第330話 くっころ男騎士と話せばわかる
僕を拉致したカマキリ娘は、しばし飛行したあとどことも知れぬ森の中へ着陸した。四本の足がガッシリと地面をとらえ、苔のじゅうたんに大きなひっかき傷を作りつつ停止する。
カマキリ娘と行く空の旅は、翼竜などとは比べ物にならないほど過酷だった。大変に乱暴で力任せな飛行をするものだから、怖いどころの話ではない。着陸と同時に、僕は安堵のため息をついた。……まあ、危機は去っていないわけだが。
「うわっ!?」
そんな僕をカマキリはぐいと持ち上げ、顔に近づけてた。そして、鎌の先端で僕の甲冑の表面をガリガリとこすり始める。どうやら、甲冑をはぎ取りたいようだ。ライフル弾をも防ぐ装甲が、ギリギリと不安になるような音を立てている。凄まじい怪力であった。
こんな力が生身に対して振るわれたら、人間の体などたやすくバラバラされてしまう! そう直感した僕は、背中に凄まじい寒気を覚えた。拘束から逃れるために全力で暴れまわるが、カマキリの鎌はびくともしない。まるでプレス機に挟まれてしまったような心地である。
「ウワーッ! やめろーっ!」
このカマキリ虫人がなんのために僕を攫ったのかなど、考えるまでもない。なにしろわざわざ男である僕を選んで捕まえたのだから、想定される用途は一つだけだ。
「ヤバイヤバイヤバいって、かーなーりヤバイ!」
犯される! いや、それだけならばまだよい。しかし、相手はカマキリ虫人である。聞いた話によれば、交尾を終えた後のメスカマキリは、結構な確率でお相手のオスカマキリを食べてしまうらしい。
つまり僕は、|上の口でも下の口でも美味しくいただかれる《ファック&サヨナラされる》可能性が高いということだ。軍人だし人生二周目だし、死ぬ覚悟は当然できているが……生きながら食われるのは流石に勘弁してほしいだろ!
カマキリの口には頑丈そうな口枷が取り付けられているが、牙が食い込んでギリギリと嫌な音を立てている。そのうちに壊れてしまいそうな雰囲気だった。そうなればもう、僕のデッドエンドは避けられない。
「話せばわかる! 話せばわかる!」
そんなことを叫びながらバタバタと暴れまわるが、カマキリちゃんは全く気にせず僕の甲冑をガリガリとやっている。怖い、メチャ怖い! そりゃエルフだろうがアリンコだろうがビビり散らすわ!
どどど、どうしよう! なんとか倒す? いやムリムリ! ソニアを鎧袖一触で蹴散らすような化け物とどうやって戦えって言うんだ! そもそも、今僕の手元にある武器は短剣や銃剣、あとは拳銃くらいだ。話にならん。
せめてマグナム拳銃が欲しい。僕のリボルバーは黒色火薬仕様ということもあり、対人用ならともかく対猛獣用としてはかなり頼りない威力しかない。これで熊のような大型獣を相手にするのはかなり嫌だし、ましてやそれよりデカいカマキリ虫人ともなればもうどうしようもない。戦いを挑むだけ無駄だ。
自分で何とかするのが不可能なら、もはや救援を待つしかないだろうが……現在位置を味方に伝える手段がない以上、これもだいぶ厳しい。発煙弾を一発くらい用意しておくんだったと後悔するが、もはや後の祭りである。
「……ッ!」
その時、僕の脳裏に前世の記憶がよみがえった。軍人になってすぐ、サバイバル教練を受けた時の記憶だ。その時、教官はこう言っていた。
「満腹になった肉食獣というのは、案外おとなしいものだ。一方、気の荒い草食獣は腹の具合によらず向かってくることが多い。生物としての危険度は、ライオンよりカバのほうが高いのだ……」
そうだ……! このカマキリは、明らかに腹を減らしている! 戦場で暴れていた時も、捕まえたアリンコ兵を捕食しようとしていたしな。この娘がヴァンカの投入した生物兵器だとすれば、凶暴性を増強するためにわざと食事を抜かれていた可能性も高い。
そして空腹の肉食獣ってやつは、得てして残虐性も高まっているものだ。このまま放置していれば、空腹を満たせない苛立ちの矛先を僕に向ける可能性も高いように思える。食われて死ぬか、鎌でバラバラにされて死ぬかの二択! むろん、どちらも勘弁願いたいに決まっている!
