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第326話 未亡人エルフと決戦

 私、ヴァンカ・オリシスは歓喜していた。状況は、完全に作戦通りに動いている。次々と穴倉から飛び出してきたエルフ兵はこちらの隊列へと襲い掛かり、熾烈な戦いが始まりつつある。

 平地での戦いではエルフよりアリンコの方が強いと言われているが、相手方は兵力と老兵ならではの巧みな戦いぶりでアリンコ兵に見事対抗している。こちら側の行き足は完全に止まっていた。戦線は膠着し、いずれ不毛な消耗戦と化すだろう。


「貴様がアリンコどもの宰相の暗殺に失敗したときはどうなるかと思ったが、何とかなりそうだな」


 その様子を後列から眺めつつ、私は傍らに侍るエルフにそう話しかけた。薄汚れた野良着に手ぬぐいの覆面という、なんともみすぼらしくて不審な格好をした女だ。

 だが、この女の正体は私の配下の透破(すっぱ)衆の頭目であった。そして彼女自身、エルフ全体でも屈指の腕前を持った透破でもある。……まあ直近の任務であるアリンコ宰相ゼラの暗殺には失敗しているのだが。ダライヤの策さえなければ、上手く行っていたハズなのだが……まったく、無駄に機転の利く女だ。


「ハハハ……まこと、相申し訳なか。こん件が終わったや腹を切って詫ぶっで、どうかお許しを」


 バツが悪そうに笑いつつ、透破頭は頭を掻いた。冗談めかした言い草だが、その目は本気である。


「冗談だ。……どうせ、アリンコどもの首脳部は我が術中。ゼラが死のうが生きようが、大した問題ではない」


 実際のところ、宰相ゼラの暗殺はそれほど重要な任務ではなかった。失敗したところで、大した問題は無い。少しばかり計画に変更を咥えれば、それでおしまいである。

 私がアリンコどもと密かに取引をするようになったのは、五十年ほど前の話だ。もちろん当時の私はエルフ殲滅など目論んでいなかったので、その目的は平和的な関係の再構築にあったが……まあ、結果としてエルフとアリンコが共同作戦を張る事自体には成功したので、ある意味当時の私の目標は達成されたことになるな。まったく愉快だ。


「今の女王はそれなりに有能で聡明だが、その周囲は腐りきっている。幹部連中にあることないことを吹き込んでやれば、判断を誤らせるなど簡単なことよ」


 王国残党などと名乗ってはいても、所詮はいち犯罪組織に過ぎぬのがアリンコ共だ。少しばかり甘い言葉と汁を与えてやれば、簡単にこちらに転んでくれる。今やアリンコ共の幹部の半分以上は我が手中にあった。

 まあ、もちろん今の私はそんな連中にくれてやる()すら持ち合わせていないのだが……私もエルフもこれで終わりなのだから、いくら空手形を切っても何の問題もない。ありもしないイモや男を求めて踊り狂うアリンコ共の姿は、何とも浅ましく滑稽だった。貴様らも我々エルフの同類だ。申し訳ないが一緒に滅んでくれ。


「ま、流石にそろそろ騙されちょっことには気づき始めちょるでしょうがな。とはいえ、今頃気付いてんもう遅かわけじゃが」


 そう言って、透破頭はクツクツと陰気な笑い声をあげる。……この女は、エルフェニア崩壊以前は治安維持に関わる仕事をしていた。当然、裏社会で薬物や武器を売りさばいていたアリンコ共とは何度も剣を交えている。何かしら、思うところはあるだろう。……まあ、当のアリンコ共からすれば、何代も前の話を今さら蒸し返されても困るのだろうが。


「今さら寝返ろうにも、もう遅いだろう。ははは、無様だな」


 前線の様子を眺めつつ、私は笑う。状況は既に乱戦と言っていい状態に陥りつつある。アリンコ兵も、目の前の敵と戦うのが精いっぱいだろう。もはや本人たちではどうしようもない。


「あとは、ブロンダン殿にあの天の劫火を撃ち込んでもらうだけだが……流石にすぐには決断できないか?」


 目を細めつつ、私は小さな声で呟いた。エルフェン河に浮かぶ彼らの船は、相変わらず沈黙している。先日見たあの凄まじい攻撃を仕掛けてくるような気配は全くなかった。

 ……まあ、致し方のない話だろう。ブロンダン殿は、いかにも心根の優しそうな男だった。味方ごと敵を薙ぎ払うような戦術は、使いたがらないに違いない。


「あん武器は、ないらかん理由で使用不能になっちょる……ちゅう話もありもす。そん場合は、決着は北部から迫っちょっ彼女らん増援が到着すっまで待たんなならんでしょうや」


 これまた周囲に聞こえないような声で、透破頭が返事をしてくる。さすがに、私の本来の目的は周囲には明かしていない。知っているのは、透破頭をはじめとした少数の"同志"のみだ。


「ふぅむ……その増援とやらも、例の武器は持っているのだな?」


「ヘい。部下ん透破ん話では、大きな筒んような武器を、難儀して運んじょったちゅうこっじゃっで……まあ大丈夫でしょう」


「なるほど、わかった」


 あのような恐ろしい兵器をいくつも用意するとは、まったくブロンダン殿も恐ろしい男だ。外国(とつくに)では、あのような武器が一般化しているのだろうか?


