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第322話 くっころ男騎士と坑道

 数日間にわたる塹壕の拡張作業により、我々の陣地は第一、第二の二本の塹壕線によって防御された状態になっていた。その第二塹壕線の後ろに、指揮壕や男子供を守るための退避壕など重要施設があるわけである。

 ところが、敵はこの第二塹壕線のすぐ後方にトンネルを開通させてしまった。何の前触れもなく本陣の奥深くに敵が現れたわけだから、もう大変である。

 陥没した穴のように見える開口部から、アリンコ兵やエルフ兵がワラワラと湧き出していた。まるでアリの巣だ。突如背後を突かれた守備兵たちが、大慌てで迎撃戦を始めている。


「迎撃には予備戦力を使う! 塹壕に詰めてる連中は最低限の自衛以外は手を出すな!」


 大急ぎで戦支度を整えながら、命令を出す。開通してしまった坑道は今のところ一本だけ。一度に送り込める兵士の数は、だいぶ限られているはずだ。出てきた場所がマズイだけで、冷静に対処すれば問題なく制圧できる程度の相手である。

 むろん、そんなことは敵側だって理解しているはずだ。で、あれば……敵の本命は別にあるはず。坑道作戦は陽動で、こちらが背後を突かれて混乱している間に、本隊による塹壕線の突破を狙ってくるのではないか? それが僕の予想だった。

 もちろん、敵が坑道を二本も三本も用意しているのであれば話がかわってくるんだけどな。ただ、アリンコはさておきヴァンカ氏はできるだけエルフやアリンコ以外の者を戦いに関わらせないように立ち回っている。男子供を危険にさらす坑道作戦を本命にする、というのは考えにくいのではないかと思うんだよな。


「ソニア、手榴弾の備蓄はどれだけある?」


「もう一発もありません。昨日の時点で使い果たしてしまいました」


 副官から返ってきた答えは無情なものだった。坑道に手榴弾をブチこんでやれば、さぞ愉快なことになってたんだろうがな。大変に残念である。

 とはいえ、こればっかりは仕方が無い。なにしろ密集陣形を組んだアリンコに対して、現状では唯一効果的だった武器が手榴弾だ。連日繰り返された嫌がらせ攻撃に対処するため、残弾をすべて使いつくしてしまったのである。


「たしか、フェザリアも火炎放射はもう打ち止めだと言っていたな……。先日からの嫌がらせじみた攻撃は、こちらの切り札を浪費させる作戦だったわけか。狡猾だな」


 川船による補給も食料を最優先にしていたから、弾薬類に関しては射耗したままになっている。こりゃあちょっと厄介な状況だねぇ。まあ、無いものねだりをしても仕方が無い。今ある手札だけでなんとか戦う手を考えねば。

 さあて、どうするか……坑道に水を流し込むことができれば手っ取り早いのだが、開口部の周囲を制圧されている以上はそこまで水路を引くのは難しい。出入り口さえ制圧してしまえば、いかようにも対処できるのだが……。


「マイケル・コリンズ号から降ろしてきた装薬があったな? あれで敵陣を爆破してやる。手すきの連中に火薬タルを持ってくるように言ってくれ」


「了解!」


 大急ぎで走り去る伝令の背中を見送りながら、僕は小さく息を吐いた。坑道作戦は正直予想外だったが、何かあった時のための準備は事前にしてあった。使用不能になったマイケル・コリンズ号の主砲弾を分解し、タルに詰めて簡易的な爆弾を作っておいたのだ。あくまで簡易的な代物だから威力の方はお察しだが、まあないよりはマシである。


「……おや、あれが"ハキリ"ですか。なかなか手強そうですね」


 望遠鏡をのぞき込みつつ、ソニアが言う。彼女の視線の先には、開通したばかりのトンネルの中からワラワラと現れる敵兵の集団があった。

 敵部隊は、エルフ兵とアリンコ兵の連合部隊だ。ただ、アリンコ兵はここ数日ですっかり見慣れたグンタイアリ虫人とはやや異なった容姿をしている。全体的にやや大柄で、肌の色も赤っぽい。そしてよく見れば、口に生えた牙もやや小さかった。ただ、おっぱい丸出しなのは相変わらずだ。


「あれはハキリの兵隊アリです。今でこそ身内のようなモンですが、昔はわしらのライバルやったという話ですけぇ……キノコ栽培だけが取り柄の連中だとナメてかかったら痛い目をみますよ」


