第327話 くっころ男騎士と決戦兵器(1)
「ウーン……流石に一門だけでは、大した効果はなさそうだ……」
望遠鏡で敵陣の様子を観察しながら、僕は呟いた。そして視線を、指揮壕のすぐ隣に用意された臨時の砲兵陣地へと向ける。砲兵陣地といっても、土塁で軽く防護されただけの簡易的なものだ。
その砲兵陣地のド真ん中には、打ち上げ花火の発射機を思わせる小さな大砲が据え付けられていた。わが軍の主力火砲、六〇ミリ迫撃砲だ。口径こそ控えめなものの、構造的に連射が容易なため、その火力は決して馬鹿にならない。
現在の戦場は、ひどく混沌としたものだった。敵味方がまじりあい、乱戦の様相を呈している。流石にこんな状態で火力支援を行えば味方にも被害が出てしまうため、敵の後方に砲弾を撃ち込んでかく乱を狙ったのだが……流石に僅か一門の砲撃では、敵の動揺を誘うのは難しいようだった。
「射撃中止!」
無駄に砲弾を垂れ流していても仕方が無い。せめてもう少し大砲の数が揃うまでは、砲撃は温存しておくべきだろう。ショック効果が薄れる。それでは困るんだよな。
敵を直接砲撃すれば、味方への誤射は避けられない。そこで僕は、迫撃砲を使って敵をビックリさせる作戦に出た。誰だって、背後で爆発音が連続すれば落ち着いてはいられない。そうやって強引に隙を作り、更に本命の攻撃をぶち込む……それが僕の立てた作戦だった。
「うおお……お届けに上がりもした……!」
そこへ、数名の鳥人たちが飛んでくる。彼女らは身体にぶら下げていた迫撃砲のパーツを、地面にドサリと落とした。技官たちが走り寄ってきて、迫撃砲の組み立てをはじめる。
この迫撃砲は本来、ジルベルトに率いられた増援部隊が保有している物である。それがなぜこんなところにあるかといえば、もちろん増援が間に合ったから……ではない。増援部隊の到着は、あと最低でも四十分はかかる見込みである。
さすがにそれでは時間がかかりすぎるので、僕は迫撃砲だけ空輸することにした。運用人員は翼竜で、迫撃砲本隊は鳥人の手で運ぶのだ。迫撃砲は火砲としては極めて軽量なため、分解すれば非力な鳥人たちでも運搬可能なのだ。
「フーム、リースベンにはこのような兵器があるのか……あの戦船といい、凄まじい限りじゃ……」
鳥人たちの手で次々と運ばれてくる迫撃砲の部品を見ながら、ダライヤ氏が唸る。弓矢と剣、そして魔法を武器とするエルフから見れば、確かに迫撃砲は異次元の兵器だろう。……まあ僕らから見れば、エルフたちも大概異次元の存在だが。
「しかしどれほど素晴らしい兵器があろうと、扱うのは人間だからな……ああ、ウル殿! ちょっと来てくれ」
声に後悔が滲まぬよう気を付けながら、僕は呟いた。この案を思いつくのがせめてあと二時間早ければ、このような無様な乱戦など起きなかったのだ。なんとも情けのない話である。
しかし、後悔しても状況は改善しない。とりあえず、今はできることを地道にやっていくべし。そんなことを考えつつ、僕はタイミングよく飛んできたウル氏を呼び止めた。彼女は真っ黒い羽根を広げて空中で急制動し、指揮壕の天蓋の上に着地する。そしてそのまま派手に転倒し、指揮壕内に転がり落ちてきた。
「あうふっ!? ん、んおお……な、何用にごわすか?」
「い、いや、ちょっと報告を聞いておきたくて……すまない、突然呼び止めるべきではなかったな」
冷や汗を垂らしながら、ウル氏を助け起こす。
「いやあ、ハハハ……普段ならこげん無様は晒さんとじゃが、何分荷物が重うて重うて……」