「つまり、増援が到着するまでは戦線を動かすわけにはいかんということか。まあ、今の状況ならば放置しておいても大丈夫な気はするが……」


 戦力的には、ほとんど伯仲と言ってよい状態なのだ。短時間で勝負が決まることなど、ほぼあり得ない。……とはいえ、ブロンダン殿が何かしらの奥の手を温存している可能性もある。あまり油断するわけにもいかんだろうな。


「そろそろアレを使うか。おい、貴様。"もったいなかカマキリ"を」


 私が手近なところにいた従者エルフに、命令を出そうとした瞬間だった。ひゅるひゅると気の抜けたような音が聞こえたかと思うと、背後で軽い地響きが起こった。一瞬遅れて、爆発音が耳朶を叩く。


「……おや、これは……あの船に乗っていた、"天の劫火"ではない方の武器か?」


「"そくしゃほう"、にごわすな。じゃっどんアレは壊れちょったハズ……修理したんじゃろうか? そげん情報は、聞いちょりませんが」


「ふむ……まあ何でもいいか」


 あの大きな石弓モドキも、"天の劫火"ほどではないにしろなかなかに強力な兵器である。それが戦線復帰したというのであれば、結構なことだ。せいぜい出来るだけ多くのエルフを吹き飛ばしてもらいたいものだ。


「とにかく、今は場をかき乱すのが先決。おい、早く"もったいなかカマキリ"を連れてこい」


「しょ、承知!」


 伝令エルフが、後方へと走り去っていった。私は視線を前線へと戻す。整然としていたアリンコ兵の隊列が、いつの間にか乱れ始めていた。あの強固な密集陣をこれほど容易に崩すとは、敵もなかなか頑張っているじゃないか。自然と口元に笑みが浮かぶ。

 そんなことを考えているうちにも、"そくしゃほう"らしき攻撃は続いた。狙いが甘いのかこちらの隊列に命中する様子はないが、激しい連続砲撃があちこちに降り注いでいる。……もうちょっとちゃんと狙ってほしいものだが、いったい何をやっているのだろうか?


「お待たせしもした!」


 少しイライラしていると、伝令エルフが戻ってきた。振り返ると、そこには異形の怪物が居た。下半身はカマキリ、上半身は人間の女。しかし、その大きさは尋常なものではない。上半身だけでも、アリ虫人などより遥かに大柄だった。その下にこれまた巨大なカマキリの身体がくっついているものだから、もうほとんど化け物だ。

 そんな怪物が鉄の鎖でグルグルに拘束され、輿(こし)の上にのせられている。輿(こし)は八人のエルフによって担がれているが、全員顔を真っ赤にしていた。カマキリの体重が重すぎるのである。


「も、もったいなかカマキリ!」


「久しぶりに見たな……絶滅したち聞いちょったが、生き残りがおったんか」


 輿(こし)の担ぎ手たちとは反対に、周囲のエルフ兵は一斉に顔を青くした。腰が引けている者も少なくない。まあ、それも致し方のない話だろう。なにしろこの生物は、エルフの天敵だ。……いや、エルフだけではない。この半島に住まうすべての人類の天敵であった。

 こいつの正体は、カマキリ虫人。その異常なまでの戦闘力と食人も厭わぬ生態から、頂点捕食者とも呼ばれている生き物だ。死すらも恐れぬエルフのぼっけもんですら、カマキリ虫人には恐怖する。どんな恐れ知らずでも、流石に頭からバリバリムシャムシャと食われるのは嫌だからな……。


「戦場のド真ん中に連れて行って、解放しろ。……ああ、口枷は外すなよ。カマキリは、腹がいっぱいになると大人しくなってしまうからな。せっかく今日この日のために、何日も絶食させたのだ。せいぜい派手に暴れてもらわねば困る……」


 エルフにしろアリ虫人にしろ、カマキリ虫人からすれば獲物に過ぎん。飢餓感と殺戮衝動に身を任せ、周囲の生きとし生けるものを喰らいつくそうとするに違いない。まあ、頑丈な口枷を付けてあるから、その飢餓感が満たされることは無いのだが。……本当に私は外道だな。こんな有様だから、彼に嫌われたのだ。この結末も、自業自得と言える。

 ……ああ、嫌だ。本当に嫌だ。しかし、彼の最後の遺言くらいは、叶えてやらねばならない。それが私に残された最後の仕事なのだ。大変に申し訳ないが、このカマキリ娘には我が悲願達成に礎になって貰わねばならない。

 天性の捕食者であるカマキリ虫人には、剣も槍も弓矢も通用せん。こいつを殺すには、それこそ"天の劫火"を持ち出すしかあるまい。この一手によって、ブロンダン殿はいよいよ決心を迫られるだろう。この戦いも、私の人生も、これでやっとおしまいだ。いい加減、くたびれたよ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんかお土産の名前みたい、、
[良い点] 毎日の楽しみです。本当に楽しみ。 ですが体に気をつけて無理をせずに。
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