 神妙な表情で、グンタイアリ虫人の軍使殿が説明する。僕の記憶が確かならば、ハキリアリはグンタイアリに対抗可能な数少ない生物の一つである。その兵隊アリは極めて戦闘力が高く、数を頼みに襲い掛かるグンタイアリをちぎっては投げちぎっては投げの大立ち回りをするそうだ。

 実際、ハキリアリ兵は見るからに厄介な敵だった。四本腕を駆使して二枚の盾と槍で戦うのはグンタイアリ兵と同じだが、なにしろ体格が良いので一撃が重い。しかも決してパワー一辺倒ではなく、スピードやテクニックも伴っているのである。


「……」


 この難敵に対し、エルフ兵たちはなかなかに苦戦していた。なにしろエルフたちは小柄な者も多く、正面からの白兵戦では流石に不利なのだ。得意の攻撃魔法を織り交ぜることでなんとか対抗している、という風情である。

 さらに言えば、敵はアリンコ兵だけではない。(くつわ)十字の紋章が描かれていない無地のポンチョを着たエルフ兵たちが、魔法や弓矢で攪乱攻撃をしかけてきている。アリンコ兵とエルフ兵による連携攻撃だ。

 防御力に優れたアリンコ兵と、足が速く機転も利くエルフ兵の組み合わせは凶悪の一言だ。少々の数の優位など吹き飛んでしまうような爆発力がある。こちら側のエルフ兵は明らかに押されていた。


「さすがはヴァンカ殿、戦争が上手いじゃないか……!」


 しかし、見ているだけしかできないというのは本当に歯がゆいな、今すぐ剣を抜いて助勢に行きたいところなのだが、指揮官が現場放棄するわけにもいかん。僕の双肩には千人を超える兵員と少なくない数の民間人の命が乗っているのだ。無責任な行動をとることはできなかった。


「あっ! 馬鹿……!」


 そして、歯がゆい心地になっていたのは僕だけではないようだ。第二塹壕線から少なくない数のエルフ兵が飛び出してきて、交戦中の味方に合流した。苦戦する味方を見て我慢が出来なくなってしまったようだ。

 だが、彼女らには待機命令を出しているのである。勝手に持ち場を離れられては困る。大変に困る。気分はわかるがやめてほしい。今すぐ塹壕に戻るように命じようとした瞬間だった。


「アルベールどん!」


 空から舞い降りてきたカラス鳥人が、切迫した声で言った。ウル氏だ。敵陣の偵察を命じていた彼女が、血相を変えて戻ってくる……つまり、そういうことか。思わず顔をしかめかけ、なんとか気合で堪える。そして努めて余裕のある声で、「どうした?」と聞き返した。


「敵本隊が動きよった、全軍出陣ん模様じゃ。敵は決戦を挑んできもした!」


 やっぱりか。僕は内心ため息を吐きかけた。坑道作戦は陽動を兼ねた攪乱攻撃で、本命はこちらだろう。矢玉が尽き、後方を脅かされている現状では、十全な迎撃行動をとるのはなかなかに困難だ。まったく、ヴァンカ氏もいやらしい手を使ってくるな。


「なるほど。敵はどういう陣形かね?」


「横隊でガッチリ隊列を組んだアリンコ兵ん左右を、エルフ兵が固めちょっようじゃ。これまでになかった陣形じゃなあ」


「オーケー、だいたい分かった」


 なるほど、敵は部隊単位でもアリンコ兵とエルフ兵の連携を図ってきたわけだな。強固で強靭だが小回りの利かない重装歩兵を、機動力と攻撃力にすぐれた軽歩兵で援護する……理想的な諸兵科編成といえるだろう。

 まあ、所詮は密集陣形だ。手榴弾や火砲があれば正面から叩きのめせる。実際、敵もそんなことは理解しているようで、昨日までのアリンコ兵は大集団による密集陣形を避け、小集団を分散させる陣形……いわゆる魚鱗の陣を使ってきていた。

 だが、もはやこちらに敵集団を一網打尽にする火力は無いのである。敵もそれを理解しているから、再び多人数による密集陣形を使ってきたのだろう。まったく、リースベン蛮族はどいつもこいつも戦争だけはめちゃくちゃ得意で困る……。


「数ではこちらが勝っているんだ。じっくり整然と迎撃すれば勝てる! とにかく、持ち場を離れている連中へ今すぐ塹壕に戻るよう伝えるんだ!」


 僕は自信ありげな表情でそう命令したが、内心は不安だった。エルフ兵とアリンコ兵の連携は、思った以上に攻撃だ。さらに、こちらは思いもよらぬ奇襲で後方を突かれ、浮き足立っている。これはちょっとマズイ状況かもしれない……。

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