腰にぶら下げた麻袋をチラリと見つつ、ウル氏はバツが悪そうに笑った。麻袋に入っているのは、迫撃砲の砲弾だ。もっとも、その数は決して多くない。過積載で飛行して墜落でもされたら困るからな。鳥人が一度に運搬する荷物は、十キログラム程度を上限にしている。
しかしそれでも、彼女らにとってはなかなかに大荷物だと感じているようだ。まあ、それも致し方のないことだろう。同じ重さの荷物を運ぶにしても、歩くのと飛ぶのでは体力の消耗具合は段違いに違うはずだ。鳥人は荷運びに向いた種族ではないのである。
「無理をさせて申し訳ない。とはいえ、この作戦では君たちの力が頼りだ。すまないが、もうちょっと頑張ってほしい。作戦が終わったら、埋め合わせはするから……」
彼女の肩を優しく叩いてから、僕は麻袋を受け取った。そしてそれを近くにいた従者に渡してから、言葉を続ける。
「ところで、ジルベルトの方は何と言っていた? 直前での作戦変更だ。いろいろと不具合が出てるんじゃないかと、気をもんでるんだが」
ヴァンカ氏の策を打ち破るべく、僕は即席で新しい作戦を用意した。その作戦にはジルベルトら増援部隊の協力が必須だったため、鳥人伝令を通じてあれこれ命令をだしていたのだ。
強行軍の真っ最中に新作戦の準備を命じたわけだから、彼女ら方はきっと大変なことになっているだろう。正直、かなり申し訳ない。僕がジルベルトの立場だったら、たぶん罵声のひとつや二つは飛ばしているところだな。
「万事問題なし、お任せあれ……と、おっしゃっておりもした」
「……流石はジルベルト。彼女とソニアがいる限り、うちは安泰だな」
少し笑って、僕はウル氏の肩をもう一度叩いた。
「それじゃ、ウル殿も頑張ってくれ。迫撃砲の輸送が終わったら、今度はオペレーション・ヴィットルズの準備だ。オーケイ?」
オペレーション・ヴィットルズというのが、僕の立てた新作戦の名前だった。上手く行きさえすれば、ヴァンカ氏のたくらみは完全粉砕することができる……ハズである。そして作戦の成功のためには、鳥人たちの協力が不可欠であった。少々オーバーワークではあるが、ウル氏たちには頑張って貰わねばならない。
「大婆様もてげ人使いが荒かお方じゃっどん、アルベールどんなそれ以上じゃなあ……わかったど、せいぜい粉骨砕身働かせていただきますとも。じゃっどん、あとで埋め合わせはしてもらうでね」
小さく肩をすくめ、ウル氏はそのまま飛び立っていった。……埋め合わせ、ねえ。ウル氏はいったい何を求めるつもりだろうか? 勲章か階級章でいいなら、戦いが終わったらすぐに用意できるんだが……
「ワシ、そんなに人使いは荒くないと思うんじゃが……」
ガックリとうなだれつつ、ダライヤ氏が呻いていた。その何とも哀愁の漂う姿に、僕は思わず苦笑した。僕もなかなか大概だけど、あなたも似たようなモンだと思うよ。
「……アル様!」
そんなことを考えていると、望遠鏡で敵陣を観察していたソニアが鋭い声を上げた。彼女と付き合いの長い僕にはわかる、これは尋常ではない事態が発生した時の声音だ。あわてて、ソニアの方に近寄る。
「どうした、新手でも出てきたか?」
「ハイ。敵陣の真ん中で、何か騒ぎが起こっています。しかし、アレは一体……?」
困惑の声を上げるソニアを見て、僕の背中に冷たい感触が走った。いつもクールなソニアがこのような曖昧な態度を取るなど、めったにない事である。不安を感じつつ、自前の望遠鏡を取り出して彼女の指さす方向に向ける。
「……なにアレ」
そこに居たのは、周囲の兵士に対して見境なく襲い掛かる緑色の怪物だった。応戦するエルフ兵たちと比べると、随分な巨体のようである。見た目としては、何かの虫……そう、カマキリのようなカタチだった。
