた。
「……貴女の終の旅路に、極星の導きがあらんことを」
祈りの言葉と共に、フィオレンツァ司教が目を閉じた。……まったく、嫌になるね。かつてのトラウマもあるのだろうが、ヴァンカ氏は最後まで僕に危害が及ばぬように気を配っていた。そういう相手を殺さねばならないというのは、ひどく気分が悪い。
「……さて」
感傷めいた思考を弄んでいると、忍者リーダーが場の暗い空気に似合わぬ明るい声音で言った。
「ヴァンカどんな見事散りもしたが、俺はまだピンピンしちょっでな。目的を果たさせてもらわんなならん」
そう言って彼女は、残忍な笑みを顔に張り付けたまま木剣を抜いた。……まあ、忠義の人って感じではないものな。忍者リーダーも、己の思惑があってヴァンカ氏に従っていたに違いない。上司が死んだところで、止まってはくれないか……。
「さてアルベールどん。お前にはなんとしてでん、あん"天ん劫火"を使うてもらわんなならん。俺はヴァンカどんほど優しゅうはなかでな、取り返しがつかんこっになっ前に……おいん命令に従うちょいた方がよかど」
「あんたもエルフを滅ぼしたいクチかね?」
顔をしかめながら、僕は忍者リーダーに問いかけた。
「おう、そん通りじゃ。今んエルフを見れ、なんたる無様か。パッと咲いてパッと散っとがエルフん誉じゃ。今んような有様は、とても見ていられん。さぱっと介錯してやっとが情ちゅうもんじゃ」
……わあお。ヴァンカ氏よりよほど直球でヤベー人じゃん。どうするんだ、コレ……。僕は血塗れのリボルバーを構えなおしつつ、小さく唸った。武器は無いわ、フィオレンツァ司教を守らねばならんわ、死ぬほど厄介な状況だ。どう切り抜けたものか……。
「諦めた方がよかど。お前は立派なぼっけもんじゃが、状況が悪か。俺には勝てん」
ニタニタと笑いつつ、忍者リーダーはじりじりと距離を詰めてくる。……ナメやがって、どうやってチェストしてやろうか? そんなことを考えた時だった。突如として、猛烈な羽音と共に、空から何かが落ちてくる。ひどく巨大なそれは、地響きと共に忍者リーダーの背後へ着地した。土煙がもうもうと立ち上がり、僕は慌てて顔を庇う。
「見ぃつけた」
「グワーッ!」
恐ろしげな声と、悲鳴が同時に響く。目を細めながらよく見ると、落ちてきたのはネェルであった。彼女は忍者リーダーを鎌で捕獲し、喜色満面な様子で笑い声を漏らしている。
「ネェルが、お前を、逃がす訳、ないよねぇ? うふ、うふふふ……」
「お、お前……ぐ、あンの三下ども、足止めすらできんとは!」
憎々しげに叫ぶ忍者リーダーだが、もはやどうすることもできない。ネェルが鎌に軽く力を籠めると、彼女は悲痛な悲鳴を漏らした。
「アルベールくん、すみませんが、少し、待っていてください。早めに、終わらせますので」
「アッハイ、ごゆっくりどうぞ」
異様な雰囲気を発するネェルに、僕は頷くほかなかった。修羅場慣れしている僕ですら、身体が動かなくなるような威圧感である。隣のフィオレンツァ司教は無言で失禁していた。
「あの時とは、立場が、逆転だねぇ? 我が母と、同じ目に、あわせてあげるから。アハ、アハハハハ……!」
地獄の底から響いてくるような声を上げつつ、ネェルは忍者リーダーを手に森の奥へと消えていった。そして少しすると、木々の間からこの世のものとは思えぬ悲鳴が漏れてくる。恐怖のあまり自分が漏らした尿の水たまりにへたり込む司教を眺めながら、僕は何とも言えない心地になっていた。