「待て! 待つんだ! お腹減ってるんだろう! ちょっと待て! 僕なんかよりよっぽどウマいものを食わせてやるから待て!」
僕は慌てて、ポーチから燻製肉を取り出した。カリーナかロッテあたりに食べさせてやろうと、こっそり自分のぶんの配給食から抜いておいたものだ。
ぐいと燻製肉を鼻先に突き出してやると、カマキリ娘はクンクンとその匂いを嗅いだ。口枷からヨダレがあふれてくるのが見える。嫌ぁ! 怖いよぉ!!
「食べたいだろ! 食べたいよな! コレってば僕より百倍美味しいからな! ほら、食べさせてやる! 食べさせてやるから!」
「ン」
カマキリ娘は、僕を捕まえていない方の鎌でちょんちょんと己の口枷を指し示した。……あれ、これ普通に言葉通じてない? …………いや、そうか。見た目が完全に異形なものだからすっかり頭から抜け落ちてたけど、コイツは虫人……つまりは人間種だものな。言葉が通じてもおかしくはないの……か?
「それって……口枷を外せ……ってコト!?」
「ンン」
コックリと頷くカマキリ。……うわあ、普通に言葉通じてるじゃん。で、でも、どうしよう……いくら言葉が通じても、こいつが人間を捕食対象として見ているのは確かだからなあ……。説得が通用するのなら、口枷を外してやってもいいわけだが……正直かなり怖いぞ。外した途端ガブリ、ということもありえるし。
「いやその、あの……」
「ンッ!」
御託抜かしてないでさっさと口枷外さんかい! と言わんばかりの態度で、カマキリ娘は顔を突き出してくる。荒い鼻息がふんすふんすと僕の身体に当たる。
こ、ここはどうするべきだろうか……? 滅茶苦茶怖いんだけど……でも、口枷外さなくても結局殺されちゃいそうな雰囲気だしなあ。それに、肉を出して「食べさせてやる!」なんて言っちゃったわけだし、これで口枷を外さなかったら契約不履行である。相手の怒りを買うのは間違いない。
「……わ、わかった。はずすよ。外すから、いきなりガブリとやるのは簡便してね?」
「ン」
カマキリ娘はコクコクと頷いた。わあ、完全に言葉通じてる……。ワンチャン説得できないかな? まあとりあえず、大人しくしてくれるというのなら有難い。僕は彼女の顔に手を伸ばし、口枷の金具を外してやった。彼女はすぐさま口に咥えていた鉄棒を地面に吐き出す。
「ぺっぺっぺ! あー、すっきり、しました。 ネェルは、貴方に、感謝します。さて、肉を、寄越すのです」
うわああああ喋ったぁ! ……いや、言葉が通じるんだから喋りもするか。とはいえカマキリ虫人は見た目が完全にクリーチャーなので、流暢に喋られると違和感がスゴイ。『グオオオオオン!』みたいなのを想像してビビってたらこれなので、随分と肩透かし感があった。
いや、流暢といっても、単語ごとに言葉を区切る奇妙な口調だけどな。エルフやアリンコの訛りとはちょっと雰囲気が違う。電子音声っぽい不思議な喋り方である。
「ど、どうぞ……」
まあ、スムーズに意思疎通できるならなんでもいい。僕は手に持った燻製肉を彼女におしつけた。カマキリ娘はその独特な形状の口をガバッと開き、肉の束を口の中に収める。
「むぐむぐむぐ……ごっくん。美味、美味。いやあ、久しぶりの、ご飯です。おいしー」
「そ、それはよかった」
「でも、ぜんぜん、足りないです。あなたも、頂きますね。メインディッシュ、的な?」
「ウワーッ!」
カマキリ娘の巨大な口が、僕に迫る。思わず悲鳴をあげると、彼女はニヤリと笑った。
「冗談です、冗談。マンティスジョーク、というヤツ。ネェルは、ユーモアを、好みます。文化的な、ニンゲンなので」
「ひぃん……」
僕はほとんど泣きそうになっていた。マジでシャレになってないよ! 抵抗不能な状態で食われかけるのが、こんなに怖いとは。
「せっかく捕まえた、ツガイを、食べるワケ、ないでしょう。ネェルは、野生の、カマキリとは、違います。昆虫ではなく、ニンゲンなので」
甲冑をガリガリと引っかきつつ、カマキリ娘はニタニタと笑った。……やっぱりそういうのが目的かよ! 畜生!
「まあ、母は、父を、食べちゃいました、けどね。本能には、勝てない。的な?」
牙をガチガチと噛み合わせつつ、そんなことを言うカマキリ娘。ウワーッ! 捕食される危機も去ってねえじゃねえか!