「どうしたどうした、何があったんじゃ」
ダライヤ氏が寄って来たので、望遠鏡を貸してやる。「フムン」と小さな声を上げつつそれを覗き込んだダライヤ氏は、いきなり素っ頓狂な叫び声を上げた。
「勿体なかカマキリじゃらせんか!?」
「も、もったいなかカマキリ!?」
何度か聞いた名前である。え、なに、もったいないオバケ亜種かなにかだと思ってたんだけど、実在する生物なの、もったいなかカマキリって。
「な、なにそれ……」
「カマキリ虫人どもの俗称じゃ……! 戦場に現れては、『勿体ない……勿体ない……』と呟きながら瀕死の兵隊を喰らう、真正のバケモノ……!」
「は?」
それはもう蛮族というよりホラー映画のクリーチャーなのよ……というか、なんでそんな化け物がいきなりポップしてきたんだよ! 冷や汗をかきつつダライヤ氏から望遠鏡を返してもらい、"もったいなかカマキリ"とやらを観察する。
その緑色の化け物は、巨体に見合わぬ猛烈なスピードで暴れまわっていた。両手についた鎌で近くにいたアリンコ兵を捕獲し、あっという間に真っ二つに両断する。そしてその上半身側を、己の口元に運んだ。
ひ、ひえ……アレ、もしかして食ってるのか? 戦慄していると、"もったいなかカマキリ"はアリンコ兵の上半身を投げ捨ててしまった。……味がお気に召さなかったのだろうか? よくわからないが、とにかくカマキリは次なる獲物を求めて今度は轡十字のポンチョを羽織ったエルフ兵に襲い掛かる。
「敵味方関係なしに暴れまわっている……」
アレはヤバイ。マジでヤバイ。エルフ兵やアリンコ兵は弓や投げ槍、剣や槍でなんとか反撃しようとしているが、全然効果がない。生半可な攻撃はその緑色の甲殻に弾かれ、急所へ当たりそうなモノは鎌で弾き飛ばされている。……甲虫でもないのになんだその防御力は!?
「……」
ど、どうしよう。マジでどうしよう。あんなのが出てきたら、オペレーション・ヴィットルズどころじゃないぞ。……いや、逆にアリ……か? なんとかアレを倒すことができれば、かえって作戦の成功率は上がるかもしれん。我々と敵軍双方に襲い掛かる強敵の出現は、むしろ作戦的には追い風だ。うまくアレを倒しさえすれば、万事うまく収められるかもしれん……
しかしあのカマキリは尋常な相手ではない。倒すにはそれなりの策が必要だが、現在の我々にほとんど余力がない。出来ることと言えば砲撃だけだが、迫撃砲では弾速が遅すぎてカマキリだけ狙い撃つのはムリだし、どう考えても周囲の味方を巻き込んでしまう。カマキリの周囲の味方を撤退させ、面制圧攻撃を仕掛けるしかないか……?
「あっ!」
脳を高速回転させていると、カマキリがピタリと動きを止めた。そして、カマキリの身体にくっついた人間の上半身が身じろぎし、周囲をきょろきょろとうかがう。……えっ、あ、目が合った。めっちゃ距離が離れてるのに、なんで目が合うの!? えっ、はぁ!?
「げぇっ!?」
僕が凄まじい寒気を感じるのとほぼ同時に、そのカマキリは一瞬で羽をひろげた。そのまま進路上のエルフ兵やアリンコ兵をなぎ倒しつつ助走をつけ、テイクオフ。巨体が軽やかに空を舞った。ウッソだろこの野郎! ふざけんなよ! そのクソデカボディで飛ぶんじゃねえよ!
内心悲鳴を上げるが、事態はそれで終わりではなかった。巨大カマキリは、なんとわき目もふらずこちらへまっすぐに飛んできたのである。重苦しい羽音が、猛烈な勢いで接近してくる。なに!? 本当に何!? まさか僕、ターゲットにされたの!? 嘘でしょ……。